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タイル工が異世界転生して鏝一本で世界の崩壊を防ぎ、現場に帰ってきた話  作者: もしものべりすと


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第十章 黒い目地、千年の契約

夜の聖堂で、リネアは古い書物を開いた。


「世界の創世記には、剣の英雄も魔法の賢者も、登場しないのです」


 彼女の声は囁くように低かった。


 ろうそくの灯りだけが、書物のページを照らしていた。


 俺は、向かいに座って、聞いていた。


「本当に?」


「はい。世界の最初に登場するのは、ロウェンの一族、つまり、壁の守人たちです」


 リネアは、ページをめくった。


 古代文字で書かれたそれを、リネアは口頭で訳してくれた。


『創世の刻、神は世界を、無数のタイルとして創り給えり』


『されど、タイルは、ただ並ぶのみにて、世界を成さず』


『神は、ロウェンに命じ給う。タイルとタイルの隙間を、目地もて繋げよ、と』


『ロウェンと、その一族は、神の命を受けて、世界の目地を編んだ』


『これより、世界は、一つとなった』


「神様が、タイル職人だったのか」


「いえ、神様は、設計者でした。実際に張ったのは、ロウェンの一族です」


「それ、つまり、職長と職人みたいな関係か」


「比喩としては、近いと思います」


 俺は、しばらくその光景を、想像した。


 巨大な、世界の床。


 それが、無数のタイルでできている。


 一枚一枚が、領域や、土地や、世界の一部分を表している。


 その隙間を、目地で繋ぐ。


 目地が、世界の繋ぎ目になる。


「で、その目地が、腐ってる」


「はい」


「単純な、メンテナンス不足だな、これ」


 俺は、ノートを取り出して、メモを取り始めた。


 現代日本の現場感覚で、整理する。


「千年前に施工されて、その後、補修した痕跡は」


「ありません。神話では、ロウェン師が亡くなった後、代々、その血筋が、目地のメンテナンスを担ってきた、と」


「リネア、お前のじいさんが、最後の」


「はい」


「で、じいさんが亡くなって、十年」


「はい」


「目地の寿命、いや、補修サイクルは、おそらく十年から五十年。それを、ぶっつけ放題」


「教会は、儀式で代用してきました」


「儀式って、要するに、剣と魔法の浄化だな。あれは、表面の汚れを取るだけで、内部の剥離は治せない」


「そう、なのだと思います」


 俺は、頭を抱えたくなった。


 千年前の古代タイル職人と、現代日本のタイル工で、結局、見える景色は、ほぼ、同じだった。


 メンテナンスをサボれば、壁は腐る。


 目地が腐れば、内部に水が回る。


 水が回れば、剥離する。


 剥離すれば、崩落する。


 この世界の場合、それが、世界の崩壊を意味する、というだけだ。


「黒い目地、というのは、邪神の侵食でも、なんでもない、と思う」


「では、何でしょう」


「経年劣化と、その上に、ろくな補修をしてこなかったツケだ。誰も、ロウェン師の弟子の弟子の弟子の、もう何代目かを、ちゃんと育てなかった」


「はい」


 リネアは、深く頷いた。


 その時、リネアが、書物の下から、別のノートを取り出した。


 古い革表紙。


 厚みのある、書き込み式のノート。


「これは、祖父の、最後の遺品です」


 俺は、それを受け取った。


 表紙には、こう、書かれていた。


施工要領書せこうようりょうしょ


 俺の手が、止まった。


 現代日本のタイル工事会社で、必ず、社員に渡されるあの冊子。


 工事の手順、注意事項、品質管理基準を、まとめたもの。


 千年前のロウェン師の弟子の、子孫の子孫の祖父が、それを書き残していた。


 書式が、現代日本のものと、ほぼ同じだった。


「リネア、これ、開いてもいいか」


「拓海様、お願いします。誰にも、解読できなかったのです」


 俺はゆっくりとノートを開いた。


 古代文字と、現代でも通じる図解が、混じっていた。


 俺は、文字は読めない。


 でも図解は、ほとんどすべて、理解できた。


 モルタルの調合比、可使時間の管理、クシ目の高さ、目地深さの規定、検査基準。


 すべて、現代日本の施工要領書と、同じ書式で、書かれていた。


 俺は思わず笑った。


「リネア」


「はい」


「お前のじいさん、本物の職人だ」


 リネアが、目を見開いた。


「な、なぜ、分かるのですか」


「文字は読めないけど、図解は、全部、現代日本の現場と、同じだ。書き慣れている。何百回も、同じことを書いてる」


 俺は、ノートを撫でた。


「これは、職人の、手の癖だ」


 リネアの目から、涙が、こぼれた。


 俺は、ノートの最後のページを、めくった。


 そこには、リネアのじいさんが、書いた、最後の一文が、あった。


 文字は読めない。


 でもリネアが、訳してくれた。


『壁の守人へ。世界の半端は、必ず逃がせる』


 俺は、しばらくそのページを見つめていた。


 千年の時を超えて、職人から、職人への、伝言だった。


「リネア」


「はい」


「明日、評議会で、何を言われても、俺は、黙ってる。お前が、代わりに、これを、読み上げてくれ」


「拓海様」


「これを、千年前の職人の、最後の言葉として、教会の連中に、聞かせてやれ」


 リネアは、ノートを胸に抱きしめた。


 俺は立ち上がって外の夜空を見上げた。


 遠くで、一つ、星が、流れた。

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