表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タイル工が異世界転生して鏝一本で世界の崩壊を防ぎ、現場に帰ってきた話  作者: もしものべりすと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/20

第四章 鑑定系最低ランク

鑑定スキル《打診》。等級は最低の銅。


 受付嬢のミラは、登録札を放り投げるように、カウンターへ寄越した。


「次の方、どうぞ」


 俺は、銅色の札を手に取った。


 冒険者ギルドの登録窓口だった。


 ヴァルト辺境伯の差配で、王都に滞在することになり、まずは身分証を作るために、ここへ来た。


 異世界には、神授スキルというものがあるらしい。生まれた時、あるいは才能が芽吹いた時に、神から与えられる能力のこと。


 受付では、登録時に、簡易鑑定でそれが調べられる。


 俺の場合、それは「打診だしん」という、誰も聞いたことのないスキルだった。


「壁屋ってのは、本当に壁屋だったか」


 ギルドの酒場の方から、笑い声が起こった。


「鑑定系銅ランクって、それ、ほぼ最下層だぞ」


「魔王どころか、ゴブリン一匹も倒せねえな」


 席に座っている冒険者たちは、剣士や魔導士のローブをまとっていた。


 俺は気にせず、登録札を首から下げた。


 札には《打診》とだけ、刻まれていた。


 ミラ受付嬢は、若い女性だった。


 二十二歳前後、髪を後ろで束ね、目元の鋭い、いかにも仕事のできるタイプ。


 ただし、態度は、冷たかった。


「あなた、本当にこのスキル、戦闘にも何にも使えないと思いますよ。生活魔法もないし。鑑定っていっても、壁を叩くだけでしょう?」


「ええ、まあ」


「依頼受けるとき、銅ランクは選択肢が限られるので、その点だけご了承を」


 ミラは事務的に言うと、すぐに次の冒険者へ視線を移した。


 俺は頷いて、カウンターを離れた。


 現場で見下されることには、慣れている。


 別に、辺境伯に頼んでギルドランクを上げてもらうつもりもない。


 俺は自分の力で、必要なら、上がる。


 ……いや、上がる必要すら、ないかもしれないが。


 冒険者ギルドの酒場部分に移動して、俺は隅の席に着いた。


 昼前で、それほど混んでいない。


 粗末な木のテーブル。くたびれた椅子。壁は、漆喰塗りの上に、タイルを腰高まで張ってある。


 俺は無意識に、テーブルの上で指を叩いた。


 コン、コン、コン。


 手癖だ。現場の昼休みに、よくやる。


 壁を叩く代わりに、手近なものを叩いて、音を確かめる。


「お客さん、何か」


 店主らしき中年の男が、俺の前に立った。


「あ、エールを一杯ください」


「はい」


 店主は注文を受けて、立ち去った。


 俺は、ふと座っているテーブルの脚の付け根を、指で叩いた。


 ポコ。


 濁った音がした。


 これは、テーブルじゃない。


 テーブルの後ろの、壁の腰タイルからの音だ。


 俺は何気なく、振り向いて、隣の壁を、指で叩いた。


 コン、コン、コン、ポコ、ポコ。


 幅一メートルほど、剥離している。


 俺は、またノートを取り出した。


 ベルトのケースに入っていた、四年分のノート。これも転生時に持ってきたらしい。


 日付欄に「異世界、王都酒場」と書きながら、苦笑した。


 その時、店主がエールを運んできた。


 店主は、俺の手元のチョーク跡とノートを、不思議そうに見ていた。


「お客さん、何やってるんで?」


「ああ、すみません。職業病みたいなもんです。壁の剥離、見てました」


「剥離、ですか」


 店主は、俺の言う意味が、半分くらい分からない、という顔だった。


「この壁の、ちょうどここから一メートルくらい、内側のタイルが浮いてますよ。たぶん、五年以内に剥がれると思います」


 俺は、軽く言った。


 現場で発注元に説明する感覚で。


 店主は、ふぅん、と曖昧に頷いて、立ち去った。


 俺はエールを一口飲んだ。


 苦い。が、悪くなかった。


 しばらくエールと、目の前の通行人を眺めて、ぼうっとしていた。


 現場帰りの一杯のような気分だった。


 ──遠くで、椅子の倒れる音がした。


 顔を上げると、店主が、青い顔で、こちらに駆け寄ってきていた。


 手には、何かの古い書類を持っていた。


「お客さん」


「はい」


「あの、壁の剥離、五年以内って」


「ええ」


「うちの店、五年前に、改修してまして」


「ああ」


「その時、業者から、ここの壁、五年で剥離が来るかもしれないから、定期点検してくれって言われていたのを、忘れてたんです」


 店主の手は震えていた。


「うちの壁、どうかしましたか」


「いや、どうもしないですよ。まだ落ちてないですし」


「お客さん、本当に、銅ランク、ですか」


 店主の目が、俺の登録札に向いた。


 俺は、首から下げた銅色の札を、手のひらに乗せて、苦笑した。


「ええ、銅ランクです。鑑定系の」


 店主は、信じられない、という顔で、何度も札を見つめた。


 その時、酒場の入り口から、銀色の影が入ってきた。


 ヴァルト辺境伯の従者の一人だった。


「拓海殿、辺境伯がお呼びです。修道院から至急の依頼が」


 俺は頷いて立ち上がった。


 エールを残し、銅札を首から戻して、店を出る。


 店主は、俺の背中に、深く頭を下げていた。


「お客さん、また来てください。代金は要りません」


 俺は手を上げて、答えとした。


 そして、ギルドのカウンターを通り過ぎる時。


 ミラ受付嬢が、俺をじっと見ていた。


 最初の冷たい目とは、もう違う、色だった。


「あの、拓海さん」


 ミラは、声をかけてきた。


「はい?」


「先ほど、店主と話してましたよね。聞こえてしまったんですけど。本当に、壁、診たんですか」


「診ました」


「銅ランクのスキルで」


「ええ」


 ミラは、しばし黙った。


 それから、控えめに頭を下げた。


「先ほどの態度、申し訳ありませんでした」


 俺は曖昧に頷いて、扉を抜けた。


 外は、王都の雑踏だった。


 従者の馬車が、待っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ