66.2/24 生き神の国勉強会
ほぼ説明回です。
あとがきに簡単なまとめを書いておきます。
コーラスの練習を終え、お昼ごはんを食べた私はメインシアターへ向かった。
『あーしーたーにはまほーつかい♪』
鼻歌交じりに足取りも軽く到着すると、すでに半分程の席が埋まっていた。
まだまだ人は来ているから、たぶんすぐに満席になるだろう。
私は後ろの隅の席に座った。
開始時間になり、エリザベスとモーガンが自己紹介をする。終わりを待ってパラパラと拍手が鳴り、いよいよ勉強会が始まった。
今日のテーマは「タッキンギア公国における身体変化と生き神文化について」だ。
エリザベスが立ち上がり、スライドを流しながら講話を始めた。
「まず初めに、タッキンギア公国が『魔法使いの国』と呼ばれているのは、皆様ご存知のことと思います。国民のほぼ全ての方が所謂魔法使いのような特殊な力を持っています。大多数の方は明日、その『魔法使い』へ仲間入りすることでしょう。」
会場全体が高揚した雰囲気に飲まれるのがわかった。だって私もその一人だからだ。
「具体的には、各地で『魔法』『妖精の助力』『魔力』等と呼ばれる、セルマー独自の特殊な力が皆様にも備わる可能性が高いということです。」
客席のそこかしこで頷く人が見えた。
スクリーンにはセルマー各地での「魔法」の呼び方が映し出される。私としては一番しっくり来るのは持ってる力が「魔力」で、それによる事象が「魔法」だな、とぼんやり思いながら文字を目で追う。
「この力が備わると、例えば水や火を手から出すことが出来たり、手をかざすだけで土の塊を作ることが出来たり、風の流れを操ることが出来たり、といった身体変化が現れます。」
食の国で見た火を出してお肉を炙ってくれたお兄さんや、雪の国でかまくら作りを助けてもらった近人種の方、花の国の風使いの女の子を思い出す。
あれが、私にも使えるようになるのか⋯!!
日常でかっこよく魔法を使う自分を想像してニマニマしたが、エリザベスの冷静な言葉に現実に戻る。
「未だに解明されているわけではありませんが、魔力の発現が起きやすい土地であることは間違いありません。磁場や風土的なものだと考えられています。国民どころか、訪れる人すら魔法が発現する国はセルマーでもタッキンギア公国のみとなっています。」
つまり、タッキンギア公国そのものが、魔法を引き起こしやすい環境になっているということらしい。
地球では無理だと言うことだ。
「つまり、よくわかってないけど、魔法使い率が高い国、行くだけで魔法使いになれてしまうよ。という不思議な国ということです。」
軽い調子でまとめたモーガンの言葉に小さな笑いが起きる。
エリザベスも微笑んで、次のスライドに移った。
──その瞬間。
会場の空気が変わった。
スクリーンいっぱいに映し出されたのは、鼻血を流している男性の写真だった。
『……え』
思わず声が漏れる。
その横には、症状を示す文字が並んでいる。
・頭痛
・吐き気
・めまい
・血管の脆弱化
そして、その下にはさらにいくつかの医学的な用語。
さっきまでの「魔法使いになれる」という浮ついた空気が、一瞬で消えた。
「ただし、訪問者にとって、長居できる環境でないことは理解し、体調変化には敏感でなければなりません。人により差がありますが、およそ二十時間〜一週間程度でスライドにあるような諸症状が起こり、それらを無視し続けると体内の出血により死に至る場合すらあります。」
息を飲む声がそこかしこで聞こえた。
魔法使いになるというささやかな夢には、大きすぎる代償だ。
会場全体がざわざわと揺れる。
「あの、よくわからないけど魔法が使える代わりに、身体が耐えられない場合がある……ってことですか?」
誰かが手を挙げて尋ねた。
エリザベスが頷く。
「そういう理解で構いません。ただし、必要以上に恐れる必要はありません。」
そこで少し間を置いてから、モーガンが軽い調子につけ足した。
「つまり、帰船時刻はしっかり守りましょう、という話ですね。」
会場のあちこちで苦笑が漏れた。
「明日の寄港時間は八時間で設定されていますので、通常の観光で影響を受けることはまずありません。魔法使いに憧れて、船に戻らない、なんてことは考えてはダメですよ。」
モーガンがフォローを入れ、少し落ち着いた空気になったところで、エリザベスが話を続ける。
「地域住民にはこのような症状はもちろんなく、幼い頃からタッキンギア公国で育つことで、緩やかな身体変化が起きているものと考えられています。」
今度のスライドには、人体の簡単な模式図が表示されている。
「訪問者に突然現れる魔力とは違い、現地の方々には幼少期から長い時間をかけて身体が環境へ適応していく傾向が確認されています。」
エリザベスがスクリーンを指し示す。
「例えば、魔力を扱うための感覚器官が発達する。魔力を体内に保持する能力が高まる。あるいは、魔法の使用に伴う身体的負担に耐えられるよう、循環器や神経系に変化が起こる。」
……身体そのものが、魔法を使うための身体になっていく。
私はスクリーンを見つめた。
「つまり、タッキンギアの人たちは、生まれた時から少しずつ『魔法を使える身体』になっていくということです。」
モーガンのその言葉に、会場が静かになる。
さっきまでの「魔法使いになれる」という話とは、少し違う。
私たちは明日、突然、魔力を得る。
けれど国民は、何年も何十年も、生まれた土地の中で、少しずつ身体そのものを変えていく。
言われてみればそれはそうだという話なのだけど、改めて言われると違いをはっきりと認識する。
「そのため、タッキンギア公国の住民と、短期間だけ滞在する訪問者では、同じ魔法を使っていても身体への負担が大きく異なります。」
なるほど。
火を出せるようになったからといって、明日から現地の人と同じように自由に魔法を使えるわけではない。
「そのため、注意していただきたいのは、明日入国する際に求められる寄付を高くしたからと言って、高度な魔法使いになれるわけではないということです。タッキンギア公国は単一宗教から成る国家で、明日には『清め』という宗教儀式を経て入国することになります。その際に寄付を求められ──これは支払わなければ入国出来ないので支払いは必要なのですが、高い寄付をしたから『より神からの祝福を受ける』というものではありません。」
宗教の世知辛さを感じ取って、なんとも言えない空気が漂った。
勉強会聞きに来ていてよかった。私、騙されるタイプだ。
「そして、ここからが本日の講話の、もう一つの重要なテーマになります」
エリザベスが一度、客席を見渡した。
スクリーンが変えられ、次に映し出されたのは一人の女性だった。複雑に結い上げられた長い髪に静かな表情。紫色の艷やかな衣装に、目の下には朱色の横線が鮮やかに塗られている。
そして、その周囲には人々が跪き、祈りを捧げている。
写真の下には、セルマー公用語と地球公用語の二つで、こう書かれていた。
『生き神』
「タッキンギア公国では、こうした身体変化を単なる『進化』や『適応』として捉えず、宗教的に神に選ばれた人、神の依代になった人として扱う文化が存在します。」
エリザベスの声が、少し低くなる。
「特殊な身体変化を示した者。非常に強い魔力を持ち、地域や共同体において重要な役割を担う者が、『生き神』として扱われることがあるのです。」
さっきまでのどこか浮かれたような雰囲気が変わり、メモを取ったりして真面目に講話を聴く雰囲気になった。
「『生き神』はタッキンギア公国の人々にとっては神そのものです。小さな頃から発現した魔力が暴走しないよう教育が施され、その力を国のために使うことが良しとされる文化に基づいて育てられます。多少自由に動ける『生き神』もいますが、どこに行っても人々から祝福や慈悲を求められ、あまり人間として扱われることはありません⋯⋯。」
エリザベスが少しだけ声を落としてそう言った。
ちょっとした変化だけれど、スクリーンを見つめる顔には影がさしている気がして、なんとなくスクリーンに映し出されたこの女性の写真はエリザベスが撮ったんじゃないかなと思った。
「そう簡単に出会う方ではありませんが、もし出会うことがあったら、ひざまずいて頭を下げ、直視しないようにしましょう。住民たちからの反感を買わないようにするためです。タッキンギア公国でこの紫の衣装を着れるのは『生き神』だけですので、覚えておくことをお勧めします。」
そう締めくくって質疑応答に移った。
ツアーなどに参加しない人は街中でいきなり魔法を使おうとしないこと。最悪警察沙汰になること。
特に火の属性を持った人は要注意なこと。
「生き神」の持つ魔力は人によって違うが、例えば風の属性があれば竜巻を引き起こせたり、火の属性があれば現代兵器並みの爆発を起こせたり、暴走させると大変な事になる魔力があること。
などなどわくわくとビクビクの入り混じった質問が続き、1時間半程で勉強会は終わった。
『「生き神」様かぁ。』
ベッドに横になってそう呟いた。
魔法使いにわくわくする気持ちの方が圧倒的に多いけれど、自由の少ない生き神様にも少し興味がわいた。理由はエリザベスがどことなく生き神様に感情移入しているように感じられたからだ。
聞いたら答えてくれるのかもしれないけれど、プライベートなことにわざわざ口出しするほどかと言われると⋯⋯。
ちょっと気になるけど、まぁ明日生き神様に会うこともないだろうし、気にしないようにしよう。
『あーしーたーにはまほーつかい♪』
私は魔法が使えることに気持ちを切り替えて、明日の準備を始めた。
明日の寄港地に行くと魔法が使えるようになるよ。
生き神という宗教文化があるから、失礼のないようにね。
という講話でした。




