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タイル工が異世界転生して鏝一本で世界の崩壊を防ぎ、現場に帰ってきた話  作者: もしものべりすと


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第十七章 鏝一本

答えは、最初からノートに書いてあった。


 俺が四年間、現場で取り続けてきた、ただの記録の中に。


 聖堂中央の再施工が終わって、三日が過ぎた。


 世界の、変化は、明らかだった。


 各地の剥離していた壁が、勝手に安定し始めた。


 目地から漏れ出ていた赤い光が、収まった。


 白華現象が、進行を止めた。


 古代の結界が、再活性した結果だった。


 目地一本一本に、ロウェン師の時代の力が戻り始めていた。


 王宮の、緊急評議会が、開かれた。


 今度は、聖典評議会では、ない。


 国王陛下の、御前会議だった。


 俺はヴァルトとリネアと一緒に、王宮の大広間に招かれていた。


 国王陛下は、白髪の、穏やかな目をした老人だった。


 玉座から立ち上がって、俺たちを迎えた。


「拓海殿」


 国王の声は、低く、温かかった。


「貴公の業に、王国の、感謝を、述べたい」


 俺は、深く頭を下げた。


「いえ、職人の、仕事を、しただけです」


「謙遜は、要らぬ」


 国王は笑った。


「貴公がいなければ、世界は、いずれ、崩れ落ちていた。これは、神話ではなく、現実だ」


「ありがたい、お言葉です」


「報酬を、何が、欲しい」


 俺は、しばし考えた。


「報酬は、辺境伯から、すでに、いただいています」


「それでは、足りぬだろう」


「足ります」


 国王は、しばらく黙った。


 それから玉座の傍らから、一冊の古い書物を取り出した。


「では、これを、貴公に、預けたい」


 国王は書物を、俺に差し出した。


 俺は受け取って、表紙を見た。


『大壁経典』


 古代文字で、そう、書かれていた。


「これは」


「世界の、創世記である。ロウェン師の一族に、代々、伝わっていたものだ。十年前、リネア聖女の祖父が、亡くなった時、王宮で、預かっていた」


 国王は、深く頷いた。


「貴公が、新たな、壁の守人として、これを、引き継ぐべきと、考える」


「いえ、これは」


 俺は、首を振った。


「これは、リネアさんに、お渡しください」


 国王は片眉を上げた。


「リネア聖女に、ですか」


「彼女が、ロウェン師の、本当の血を引く、最後の聖女です。俺は、ただの、異界からの、客人です」


 俺は、書物を、リネアに、差し出した。


 リネアは目を見開いて、それを、受け取った。


「拓海様」


「これは、お前が、持つべきだ。お前の、家系の、書物だ」


 リネアは、震えながら、書物を、胸に、抱きしめた。


 国王は、しばらく俺たちを見つめた。


 やがて深く頷いた。


「拓海殿。貴公は、まさしく、職人の、鑑だ」


 俺は頭を下げた。


 その時、玉座の脇に控えていた、文官が、進み出た。


「陛下、申し上げます。バルティス枢機卿の、処分について」


 国王は頷いた。


「言うてよい」


「バルティス枢機卿は、聖典評議会の権威を、私的に行使し、世界の中心の修復を、妨害しようとした罪により、教会内の評議会で、解任が、決定いたしました」


「ふむ」


「また、五百年前のリフォーム工事の、記録から、当時のバルティス家の祖先が、その工事を、強行したことが、明らかになりました。中央のずれは、彼らの一族の、不適切な、独断による、改造でした」


 国王は、深く頷いた。


「祖先の罪を、子孫が、繰り返したわけだ」


「左様で」


 俺は、横で、聞いていた。


 権藤と、よく似ていた。


 書類で、現場を、ねじ曲げる。


 そして、五百年経って、その歪みが世界を崩しかけた。


 俺は、ふと自分のノートを撫でた。


 四年分の、打診記録。


 現代日本の現場で、書き続けた、地味な記録。


 それが千年の歪みを解いた。


 国王は玉座に戻った。


「拓海殿、最後に、一つ」


「はい」


「貴公の、世界に、戻りたいか」


 俺は、しばし答えなかった。


 答えが、出なかった。


 ヴァルトと、リネアが、俺を、見ていた。


 二人とも、何も、言わなかった。


「正直に、申し上げます」


 俺は、口を開いた。


「俺の、世界には、未完成の現場が、あります。打診ノートの、最後のページが、まだ、書ききれていません」


「ふむ」


「それを、書きに、戻りたいです」


 国王は、長い時間をかけて頷いた。


「分かった」


「ありがとうございます」


「だが、戻る方法は、我々にも、分からぬ」


「方法は、聖堂が、教えてくれる気が、します」


 俺は、そう答えた。


 国王は、不思議そうに、微笑んだ。


 謁見が終わって、俺たちは王宮の廊下を歩いていた。


 ヴァルトが、後ろから、俺の肩を、軽く叩いた。


「拓海殿、本当に、いいのか」


「いいです」


「貴公がここに残れば、王国は、貴公を、貴族に、列することもできる」


「それは、有り難い話ですけど」


 俺は笑った。


「俺は、貴族の、暮らしは、できないですよ。職人ですから」


「うむ」


 ヴァルトは深く頷いた。


「では、貴公の、世界に、戻る、その日を、私たちは、見送る覚悟を、決めねばならんな」


「ええ」


 俺たちは聖堂に戻った。


 夕日が、ステンドグラスから、差し込んでいた。


 聖堂中央の、新しいタイルが、夕日を、受けて、青く、光っていた。


 俺はその上に、立った。


 ハンマーを抜いた。


 壁面を、軽く叩いた。


 コロ、コロ、コロ──。


 澄んだ音だけが、続いた。


 濁った音は、もうどこからも、聞こえなかった。


 俺は、深く息を吐いた。


 その時、ふと足元の、新しいタイルがわずかに、光った。


 青い、光だった。


 光が、徐々に強くなっていった。


 俺の、足元から、全身に、広がっていった。


「拓海様」


 リネアが、駆け寄ってきた。


「これは」


 俺は答える前に自分の手を、見た。


 手がわずかに、透き始めていた。


 戻る、時が、来た、ということだった。

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