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タイル工が異世界転生して鏝一本で世界の崩壊を防ぎ、現場に帰ってきた話  作者: もしものべりすと


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第十三章 闇夜の打診

夜中、誰もいない封鎖された聖堂で、俺は一人、壁を叩いていた。


 誰にも、頼まれていない。


 むしろ、入ること自体が、禁じられている。


 だが聖堂の裏口を、リネアがこっそり、開けてくれていた。


 彼女は、教会の地下に、軟禁されていた。


 でも伝令を、ヴァルトの従者経由で、よこしてくれた。


『拓海様、裏口の鍵は、開いています。心ゆくまで、診てください』


 その伝令だけだった。


 俺は夜半過ぎ、こっそり聖堂に入った。


 誰もいない暗い巨大な空間。


 月明かりがステンドグラスを通して、床に薄く模様を落としていた。


 俺はハンマーを抜いた。


 壁面を転がす。


 ポコ、ポコ、ポコ。


 誰も聞いていない。


 俺は何のために、これをやっているのか。


 考えても答えは出なかった。


 ただ習慣で続けた。


 壁を叩く。


 音を聞く。


 ノートに記録する。


 現場で四年、毎日やってきたことを、ただ繰り返した。


 権藤の声が頭の中で聞こえた。


「お前なんざ、明日にでも替えが来るんだよ」


「打診なんざ、面倒だから書き直せ」


「目視でわかんだろ、剥離なんて」


 俺は笑いそうになった。


 権藤、お前こんな現場を見たら目を回すぞ。


 半径二十メートル四方、全部剥離だ。


 目視で何が分かるってんだ。


 俺はハンマーを転がし続けた。


 二時間。三時間。


 体力の限界が近づいてきた。


 背中の傷が、また開きそうだった。


 でも止めなかった。


 現場で四年、毎日やってきたんだ。


 今夜だけ止める理由はない。


 時計の針が午前三時を回った頃。


 俺はふと気づいた。


 壁を叩く、ということ。


 それをできる人間は、現代日本でも限られている。


 権藤はできない。書類しか書けない。


 でも現場の職人はできる。


 四年、毎日壁を叩き続けた人間にしか聞こえない音がある。


 権藤がいくら書類を書こうと。


 現場の壁の内部の剥離音を聴ける耳は、十年積んだ職人にしかない。


 それは、替えが利かない。


 ふと、そんなことを思った。


 俺は手を止めた。


 深く息を吐いた。


 ポケットからノートを取り出す。


 四年分の打診記録。


 それと、リネアの祖父の施工要領書。


 二冊を並べた。


 月明かりの下で開いて、見比べた。


 書式が同じだった。


 文字も、同じだった。


 現場の癖というのは、千年経っても変わらない。


 俺はノートを撫でた。


 千年前のロウェン師の子孫の祖父が書き残したものを、俺の手は無意識になぞっていた。


 俺は立ち上がった。


 ハンマーを握り直した。


 壁面を転がす。


 ポコ、ポコ、ポコ。


 今度は音が違って聞こえた。


 いや、音は同じだった。


 俺の聞き方が変わった。


 半径二十メートル四方、全部剥離している。


 その剥離パターンを整理してみる。


 中央から放射状に力が抜けている。


 中央が抜け落ちて、その周辺が引っ張られている。


 まるで中心の一枚のタイルだけがずれていて、それを起点に全体が歪んでいるようだ。


 俺は聖堂中央に戻った。


 砕けたタイルの跡。


 その真ん中。


 一枚分の空白。


 そこをじっと見つめた。


 ふと、リネアの祖父のノートを開いた。


 最後のページ。


「世界の半端は、必ず逃がせる」


 俺はその文字を見つめた。


 半端。


 逃がす。


 待てよ。


 俺は急いでリネアの祖父のノートをめくった。


 古代の割付図が出てきた。


 聖堂中央の、ロウェン師の時代の施工図。


 それを月明かりにかざした。


 一目見て俺は息を呑んだ。


 千年前の割付図と今の聖堂中央の配置が、ずれている。


 千年前のロウェン師の図面では、中央のタイルは芯墨からぴったり芯割りで配置されている。


 半端は全部、周辺部に逃がしてある。


 ところが現在の聖堂中央は、わずかに中心がずれていて、半端が中央に集まっている。


 半端を中央に作ってしまっている。


 応力が中央に集中している。


 千年かけて、その応力が目地を腐らせた。


 最初の施工ミスだ。


 ロウェン師の図面通りに施工していなかった。


 あるいは後の世代がリフォームした時に、ずらしてしまった。


 俺は手の中の、現代日本のチェックノートを強く握った。


 四年分の打診記録。


 そこには、現場で見たすべての剥離パターンが記されていた。


 現代日本でも、何度も同じ現象を見てきた。


 半端を中央に作ってしまった現場は、必ず中心から崩れる。


 答えは最初から、ノートに書いてあった。


 俺が四年間、現場で取り続けてきた、ただの記録の中に。


 俺は立ち上がった。


 夜明けが近かった。


 聖堂のステンドグラスから、薄い青い光が差し始めていた。


 俺は聖堂中央に向かって、深く頭を下げた。


 千年前のロウェン師に。


 彼の子孫の祖父に。


 彼らが残した施工要領書に。


 ありがとう、と心の中で呟いた。

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