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霧の街:2

「これは……?」


 天城イオリはアリシアの部屋で、目の前に出された米の上にかけられた湯気を発する茶色のとろみがかった液体を見つめていた。湯気を発していることから、それは相当の熱を持っていることが分かる。


「日本のカリーアンドライスらしいですよ。王国から日本に渡った時にアレンジされたらしいです」

「日本のカリーアンドライスですか……見たところ大きな違いは見受けられませんが……」


 天城イオリは興味深そうに出されたカリーアンドライスの日本アレンジを見つめている。


「まあ、一口食べてみることです」

「は、はい……」


 エプロンを下から押すそれなりの胸を張りながら、アリシアがむふー、と自信ありげに鼻を鳴らす。それを見て、天城イオリは恐る恐るといった感じでスプーンを口に運ぶ。


「……!」

「どうです?」

「素晴らしいものです。王国のものと遜色ない」


 そう言って、天城イオリは手早くカリーアンドライスの日本アレンジを食べ終える。


「カレーっていうみたいです。日本だとインスタントのペーストが売っているみたいですよ」

「これが、ペーストから……?」

「ええ」


 天城イオリは信じられないといった感じで目を見開いている。


「わが大隊でも導入したいくらいです」

「大隊?」

「いえ、なんでもありません」


 天城イオリはあまりの衝撃に、つい口を滑らせてしまった。




「ご馳走様でした」

「また、今度来てくださいね」


 つい長居してしまったような気もする。アリシアの部屋の玄関で彼女と別れの挨拶を交わすと、天城イオリは一人、立春を過ぎたとは言え、まだ冬である二月の冷気が立ち込めるマンションの廊下に一人残される。


「…………。」


 真っ暗な空を見上げると、冷たい風が頬を撫でていく。さっきの暖かさを懐かしく思いつつも、一階下の自室に向けて足を向ける。

 今まであのような料理は贅沢品だった。潜入や先行偵察任務などでは濃い味のレーションだけだった。ファントム大隊はその任務の特殊性から、少人数での作戦がほとんどであり、必然的に隠密行動を取ることが多くなる。だから、火が使えず、せっかく支給されたインスタント食はほとんど廃棄していた。他の隊員は非番の時はこういうモノも食べていたのだろうが、いつ何時出動命令が出るか分からないファントム大隊では彼はいつも基地の中に居て、配給される味気ない食事以外何も食べてはいなかった。


「こうのも、良いのかもしれないな」


 そうしんみりと呟く。

 ふと吐き出した吐息が白く染まるのを見つめていたその時、微かなモーターの駆動音が天城イオリの耳に入ってくる。


「……!」


 マンションの廊下の手すりから上半身を乗り出し、辺りを見回すと、30メートル下の道路を走行する6本足の作業用MFV、GM3スパイダーが居た。いや、正確にはスパイダーを基にした違法改造機である。車体正面の観音開きになったハッチから恐らく内蔵式であろう戦車砲の砲身が顔を覗かせ、カメラには追加で赤外線カメラと見られる装置が取り付けられ、同軸状に機関銃が取り付けられている。

 間違いなく、あれはただの作業用MFVではない。恐らくテロリストがアフガンに残っていた米軍戦車のパーツを拾って取り付けたものだろう。


(厄介だな……しかし何が目的だ?)


 ただのテロリストであれば、この場でド派手にドンパチを始めて、民間人を人質に取って要求を突きつけでもすればいい。しかし奴は、ひっそりと、気づかれないように動いている。そして先程からカメラがキョロキョロと動いている。


(何かを探しているのか……?)


 そう思った瞬間、そのカメラがなぞるようにマンションの廊下を一階から観察していって、こちらと目が合う。その赤外線カメラと見られる装置と、機関銃の真っ黒な銃口がこちらを見つめる。


「まずいッ……!」


 慌てて廊下の手すりの陰に隠れるが、姿を見られてしまった可能性がある。そろりそろりと手すりから頭を出さないように自室まで行き、ドアを開けて中に駆け込む。それと同時に思い切りドアを閉め、鍵とチェーンをかける。そして、真っ先にパイプ机の上の通信機に向かう。


「ファントム1、聞こえるかファントム1!」

『なに、どうしたの。こんな時間に』


 今は夜中の10時56分。ついアリシアと話し込んでしまったせいで帰宅が遅くなってしまった。そのせいか、アデルは晩酌中でもあったのだろうか、寝ぼけたような間抜けな声をしている。


「寝ている場合ではない、ファントム1!」

『なに、どうしたのよ?』


 急かすように怒鳴ると、急にアデルの声の鋭さが増す。


「スパイダーを改造した武装MFVを確認した。武装は車両正面に固定戦車砲一門、カメラに赤外線カメラと50口径の重機関銃が取り付けられていた。その他の武装は不明、さっき俺と目が合った!」

『落ち着きなさい。つまり、作業用MFVに扮した武装装甲車がすぐそばにいるのね?しかもアンタは見つかったと?』

「恐らく」

『オーケー、了解したわ。ところで、ニュースは見た?』

「ニュース?こんな時になんの話だ?」

『日本政府のMFV監視システムが破壊されたみたいよ。このタイミングで』

「な……⁉︎」

『いい、これは確実に関連しているわ。そして、私たちがこの街にいることを知られている』

「どうする、ファントム1」

『護衛対象を連れて、こっちまでなんとかして来て。アイゼンハワーで脱出するわよ』

「了解、護衛対象を連れてそちらに向かい、アイゼンハワーで脱出する」

『通信終わり』


 プツと通話が途切れる。それを確認した後、すぐさま通信機の電源ケーブルをナイフで断ち切って、暗号パターンの記録されたディスクを通信機から取り出してその裏面をヤスリで削る。光沢が無くなったのを確認してから、それを投げ捨て、手早く必要な書類と銃器を手繰り寄せて、他のものは一切合切玄関にベッドと一緒に立てかけてバリケード代わりにする。

 一通りの準備を整えて、防弾チョッキのチャックを閉める。そして、先日の要領で一階上のアリシアの部屋のベランダに飛び移った。


「アリシアさん、いらっしゃいますか?」


 コンコンとカーテンのしまった窓を叩くと、中から大きな物音がした後、おびえた様子の彼女の声が聞こえた。


「え……ど、どちら様?」

「天城です。緊急事態です、今すぐここを離れなければなりません。急いで出てきてください。もしかしたらこの国から離れる必要があるかもしれません」


 中で困惑してうろちょろしているアリシアの陰に向かって、天城イオリは怒鳴る。


「ここを開けてください、奴らが突入してくる恐れがあります。今すぐここを離れなければなりません!」


 すると、中から押し殺したような声がして、カーテンに写るアリシアの影がしゃがんで、なにやらごそごそと動く。


「アリシアさん!早くしてください、奴らは下にまで迫っています!」


 足元に迫る脅威に、脂汗が頬を伝う。そうやって一人勝手に焦っているところ、急に目の前の窓がガラリと勢いよく開かれた。そこに、漢字のプリントされたTシャツの上からジャンパーを羽織り、ジーンズを履いたアリシアが顔を俯かせて、スニーカーを手にしながら立っていた。


「さあ、行きましょう。敵は間近に迫っています。私の部屋のバリケードもいつまで持つか分かりません」


 アリシアを置いて、さっさと行こうとする天城イオリの手を、アリシアが掴んで引き留める。その肩は、僅かに震えている。


「……この前も、こうやって入ったのですか?」

「ええ、以前もアリシアさんの在宅を確認するために、こうやってベランダから入りましたが……うっ」


 天城イオリが正直にあっけからんと打ち明けると、アリシアは天城イオリの腕を掴んでいるその手に力を籠めた。正直言って、天城イオリにとっては平気であったが、アリシアの背中から昇る並々ならぬ気配に気おされて、息を詰まらせる。


「ええ、分かりましたよ。よくわかりました。本当に、ええ……!」

「アリシアさん……?」


 こんな時に何をやっているのか、そうアリシアを問いただそうとすると、アリシアが掴んでいたその手を乱暴に振り払う。


「あなたっていう人には、デリカシーの欠片も存在していないって言うことが!」

「は……?」


 大声で怒鳴ったアリシアに対して、何が何だか分からずに、天城イオリはとぼけたような顔をすることしかできなかった。


「レディーの部屋のベランダに入ってくるなんて言語道断!それに、さっき私お風呂上がりだったんですよ!?」

「し、しかし……」

「問答無用です!」


 険悪な表情をしたアリシアにまくし立てられ、天城イオリには何一つ言い返すことができない。


「で?ここから逃げなきゃいけないんですか?」

「え、ええ……ベランダを伝わなければなりませんが」

「そうですか、行きましょう」


 そう、そっけなく言うと、アリシアはベランダの手すりにすたすたと近づいていった。しかし天城イオリは、ただただ意味が分からずに、首をかしげることしかできなかった。

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