第四章 鑑定系最低ランク
鑑定スキル《打診》。等級は最低の銅。
受付嬢のミラは、登録札を放り投げるように、カウンターへ寄越した。
「次の方、どうぞ」
俺は、銅色の札を手に取った。
冒険者ギルドの登録窓口だった。
ヴァルト辺境伯の差配で、王都に滞在することになり、まずは身分証を作るために、ここへ来た。
異世界には、神授スキルというものがあるらしい。生まれた時、あるいは才能が芽吹いた時に、神から与えられる能力のこと。
受付では、登録時に、簡易鑑定でそれが調べられる。
俺の場合、それは「打診」という、誰も聞いたことのないスキルだった。
「壁屋ってのは、本当に壁屋だったか」
ギルドの酒場の方から、笑い声が起こった。
「鑑定系銅ランクって、それ、ほぼ最下層だぞ」
「魔王どころか、ゴブリン一匹も倒せねえな」
席に座っている冒険者たちは、剣士や魔導士のローブをまとっていた。
俺は気にせず、登録札を首から下げた。
札には《打診》とだけ、刻まれていた。
ミラ受付嬢は、若い女性だった。
二十二歳前後、髪を後ろで束ね、目元の鋭い、いかにも仕事のできるタイプ。
ただし、態度は、冷たかった。
「あなた、本当にこのスキル、戦闘にも何にも使えないと思いますよ。生活魔法もないし。鑑定っていっても、壁を叩くだけでしょう?」
「ええ、まあ」
「依頼受けるとき、銅ランクは選択肢が限られるので、その点だけご了承を」
ミラは事務的に言うと、すぐに次の冒険者へ視線を移した。
俺は頷いて、カウンターを離れた。
現場で見下されることには、慣れている。
別に、辺境伯に頼んでギルドランクを上げてもらうつもりもない。
俺は自分の力で、必要なら、上がる。
……いや、上がる必要すら、ないかもしれないが。
冒険者ギルドの酒場部分に移動して、俺は隅の席に着いた。
昼前で、それほど混んでいない。
粗末な木のテーブル。くたびれた椅子。壁は、漆喰塗りの上に、タイルを腰高まで張ってある。
俺は無意識に、テーブルの上で指を叩いた。
コン、コン、コン。
手癖だ。現場の昼休みに、よくやる。
壁を叩く代わりに、手近なものを叩いて、音を確かめる。
「お客さん、何か」
店主らしき中年の男が、俺の前に立った。
「あ、エールを一杯ください」
「はい」
店主は注文を受けて、立ち去った。
俺は、ふと座っているテーブルの脚の付け根を、指で叩いた。
ポコ。
濁った音がした。
これは、テーブルじゃない。
テーブルの後ろの、壁の腰タイルからの音だ。
俺は何気なく、振り向いて、隣の壁を、指で叩いた。
コン、コン、コン、ポコ、ポコ。
幅一メートルほど、剥離している。
俺は、またノートを取り出した。
ベルトのケースに入っていた、四年分のノート。これも転生時に持ってきたらしい。
日付欄に「異世界、王都酒場」と書きながら、苦笑した。
その時、店主がエールを運んできた。
店主は、俺の手元のチョーク跡とノートを、不思議そうに見ていた。
「お客さん、何やってるんで?」
「ああ、すみません。職業病みたいなもんです。壁の剥離、見てました」
「剥離、ですか」
店主は、俺の言う意味が、半分くらい分からない、という顔だった。
「この壁の、ちょうどここから一メートルくらい、内側のタイルが浮いてますよ。たぶん、五年以内に剥がれると思います」
俺は、軽く言った。
現場で発注元に説明する感覚で。
店主は、ふぅん、と曖昧に頷いて、立ち去った。
俺はエールを一口飲んだ。
苦い。が、悪くなかった。
しばらくエールと、目の前の通行人を眺めて、ぼうっとしていた。
現場帰りの一杯のような気分だった。
──遠くで、椅子の倒れる音がした。
顔を上げると、店主が、青い顔で、こちらに駆け寄ってきていた。
手には、何かの古い書類を持っていた。
「お客さん」
「はい」
「あの、壁の剥離、五年以内って」
「ええ」
「うちの店、五年前に、改修してまして」
「ああ」
「その時、業者から、ここの壁、五年で剥離が来るかもしれないから、定期点検してくれって言われていたのを、忘れてたんです」
店主の手は震えていた。
「うちの壁、どうかしましたか」
「いや、どうもしないですよ。まだ落ちてないですし」
「お客さん、本当に、銅ランク、ですか」
店主の目が、俺の登録札に向いた。
俺は、首から下げた銅色の札を、手のひらに乗せて、苦笑した。
「ええ、銅ランクです。鑑定系の」
店主は、信じられない、という顔で、何度も札を見つめた。
その時、酒場の入り口から、銀色の影が入ってきた。
ヴァルト辺境伯の従者の一人だった。
「拓海殿、辺境伯がお呼びです。修道院から至急の依頼が」
俺は頷いて立ち上がった。
エールを残し、銅札を首から戻して、店を出る。
店主は、俺の背中に、深く頭を下げていた。
「お客さん、また来てください。代金は要りません」
俺は手を上げて、答えとした。
そして、ギルドのカウンターを通り過ぎる時。
ミラ受付嬢が、俺をじっと見ていた。
最初の冷たい目とは、もう違う、色だった。
「あの、拓海さん」
ミラは、声をかけてきた。
「はい?」
「先ほど、店主と話してましたよね。聞こえてしまったんですけど。本当に、壁、診たんですか」
「診ました」
「銅ランクのスキルで」
「ええ」
ミラは、しばし黙った。
それから、控えめに頭を下げた。
「先ほどの態度、申し訳ありませんでした」
俺は曖昧に頷いて、扉を抜けた。
外は、王都の雑踏だった。
従者の馬車が、待っていた。




