67.2/25 魔法使いの国③
ガイドさんや現地の人がちらほら残る中、私たちは広場の少し端に来た。
残っている参加者は多くないが、走ったりするのに邪魔にならない位置にいたほうがいいだろうという判断だ。
「ねぇ、どんなことした?」
自分のしたことも話したかったけれど、違う属性のことも気になっていた私はそう聞いた。
「薪づくりと炭づくりだな。」
「それ、さっきも言ってたけどなに?」
肩をすくめてさっきと同じことを言うセルヒオにまた笑う。
「火属性はコントロールを誤ると危なすぎるんで、大技の練習は出来ないんだと。コントロールがうまくなればファイヤーボールとかで獲物を仕留めたり出来るそうだが。」
森に火がつき、大惨事になる光景を想像して、それはそうだなと頷く。
「で、やらされたのが乾燥魔法で生木を乾燥させる薪づくり。火魔法でちょうどよく炭を作る炭づくり。炭づくりが何気に難しくて、弱ければ水分に負けて炭化しないし、強すぎると灰になる。」
「⋯⋯薪づくりと炭づくりだね。」
説明を聞いてようやく納得したけれど⋯⋯正直楽しそうではない。
「ちなみに、街中で許可なく火魔法使うのは、警察沙汰だってさ。」
「⋯⋯火属性、楽しくなさそうね。」
アマンディーヌが苦笑いしたのに、セルヒオも苦笑いを返す。
「観光客からは『はずれ』と言われることが多いって言ってた。」
「「あ〜⋯⋯」」
なんとも言えない返事しか出ない。せっかくの魔法なのに残念だ。
「俺もファイヤーボールくらい撃ってみたかったんだけどな。」
セルヒオがファイヤーボールを打ち出し、アニメのようにモンスターを倒すイメージをする。中々似合うんじゃないだろうか。
「私も見たかったな。」
「俺の魔法なのに?」
「アニメみたいでかっこいいじゃん?」
「⋯⋯まぁ、そりゃかっこよさそうだな。で、二人は何してたんだ?」
譲り合うようにアマンディーヌと目で会話をして、先に彼女が口を開いた。
「水を出したり、動かす練習をしてたわ。こんな感じね。『〜〜』」
右手のひらを上に向けると、小さな水の塊が手のひらの真上に現れた。
アマンディーヌがそれを見つめ、真剣な顔で集中していると、段々水が大きくなっていく。
水が足されているようにも、中から膨れてきているようにも見える。
親指と人差し指で丸を作ったくらいの大きさの水球が出来上がった。
「うわぁぁ⋯⋯!」
表面は揺れているのに、しっかりと球体を維持して水があふれてこないそれを見て、思わず声が漏れる。
「それからこうして⋯⋯『~〜』」
アマンディーヌがつぶやくと、水球の表面がふるふると波立ちはじめた。小さな水の塊が、魚がはねるように水球から飛び出しては戻っていく。
上からも横からもぴちょん、ぴちょんとはねては戻っていくのはなんだか可愛い。
「ね、ちょっと触っちゃダメ?」
「え? どうかしら? 触ってみる?」
アマンディーヌから許可を浮け、私は人差し指をそろそろと水球に近づける。指先がたしかに水に触れた。
パシャン!
「あ、あ、あ、ごめん〜!! せっかくきれいだったのに〜!」
水球はアマンディーヌの手のひらに落ちてはじけてしまった。
「いいのよ。こうなるのね。集中が切れちゃうのかしら?」
アマンディーヌも私も胸元に水がかかって濡れてしまって、申し訳ない限りだ。
あわあわとハンカチを取り出して拭いていると、セルヒオが口を開いた。
「ちょっとこっち向いてみろ。」
言われたとおりにセルヒオに向き合うと、手のひらを向けて真剣な目をする。
『〜〜』
何かを唱えると、パチパチと炭酸が抜けるような音がして服がまたたく間に乾いていく。
アマンディーヌにも手を向け、同じように乾かす。
あっという間に乾いた服を見て、私たちは歓声を上げた。
「すごい! ありがとう! 火魔法、役に立ちまくりだね!」
「あっという間に乾いたわ。ありがとう。」
「薪以外でも乾かせてよかったよ。」
そう言ってセルヒオは笑った。
最後に魔法を見せるのは私だ。なんだかドキドキする。
「風属性はね、葉っぱ浮かせたり、自分が浮いてみたり、速く走ってみたりだね。自分が浮くのは得意じゃなかった。」
そう言いながら、近くの葉っぱを拾って手に乗せる。
さっきと同じだ。集中⋯⋯集中⋯⋯
『浮け』
ふわりと葉っぱは手の上で浮かび上がり、さっきよりもピタリと止まっている。
「おお!」
「わぁ、ホントに浮いてるわ。ね、下に指を通してみてもいい?」
「ちょっと待ってね、集中⋯集中⋯⋯。いいよ!」
アマンディーヌは指一本をゆっくりと葉っぱの下に通す。右から左へ指が通り過ぎると、葉っぱがわずかに揺れる。
「本当に浮いてる。すごいわね!」
「俺もやりたい。」
「いいよ! 今なら行ける気がする。」
セルヒオも同じように指を通し、葉っぱは落ちることなく浮いていた。
「ふー⋯⋯。」
やりきった気で一息つく。ちょっと上達してる気がするぞ。
「ねぇ、あとは自分が浮く⋯⋯のは得意じゃなかったのよね? 走るって?」
「あ、そう。ね、浮いてるか横から見てくれない? 浮いてる気はするんだけどさ。」
「浮いてる気がするってなんだよ。」
困ったように笑う二人から一歩離れて、私は再び集中する。
下から持ち上げるような、浮かぶような、そんなイメージだ。浮いたあと、維持する⋯維持する⋯⋯。
『浮け』
足の裏に圧を感じる。
そして、浮いた気がした。気のせいかな?という気もする。
「あ、う、い、て⋯⋯浮いてるわ! すごいサクラ!」
「おお、ちょっとだけど、浮いてるな。」
「ホント!?」
浮いていたんだという喜びに声を上げた途端、地面につくのがわかった。維持が難しい。
「もう、自分じゃ浮いてるのかも自信なくてさ。うまい人はヒーローみたいに水平に浮かんで進んだりしてたから。」
「すごい人もいるのね。でも、サクラもちゃんと浮いてたわよ!」
「火属性の地味さとは大違いだな。」
セルヒオが肩をすくめるのに、私たちは笑った。
「走るのは⋯⋯ちょっと、セルヒオ走ってよ。私、もう調子に乗って疲れた。」
セルヒオに頼んで、ある程度のところまで全力疾走してもらう。私とは大違いで、普通に速い。
でもでも、違いはあるはずだ。と魔法をかけようとして気づいた。向かい合うと、背中を押すイメージがしづらい。
「ごめーん、セルヒオ! 戻ってきてもらって、こっちからかけてもいい?」
苦笑いしたセルヒオが緩く走って戻ってきた。
「ごめんね、ごめんね。イメージがさ、ちょっとね。えーっといくよ? 背中が押された感じがしたら、走り始めてね。」
セルヒオの背中に向かって手を向け、「浮くイメージ、押すイメージ」と集中する。
「お? これか? ⋯⋯走るぞ。」
魔法を感じ取ったらしいセルヒオが走り始めた。
タタタタタタッ!
元が早いからか、本当に速い。速く走れたと思っていたけど、私とは雲泥の差だ。
足音がどんどん遠ざかっていく。
「速い!」
「速いね!」
そう言っていると私の集中が切れたのか、トトト、とセルヒオは足踏みをするように止まった。
軽く走って戻ってくると、興奮気味に口を開いた。
「すごいな! めちゃくちゃ速い! 気持ちいいぞこれ。身体が勝手に前へ持っていかれる感じがする。足を動かしてるだけで、どんどん進むんだ。」
「わかる! でも、元の身体能力も多大に関係があるよ。」
「サクラ、もう一回!」
「え、ちょっと待って、私もやってみたい!」
アマンディーヌが興味を持ったように言う。
セルヒオが譲り、先にアマンディーヌが走ることになった。
彼女の背中に手を向け、また集中する。
「あ、これかしら?」
アマンディーヌは片足を下げ、走り始めた。
これまた、私とは大違いの速さだ。
速く走れたと思っていたのに。
ちょっと凹みつつも大声をあげた。
「とめるよ〜!」
意識して魔法を解く。
何歩かそのまま進んで、アマンディーヌは止まった。
戻ってくると、珍しく興奮しているようだ。
「すごいわ! 風になったみたい!」
「わかる! 風をきる音がするよな!」
さっきの私のように興奮した二人が言う。
そうでしょう、そうでしょう、と私は頷いて、ねだられるままに何度も魔法をかけた。
二人とも基礎体力が私とは違うんだろう、満足するまで走れたようだ。私は疲れてやめたからね。
「あ〜面白かった! そういえば、葉っぱ浮かしてたけど、俺は浮かせられないのか?」
「え? どうだろう?」
要領は変わらないんだから、できる気もするし、危なすぎない?という気もする。
首をかしげて迷っていると、わくわくした顔のセルヒオと目が合った。
「うっ⋯⋯。じゃあやってみるけどさ、危なそうだからガイドさんたちの近くに移ろうよ。」
「え、セルヒオでうまくいったら、私も浮いてみたいわ!」
「俺は実験台か?」
三人で笑いながら場所を移動し、ガイドさんと現地の人の近くに来た。
何人かはまだ参加者の練習を見守っているようで、こちらをちらちらと見ていた。
これなら、もし魔法が変な方向に働いても、すぐ助けてもらえるだろう。
「うわぁちょっと怖いな。ホントにいくよ?」
「そう言われると俺まで怖いな。これくらいの高さまでにしてくれ。」
セルヒオは腰のあたりに手をやって、高さを指定する。
「そもそもそこまで浮かない気がするけど、了解!」
私はやや下向きに手をかざした。
真っ直ぐに浮かせる。維持する。集中する。
頭で同じことを何度か繰り返して、イメージを固める。
『浮け』
ちょっとだけ浮いたところで、セルヒオがふらりと揺れた。
でも、すぐに持ち直す。運動神経の差かもしれない。
「あ、浮いてる!」
アマンディーヌが小さく拍手するのを横目に、集中、集中、と真剣に魔法を使う。
ふわふわと上下左右に揺れながらも、セルヒオはじわじわと浮かび上がっていく。
浮くよりは浮かせるほうが得意かもしれない。なんて思いながら、セルヒオが言っていた腰の高さまで浮かせることに成功した。
「おお!! 浮いてるな!」
セルヒオの嬉しそうな声を聞いて、ほっと胸をなで下ろしていると、集中が切れるのが自分でもわかってしまった。
「落ちる!」
思わず声を上げたけど、真下に落ちたことで、衝撃は少なかったようだ。危なげなくセルヒオは地面に降り立った。
「ごめんね、集中が切れちゃった。大丈夫?」
「全然! すごいな、ちゃんと浮いてたぞ!」
「悪いけど、サクラが浮くよりもセルヒオの方がちゃんと浮いてたわ。」
「どっちも私の魔法だけど、浮くよりは浮かせるほうが得意みたい。」
ニッコニコのセルヒオを見て、アマンディーヌはちらりと私の方を見た。
「あんなに高くは怖いんだけど、少し浮かせてもらえない?」
「うーん。するのはもちろんいいんだけど、絶対怪我しないでね? いつ落ちても大丈夫な気持ちでいてね?」
「えぇ、ちょっと怖いこと言わないでよ。」
眉を寄せた私に、アマンディーヌは余裕の笑顔だ。
「じゃあ⋯⋯いくよ? 本当に気をつけてね?」
「わかったわ。気をつける。」
アマンディーヌが頷くのを待って、私はまた手を下に向けた。
浮かせたら維持、維持!!
『浮け』
「あ、と、わ⋯⋯」
少し浮いたところで、アマンディーヌはふらふらと揺れ始めた。
「え、高さ上げて大丈夫?」
「ちょ、ちょっと待ってほしいかも! わっ、と!」
アマンディーヌはぐらりとバランスを崩し、たたらを踏んだ。
慌てて私は魔法を止める。
「え、セルヒオはどうやって飛んでたの? バランスが難しいわ!」
「そう! そうだよね!? バランスが崩れるのよ!」
もしかして、魔法の腕ではなく、ただのバランス感覚の差かもしれないという悲しい考えが浮かんだけど、振り払う。
「どうってバランス取ってだよ。」
セルヒオはあっけらかんと言うが、難しいものは難しいのだ。
悔しくなった私は、アマンディーヌと顔を寄せ合い、聞こえるように悪口を言う。
「ね、自分がバランス感覚いいからってひどいね。」
「そうよね。バランス取ってっていうのはわかってるのに。」
「おい、聞こえてるぞ」
セルヒオが笑いながら突っ込む。
「バランス取って以外、言いようがないだろうよ。」
「それはそうなんだけど!」
笑って言い合いながら、私はアマンディーヌに尋ねた。
「どうする? もう一回やってみる?」
彼女は少し考えてから頷いた。
「……うん。今度はもう少しだけ」
私はまた手を下に向ける。今度こそ。
「いくよ。」
『浮け』
アマンディーヌの身体がふわりと浮く。
ほんの少し。
そこから、慎重に維持する。
「……あ」
「どう?」
「やっぱり……」
アマンディーヌの身体が、ふらり。右へ。左へ。
「あ、無理!」
早い。今度は判断が早かった。
「やっぱり怖いわ!」
私は慌てて魔法を止めた。
アマンディーヌの足が地面につく。
「ふぅ……。」
「大丈夫?」
「ええ。もういいわ。」
アマンディーヌは苦笑しながら首を振った。
「高く飛ぶのは、私には無理みたい。」
「残念。」
「セルヒオが変なのよ。」
「そうだよね。」
「なんで俺なんだよ。」
セルヒオが笑う。
三人で顔を見合わせる。
結局、アマンディーヌはそれ以上の高さに挑戦することはなかった。
でも、ほんの少しだけとはいえ、自分の力で人を浮かせられた。
私はそれだけでも十分満足だった。
……そしてセルヒオは、最後まで楽しそうだった。
たぶん今日一番、魔法体験を満喫している。
すみません、もう一話だけ続きます。街散策が入りきれませんでした。




