第十四章 ロウェン師の施工要領書
朝、俺は聖女のもとへ駆け込んで、叫んだ。
「割付け直しだ。世界の半端を、逃がす」
軟禁されているリネアのもとへは、ヴァルト辺境伯が、強引に、面会を取り付けてくれた。
地下の小さな部屋で、彼女は俺を見て、すぐに立ち上がった。
「拓海様、見つけたのですか」
「見つけた」
俺はリネアの祖父の、施工要領書を、机の上に、広げた。
夜のうちに自分の打診記録と何度も何度も、照合してきた。
「ロウェン師の、最初の施工は、完璧だ。中央タイルは、ぴったり、芯墨に、配置されている」
「はい」
「でも、今の聖堂中央は、わずかに、ずれている。半端が、中央に、集まっている」
「それは、つまり」
「過去のどこかで、リフォームした時に、ずらした。誰かが、半端を、中央に、押し込んだ」
「そんな」
「リフォームの記録、ないか」
リネアは目を伏せた。
「五百年前、当時の枢機卿が、聖堂を、大改修したという記録があります」
「五百年前」
「『神の奇跡を、より中心に』という名目で、中央のモザイクを、別のものに、貼り替えたとか」
俺は笑った。
「神の奇跡を中心にしようとして、半端を中心に作っちまったわけだ」
「拓海様、それを、直す方法は」
「ある」
俺は、施工要領書の、最後のページを開いた。
「世界の半端は、必ず逃がせる」
「これが、答えだ。中央のタイルを、もう一度、芯墨から、芯割りで、配置し直す」
「全部、剥がして、ということですか」
「ああ。半径二十メートル四方を、全部、剥がす。下地調整して、芯墨を引き直して、芯割りで、再施工する。半端は、全部、周辺部に、逃がす」
リネアは息を呑んだ。
「そんな大規模な工事を、誰が」
「俺が、やる」
「拓海様、お一人では」
「いや、ヴァルト殿に、職人を、集めてもらう」
俺は立ち上がった。
「リネア、お前、ここから、出られるか」
「祖父の名にかけて、出ます」
「よし。聖堂を、開けてくれ」
リネアは頷いた。
俺はその足で、ヴァルト辺境伯のもとへ、向かった。
「ヴァルト殿、お願いがあります」
俺は、執務室で辺境伯に、計画を説明した。
ヴァルトは長い時間をかけて頷いた。
「人を、集めよう。タイルの守人の仕事を、千年ぶりに、復元する」
「集まりますか」
「集めて見せる」
ヴァルトはすでに立ち上がっていた。
「ザール辺境の、石工。修道院の、煉瓦工。北方の、ドワーフの鉱夫」
「全部、ですか」
「鏝を、握る者を、すべて、集める」
ヴァルトは深く頷いた。
「拓海殿、この国の、いや、この世界の、最後の希望だ。人手は、惜しまない」
俺は頭を下げた。
その日のうちに、ヴァルトは辺境伯としての権限で王都の周辺、半径百キロから、職人を、集め始めた。
一日後、聖堂の前の広場に、五十人以上の職人が、集まっていた。
石工、煉瓦工、鉱夫、左官。
誰も、剣を、持っていなかった。
全員、鏝やハンマーやノミを持っていた。
俺は、広場の中央で、彼らに向き合った。
「俺は、石田拓海。タイル工です」
俺は、丁寧に頭を下げた。
「これから、聖堂中央の、修復をします。半径二十メートル四方、全部、剥がして、貼り直す。皆さんの力を、貸してください」
職人たちは、しばし無言だった。
やがて一番前にいた、白髪の石工が、口を開いた。
「壁屋の兄ちゃん。教会は、これを、許可しているのか」
「許可は、されていません」
俺は正直に答えた。
「ですが、世界の中心が、崩れかけています。直さないと、ここから、世界が、崩れていきます」
職人たちは、目を見合わせた。
白髪の石工が、低く笑った。
「壁屋の兄ちゃん。俺たち職人は、教会の許可で、仕事をしてるんじゃない」
「ほう」
「依頼があれば、やる。それだけだ」
石工はハンマーを、肩に担いだ。
「で、依頼は、誰からだ」
俺は、ふと横を見た。
リネアが、傍らに、立っていた。
彼女は、深く頭を下げた。
「私、リネアより、皆さんに、お願い申し上げます。世界の中心の、修復を」
職人たちは、深く頷いた。
「聖女様の依頼なら、引き受けようじゃないか」
「ロウェン師の血を引く、聖女様だ。やらない理由はねえ」
「俺たちの祖先も、ロウェン師の弟子だったって、伝え聞いてるからな」
職人たちは口々に言った。
俺はそっと息を吐いた。
ヴァルトが、後ろから、肩を叩いた。
「拓海殿、これが、人の力だ」
「ええ」
「教会騎士団が、邪魔をしに来るかもしれん。私の私兵が、時間を、稼ぐ」
「ありがとうございます」
俺は職人たちに向き直った。
「皆さん、今から、墨出しをします。半径二十メートル四方の、芯墨を、引きます」
「おう」
「それから、剥離タイルを、全部、剥がす。下地調整。芯割りで、再施工」
「了解だ」
「材料の調達は、グロウブ老が、錬金術師と一緒に、進めてくれる。古代のモルタル配合を、再現する」
「壁屋の兄ちゃん、俺たちは、何を、すりゃいい」
「打診の音を、聴き分けるのは、俺一人で、やる。皆さんは、剥がしと、下地調整、それと、再施工の、貼り作業を、お願いします」
「分かった」
職人たちはぞろぞろと、聖堂に入っていった。
俺は、広場の中央に最後まで、残った。
空を見上げた。
昼前の、青い空に、雲が流れていた。
現代日本の現場でもこんな空が、よく、あった。
俺はノートをポケットから、出した。
四年分の、打診記録。
その最後のページに、こう、書き加えた。
「世界の中心、再施工。半径二十メートル四方。芯割り、半端は周辺へ逃がす。職人五十名、聖女、辺境伯」
現代日本の現場と、同じ書き方だった。




