第十一章 卑俗な技
聖典評議会は、剣の音に守られて始まった。
被告席に立たされたのは、鏝を握る男一人。
俺は聖堂の中央の、被告席と呼ばれる石の台に立たされていた。
手には、何の武器も、許されていない。
ただベルトに、いつもの打診ハンマーだけが、差してあった。
誰かが、それを取り上げようとしたが、ヴァルト辺境伯が、低い声で制止した。
「あれは、彼の職業の象徴だ。取り上げるな」
評議会の議席には、十人以上の枢機卿、大司教、そして主席に、バルティスが座っていた。
傍聴席には、王宮の重臣たち、グロウブ老、リネア、そして、なぜか、ミラ受付嬢の姿もあった。
「この場は、聖典評議会である」
バルティスが、笏杖を打ち鳴らした。
「異界からの客人、石田拓海。貴様の腕前は、神の業を僭称する、卑俗な技にすぎぬ。我々は、貴様を、聖堂修復から排除する」
俺は、何も言わなかった。
ただ被告席の冷たい石を、指先で、軽く撫でていた。
石の中に、剥離音が、聞こえた気がした。
壁の奥で、世界が、また剥がれていた。
「異議あり」
声を上げたのは、グロウブ老だった。
「枢機卿猊下、拓海殿の腕前は、千年前のロウェン師の規格を、完全に再現しておる」
「魔導士グロウブよ、貴公の証言は、聞き及んでおる。だが、我々は、その『再現』が、神の祝福ではなく、異界の魔の力によるものと、判断しておる」
「証拠は」
「異界からの客人である、という事実だけで、充分だ」
グロウブ老は深く息を吐いた。
それから、苦々しい顔で、座り直した。
バルティスは勝ち誇ったように、笏杖を上げた。
「では、判決を」
「お待ちください」
声を上げたのは、リネアだった。
彼女は、手に、革表紙のノートを持って、立ち上がった。
「猊下、これは、私の祖父の、最後の遺品です」
「聖女どのよ、それが、何だ」
「『施工要領書』、と書かれています」
「は」
「最後のページに、祖父が、こう書いています。読み上げます」
リネアは震える声で、ノートを開いた。
評議会は、静まった。
誰もが聖女の動きを見守っていた。
「『壁の守人へ。世界の半端は、必ず逃がせる』」
リネアの声は聖堂の天井に長く、響いた。
バルティスの顔がわずかに、強張った。
「その文言が、何だ」
「これは、千年前のロウェン師の弟子の、子孫の祖父が、後世の壁の守人に、宛てた、伝言です」
「ふん」
「拓海様の持っていらっしゃる、施工チェックノートは、この施工要領書と、まったく同じ書式で、書かれています」
リネアは、俺のノートを、評議会の机の上に、そっと置いた。
そして自分の祖父のノートを、その横に、並べた。
二冊を、評議会の議員たちが、覗き込んだ。
誰かが、息を呑んだ。
「これは、確かに……」
「同じ書式だ」
「千年の時を、超えて」
議員たちが、ざわついた。
バルティスが、笏杖を強く、叩きつけた。
「黙れ!」
ざわつきが、止まった。
「書式が同じであろうが、何であろうが、関係ない! 奴は、異界の客人だ! 彼の業は、神の業ではない!」
「では、猊下」
グロウブ老が、立ち上がった。
「では、聖堂中央の、剥離を、誰が、見つけられるのか」
「は?」
「猊下、修復師団の魔導士たちで、まだ、誰一人として、聖堂中央の剥離を、特定できていない」
「そんなものは、儀式で浄化すれば」
「儀式では、目地は治せん」
グロウブ老は低く、はっきりと言った。
「拓海殿は、聖堂の床に立った瞬間に、半径十メートル四方の剥離を、診断した。それを、見せていただこうではないか」
評議会が、再びざわついた。
バルティスはしばし黙った。
それから笑った。
「面白い」
「猊下」
「いいだろう、グロウブ。では、課題を出そう」
バルティスは立ち上がった。
「壁屋。聖堂中央の、剥離箇所を、全て、貴様一人で、特定してみせよ」
「いいですよ」
「ただし、時間制限を設ける」
バルティスは笏杖を振るった。
「十二の鐘が、鳴るまでに」
「十二の鐘?」
「正午の鐘だ」
バルティスはにやりと笑った。
「今は、夜明け前。あと、五時間ほどか」
「半径十メートル四方を、五時間で?」
「成し遂げられぬのなら、貴様は、聖堂修復から、永久に、排除する」
俺は、しばし考えた。
半径十メートル四方の打診を、五時間で。
現代日本の現場でもこれは、ぎりぎりの時間だ。
現場では、こういう不可能な納期を、よく押し付けられる。
俺は、肩を、軽く回した。
「分かりました」
「ほう」
「ただし、条件があります」
「言ってみよ」
「終わったら、評議会、いや、教会も、口を出さないでください。直すのは、俺の判断で、やります」
バルティスは深く笑った。
「いいだろう。ただし、十二の鐘までだ」
「了解です」
俺は、被告席を降りた。
ベルトから、ハンマーを抜いた。
評議会の議員たちの、不安そうな目を、無視して、聖堂中央へ、歩いていった。
その背中を、リネアが、追ってきた。
「拓海様」
「リネア、後ろにいてくれ。記録を、頼む」
「はい」
俺は、聖堂中央の、砕けたタイルの跡に、立った。
深く息を吐いた。
現場の、いつもの感覚に、頭を切り替える。
壁は、嘘をつかない。
壁を叩けば、必ず、答えてくれる。
俺は、最初の一打を放った。




