『SSCVN−1』シー・ボーイ
アリシアが目を覚ますと、鉄の天板とはり、配管や配線が剥き出しの天井が目に入ってきた。
赤いランプのみで薄暗い鉄の部屋の中の、パイプでできた簡素なベッドの上でアリシアは寝かされていた。いつの間にか着ていた寝巻きは傍に畳まれていて、病院の患者が来ているような粗末な服を着させられていた。
「あら、起きていたのね」
部屋の扉が開き、白衣を着たブロンドのアメリカ人の女性が入って来て整理されたデスクの前に座る。彼女は手に持っていたコーヒーのカップを置くと、アリシアの方を向いた。
「…………。」
謎の追っ手とのカーチェイスを思い出して、アリシアは自分が敵に捕まったのではないかと思い、シーツを頰まで引き寄せて固く握る。
「そう身構えなくても良いわよ。私はイオリアマギ軍曹の仲間よ。安心して」
「天城さんの……仲間?」
アリシアが少し警戒を解き、ぽかんとした表情で言う。
「そう。所属している組織については後から説明があると思うけれど、あなたは私たちの護衛対象よ。ロシアは敵」
そう言って、その女性は微笑む。
「私はアメリア・モンテレー中尉よ」
モンテレー中尉は、自己紹介を済ませると、デスクに向き直り、コーヒを飲んでから書類の束をめくる。
「あなたはここに来た時、気を失ってたの。軽い脳震盪も起こしていた。でも大事は無いわ。脳に目立った損傷はないし、頭蓋骨も無事。何か質問はある?」
モンテレー中尉は指揮官特有の、一通り説明してから質問の有無を確認する。それにアリシアは、おずおずと手を上げた。
「あの……ここは一体、どこですか?トウキョーの病院?」
それを聞いて、モンテレー中尉はからからと笑った。
「違うわ。ここはトウキョーじゃないわよ……そうね、海の底1000メートルといったところかしら」
「海底基地?」
「あなた、中々ユニークね……じゃあ、答え合わせよ」
そう言うと、モンテレー中尉は内線を取り、どこかへとかけた。
しばらくして、医務室の扉が開き、そこから天城イオリと士官服を着た、長いアッシュブロンドの髪をまとめて頭の後ろで巻いて留めた上から帽子を被っている若い女性が入って来た。
「天城さん……」
「姫殿下、ご無事で何よりです」
久ヶ原に居た頃とは打って変わって、堅苦しい挨拶をして敬礼をする天城イオリ。それに続いて女性がこのベッドに歩み寄ってきて、同じく敬礼をする。
「初めまして、姫殿下。私は、この艦の艦長、レミリア・レキシントンです。お会いできて光栄です」
そう言って、レミリア・レキシントンは微笑みながら右手を差し出してくる。アリシアはそれをおずおずと握った。
「艦長……?ここは、ロイヤル・ネイビーの船の中なのですか?」
アリシアがそう問うと、レミリアは軽く笑う。彼女の整った顔は、王室育ちのアリシアとも引けを取らず、軍人然とした気品に満ち溢れたその笑顔は、アリシアとまた違った魅力がある。
アリシアは、素直に魅力的な人だな、と思った。
「いいえ、我々はイギリス軍ではありませんよ」
「違うのですか……?」
そう言えば、とアリシアは思い出す。初めて会った時から、天城イオリはその身を置く組織のことを、自分には話してくれなかった。ただ一つ知っていることは、彼のコードネームがファントム03であるということ。
「なんだと思います?」
レミリアは悪戯っぽく笑いながら、問い返してくる。その表情には邪気などなく、何かの悪戯を仕掛けようとしている幼い子供のような純粋さで出来ていた。
「こ、国連軍……でしょうか?」
アリシアは、精一杯考えて、自分を守っていそうな組織の名を口にする。アメリカ軍は、母と父が前にアメリカの大統領は王国に非協力的だと愚痴を漏らしていたのを小耳に挟んでいたから除いた。
「当たらずも遠からず。ってところです」
しかし、その答えは正解ではないらしく、レミリアが悪戯が成功した時のような得意げな笑みを浮かべる。
「私たちはファントム大隊という部隊です。国連軍の中に設立された、万能即応大隊です」
「万能、即応……大隊」
レミリアの言葉の意味が理解できなかった。国連軍の中の特殊部隊であるというのは理解できたが、万能即応大隊という文言が理解できない。
「ええ、私たちファントム大隊は非常に機密性の高い部隊なので詳しくは教えることができませんが、私たちはありとあらゆる兵器を使いこなし、全世界のどこかで、どんな脅威がどんな人々を脅かしていようと、即座にその現場に飛んでいって、脅威を排除することが任務です」
レミリアは得意げに語るが、軍事に詳しいアリシアではないため、イマイチ理解が追いつかない。
「つまり、世界中どこにでも飛んで行く、正義の味方ですよ」
その説明が、一番しっくり頭の中に入ってきた。
× × ×
原子力強襲揚陸潜水艦SSCVN-1「シー・ボーイ」は、全長276メートル、全幅24メートル、全高14メートル、喫水12メートル、基準排水量2万1000トンの超大型原子力潜水艦です。その特徴は、海中での高速航行を可能とするための独特の薄い流線型の艦型で、その表面の音波吸収の為の新型塗料は副次的効果として抵抗の軽減を果たします。しかし、何と言っても目を引くのは、艦載機を運用する為の出し入れができる電磁カタパルトでしょう。
この艦が強襲揚陸潜水艦たる所以は、このカタパルトであり、ここから艦載機を発艦させ、運用することができます。しかし、着艦用の設備がない為、作戦行動後の艦載機は最寄りの飛行場に着陸し、そこで補給をし、孤島の秘密基地へと飛び立ち、そこでこの艦に収容することになります。
また、本艦には巡航ミサイル及び弾道ミサイルを運用できるVLSが8基あり、対空ミサイル及び対艦ミサイル、対潜ミサイルを運用できるVLSが32セル搭載されています。魚雷発射管も16門あり、まさに世界最強の潜水艦であると言えるでしょう。
──「新入隊員へ向けたプロモーションビデオナレーション原稿」レミリア・レキシントンのデスクより
× × ×
シー・ボーイという潜水艦の中に居ると説明されても全く実感がわかない。今まで潜水艦に乗ったことなど無かったし、乗ったことのある船はいずれも揺れがあり、船の中にいるという実感がした。なのに、この船はそんな当たり前の感覚さえ殺しにかかってきているようだった。
「驚きました? 結構、海の中って揺れが少ないんですよ。海流や、温度差のある層の間に飛び込まなければ、揺れないものなんです」
赤いランプの点灯した、薄暗くて狭い、配線や配管が剥き出しの通路をスタスタと歩きながら、レミリアは上機嫌に言う。
しばらく彼女の解説に付き合いながら歩くと、『|艦橋(Bridge)』と書かれたプレートの付いた鉄扉の前にたどり着いた。
レミリアは、その鉄扉のノブを回し、重そうなそれを難なく押し開ける。
「さあ、どうぞ。この艦の艦橋へ。歓迎しますよ」
「あの、こういうものって、見てしまったりして、いいんでしょうか……?」
さっきからずっと気になっていたことを聞く。さっきから、彼女は色々なことを喋っているが、それは一般人である自分が聞いてしまっていいものなのだろうか。
「問題ありませんよ。あなたは私たちの護衛対象ですから、私たちのことはお話しいたしますよ」
問うと、彼女は優しく微笑みながら言った。
「アリシアさん、今、日本は危険な状態だと思われます。ロシアの諜報員が潜入しているとなれば、あなたをあの国にこれ以上滞在させることはできません。これからこの艦は太平洋上のとある島に寄港します。そこで補給を受け、あなたの護衛についた分隊と共にあなたをアメリカのロサンゼルスにお送りします。これは、計画で決まっていたことです」
狭い個室に通され、ベッドに座らされた後、レミリアはアリシアにそう告げた。だが、アリシアはなんだか困ったように眉をひそめる。
「あの……ハイスクールの方はどうなるのでしょうか? ご迷惑をかけることになるかもしれませんが、その、あのハイスクールに通い続けるという選択肢は、無いのでしょうか?」
そう言うと、レミリアと副艦長を名乗る初老のドイツ人男性は目を丸めて顔を見合わせた。それから小声で何かを交わし、頷いた。
「分かりました。要望については作戦本部に伝えておきます。ですが、これだけは覚えておいてください。今の日本は平和なのかもしれませんが、私たちにとっては分かりません。この要望がどれだけ通るのか、私は今この場で断言することができないと言うことは、覚えておいてください」
てっきり、完全に断られるかもしれないと思っていたアリシアは拍子抜けしてしまい、ぽかんとしながら無言で頷いた。
「できる限り善処はします。それでは、姫殿下、良い航海を」
そう言って、レミリアはアリシアに割り当てられた艦内で最上級の個室を後にする。
「艦長、彼女の要求を飲まれるおつもりですか?」
後ろから付いてきた副艦長が渋い顔で言う。
「一応、作戦本部に伝えるだけ伝えておきます。多分、通らないでしょうけど」
答えるレミリアの声は、さっきと打って変わって冷たい。馬鹿らしい提案だと思う。作戦本部に一応、本人の意向だと伝えるつもりではあるが、あの老人連中に揃って苦笑いされるのがオチだろう。
「そんなことより、今からロスへの航路を決めます。各部長は明朝0300に艦橋へ集合」
「イエス・マム。各部長は明朝0300に艦橋へ集合」
艦橋へと向かう通路の途中で、副艦長がピシッと乱れのない敬礼をして復唱する。それを見たアリシアは、振り返ってスタスタと艦橋に向かって歩き出す。
『艦長及び、副艦長は直ちに艦橋へお戻りください。繰り返します、艦長及び副艦長は直ちに艦橋へお戻りください』
突然、艦内放送から中年男性の声が艦内中に響き渡った。それを聞いた瞬間、アリシアの表情が一層引き締まり、20歳を超えるか超えないかというあどけなさを微塵も残さずに吹き飛ばす。
「急ぎましょうグラーフさん」
「イエス・マム」
そこには、歴戦を生き抜いた二人の海軍人しか居なかった。




