67.2/25 魔法使いの国②
「次は自分自身を浮かせてみましょう!」
ガイドさんが、振り返って現地の方を見た。
一人の男性が三歩ほど前に出てきた。
先ほど風属性のお手本を見せてくれた人だ。
男性が何かをつぶやく。
ヒュォッと風が通り過ぎるのを感じると、男性が立ったまま浮かんでいた。
高さにすると三十センチくらいだろうか、危うさもなく、ふわふわ上下することもなく、まるで透明な板の上に立っているかのように浮かんでいる。
「「うわぁぁぁ!!!」」
思わず、といった歓声が上がると、男性はニヤリと笑った。
そして、階段を登るように一歩ずつ前に進みながら高さを上げていく。私たちの方に歩いてくるので、手品でも何でもないことがわかる。
魔法だ! 魔法使いだ!!
あれが出来るの? 今から? すごくない!?
口元を手で押さえて興奮のあまり声が出ないようにしていると、私たちの真上で男性は止まった。
下にいるので上昇気流が起こっているのは感じられるが、どう考えても人が浮くような強さじゃない。
そよ風といったくらいの、髪がなびき、スカートなら裾が揺れるくらいの強さだ。
それなのに男性は家の天井より高い場所で確かに立ち止まっている。
ガイドさんが何か声をかけ、男性は階段を下るように元の場所に戻っていく。
地上に足がつき、振り返ると自然に拍手が巻き起こった。
私だけでなく、周りの人も相当興奮していたらしい。
「今日は落ちた時の危険を考えて、あんなに高く上がるのはやめてくださいね。街中でも一メートル以上の高さに浮かぶことは原則禁止されています。」
やれやれといった様子で注意するガイドさんの隣で、現地の方達は楽しそうに盛り上がっている。
火属性の人といい、いいとこ見せたい人が多いのだろうか。ちょっと可笑しい。
「コントロールの難しさと、体勢には関係があります。」
説明が始まり、みんなが真剣に話を聞く。
先ほどの男性のように直立で浮くのはコントロールが難しく、けれども落ちたときは足からなので安全性が高い。
うつ伏せで浮くのは面積が広い分浮かせやすいしコントロールが効きやすいが、落ちたときは顔や頭を打ち付けないように注意が必要。
今日は三十センチを目標にするので、どちらでも構わないそうだ。
参加者は広がり、周りとぶつからないようにスペースを空けた。
私は少し考えた末、立っていくことにした。
だって寝そべったら顔から落ちる自信しかない。
なんとなく手のひらを下に向けてみる。
イメージだ。イメージ大事。
『⋯⋯浮け』
葉っぱの時と同じように、ちょっと下からの風を感じる。でも、重さのせいか面積のせいか、浮くまでは至らない。
さっきのお手本を思い返す。そんなにつよい風は吹いてなかった。
足の裏に集中だ。
『浮け!』
少しだけ、ほんの気持ち足の裏に何か感じる。
でも、まだ浮かぶほどではない。
『浮け!』
魔法を強めるイメージでもう一度声に出す。
すると、ふわりと足の裏が地面から離れた──気がする。
『え!? 今の!』
浮いた? 浮いたんじゃない?
横から、誰か横から観察してほしい! 浮いた気がするのに!
それから何度か繰り返すが、離れたか自信がない程度にしか浮遊感はない。
そうこうしているうちに、周りではちらほら歓声が上がり成功者が出始めているようだ。
『浮け!』
繰り返して何度目か、グンッとたしかに私は浮かび上がった。
『わ、わわわわぁ!!』
浮かんだのはほんの数センチだと思う。でも、それはバランスを崩すにはちょうどいいくらいの高さだったんだろう。ぐらりと足元が不安定になり、前向きにたたらを踏んだ。
『びっくりした! あっぶな!』
「大丈夫ですかー?」
「あ、大丈夫です!」
ガイドさんの呼びかけに片手を上げて応えていた、その時。
「ぎゃぁぁぁぁ!!」
参加者らしき女性が、投げ飛ばされたように空高く浮かんでいた。
斜めに吹っ飛びながら、だんだんスピードが落ち緩やかに自由落下へとかわりそうになるのを見て、そこかしこで小さな悲鳴が聞こえた。
『〜〜〜!』
『~〜〜!』
現地の人が空に手のひらを向け、何かを叫んだ。
──ピタッ
その瞬間、女性が空に縫い留められた。
そして、ゆっくりゆっくりと地上に向かって下りてくる。
トサッと地上に体が着くと、その場にほっとした空気が流れる。
「浮かぶより、浮かんだ状態を維持するほうが難しいのは葉っぱと一緒ですからね〜!」
ガイドさんの落ち着いた注意が流れ、おっかなびっくりみんなまた浮かぶ練習に戻っていく。
そんな中、私は悩み始めた。
転けそうにはなるわ、魔法の暴走をみるわでだいぶ怖くなってしまった。
周りを見渡してみると、成功しているのは寝そべった人ばかりのようで、立っている人はまだあまり成功していない。
三十センチなら、うつ伏せの方が安全なんじゃなかろうか。
私は恐る恐るその場にうつ伏せになる。
「⋯⋯⋯⋯」
いや、ちょっと待って、この体勢で落ちるのもだいぶ怖いわ。
私は腕を突っ張って上体を起こした。支えにした膝をズリズリと引き寄せ四つん這いの体勢に変える。
こ、この体勢ならなんとかいけるんじゃ?
とても情けない格好ではあるが、落ちても衝撃が少なそうなこの体勢でチャレンジしてみることにした。
『⋯⋯浮け』
ふわりと顔に風を感じ、手のひらが地面から浮くのを感じた。今度は気の所為じゃないと断言できる。
さっきガイドさんが面積って言ってたから、手足じゃなくてお腹とかを意識すればいいのか?
『浮け!』
ふわり⋯⋯
手足が地面から浮いたのがわかった。
お手本のようにはいかず、ふわふわと上下しているのか、下の草に触れたり、離れたりする。
『三十センチ⋯三十センチ⋯⋯!』
もう少しだけ高く浮くことをイメージして、もう一度「浮け」と唱える。
イメージと魔法が一致したのか、少しずつだけれど確実に高さが上がっていく。
『浮いた! 浮いた! これ浮いてる!!』
興奮で思わず口に出した瞬間、誰かに持ち上げられたかのように下半身が浮かび上がった。前転をするように頭の方向に上がる。
ヤバいヤバいヤバいヤバい!!
とっさに手を地面につけようとすると、魔法が切れたのか、四つん這いの体勢のままドシャリと地面に落ちた。
『怖い〜! 痛い〜!』
手のひらと膝に痛みを感じはするが、高さが大したことなかったおかげか、下が柔らかい地面だったからか、大きなケガはないようだ。
座り直し、手のひらを見つめてほっと息をつく。
ちょっと休憩しようと周りを見れば、私のように成功だか失敗だかわからない人もたくさんいるが、人の身長を超える高さでうつ伏せで浮かび上がり、さらには前進している猛者もいる。ご機嫌に口ずさんでいるのは有名なヒーロー映画のテーマソングだ。
そんな人を眺めながら、中々立ち上がる気にならない。
そんなできる人とできない人とに差がつき始め、なんとなくあきらめムードが感じられる人がではじめた頃。
「それでは、もう一つ、今度は速く走ってみましょう!」
ガイドさんが私たちを集めて言った。
「どなたかご協力をお願いします!」
ガイドさんの近くにいた男性が指名され、おずおずと前に出る。
「あの男性のところまで、全力で走ってください。」
現地の人が一人、離れたところで手を振った。
指名された男性は「えぇ⋯⋯」という雰囲気をだしたが、ガイドさんに言われるまま走り出した。
⋯⋯まぁ、普通のスピードだ。けして遅いわけでもないけれど、こんなもんだろうな。という時間をかけて向こうにたどり着く。
「では、戻ってきてくださーい!」
ガイドさんが手を振って合図を出すと、息をきらした男性は「よいしょ」と言いそうな動きで再び走り始めた。さっきので疲れたんだろうな、とみんなで見守っていると、急に足の回転が速くなった。
先ほどの二倍速の映像を見ているように猛スピードでこちらへ走ってくる。
「わっ! おっとっとっと⋯⋯」
私たちの前に来た途端、スピードが元に戻った。
止まりきれなかったスピードのまま、何度か足踏みをして男性は止まった。
「わぁぁあ!」
歓声と拍手が上がる。
すごい! オリンピックを観ているようなスピードだった!
「ありがとうございました。皆さんも今のようなスピードで走れるようになりましょう。角兎やグリーンキャットなど、風属性の魔物にはよくあるスピードアップの魔法です。背中側から風を送ることを意識してください。転けないように気をつけてくださいね。」
また大きく広がると、四方八方へみんな走り始めた。
かけっこで一位を取ったことがない私も、ちょっとテンションが復活した。人生で一度でいいから風を感じながら走ってみたい。
輪の中心から離れ、端っこの方にたどり着くと、きょろきょろと周りを見渡す。うんうん、ここなら邪魔にならなそうだ。
よし、走ろう。と片足を下げて、また戻した。
準備運動大事だ。
私は軽くストレッチをして、今度こそ走り始めた。
まずは何もなしで走る。
全力だ。私は全力だ。⋯⋯しかし。
『はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯』
おっそい! こんなに走れなかったっけ?
上がる息を整え、そこで大変な事に気がついた。
これ、そんな何回も練習できないぞ?と。
私は腕を組んで目を閉じた。
イメージだ。今度こそイメージが大事だ。
背中側から「押す」イメージだ。追い風でもそんなには速く走れないのだから、追い風とは違う。
こう⋯⋯なんだ⋯⋯そう、さっきの浮かせるのと合体させるイメージだ。
よし!
目を開けた。
目標地点を決め、走り始める前から背中を意識する。
押すイメージ⋯⋯浮かせるイメージ⋯⋯
すると、まだ何も唱えてないのに誰かに押されるような感覚を背中に感じた。
お、来たんじゃない、これ!?
感覚があるうちに、と、私は片足を下げて、走り出した。
グンッと押される感覚。
転けないようにただただ足を前に出し続ける。
風に髪がたなびき、自分の周りに風を感じる。
タタタタタタッ!
いい足音を響かせ、目標地点を通過した。
意識して魔法を解除する。
急に重くなった気すらする足を緩く動かし、転けることもなく止まることができた。
『今! 今のよかったよ!』
思わず自画自賛した。
感動を分かち合う人がいないことがすごく惜しく感じられたけど、私は凄まじいスピード(当社比)で走ることに成功した。
『も、もう一回!』
ちょっと息を整えて、またイメージを固める。
背中に圧を感じ始めさらに強いイメージをする。
よーい、スタート!
心でそう言って走り出す。
速い! さっきよりもさらに速い!!
調子に乗って何度か走る。地球ではあり得ないスピードで走るのは、とても楽しい。
周りの人も成功者が多いようだ。
「わー!」「きゃー!」と楽しそうな声が聞こえる。
休憩したり、走ったり、ちょっと浮く練習をしたりしていると、「サクラ!」と声がかかった。
振り返ると遠くからこちらへ歩いてくる人影が見えた。アマンディーヌだ。
「アマンディーヌ!」
手を振る。彼女もこちらへ手を振り返した。
どうやら水属性の練習を終えたらしい。
「そっちは終わったの?」
「ええ、濡れたりしたけど、たっぷり練習してきたわ。」
「え、大丈夫?」
「すぐに乾かしてもらえたから。」
お互いどんなことをしたのか話していると、火属性の人たちも土属性の人たちも帰ってきた。
セルヒオを見つけて手を上げる。
「セルヒオ! どうだった?」
「一時薪と木炭は見なくていいな。」
「ええ? 何それ?」
笑って聞き返せば、セルヒオも笑った。
「はーいそれでは、コントロール体験ツアーはこれにて一旦終了となります。こちらで練習を続けても結構ですし、街までの車も出ますので、乗り場へ向かっていただいても構いません。」
全員が集まったのだろう、ガイドさんがそう言った。
周囲がざわざわとし始め、街へ向かう人と残る人とで別れ始めた。お昼時ということもあって、残る人は少なそうだ。
「どうする?」
「せっかくだから、二人の魔法も見てみたいわ。」
「俺は薪と木炭しか作れないが、二人の魔法は気になるな。」
「たしかに! 私も気になる!」
私たちは少し残ってお互いの魔法を見せ合うことにした。




