霧の街:4
──可能なら実行する。不可能でも断行する。
マルセル・ビシャール
ガスタービンエンジンの甲高い駆動音が、重たい劣化ウランプレートの装甲板で鈍くくぐもって、狭い車内で反響する。
「ギアチェンジ、シャッター開けて!」
「シャッター開放します!」
ヘルメットを被って車外に顔だけを出したアデルが、外にいたマイクに指示する。マイクは、シャッター横のシャッターの開閉装置を作動させる。シャッターがゆったりと巻き上げられて、ようやくアイゼンハワーが通れるくらいの隙間が空いた。
「前進、屋外で一時停止」
アデルの指示で、ハンドルやらレバーやらボタンや液晶がごちゃ混ぜになった車体前方の操縦席に仰向けに近い状態で座っているアキラ・ガリバルディ軍曹がアクセルを踏み、ゴテゴテとした見た目の八脚型軍用MFVアイゼンハワーをガレージからゆっくりと出す。そして、日本の道路交通法にしたがって左側の車線に避けて停止させた。
「ファントム02、早く乗りなさい!」
「イエス、マム!」
マイク・ナッソー軍曹が開閉装置をまた操作して、閉まりかけているシャッターの下を潜り抜けて車両に駆け寄ってくる。そして、手近な突起に手をかけてよじ登って車内に入ってくる。
「失礼、お嬢さん」
本来操縦手と射手と操縦捕手と車長の四人だけで乗る様に設計されているため、余計なアリシアが乗る分は想定されていない。そのため、アリシアは車内の僅かなスペースに体を押し込んでいる。これがひどく窮屈で、ほとんど身動き一つできず、冬場というのに蒸し暑さと揺れに耐えなければならない。
「敵は改造されたGM3スパイダー一両のみ。司令部よりオーダーが届いた。護衛対象を連れて東京湾埋立第16号へ急行せよ。火器使用は現場判断に一任する。以上!」
「「「イエス・マム!」」」
車内の男どもが一斉に応を返すむさくるしいこと、うるさいこと。
だけれども、その一体感が、さきほどみた不格好なMFVに対しては心強かった。
× × ×
「隊長、結局こっちも誤報ですか?」
「うーん、そのようだね。検問の交通課の18式の見間違えだろうね」
各地の警察本部の交通部に配備されている18式交通警備MFVはGM社製GM3スパイダーをベースに日本の警察仕様に改造した車両であり、装備として赤外線特殊カメラ、相対速度計、各種通信システム、サイレンとランプ、フラッシュライトが付けられている。その任務は警邏からテロ発生時の交通整備や被疑者追跡など多岐にわたり、その高い踏破性から災害救助にも用いられ、頑丈かつ堅牢そしてかなりの積載能力からSATの隊員運搬を行ったりもしている。
このように万能な18式であったが、警察車両特有の白と黒のカラーリングを施しているとは言え、そのシルエットは巷であふれているGM3と寸分違わず、六脚で器用に車両を追い越しながら道を疾走するその様はまさに往年のアクション映画のカーチェイスを思い出させることもあり、こうして見間違いによる誤報が絶えなかったりする。そのせいで特殊車両課実働隊(通称特車実隊)は頻繁に出動命令が下ることがあり、交通部に対して、せめて徐行運転をしてくれと頼み続けている。が、なんらかの是正が成された事は無く、今に至る。
「これだったらいっそのこと、ピー太郎君でも載せた方が良いんじゃないかなぁ」
「ピー太郎君ですか?」
24式をトレーラーのデッキに収容する作業をしていた特車実隊第一小隊運搬トレーラー操縦担当の西田敏行巡査は神尾のぼやきに振り向く。
「うん、ピー太郎君だったらすぐわかるでしょ、警察だって」
「交通部がそれを了承したらの話ですけれど」
「ダメかなぁ?」
「多分、ダメでしょうね」
「そっか……良い案だと思ったんだけど」
神尾が止めていたパトカーに寄りかかりながら、ため息をついてタバコを吸う。
「隊長!24式収容作業、終わりました!」
「はい、お疲れさん。じゃ、帰りましょっか」
そう言って、神尾はパトカーに乗り込み、ドアを閉めてシートベルトを付ける。手に持っていたタバコを吸い殻入れですり潰していると、助手席に24式操縦担当の幹也晴翔巡査が乗り込んでシートベルトを着けた。それを確認してから、アクセルを踏んでパトカーを出す。サイドミラーに、後ろを追従するトレーラーが見えた。
「いやぁ、やっぱ誤報が多いね」
「こんな事態ですから、人々は混乱しますし、上も混乱して人手が足りていません。それに、MFVの監視システムが丸ごとやられちゃっていますから、どこに誰のMFVがいるのかが分からない。だから、こうなるのは必然です」
「やっぱ、テロ、なのかな……」
特車実隊きっての軍事オタクで名高い幹也に、わざととぼけて聞いてみた。
「だとしたら、犯行声明がないのが不自然です。テロとは、なんらかの意思を持って不特定多数に攻撃をするものです。他人を殺してまでも発信したい情報がないというのは、テロとして成り立っていません」
「国家、の仕業か」
「だとしたら、敵の狙いはMFVの監視システムを爆破する事で、この国に混乱をもたらす事でしょう」
「それだったら、敵さんは俺たちがヒイコラ鳴いて働いているのを見てほくそ笑んでいる、嫌な奴なんだろうなぁ。あは、あはは」
「あは、あはは」
「あははははは」
オレンジ色の街灯が照らす高速道路を走るパトカーの中で、男二人して乾いた笑い声を上げる。
本当に、笑えない冗談だった。
その二人の笑い声を遮るかのように無線の呼び出しが鳴り、二人は笑いをすぐに引っ込める。そして、神尾はハンドルから左手を離して無線機を取った。
「はい、こちら特車実隊第一小隊」
『こちら特殊車両課司令部。東京都大田区久が原5丁目にてM7アイゼンハワーらしきMFVを確認したとの通報あり。現在、交通規制を破り第二京浜を進行中。第一小隊は直ちに指定した場所で24式MFVを展開、当該車を停止させよ』
「特車実隊第一小隊、了解」
神尾が無表情で無線機を戻すと、強張った顔をした幹也が言った。
「隊長、アイゼンハワーって……」
「ああ、軍用MFVのアイゼンハワーだろうな」
きっぱりと断言すると、幹也が露骨に嫌そうな顔をして言った。
24式が現在装備している武器は硬鉄芯警棒とボフォース37ミリダブルアクション回転弾倉式拳銃のみ。そもそも民間用の自立型MFVとのCQC(近距離格闘戦)を想定した警棒はともかく、37ミリリボルバーカノン(上記37ミリダブルアクション回転弾倉式拳銃の略称)の方は徹甲弾を装填しているものの戦車の正面装甲には圧倒的に威力不足であり、しかも市街で取りまわす為に弱装弾になっていた。
どちらにせよ、アイゼンハワーと渡り合うには心許ないどころか自殺願望者の暴挙の域ですらある。
「隊長、辞職届……出しても良いですか?」
「良いけど、それを受け取って人事に報告するのは明後日になっちゃうけどいい?」
「ですよねぇ……」
幹也は大きなため息をついて、がっくりと項垂れた。
その後頭部を、オレンジ色の街灯が規則的に現れては舐めていっていく。
× × ×
『ファントム01、こちらファントム・コマンダー。これより貴車のコールサインはファントム・ビークルである。ボギー1が第二京浜に乗った。警戒せよ』
揺れるM7アイゼンハワーの車内の無線からやや掠れた男の声が聞こえてくる。
10分前に大田区久が原のアリシアと天城イオリの住んでいるマンションの下の通りを通って第二京浜に乗った。それからすぐに池上警察署前の検問に出会ったが、アイゼンハワーはフェンスを踏み潰してひしゃげさせて突き進んでいった。パトカーが何台か着いてきたが、アデルがM2重機関銃を何発か撃ってやると大人しく引っ込んでいった。
それからというものの、検問とラジオからうるさく聞こえてきていた国道及び高速道路の通行自粛の呼びかけによって第二京浜道路はほとんど車両がおらず、伽藍堂と化していた。
「それにしても何にもないな」
アキラ・ガリバルディがハンドルを切って乗用車を避けざまに言った。
「日本の警察が交通規制を敷いているからだろう。こんな状況だ、無理もない。だが、都合はいい」
天城イオリが八脚を操作する八本のレバーに手を置いて、アキラが見ているものと同じモニターに目を走らせながら答える。
「なんだか、ひどい話だな。日本人の混乱を、利用してるってのは」
「仕方がない。俺たちがこうなったのはこの混乱のせいだ。この状況を使わせてもらうくらいはさせてもらおう」
典型的なおしゃべりで不真面目なイタリア人の性格とは真反対で、寡黙で実直な性格のアキラにとって、人の不幸を利用するということに抵抗感を覚えるらしい。
「そんなこと、気にしたら負けよ。分かっているでしょう?」
アデルが周囲を見回して警戒しながら声をぴりつかせて言う。
「分かっている。そんなことは……」
アキラがそう呟いて、それっきり黙ってしまう。そうして、車内に気まずい沈黙が訪れる。アリシアは、そんな兵士たちの会話についていくことができなくて、何か言った方がいいのか黙っていた方がいいのか分かりかねておろおろと黙る。
そんなアリシアの様子に気づいていない、アデルの被っているヘルメットのインカムに司令部からの無線通信が入る。
『ファントム・ビークル、こちらファントム・コマンダー。そちらより方位021、距離1252にてPAVタイプ24を確認。そちらを待ち伏せしている模様。代替ルートを送信する、確認されたし』
直後に車内のコンピュータのディスプレイに通知が届き、それをタップすると現在地の地図と、日本の警察のMFVであるPAV24が待ち伏せている地点、そして代替ルートがそれぞれマーカーや赤い線で示されていた。
「ファントム・コマンダー、こちらファントム・ビークル。確認した。代替ルートに乗る」
『ファントム・コマンダー、了解。PAV24の座標は衛星を通して更新する、送れ』
「ファントム・ビークル、了解」
短く答えてアデルは通信を終える。
「司令部より提示された代替ルートに乗って、進行方向の先に待ち伏せているテミスを避けるわよ」
「アイ・マム」
アキラが短く答えて、赤信号の交差点でハンドルを左に切った。
× × ×
『こちらおおとり8、特車実隊第一小隊へ。目標が転進、そちらより西12番目の交差点に移動されたし』
「こちら特車実隊第一小隊、了解」
パトカーの無線機の子機を掴んでた神尾は、上空を飛ぶヘリコプターからの無線を切って無線機に子機を戻す。
「アイゼンハワーが転進、西の12番目の交差点で待ってろってさ」
「隊長、トレーラーに載せますか?」
それを聞いた幹也が半開きのコックピットから顔を出して叫ぶ。
「いや、そのままでいいよ。走っていきましょ」
「了解です、隊長」
そう言って幹也はコックピットの中に戻り、ハッチを閉めて24式をダッシュでヘリコプターから指示された交差点まで移動させる。その後ろから、神尾と西田がそれぞれパトカーのサイレンを鳴らして追従する。辺りの住居の住民たちが何事かと窓を開けて顔を覗かせていた。
「はい、ストップ幹也」
無線の周波数を24式のものに切り替えて言う。すると、24式が少しずつ減速し出してやがて完全に制止し、回れ左をして37ミリリボルバーカノンを構える。
そのまま、少しの間待っているが、辺り一帯を通行止にしたせいで車両が一両もいない。しかし、遠くから警ら車両の屋外に出るなと言う旨の警告の声とサイレンが聞こえてくる。
それを聞いた住民たちは、家の中に立て籠もって、カーテンを閉めて鍵をかける。
何にもいない夜の静寂の世界。辺りにあるのはアスファルトの道路と、まるでこの夜の世界で起きていることから目を逸らそうとしているかのように静まり返ったマンションたち、そしてオレンジ色の街灯。
「静かすぎるな、この街は」
× × ×
第二京浜国道上空300メートルを、前方下方を走行している一台のMFVを追っているベル412EP、おおとり8号機の中ではエンジンの音がわんわんと響いている。機内は明かりがなく、コックピットの足元は真っ暗で、計器のラジウムの緑色の光と液晶が発する青白い光以外は何も見えない。
「こちらおおとり8号機。特車実隊第一小隊へ、当該車が転進、東に5番目の交差点に移動せよ」
前方下方を時速50キロメートルほどで爆走する軍用MFV、M7アイゼンハワーは突然現れ、こうやって第二京浜沿いを北上している。先程から交通規制がしかれ、また警らによる警告によって下方の町の道路には車両は一台もなく、不気味に静まり返っている。
まるで、別世界に引き込まれたかのようだった。
「当該車が西の方向に転進!」
一人の巡査が開いた機体横のドアから外に身を乗り出して双眼鏡を片手に、もう片手で手すりを握って、鳴り響くエンジン音に負けないように叫ぶ。
「こちらおおとり8号機。特車実隊第一小隊へ、当該車が西へ転進、西に3番目の交差点に移動せよ」
覗く双眼鏡のレンズの先で、ちっぽけな24式が後ろにパトカーを従えて回転灯を点けながら指定したポイントまで走っていく様子が見える。
「当該車、東へ転進!」
さっきからこうだ。こっちが待ち伏せるポイントを帰るたびにそれを見えない目で見透かしているかのように下方前方を走るアイゼンハワーは反対方向へと回頭する。24式が移動してアイゼンハワーが反対に方向を変える。延々脈々と続くかのようないたちごっこ。
いや、アイゼンハワーはそれでも少しずつ前に進んでいる。GM3を改造した18式やパトカーならアイゼンハワーのガスタービンエンジンの出力に追いすがることもできるが、それらには武装がない。しかし24式の二脚がシステムのアシストを受けて走る速度は追いつけるほどのものではない。更に、重心が高い位置にあるため、低重心の車両を相手にしたとき、急な機動には転倒する危険性が高い。
だから、アイゼンハワーに対しては一か所に待ち伏せて直線上での一騎打ちがただ一つの対抗手段である。
なのに、敵には鷹の目でも付いているのか、こちらの一挙手一投足が読まれていて、こちらを弄ぶように交差点で反対に方向転換をする。
前髪がチリチリと灼けるような緊張感。前方下方300メートルを走っているアイゼンハワーの中にいるのは四人のテロリストたち。奴らはこちらの動きを完全に読み、妖艶な哄笑を上げながら俺たちの手から逃れる。
口が乾いてきた。
また一歩、アイゼンハワーが24式のいる通りに近づく。
頭がイかれてしまいそうだ。
「こちらおおとり8号。特車実隊第一小隊へ、東に3番目の交差点に──」
× × ×
『こちらおおとり7号!全警邏へ、武装したGM3が民間車両を攻撃しながら第二京浜国道を進行中!警戒されたし!』
「なッ──⁉」
突然無線機のスピーカーから響いてきた雑音交じりの男の叫び声に、神尾は思わず無線機に向かって振り返る。
『特車!左だ!』
せき込んだようなおおとり8号の機長の叫び声が続く。
「幹也、左だ!撃て!」
咄嗟の判断で神尾は24式に向かって叫ぶ──反射的な、本能的な行動だった──幹也がフットペダルと両手の操縦桿を操作して左側に振り向き、二足を肩幅に開きながらトリガーを引き、連動した24式マニュピュレータが37ミリリボルバーカノンのトリガーを引いてハンマーがゆっくりと持ち上がる。24式のマニュピュレータがトリガーを引ききった瞬間、ハンマーが落ちて37ミリ弱装実包の尻の雷管を叩いて撃発が起きる。雷管の炎が雷撃に似た速度で実包内の火薬を燃やし、その燃焼ガスが弾頭を押し出す。その弾頭は燃焼ガスに押されてライフリングに押し付けられ、回転しながら銃口から頭を出す。そして、そのまま直進してオレンジ色の街灯に煌めきながら飛翔していく。
その先に、弾頭に比べれば非常にゆったりとした動きのアイゼンハワーが顔を出す。そのゆったりとした動きのアイゼンハワーの砲塔の側面に弾頭が直撃した。
そして、その弾頭は大きく跳ね返り、近場の無人のオフィスビルに直撃して、オフィスビルに大きな破孔を穿いてその中で停まった。
「ッ……」
そのままアイゼンハワーは遠くへと走り去っていってしまった。
「幹也、24式をトレーラーに収容しろ」
「追うんですか?隊長」
「撤収。後は自衛隊さんの仕事でしょ」
「了解です」
× × ×
「さっきの直撃の被害はッ?」
騒音に負けないようにアデルが声を張り上げる。
「操縦系統、モニター問題なし!」
「FCS、砲塔の旋回システムも生きてます!」
「オーケー。みんなピンピンしてるわね」
満足げにアデルは言った。先ほどの警察のMFVによる射撃の着弾によって、車内は大きく揺れ、耳をつんざくほどの甲高い金属音が響いた。そのせいで、アリシアは気を失い、アデルの手の中で眠っている。
「あのMFVは二脚型だから、こっちを追えるスピードは出せないはずよ。JGSDFが出張ってくる前にランデブーポイントまで行きましょう」
「「「イエス・マム!」」」
男たちの大声の応が、水を打ったように静かな夜の街に響いていく。
なんだか、乾いたような響きだった。




