表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/23

霧の街:5

 規則正しく立ち並んで、皆一様に腰を折ってこちらを上から見下ろしてくるオレンジ色の街灯の視線を受けて、ガスタービンエンジンの甲高い音を響かせながらアイゼンハワーは静寂に包まれた夜の東京を爆走する。街に比べて途轍もなくちっぽけなその姿は、まるで異世界に迷い込み、周りの建物に萎縮しながら走り回っているかのようだった。いや、人気が感じられないのにもかかわらず、そこに何かの息遣いを感じてしまうような異界に誘い込まれたというところだろうか。

 とにかく、時速57キロメートルで高速道路を走るアイゼンハワーの周りにはこちらを挑発して競うかのように追い越していく無礼な車両すらいない。


「静かね。日本の警察の交通整備に関しちゃ、見習わなくちゃいけないわね」

「いや、こんな状況だ。誰もいつテロに遭うかも分からない道路を通りたくはない。それに、こんなにも人が居なくちゃどんな犯罪者がいるとも限らんしな」


 アデルと天城イオリの、泡沫のように儚い会話が異界の空に舞って霧散する。

 無言の走行が続いた。先程から上空でヘリが一機飛んでいて煩わしいが、司令部からは交戦許可は下りておらず、どうせ待ち伏せは空の遥か彼方を揺蕩うアメリカの衛星で見つけられるから放っておいてもよかった。

 こちらの装甲と武装に対抗する手段がないと判断したのだろう、警察の車両はさっきの二脚型MFVと上を飛んでいるヘリ以外に見なかった。

 賢明な判断だ。なにせこちらは人を殺すために作られ、相手は人を殺さずに無力化するためのものなのだから。彼我の戦力差は自明の理としか言いようがない。

 初めから自衛隊に任せていればよかった。そうすれば、アイゼンハワーを停める事だってできたであろう。彼らがそうしなかったのは何故だろうか。

 ──プライドのため?


『ファントム・ビークル、こちらファントム・コマンダー。そちらの後方1500メートルにボギー1を発見。警戒されたし、送れ』

「こちらファントム・ビークル、了解」


 アデルがすっと息を吸い込む。普通の深呼吸を一回してから、アデルは左の口の端を上げて笑う。


「さあ、戦いの時間よ。クソ野郎をブチ転がしてやるわ」

「「「ウーラー‼︎」」」


 車内の男たちが大声で叫ぶ。その雄叫びは彼らが世界中のどの軍よりも厳しい審査を受けて、過酷な訓練を受けて、激しい戦場に身をおいてきたか、それを現し、誇示するものだった。




「目標との距離500!」


 アデルが衛星を介して送られてきて液晶の中のマップで点滅する、ボギー1の赤色のアイコン叫ぶ。アイゼンハワーは、足腰の上に乗っかった巨大な120ミリ戦車砲塔を真後ろに向けて高速道路の真ん中を定速で走っていた。

 敵のGM3スパイダーとは500メートルの距離を切っている。十分に砲の射程内だが、敵はちょうど高速の稜線の影に隠れており、照準することはできない。マイクはただ、トリガーに右人差し指を掛けたまま、モニターのUI越しにじっと稜線を睨みつけている。

 天城イオリもアキラもアイゼンハワーの姿勢を変えたり、速度や進路を変えようとはしない。ただじっと、そのまま微動だにしようとしない。アデルもまた、車内で液晶の上のアイコンを睨みつけて、稜線から顔を出す時を待っている。

 敵も、悠然とまっすぐにこちらとの距離を詰めてくる。

 ただ、アリシアだけがこの世界でただ一人、両者が微動だにしないこと、敵が戦車砲をこちらに向けて接近してくることに恐怖を感じていた。

 だが、その他の連中は誰一人として動揺せず、気持ちの悪いほど平然とした顔をしていた。それは、彼らの経験の深さであり、度胸であり、彼らが今まで生き残ってきた理由であり、彼らが最強の理由だった。

 ──当たり前のことをして、当たり前のことを守った者が生き残る。

 その定説セオリーを嫌となるほどに見て、体験して、知っているからこそ彼らは動じない。そして、敵もそのことを知っており、身動きをしない。

 敵は、強い。

 両者の間の沈黙はそのことを彼らに知らしめる。


「ランデブーポイントまであと少しよ!こいつを乗り切ってしまえば、私たちの勝ち!」

「「「ウーラー‼︎」」」


 またもや男たちが大声で叫ぶ。その中にあったのは闘志と、勇ましさと、信頼と、恐怖であったはずだ。

 敵は沈黙を守り、身動き一つ取るそぶりがない。刀の柄に右手を当て、互いに必中の間合いにじりじりと詰め寄るサムライのような両者。

 やがて後方の稜線からピリつくような、ざわつくような殺気がにじみ出てきて、全員が手を握りしめる。

 そして、稜線から金属の箱が顔を出した。


「──撃てェッ‼︎‼︎」

「ウーラー‼︎‼︎」


 アデルの号令直下、マイクが雄叫びと共にトリガーを引いた瞬間、薬室内の120ミリ砲弾の雷管が炸裂して火薬に火がつき、21kgの金属塊が真っ直ぐに、毎秒1670メートルの速さで飛び出していく。

 同時に、天城イオリがレバーを操作して左足全てを地面すれすれまでに下げ、アキラがハンドルを右にきる。

 後ろ足二本を立てながら稜線から顔を出したボギー1は、車体下の戦車砲を撃ち、左に大きく急転進をする。

 ──120mm砲弾が互いのすぐ脇に着弾し、爆風と衝撃波が車体を揺らし、砲弾片が走行を穿つ。

 すぐさまに自動装填装置が次の弾を撃とうと砲弾を持ち上げ、排莢と同時に装填して薬室を閉鎖した。


「次弾、装填よし!」

「撃てッ──‼︎」


 アデルの怒声は、120mm滑空砲の砲口から突き出た爆音でかき消された。


「回避ッ!」


 アキラがハンドルを切り、左脇に着弾した敵砲弾は炸裂して、破片を周囲に撒き散らす。その破片が防音のための壁を突き破って、ビルに大きな破孔を開ける。

 ランデブーポイントまではあと5キロメートルほど。このアイゼンハワーの最高速度なら10分ほどだが、その間に何回の砲撃を交わすことになるのか。

 正直言って、この遮蔽物のない直線上で敵に背後を取られながら走るのは、生きた心地がしなかった。


「次弾、撃てッ──!!」


 再びの爆音、回避行動に内蔵を揺さぶられ、車体脇での砲弾の炸裂にぐわんと車体が浮かぶ。着地は多脚のお陰で戦車に比べれば随分とマシな衝撃がする。


「次ッ!間髪入れるな──!!」


 今度は直撃したんじゃないかと思うほどの衝撃。着実に敵の砲弾はこちらに近づいていっている。

 敵の主砲は車体に内蔵されており、射撃の際には車体直線上をこちらに向けなければならない。だから、射撃にはいくらかのラグがあるはずなところが、この素早い照準と回避行動、敵は確実に強い。


「次ッ──!!」


 発射の爆音と、直後の衝撃。回避行動と着弾の衝撃に地震のように揺さぶられる。何回も頭を揺さぶられ、アリシアは軽い脳震盪を起こし、鈍い痛みが彼女の頭をついた。


「ファントム02!残弾は幾つ!?」

「3──!今使って残り2!」


 アイゼンハワーの装弾数は自動装填装置の中に9発込めることができる。その他にも余スペースに予備砲弾を積み込むこともできるが、それは手動装填しなければいけない上に、今は食料と緊急用の武器弾薬と夜戦の装備に占拠されていた。

 つまり、チャンスはあと2回。

 敵はGM3スパイダーを無理やり改造している。腕は最前線の激戦を無傷で生き抜いて、祖国で表彰されるだけはある。だが、いかんせんGM3の改造だ。実際に主砲の仰角を取るのに苦労しているようだし、装弾数もこちらと同じか少ないくらいだろう。


「次、撃って、後は避けに徹して!」


 こちらの射撃が遅れたため、敵の砲弾が先に着弾し、回避行動のせいで折角のこちらの砲弾はあらぬ方向へと飛んで、その先の住宅街を火に包む。

 だがアデルの表情は焦っていない。


「チャンスはいつでも一度きり」

「それは誰の言葉だ、ファントム01」


 天城イオリがアデルの独り言に対して問いかける。その顔はモニターに向かっていて、何を考えているのかは分からない。


「私の経験則」


 アデルは得意気に言う。


「揺れるぞ、捕まれ!」


 アデルの答えを無視して突然、天城イオリは叫んで右のレバー全てを倒す。車体がいきなり傾き、全員が右に体を揺さぶられてしまい、舌を噛んだ者が何人か出てしまった。


「舌を噛むぞ」

「先に言いなさいよ、このボケ!」

「む……」


 アデルに怒鳴られ、天城イオリはしゅんと黙り込む。

 こんな男でも、仲間の中じゃこんなに感情を見せるもんなんだ──アリシアは、意外な彼の横顔に見入る。いつもの頼りがいのあってデリカシーの欠ける彼とは違う一面を見て、こんな状況なのに、アリシアは少し得したような気分になって頬が少し緩んでしまう。


「いっ……」


 天城イオリをぼおっと見つめていると、鈍痛が頭の中を走り抜けていって、思わずうめき声が漏れてしまった。


「どうした?」


 天城イオリが不思議そうな目でこちらを見つめる。頭痛の事を話そうかと思ったが、さっきのことを思い出して、ゆっくりと首を振る。


「大丈夫です、問題ありません」

「そうですか……」


 そういったきり、天城イオリはモニターに向き直ってしまった。薄情な奴である。もう少しは気にかけてくれたっていいのに、とアリシアは一人口を尖らせた。


「奴は、弾切れですか……?」


 マイクが厳しい表情をしながら言う。敵はさっきから一発も弾を撃ってこない。敵はこちらと同じく砲弾が尽きかけているかもしれない。

 だが、断定はできない。その慢心が、戦場では自らの身を滅ぼす。


「だとしたら、狙いは一緒よ」


 敵に砲弾が当たらないのなら、回避不可能なまでに接近して必殺の間合いから、一閃を振るえばいい。

 だがそれは、近距離から敵の砲弾を避けきることができる技量と、度胸があって初めてできることだ。

 奴には、それがある。アリシアも、車内の全員も本能に近い所でそれを悟っていた。


「ランデブーポイントまであと3キロメートルちょっとってとこね」


 アデルがマップを見ながら言う。そのマップには、首都高速第11号台場線から一回転してレインボーブリッジに乗るルートが示されている。

 ケリをつけるなら、この一本道が最適か──アデルは、脳内でボギー1撃破への算段をつけていた。


「増速、ボギー1との相対距離500メートル以上を維持!」

「アイ・マム」


 アキラが応えて、アクセルを踏み込む。アイゼンハワーはゆっくりと増速しだして、GM3との距離を開けていく。しかし、GM3はそれに追随しようとして諦めて、距離が空くのを見守っている。

 敵はGM3を無理やり改造した車両であるため、重量過多やスペースの不足などから本来の性能を発揮しきれてはいないのだろう。そもそもが軍用MFVではない、パワーに明らかな差があるのは明白であった。


「このまま、渡りきったところで、反転して狙うわ。正面装甲を盾にしてね」

「「「アイ・マム‼」」」


 レインボーブリッジを渡りきったところで多脚をうまく使って、小半径のドリフトを行い、急反転、敵に必殺の一撃を見舞うのがアデルの作戦だった。もちろん、敵の反撃を受けるかもしれないが、こっちは民間用MFVではなく米軍の最新鋭軍用MFVである。正面装甲は120mm砲弾を受けたところでびくともしない頑丈さを持っている。

 ここからは小手先の技術力と、度胸の勝負だけではない。

 搭載されたテクノロジー同士の一騎打ちだ。

 M1エイブラムス戦車の試作でしのぎを削ったゼネラルモーターズとジェネラル・ダイナミクス同志の一騎打ちでもある。

 アイゼンハワーはGM3と少しずつ距離を空けながら、レインボーブリッジを爆走する。渡りきるまであともう少しというところで、アデルが叫んだ。


「今だ──キャッ⁉」


 前脚二本を軸にしてドリフトをしようとしたアイゼンハワーを、大きな衝撃が襲う。


「クソッたれ‼」


 叫び、引き金に力を籠めるマイク。その瞬間、120mm滑空砲が火を噴き、砲弾が撃ち出されていく。

 その砲弾は、GM3の左側を掠め、空中で爆発した。その破片が大きくGM3の車体左側の脚と車体を穿ち、中央の脚が一本爆発した。


「右5番、6番脚損傷! 5番脚使用不可、6番脚も出力低下を確認!」


 天城イオリがモニターを見ながら叫ぶ。


「なんとか持ち直せる⁉」

「5番脚をパージすればなんとか」


 そう言われれば、アデルは迷わなかった。すぐに叫び返す。


「5番脚パージ!ランデブーポイントまで急いで突っ切るわよ‼」

「「「イエス・マム!」」」


 直後、車内にバコンという音が響き渡り、天城イオリが見ているモニターの5番脚の表記が『Unavailable』から『Negative』に切り替わり、赤色から灰色に切り替わる。


「パージ完了!」


 天城イオリの報告と共に、アキラがアクセルを踏み、ハンドルを切って反転し、走り始めた。同時に、GM3も左中央脚をパージして、こちらを追いかけてくる。


「しつこいわね……」

「ファントム01、車体をボギー1に接近させて乗り移るのはどうだ」


 天城イオリがモニターを見ながら提案し、アデルが眉を寄せて黙り込む。


「誰がやる?」


 逡巡の後、アデルが出した答えはそれであった。


「俺が」


 天城イオリは、迷わず毅然と答えた。


「オーケー、C4と手榴弾、どっちがいい?」

「手榴弾だ。それと、サブマシンガンを頼む」

「ほれ、これ持ってけ」


 マイクが、肩にかけていたP90を天城イオリに差し出し、アデルが車体の収納スペースからM67手榴弾を取り出して手渡した。天城イオリはその二つを手に取って眺めた後、意を決したようにP90を肩にかけ、M67手榴弾を防弾チョッキのポケットにしまい込んだ。


「あ、天城さん……?」


 アリシアは、これから天城イオリがやろうとしていることをなんとなく理解した瞬間に、彼を引き留めずにはいられなかった。アリシアには、彼がその身に代えて敵を撃破しに行こうとしているようにしか見えなかった。


「大丈夫です、問題ありません。私は、生きて帰ります。アリシアさん」

「そ、そうですか……」


 天城イオリはアリシアにそう強く宣言した。彼にとっては任務が第一優先であり、自己保身は二の次であった。

 だが彼は、チャンスがあるのならそれを逃す愚か者ではない。

 生きて帰る。その言葉には不思議と実感がわいてきて、彼がまるで学校に行くかのような気軽さで敵を殺しに行き、近所のサッカークラブから帰ってくる気軽さで戻ってくるような予感が、アリシアの中に湧いてくる。


「生きて。必ず、生きて。帰ってきてくださいよ」

「ええ、必ず」


 そう言って、天城イオリは狭い車内で身をくねらせながらマイクと場所を変わり、その次にアデルと場所を交代した。


「相手もこちらも弾を切らした。こっからは素手の殴り合いの始まりよ!」

「「「ウーラー‼」」」


 アデルの野獣的な笑いと共に、アキラがブレーキを踏みながらハンドルを切ってGM3に車体を寄せていく。


「ファントム03、あんた生身なんだから、マシンガンくらい潰しておきなさいよ!」

「了解だ」


 天城イオリは、ハッチを開けて顔を出す前に、車内からM2ブローニング機関銃に取り付けられたカメラで外を見ながら、敵のカメラと一体化した機関銃を狙う。

 簡易的な照準点を目標に合わせ、トリガーを引く。車外から12.7×99mm弾の発砲音がくぐもって聞こえ、直後に敵のカメラのレンズと機関銃の機関部が割れ、取れた機関銃とカメラが後方へと転がっていった。


「着けてくれ!」


 天城イオリが叫んだ直後に、車体右から大きな衝撃が伝わってくる。ハッチを開けると、冬の夜風が火照った頬を撫でていき、気持ちが良かった。

 ガスタービンエンジンの甲高い音と、ディーゼルエンジンの荒っぽい音に混じって金属同士がこすれあう音がする。

 天城イオリは、ゆっくりとアイゼンハワーの主砲塔の天蓋を這いながら、GM3の車体天蓋へと乗り移った。

 GM3の車体天蓋のハッチへと手を伸ばす。ハッチにはこれといったロックもなく、付いていたハンドルをゆっくりと回して気密を解いていく。最期まで回し切ると、ハッチの開閉部から反対側に回って、ハッチを開けた。

 その時、僅かに開いたハッチの隙間から、男の手が飛び出して空をまさぐる。天城イオリは思いっきりハッチをその手に叩きつけて、手にした手榴弾のピンを歯で引き抜こうとする。ハッチの中からなにか叫び声と怒声が聞こえてきて、やがてキンッという金属音がして、なにか重いものが落ちる音がした。

 その瞬間、ハッチに挟まれた手が大きく暴れ出し、中からさっきより大きな、悲鳴に似た怒声と、暴れまわる音が聞こえてくる。

 天城イオリはそのままハッチを全体重をかけて抑えつける。その内、手の動きがさらに激しくなり、ヒステリックになった縋るような男の声がする。その声は、何回も同じことを叫び続けて、少しした後、GM3の内部から聞こえてきた爆音にかき消される。

 天城イオリがそっとを目を開けると、その手はぱたりと倒れて、動かなくなっていた。


『ファントム03、何があった⁉』


 天城イオリは、しばらく放心していた。目の前の男たちがとった行動は理解できるのに、


「あ、ああ、ファントム01……」

『ファントム03、状況を報告せよ』

「奴らは、死んだ」


 そう答えるのが精いっぱいだった。


『了解、早く戻って来なさい』

「ラージャ……」


 × × ×


 ランデブーポイントはすぐ目の前の港湾だった。深夜の人気のない港で、積まれたコンテナに見下ろされながら指定された時刻まで待っていると、目の前の海面から巨大な影が浮かび上がって、顔を出してきた。

 全長210メートル、全幅33メートル、喫水26メートル、全高28メートル、排水量4万3千トンもの巨大な原子力強襲揚陸潜水艦、FSSCVN-01『シー・ボーイ』。

 その巨大な影はひりついた静寂をまといながら近づき、見る者に威圧感を与えてくる。

 そのシー・ボーイの甲板に出ていたクレーンにGM3とアイゼンハワーは吊られ、巨大な搬入ハッチから積み込まれていく。

 遠くから警察車両のサイレンが聞こえてくる。先ほどから寡黙に作業をしていた、青い制服を着た作業員たちは手を動かすスピードを速める。

 そして、全ての作業を終了した後、その港には僅かな波の揺れ以外に彼らの痕跡を残すものは何もなかった。

 東京だというのに、霧が立ち込めてきた。

 冬の夜明けは冷たい。


 × × ×


 24式をトレーラーに捕まらせて無理やり搬送しながら、サイレンを鳴らして神尾のパトカーは夜の台場を疾走する。

 道には、先ほどまで車両同士が爆走し、争っていた形跡が残っている。その痕跡を頼りに、神尾は開け放たれた港湾の入り口を突破して、中に入る。

 コンテナが積まれた港は、夜明けの霧に包まれており、全容が見えない。

 神尾は、パトカーから降りて、揺れる海面を見つめる。


「幹也、あそこに向かって撃て」

『は……?隊長?』

「あそこだよ、あそこ。良いから撃って」

『りょ、了解です』


 神尾が指差した方角に向かって、トレーラーから降りた24式テミス1号機がリボルバーカノンを構えて狙いをつける。そして、一号機の右人差し指が動いて37mm弾が銃口から飛び出した。

 直後、寺の釣り鐘を思い切り叩いたかのような金属音がして、辺りに響いた。


『た、隊長、今のは……?』

「……さ、帰るとするか。帰りがけに居酒屋にでも寄ってく?」


 神尾は先ほどまでの厳しい顔を崩して、いつもの飄々とした表情に戻る。

 当たりには、ボートの奏でるカタカタという音がして通り過ぎていった。


 × × ×


 この街は霧に包まれている。

 この街の真の姿はこの厚い霧に包まれ、見えていなかった。

 だが、この街の霧は僅かに晴れたのかもしれない。

 ただ、それでもまだ彼らは虚影を見続けている。

 この街の霧は厚い。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ