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タイル工が異世界転生して鏝一本で世界の崩壊を防ぎ、現場に帰ってきた話  作者: もしものべりすと


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第九章 世界の中心

中央聖堂の床に、タイルが砕け散っていた。


 それは単なる装飾ではなく、世界そのものの一片だった。


 馬を急がせて王都に戻り、聖堂に駆け込んだ。


 主祭壇の前。


 大理石の床面に張られていた、特別なモザイクタイルが、砕けて散らばっていた。


 半径三メートルほど。


 まるで内側から弾け飛んだような、不自然な砕け方だった。


「これは……」


 俺は息を呑んだ。


 砕けたタイルの破片を、一つ手に取ってみる。


 厚みが、二センチ近くある。


 現代日本の床タイルなら、一センチで充分。それを、二倍の厚さにしている。


 これは、ただの装飾じゃない。


 構造材だ。


 壁ではなく、床。建物の中心に、構造材として、特別なタイルが張られている。


「リネア、これは、何だ」


「世界の、中心の石、です」


 リネアが、震える声で答えた。


「ヴァロン王国の中央聖堂は、世界の中心に建っています。この主祭壇の真下が、世界の中心点です」


「世界の中心」


「古代の伝承では、世界全体が、ここから放射状に、目地で繋がれているといいます」


 俺はもう一度砕けたタイルを見つめた。


 破片の断面に、奇妙な、青い線が走っていた。


 明らかに特殊な材料だった。


 その時、聖堂の入り口から、足音が響いた。


 重い、革靴と、絹の擦れる音。


 振り向くと、深紅の祭服を着た男が、護衛を従えて入ってきた。


 四十代後半。冷たい目、鋭い顎。


 手には、宝石をあしらった笏杖を持っていた。


「リネア聖女よ。この騒ぎの中心は、お前か」


「枢機卿バルティス猊下」


 リネアは頭を下げた。


 バルティス枢機卿。


 俺は、初めてその顔を見た。


 でも人柄は、すぐに分かった。


 権藤と、同じ種類の人間だ。


 現場を見ない、書類で物事を決める、上から目線の人間。


 バルティスは砕けた床を見て、軽く笑った。


「ふん、神の試練か。聖堂が老朽化したのだろう。修復師団に、剣と魔法による浄化を命じよう」


「猊下、その方法では、根本治療になりません」


 リネアが、震える声で言った。


「ほう? では、聖女どのは、何を提案する」


「こちらの拓海様が、診断をしてくださっています」


 バルティスは初めて、俺を見た。


 冷たい目で、頭の天辺から足の先まで、舐めるように見た。


「貴様か、最近、国王陛下のお耳まで届いている、壁屋というのは」


「壁屋、というか、タイル工です」


「同じことだ」


 バルティスはせせら笑った。


「ふん。聖堂の修復に、壁屋ごときが手を出す。聖典に、どのように記されておる、聖女よ」


「猊下、聖典『大壁経典』には、世界はタイルによって構成され、その守護は、壁の守人に委ねられた、と」


「経典を、近頃の異世界からの客人に、当てはめる気か」


 バルティスは笏杖を床に叩きつけた。


「この件は、教会の管轄である。明日、聖典評議会を開く。聖女どの、その客人を、被告として連れてこい」


 俺は、片眉を上げた。


「被告? 俺は、ここに呼ばれて来たんですけど」


「黙れ、壁屋」


 バルティスは俺に向き直り、笏杖を突きつけた。


「貴様の異常な腕前は、聞き及んでおる。だが、それは神の祝福ではない。異界の魔の力だ」


「俺の手は、ただの職人の手です」


「黙れと言っている。明日、評議会で、貴様を裁く」


 バルティスは踵を返して、去っていった。


 残された俺たちは、しばらく無言だった。


 リネアが、震えながら、俺に近づいた。


「申し訳ありません、拓海様。猊下は、剣と魔法こそ世界の真理と信じる、教会原理主義の方で」


「いいよ、リネア。そういう奴は、どこにでもいる」


 俺はリネアの肩に、軽く手を置いた。


 現代日本にも、いくらでもいた。


 権藤が、その典型だ。


「ただ、心配なのは、評議会で、評議会で時間を浪費することだ。その間も、世界の目地は、腐っていく」


「拓海様」


 リネアの目に、涙が滲んでいた。


「拓海様だけが、頼りです」


 俺はリネアの肩の手を、引っ込めた。


 代わりに、ハンマーを握り直した。


 主祭壇の床、砕けたタイルの周辺を、丁寧に診ていく。


 ポコ、ポコ、ポコ。


 濁った音が、続いた。


 砕けたのは、ほんの中心部分だけ。


 その周囲、半径十メートル四方が、すべて、剥離していた。


 一晩で、新たな崩落が始まる、とは言わない。


 だが一週間以内には、確実に、二回目の崩落が起こる。


「リネア」


「はい」


「これは、俺の仕事だ」


 俺は、初めて、自分から、そう言った。


 現場では、誰かに頼まれてから動く。


 でもこの時ばかりは、違った。


 誰かに命じられる前に、これは、俺がやるべき仕事だ、と分かった。


 目の前に、剥離している壁がある。


 それを、見ることができる耳と、直すことができる手を、俺は、持っている。


 ならば、俺の仕事だ。


 ヴァルトが、後ろから、肩に手を置いた。


「拓海殿、よろしいのか」


「ええ」


「明日の評議会では、私も同席する」


「お願いします」


 その夜、聖堂の隅で、俺はリネアと並んで、座っていた。


 彼女は、俺の手を、両手で握っていた。


 まるであの転生した日と、同じように。


 ただあの日と違って、彼女の手は、もう震えていなかった。

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