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67.2/25 魔法使いの国①

「本船は、現地時刻八時に予定通りタッキンギア公国へ下船開始予定です。下船されるお客様は、必ず現地時刻午後四時までに船にお戻りください。」




「なんか⋯⋯一仕事終えた気になるね⋯⋯。」

「わかるわ。ちょっと疲れたもの。」


アマンディーヌもそう返事をして、その隣ではセルヒオが頷いている。


タッキンギア公国へ入国するにあたり、「清め」と呼ばれる宗教儀式をうける必要があった。

内容としては教義を十分程聞いて、偉い人から頭を撫でてもらい、礼拝をして、寄付をする。それだけ。


……それだけなのだ。

一つ一つに時間がかかるわけでもないし、特別難しいことをするわけでもない。

ただし。

観光船から一斉にやってきた私たちは、とにかく人数が多かった。

普段なら寄港地で降りない人まで、今回は「魔法使いになれるかもしれない」ということで、かなりの人数が下船している。

そのため、礼拝所の前にはずらりと人が並び、案内係の人たちが列を整理し、次々と観光客を中へ送り込んでいた。


「こちらの列は団体の方です! 押さずにゆっくり進んでくださーい!」

「寄付はこちらでお願いします!」


あちこちから地球公用語で案内の声が飛び交う。

私たちも列に並んで、前の人が進めば進み、止まれば止まる。

そして、ようやくすべてを終えて外へ出た頃には、時刻は、もう十時近くになっていた。


「……思ったより時間かかったね。」

「船から降りてすぐ観光、というわけにはいかなかったものね。」


アマンディーヌが肩を回す。

私も軽く首を回した。

別に激しい運動をしたわけではない。

それなのに、妙な疲労感がある。

たぶん、慣れない宗教儀式に少し緊張していたのもあるのだろう。


魔法コントロール体験ツアーを探した時に、中途半端な時間しか無かった理由がわかった気がした。

九時とかだったら間に合ってない。



「ツアー参加の方はこちらでーす! 街中ですので、まだ魔法を行使しようとするのはやめてくださーい!」


ガイドさんの声に呼ばれて集まっているけれど、まだ人が少ない。「清め」が終わってない人もいるのだろう。開始時間までには集まるのだろうか。


「魔法を使うな、って、こっそり練習する人がいるんでしょうね。」

「気持ちはわかるけどな。」


昨日の勉強会のあと、慌てて私と同じツアーに申し込んだアマンディーヌとセルヒオが、自分の手を閉じたり開いたりしながら見つめている。


「なんかさ、わくわくしすぎて勘違いしてるだけかも何だけど、体がゾワゾワしない?」

「あ、するわよ! ゾワゾワというか、違和感があるというか⋯⋯。」

「魔力的な物の影響かもしれないな。」


私も手を閉じたり開いたりして、魔法を出したい気持ちを抑える。もしかしたら、実はすでにお水とか火とか、出せるのかもしれない。

⋯⋯警察沙汰はやだからもう少し我慢するけど。


「……でも、早く試したいな。」


私が小さく呟くと、アマンディーヌとセルヒオも顔を見合わせた。そして、二人とも笑う。どうやら考えていることは、同じらしい。

その時。


「お待たせしましたー! 魔法コントロール体験ツアーの皆さん、こちらへどうぞー!」


ガイドさんの声が響いた。

ようやく、始まる。

私は一度だけ、自分の手を見た。

少しだけ緊張しながら、私たちはガイドさんの後について歩き出した。



私たちが乗せられたのは、船のような形をした乗り物だった。左右に一席ずつしかない縦長な造り。今まで見た馬車などに比べ、タイヤが小さく、簡易的なものに見える。そして馬がいない。

エンジンらしきものも入る場所がなさそうな車体を見回し、どうやって動くんだろうね、と話し合っていると違う車から「それでは出発でーす!」とガイドさんの声が響いた。


ヒュゥゥゥ──


突然風が後ろから吹いた。

カラカラカラカラとタイヤが回る軽い音がして、次の瞬間──


ふわっ


車体が浮いて、タイヤの音が止まった。

浮いた気がしただけかと、他の人もみんな枠の外を覗き込む。もちろん私もだ。

のぞき込んだ先には、先ほどまでより少しだけ遠い地面。

本当に宙に浮いているのがわかった。


「「「わぁぁぁ!!」」」


思わず声を上げると、他の人も同じように歓声を上げて声が重なる。

どうなってるんだろう?とその話題に持ちきりになるが、ガイドさんは同乗していない。

「魔法だ」「魔法に違いない」と結論づけていると、大通りに合流した。

馬に引かれている馬車も多いが、この車と同じように宙に浮いた車もいる。

私たちの車と同じように、地面から少し離れた高さを保ったまま、すーっと進んでいる。

横から見ると、その異様さがよくわかった。

車輪はある。なのに、その車輪は地面に触れていない。


「本当に浮いてる……。」


今までにもセルマーでは、地球ではありえないものをたくさん見てきた。

魔法そのものだって何度も見ている。

それなのに。

自分がその魔法の中に乗り込んで、実際に空中を移動していると思うと、やっぱり興奮する。

言葉が通じないながらも、どこか満足気な運転手さんの安全運転により、車はスイスイふわふわと目的地へ到着した。



着いたのは、街から離れた所にある、整えられた森の中。

短い草がそこかしこに生えた、運動場というか、芝のないゴルフ場というか、とても広い場所に集められた。

何人かの現地の人が前に立ち、その横にガイドさんが立っていた。


「はーい、皆様、いよいよ魔法を使っていこうと思います。まずは適性を探しますよー!」


この言葉にちょっとしたざわめきが起きる。

「いよいよだね」「楽しみだね」とそこかしこで期待の声が上がる。


「まずは利き手の手のひらを上に向けて、よくよく火を思い浮かべてください。そして『炎』と口にしてみましょう。声はなくてもよいですが、手のひらから火が出るイメージを思い浮かべることが大事です。ご自身の国の言葉で言うのもおすすめです。」


前にいたうちの一人の男性が、無言で手のひらから小さな火を出した。「おぉ!」と声が上がり、ニッと笑った男性は更に炎と呼べるほど火を大きくした。「わぁぁ!!」と歓声が上がる。熱気が伝わってきそうな大きさの炎は、男性が軽く息を吹きかける真似をした途端、ふっとかき消えた。


「このように炎をいきなり操るのは難しいですので、まずはろうそく位を目安に想像してくださいね!」


ガイドさんが慌てたように補足し、男性に何かを言った。男性は謝っているようだ。

でも、そんなことをみんな気にしていないかのように、手のひらに集中している。


『~〜!』

『〜〜!』

『〜〜!』


周りからは色々な言語が聞こえるようになり、たぶん「炎」と言っているんだろうと感じる。

私たち三人も手のひらを見つめた。


『~〜』

『~〜!』

『炎!』


⋯⋯手のひらからは何もでない。

セルヒオは何か考えるように目をつぶって上を向き、アマンディーヌは難しい顔をして自分の手のひらを見つめる。

私はなんだか言葉がしっくりこないな、と「炎⋯⋯炎よ⋯燃えろ⋯ろうそく⋯違うな。炎、炎よ、うん、炎よかな。」ともごもご呪文を変えたりしつつ、手のひらと格闘する。

ポツリポツリと歓声が聞こえ、成功者が出ているのを感じながら頑張っていると


「あ!」


セルヒオがつぶやいた。

目線をそちらに向けると、手のひらに小さな火が灯っていた。


「「わぁぁぁ!」」


私とアマンディーヌが声を上げると、ふと火は消えてしまった。


「今火が出てたよな?」

「出てた出てた!」

「ちゃんとろうそくくらいの火だったわ!」


わいわいと盛り上がっていると、ガイドさんが説明を続けた。


「今火がでた方は、火の属性があるということです。次は水の属性を確かめますよー!」


同じように手のひらを上に向け「水」と唱えて水が出せれば水の属性がある。

葉っぱや草を手に乗せて「風」と唱えて動かすことが出来れば風の属性がある。

土を手に乗せて「土」と唱えて塊に出来れば土の属性がある。


順番に試していく。辺りは一喜一憂の騒ぎが起こっていた。

全部を試した結果、セルヒオは火の属性、アマンディーヌは水の属性、私は風の属性があることがわかった。


「魔法使えそうでよかったね!」

「本当ね。何も出なかったらどうしようかと思ったわ。」

「思った思った! 無事に出てなによりだよ。」

「お、風の属性以外は場所が変わるみたいだぞ。」


アマンディーヌと喜んでいると、セルヒオがそう言った。

属性毎にすることが違うようで、風の属性を持つ私はこの広場、二人は違う所に行くことになった。


「はーい、お集まりくださーい!」


案内に従って三々五々に散っていく。



「それでは、風属性の魔法のコントロールを練習していきますよー!」


先ほどとは違うガイドさんと何人かの現地の方が残ってくれ、練習が始まった。


「風属性は安全性が高く、1日魔法使いをするにはもってこいの属性です。皆さんラッキーですね。」


昨日の講話で聞いた話を思い出すと、火や水よりは安心感がある。

火を出してうっかり服を燃やすとか、水を出しすぎてびしょ濡れになるとか。

風なら、まあ。

……たぶん。


「まずは魔法使いらしく、物を浮かせる練習をしましょう。葉っぱを一枚手のひらに乗せます。それを浮かせるイメージをしながら、風を起こしてみましょう。」


現地の方がお手本を見せてくれる。

手に乗せられた葉っぱが十センチ位浮いて、ふわふわと留まっている。

如何にも魔法っぽくていい!!


みんな同じように思ったのだろう、葉っぱを急いで拾ってきて手のひらに乗せている。

私も手頃な葉っぱを手に乗せ、「浮け」と唱える。

「風よ」じゃない理由は、イメージが何よりも大事だとさっき繰り返されたからだ。浮かせたいなら「浮け」の方がイメージしやすい。


葉っぱが、ほんの少しだけ震えた。


「……!」


もう一度。


『浮け!』


ふわっ。葉っぱが浮いた。


「……!」


浮いた!本当に浮いた!

ほんの数センチ。でも、確かに手のひらから離れている。


「──!」


歓声を上げようと口を開いた。

その瞬間。

すっ。

葉っぱが斜めに飛んだ。


「え」


ひゅるっ。

そのまま私の手のひらから離れ、数メートル先へ飛んでいってしまう。


「あっ!」


慌てて追いかけようとする。

葉っぱは地面に落ちた。


「…………」


私の口から出かけていた歓声が、そのまま消える。

周囲からも、「あ!」という喜色の混じった声のあと、「あぁぁぁ……」という落胆の声が続いた。

どうやら、みんな同じらしい。


「浮いた!」

「……あ、飛んでった」

「私も浮いたわ!」

「どこ行った!?」

「待って、待って、待って!」


広場のあちこちで、葉っぱを追いかける人たち。

なるほど。

浮かせるだけなら、意外とできる。

問題は。

その場に留めること。


「難しいな……。」


私が呟くと、ガイドさんが笑った。


「そうなんです。『浮かせる』と『浮かせ続ける』では、必要なコントロールが全然違います」


なるほど。

風を強くすればいいわけじゃない。

むしろ強くしすぎれば、さっきみたいに飛んでいってしまう。

ほんの少し。

葉っぱが落ちない程度。

しかも、横へ流れないように。


「力を入れすぎないことが大切ですよー!」


ガイドさんの言葉を聞いて、もう一度葉っぱを拾う。

今度はもっと慎重に。


『浮け……』


ふわっ。

浮いた。


「……!」


今度は、すぐに飛んでいかない。

三センチ。五センチ。

少し揺れているけれど、手のひらの上に留まっている。


『おお……!』


嬉しい! さっきより明らかに長い!


『そのまま、そのまま……』


誰に言うでもなく呟く。

葉っぱがふわふわと浮いている。

数秒。

十秒。

そして。

ぽとっ。

落ちた。


『……やった。』


思わず笑ってしまう。

たった十秒程度。

それでも。

自分の意思で葉っぱを浮かせて、落ちる場所まである程度コントロールできた。

これ、かなり楽しい。

周囲でも成功する人が増えてきた。

最初は一瞬だけ浮かせて飛ばしていた人も、少しずつその場に留められるようになっている。


「では、次に行きましょう! 今度は少し難しくなりますよー!」


ガイドさんの声が響く。


「次は自分自身を浮かせてみましょう!」


「わぁぁ!」と期待の声に包まれた。


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