67.2/25 魔法使いの国④
ほのかなお香の香り。
どこからともなく漂ってくるそれは、街のあちこちに置かれた小さな花手水からも感じられるような気がした。
道端や店先、民家の軒下には、浅い器に水を張り、色とりどりの花を浮かべたものが置かれている。
たしかガイドブックには神様へのお供え物として説明が載っていた気がする。
時折通る人々の中には、朝日のような朱色のスカーフを頭から巻いた人もいた。
よく見ると、その人たちの目の下には、朱色の線が三本。
宗教的な意味があるのか、それとも伝統的な装いなのか。昨日の講話では話してなかったな、と思いながらジロジロ見ないように気をつける。
風の魔法を使って洗濯物を乾かしている人。 店先で小さな火を起こし、鍋を温めている人。 建物の壁を手のひらで撫でながら、ひび割れたところを直している人。
そんな光景が、ごく普通の日常として街に溶け込んでいる。
魔法があることを知っているだけでも不思議なのに、それが生活の一部になっているとなると、見ているだけで飽きない。
タッキンギア公国独自の文化を色濃く感じる街並みは、歩いていて興味が尽きなかった。
「お腹空いたね〜」
私は鳴りそうになるお腹を、さすることで抑えていた。
魔法体験を終えて街中へやって来たまではよかった。浮かぶ車に乗って、初めて見る街並みに興奮して、あっちを見たりこっちを見たり。
気がつけば、もうお昼をとうに過ぎている。
「お腹空いたな。」
セルヒオも私と同じように腹を押さえた。
「さっきからずっと言ってるわね。」
アマンディーヌが笑う。
「だってお腹空いたんだもの。」
「私もだけど。」
三人で顔を見合わせる。
とりあえず食事にしよう。
そう決めてから、かれこれ二〇分ほど。
どのお店も賑わっているのだ。通りに面した食堂を覗けば満席。 少し奥まったところにある店も、人の出入りが途切れない。 店先に並んで待っている人までいる。
観光地だからなのか、それともこの時間帯はいつもこうなのか。
「どこに入ろうか……。」
「というか、入れるのか?」
「もう座れるところならどこでもいいわ。」
三人で苦笑しながら歩いていると、アマンディーヌがふと足を止めた。
「あのテラス席、空いてるんじゃない?」
指差した先には、通り沿いの小さな店があった。
建物の一階部分がそのまま食堂になっていて、道路側には簡素なテラス席がいくつか並んでいる。
確かに、そのうちの一つが空いていた。
「いいね。もう、どのお店でもいい気になっちゃったよ。」
「腹も減ったしな。」
セルヒオも即答する。
「じゃあ、行ってみましょう。」
私たちは揃って店へ向かった。
入口のところまで来ると、店員さんがこちらに気づいた。
三人の顔を見て、「三?」とセルマー公用語で短く尋ねながら、指を三本立てる。
「はい、三人です。」
私も三本指を立て返す。
それからテラス席を指差した。
「テラス席、いいですか?」
店員さんは一瞬だけ私たちと席を見比べた。
「いいよ」
短い返事。
どうやら問題ないらしい。
「よかった〜。これで座れる。」
そう言いながら、三人でテラス席へ向かった。
椅子を引いて腰を下ろす。
背もたれに体を預けた瞬間、思わず、「はぁ〜…」と息が漏れた。
歩き回った足がじんわり重い。
朝から「清め」を受けて、魔法体験をして、浮いたり走ったりして、そのまま街中を歩いてきたのだ。
そりゃ、お腹も空く。
テーブルの上には、先ほど店員さんに渡された小さな木製のメニューが一枚置かれている。
セルマー公用語で書かれた料理名の横に、値段が並んでいた。
「……読める?」
アマンディーヌがメニューを覗き込む。
「読めるけど、料理が何なのか分からない。」
セルヒオも首を傾げた。
「説明があればいいのにな」
「ほんとそれ。」
三人でメニューを囲み、料理名を一つずつ指で追っていく。
聞いたことのない名前ばかりだ。
でも、こういうのも旅の楽しみだったりする。
「これは?」
「コークリムス。」
「じゃあ、これ。」
「え〜⋯⋯タ、タズィムイ?」
書かれた通りの文字を呼んではみるけれど、料理名だけでは何もわからない。
「なんの情報もないな。」
「……もう店員さんに聞こうか。」
「それが一番早いわね。」
三人で顔を見合わせて笑う。
私はメニューを手に取り、店員さんを呼ぶ。
振り向いた店員さんに、私はメニューを指差した。
「おすすめはありますか?」
セルマー公用語で尋ねる。
店員さんはいくつかの料理名を指差しながら読み上げ、それから親指を立てた。
「おすすめ」
「じゃあ、これで!」
私は指さされた一番上の料理に即決した。
アマンディーヌとセルヒオが同時にこちらを見る。
「早いわね。」
「もうお腹が減りすぎて、選ぶ気力がない。」
「それは分かる。」
二人も笑いながら、それぞれ指さされた料理の中から注文する料理を決めた。
どんな料理が来るんだろう。わくわくしながら待っていると、カシャカシャと金属の擦れあう音がした。
音の方をみてみると、セルヒオの頭上を越えてカトラリーが入った入れ物がテーブルに着地する。
「「「!!!?」」」
三人の目が見開き、視線がカトラリーに落とされる。
「⋯⋯え? えぇ!?」
私が辛うじて声をあげる。
すると、さらにパンが入った籠がテーブル中央に着地した。香ばしいパンの香りがするけど、それどころじゃない。
私たちはお店の方を振り返った。
そのタイミングで店員さんが料理の入ったお皿を持ちあげた。投げるような、置くような、そんな軽い動作でお皿を私たちの方に押しやる。すると、料理がひとりでにふわっスーッとテーブルに近付き、コトリと着地した。
目を見開いたまま顔を見合わせ、お店を注視し、すごいねと顔で会話しているうちに料理は揃ったようだ。
「見た!? 料理が勝手に運ばれてきたよ!」
「風魔法かしら? 制御がうまいのね。」
「なんか、魔法の国って感じだな。」
興奮さめやらぬ気持ちのまま会話を交わし、どれが誰のだかわからない料理と向き合う。
注文したものかはわからないけれど、ブラウンシチューのような肉肉しいおかずがセルヒオの、きのこたっぷりのベージュのおかずが私の、みどりトマトのサラダのようなおかずがアマンディーヌのということになった。
それぞれに違う香りがするけれど、にんにくのような香りは共通のようだ。食欲をそそる匂いがする。
周りのテーブルをみてみると、パンに乗せて食べるのが標準的な食べ方のようで、私たちも真似して食べることになった。
黒パンのような、フランスパンのような、そんなパンのカットされた一枚を取って、早速きのこをたっぷり乗せる。
こぼさないように口に運べば、きのこらしい香りの感じられるおかずに、もちムチとしたパンが汁を吸って、香ばしさと相まってとても美味しい。
誰が言わずとも一口交換しようという話になり、それぞれのおかずを味見させてもらう。
セルヒオのお肉はなんだか濃厚な味がする。冬向けの、本当にシチューのようなとろりとした食感がたまらない。
逆にアマンディーヌのサラダは夏っぽい爽やかな雰囲気で、混ぜられた香辛料が口の中を清涼感で満たしてくれる。もちろん美味しい。
しばらく黙々とそれぞれ食事と向き合い、ちょうど良いタイミングでパンのおかわりも届き、また「魔法ってすごい」「いやこれは店員さんがすごいんだよ」なんて話しながら食事を終えた。
まだお店は混み合っていて、早めに店をあとにし、街を歩くことにした。
街を三人で歩いていると、前を歩く親子の姿が目に入った。お母さんに手を引かれているのは、四、五歳くらいの男の子だ。
最初は特に気にも留めなかったのだけれど、ふと見ると、男の子が空いているほうの手を妙に忙しなく動かしている。
ぱっと手を開く。
すると、その手のひらの上に水が集まり、ころんとした水球ができる。
男の子はそれをぎゅっと握る。
ぱしゃ。
水球が潰れて、水滴が地面に落ちる。
少しすると、また手を開く。
ころん。
また水球。
ぎゅっ。
ぱしゃ。
「……ふふっ。」
思わず笑ってしまった。
水球を作っては握り、作っては握り。
まだ上手に制御できないのだろう。手のひらからこぼれた水が腕を伝い、男の子のズボンの片足はすでにびっしょり濡れている。
けれど、お母さんは特に気にした様子もない。
周りを歩いている人たちも同じだ。ちらりと目を向ける人はいても、わざわざ驚いたり、注意したりする人はいない。ここでは、こういう光景が日常なのだ。
「魔法の国だねぇ。」
「本当にね。」
アマンディーヌも微笑みながら、男の子を見ている。
セルヒオも、「小さい頃からああやって練習するんだろうな」と、どこか感心したように頷いていた。
そんな話をしながら歩いていると、男の子がまた水球を作った。
ころん。
「……あれ?」
今までより少し大きい。
男の子自身も気づいていないのか、いつものように手を握る。
ぎゅっ。
……潰れない。
男の子が不思議そうに手を見る。
もう一度、ぎゅうっと力を込める。
それでも水球は潰れない。
むしろ──
ぷくー⋯⋯
「……大きくなってない?」
私が呟いた直後だった。
水球が、さらに膨らんだ。
まるで風船のように、男の子の手のひらからどんどん大きくなっていく。
あれ、大丈夫なのかな……?
男の子もさすがに焦ったらしい。
小さな手で必死に水球を握りつぶそうとしている。
けれど、水は言うことを聞かない。
大きく膨らんだ水球。
青ざめた男の子。
お母さんがちょうど振り返ったその瞬間。
パシャンッ!!
水球が弾けた。
『わっ!』
『きゃっ!』
『うわっ!』
周囲にいた人たちへ、一斉に水が飛び散った。
私たちのところにも細かな水滴が飛んできて、頬や腕に冷たい感触が残る。
男の子のすぐ隣にいた人なんて、肩から背中までびしょ濡れだ。
「うわぁ……」
思わず目を丸くしていると、お母さんが男の子を見下ろした。
『~~~~!』
低い声。
さっきまでの穏やかな表情とは違う。
言葉はわからないけれど、何を言っているのかはなんとなくわかる。
これは……。
「怒られてるね。」
「ええ。ものすごく怒られているわね。」
アマンディーヌが苦笑する。
男の子はしょんぼりとうつむき、肩を小さく縮めている。
お母さんはすぐに顔を上げると、濡れてしまった人たちへ駆け寄った。
『~~~、~~~!』
片手を前に上げ、何度も同じ言葉を繰り返している。
どうやら謝っているらしい。
すると、濡れていた男性が笑って手を振った。
『~~~』
おそらく「気にするな」くらいの意味なのだろう。
この辺りも日本とちょっと似ている。
子どもの失敗に怒る親。
周囲へ謝る親。
そして謝られる側も、それほど大ごとにはしない。
ただ。
「お母さん、魔法使えるみたいだな。」
セルヒオの言葉に、私はそちらへ目を向けた。
お母さんが片手を横に向けて、濡れた男性の服へ向かって軽く振っている。
シュワシュワシュワ……。
パチパチ、と小さな音がした。
「あ。」
水滴が、服の表面から次々と消えていく。
濡れていたシャツが、みるみる乾いていった。
「おぉ……!」
「乾燥魔法かしら?」
アマンディーヌが目を輝かせる。
男性の服だけではない。
近くにいた女性のスカートも、子どもに水をかけられた老人の上着も、同じように乾いていく。
しかも、風が吹いているようには見えない。
ただ、お母さんが手を動かしているだけだ。
「セルヒオもできるんじゃないの?」
思わず呟くと、セルヒオは私たちに手を向けた。
わずかに残っていた水跡がみるみる消えていく。
「ありがとう! やっぱりすごいね!」
洗濯物を干しているときに、これができたらどれだけ楽だろう。
そんな庶民的な感想を抱いている間にも、お母さんは最後に男の子のほうへ振り返った。
『~~~』
今度は先ほどより低い声。
男の子がびくっと肩を揺らす。
そして、濡れたズボンのまま、静かに片手を上げた。
『~~……』
小さな声で何かを言う。
たぶん、謝罪だ。
「ちゃんと謝ってる。」
「偉いわね。」
アマンディーヌが小さく笑う。
すると、隣で見ていたご年配の女性が、男の子へ何か声をかけた。
『~~~』
男の子は顔を上げる。
おばあさんはにこにこと笑いながら、男の子の肩をぽんぽんと撫でた。
怒られてしょんぼりしていた男の子の顔が、ほんの少しだけ緩む。
お母さんもその様子を見て、困ったように笑った。
そして、おばあさんに向かって片手を上げる。
『~~~』
「……なんか、日常だね。」
ぽつりと呟く。
大きな事故になったわけでもなく、親が叱って、周囲に謝って、魔法で濡れた服を乾かして。
最後には近所のおばあちゃんが子どもを慰める。
ものすごく魔法だらけなのに、とっても日常だ。
親子は再び歩き始めた。
男の子は今度こそ両手をお母さんに握られている。
さすがに、しばらく魔法禁止らしい。
「……あの子、今日家に帰ったらまた怒られるのかな。」
「たぶんね。」
「でも、明日にはまた練習してそうだけどな。」
セルヒオが笑う。
「水球、好きそうだったもんね。」
「俺も子どもの頃に魔法が使えたら、絶対ああいうことやってたと思う。」
そう言うセルヒオに視線が集まる。
「セルヒオならやりそうね。」
「私もそう思う。」
「なんでだよ。」
二人の即答に、セルヒオが思わず抗議した。
けれど、三人で顔を見合わせると、結局笑ってしまった。
魔法の国を歩いていると、こういう小さな出来事ひとつひとつが、この国では当たり前なのだと思い知らされる。
大人が魔法を使って服を乾かすのも。
子どもが水球を作って遊ぶのも。
そして、その水球を失敗させて親に怒られるのも。
魔法があるだけで、暮らしそのものが少し違って見える。
そんなことを思いながら、私たちは再び賑やかな街の中を歩いていた。
だからこそ、その感覚は唐突だった。
ぞわり。
全身の毛が一斉に逆なでされたような。
あるいは、強い静電気が皮膚の表面をさっと撫でていったような。
「……っ」
思わず足が止まった。腕を見る。もちろん、何もない。それなのに、肌だけが妙にざわついている。
「ね、なんか変な感覚しない?」
私は自分の腕をさすりながら、隣の二人を見る。
アマンディーヌもセルヒオも、ほぼ同時に足を止めた。
「する。」
セルヒオが短く答えた。
「なんか、ちょっと気持ち悪いわ。」
アマンディーヌも首筋を撫でている。
「静電気……みたいな?」
「でも、静電気にしては広すぎないか?」
セルヒオが腕をさする。
確かに。
手の先だけとか、一部分だけという感じではない。首筋から背中、腕、脚まで。全身の表面を細かな何かが這っているような、不思議な感覚だ。
そして、その時だった。
ざわざわしていた街の音が、ふっと遠のいた。
「……え?」
水を打ったような静けさ。
完全に無音になったわけではない。遠くではまだ人の声がするし、店の中から食器の触れ合う音も聞こえる。
けれど、今まで私たちのすぐそばで交わされていた会話が、申し合わせたように小さくなっていた。
周囲の人たちが、一斉に同じ方向を見ている。私たちもつられるように顔を向けた。
通りの向こう。人の流れが、左右に割れている。その中央を、ゆっくり歩いてくる人影があった。
先頭は朱色のスカーフを頭から巻いた男女が先導するように歩き、その人の後ろにも朱色のスカーフの人たちが歩いている。
そして、その中央にいる人物が着ているのは──紫。
「あれって……!」
アマンディーヌが息を呑み、小声で呟いた。
私は答える代わりに、静かに頷いた。
昨日の勉強会で見た資料が頭をよぎる。
──生き神。
「……たぶん。」
セルヒオも声を落とした。
「生き神様だろ。」
その言葉を聞いた瞬間、さっきまでの不思議な感覚が一段強くなった気がした。
ぞわっ。
首の後ろが粟立つ。
「どうする?」
思わず小声で聞く。
けれど、誰も答えない。
どうすべきかなんて、周りを見ればわかる。
住民たちはすでに道の端へ寄っている。
頭を下げている人。
目を伏せている人。
家の前に立っていた人は、そっと玄関の内側へ下がっている。
誰も道の中央には立たない。
私たちも慌てて道の端へ移動した。
「顔、見ないほうがいいよね?」
「たぶん。」
「そうね。」
三人で小声を交わし、頭を下げる。
昨日、勉強会で文化について聞いたとはいえ、私たちはまだ何も知らない。
宗教的な意味も、作法も、禁忌も。
ここで「観光客だから」という理由で変なことをしてしまうのだけは避けたい。
とりあえず、周囲の人と同じことをする。
それが一番安全そうだった。
やがて、生き神様の一行が近づいてきた。
足音が聞こえる。
ゆっくり。一定の間隔で。
『~~~!』
道の反対側から、住民が声をかけた。
『~~~』
それに対して、朱色のスカーフをつけた人が何か返している。
私には意味がわからない。
けれど、声の調子からすると、祈りか挨拶なのだろう。
生き神様は何も言わず、ゆっくりと歩いている。
その姿が近づくにつれて、皮膚のざわつきが強くなっていく。
「……っ!」
私は思わず腕を押さえた。
人ではない何かがいる。
そう錯覚するほどの感覚だった。
そして。生き神様の足先が、私たちの目の前で止まった。
「……!」
息が止まる。
顔を上げることはできない。
でも、目だけをほんの少し動かす。
紫色の衣服。
その裾。
少し浮いた裸足の足がすぐそこにある。
生き神様が立ち止まっている。
なんで? 何か間違えた? 私たちが外国人だから? 頭の下げ方とか?
頭の中に次々と疑問が浮かぶ。
けれど、隣を見ることもできない。
アマンディーヌもセルヒオも、じっと頭を下げたままだ。
皮膚が、またぞわりと震える。
それなのに、不思議と怖いとは思わなかった。
ただ、圧倒されていた。
目の前にいる人が、本当にこの土地で特別な存在なのだということだけが、理屈ではなく感覚として伝わってくる。
数秒だったのか。
もっと長かったのか。
すっ、と。
生き神様が歩き出した。
そのまま、私たちの前を通り過ぎていく。
朱色のスカーフ。
紫色の衣服。
その一行が少しずつ遠ざかっていく。
けれど、誰もすぐには動かなかった。
通りの向こうから、ぽつり、ぽつりと会話が戻ってくる。
やがて人の声が増え、店先からも呼び声が聞こえ始める。
街が、元の姿を取り戻していく。
「……もういいかな?」
私が小声で聞くと、セルヒオがちらりと一行を確認してから頷いた。
「もう十分離れたと思う。」
ようやく顔を上げる。
「ふぅ……」
長いこと息を止めていたような気分だった。
アマンディーヌもゆっくり顔を上げ、首を回す。
「なんか……神様って言われるのが、わかる気がするね。」
「ええ。」
アマンディーヌは自分の腕を撫でながら、まだ少し不思議そうな顔をしている。
「この皮膚感覚……。偶然なのか、魔力の影響なのかはわからないけれど、本当に不思議だわ。」
「会えるもんなんだなぁ。」
セルヒオが遠ざかっていく一行を見ながら呟いた。
「もっとこう、特別な場所にいるものだと思ってた。」
「私も。街を歩いてたら普通に会うとは思わなかった。」
ほんの一瞬。
すれ違っただけだ。
会話をしたわけでもない。
顔をしっかり見たわけでもない。
それなのに、胸の奥には妙な高揚感が残っていた。
観光地の有名人に会ったような興奮とも少し違う。
もっと、この土地そのものに触れたような感覚。
私はもう一度、自分の腕をさすった。
まだ少しだけ、皮膚がざわざわしている。
「……でも、普通の人のはずなんだよね。」
そう呟くと、二人も静かに頷いた。
エリザベスの顔がちょっと思い浮かんだけれど、同じ「人」だとはあまり思えなかった。エリザベスはどんな体験をしたんだろうか。そんなことを考えながら、私たちは、再び街を歩き始めた。




