65.2/23 夕日の国
「本船は、現地時刻午後1時に予定通りオトランドへ下船開始予定です。下船されるお客様は、必ず現地時刻午後8時までに船にお戻りください。」
ブーッブーッ
アラームが朝を知らせていた。
私はのっそりと起き上がり、眠たい目をこすりベランダへよたよたと出る。
朝日が昇る、いい時間帯ぴったりではあったけど、街はまだ見えない。
ガイドブックお勧めの朝日に浮かびあがるオトランドは見れないな、と納得した私は二度寝のためにお布団に入ったけど、眠れなかったので仕方なく起きて仕事を始めた。
下船開始のアナウンスに合わせて、乗客たちは動き始めた。
お昼ごはんもしっかり食べた私は、今日は魔石の実の収穫体験のツアーに参加だ。
『わぁぁ! きれーい!!』
船を降りた私たちを迎えたのは、白い建物にエメラルドグリーンに塗られた屋根が特徴的な街並みだった。島全体が小高い山になっていて、山並みに沿うように並ぶ白と緑のコントラストは「セルマーのサントリーニ島」に相応しく、白く輝いていた。
ツアーガイドさんに連れられて歩いて訪れたのは、山の麓というか、海岸を少し越えたところというか、数少ない平たい土地にところ狭しと並んだ木々の林だった。
みかんやりんごの木のように、いたって普通に見える木に、鉱石のような透き通った水色っぽい石がなっている。
ツアー客たちはきょろきょろと物珍しそうにその木を見ながら説明を受ける。
私は「王妃の糸」を採ったときと同じような取り方だな、と頷きながら籠をもらい、早速収穫体験を始めた。
『拳くらい大きくなったものを、くるりと回して⋯⋯採る! よしよし。私、上手!』
特大の実を取って満足気に籠に入れていると、現地の農場の方が何か話しかけてきた。
『〜〜〜? 〜〜〜。』
「セルマー公用語は話せますか?」
『〜〜〜⋯⋯。〜〜〜?』
うぅ~セルマー公用語が通じない!
どうしよう。現地の言葉なんて、はい、いいえ、ありがとうくらいしか調べてきてない。
お互い困っているとガイドさんが気付いて、こちらに来てくれた。
「どうしましたか?」
「すみません、話しかけられたのですが、言葉がわからず⋯⋯。」
ガイドさんが農場の方に何かを話す。
「そのネックレスは、『ゴチアの魔女』の魔石ですか?と聞かれています。」
振り返ってそう聞かれ、私は胸元に下げていたネックレスに手をやった。
「そうです。よくわかりましたね。」
ガイドさんが間に入ってくれ、少しの間農場の方とお話ができた。
昔は無属性のゴチアの魔石と、水属性の強いオトランドの魔石は世界でも需要が高く有名だったこと。
ウィンチェッド王国の人口魔石によって、どちらも規模が急激に縮小せざるをおえなくなっていること。
オトランドの魔石の実も装飾品程度の価値しかなくなってきていること。
少し寂しそうに話し、懐かしそうにネックレスを見る農場の方の話は聞いていて少し切ない気持ちになった。
ガイドさんにもお礼を言って話に一区切りをつけた頃には収穫体験は終わりの時間となった。
採った魔石の実を装飾品に加工してもらったり、お借りした水変換装置に採った魔石を加工したものをセットして水を出してみたり、思い思いに残り時間を過ごし、もう少しで夕方になる頃ツアーは現地解散した。
明るいうちに写真を撮っておこうと、街並み散策に歩き出した。
薄い感想しか出てこなくて申し訳ないけど、なんか全体的におしゃれな街並みだ。
よくある家の前の花壇の花も、家先に飾られた魔石の実のつるし飾りも、丸い石で作られた階段も、日本にはない可愛らしさというか、おしゃれさを醸し出していた。
雑貨屋さんを冷やかしたり、これまたおしゃれなカフェでドライアドジュースを飲んだりしていると、影が長く伸び始めたのに気がついた。
もう日が暮れそうだな、と考えて、ふと思い出した。
そういえばセルヒオが「オトランドは夕日がきれいだ」と話していたことを。
私は時計を確認し、もう一度影の長さを確認する。
左右の道をみて、山頂と思わしき街並みの頂上を見上げる。
少しだけ迷って、私は山頂へ向けて走り出した。
港側のこちらは朝日が綺麗だということは、夕日を見るためには裏側へ行かなければならない。
確か夕日って数分間で沈んじゃうはずだから、沈み始める前に最低でも山頂にいなきゃいけない⋯⋯だろう。
階段を上がり、横道を進み、また短い階段を上がって、必死に走る。道があってるのか自信がないけど、人通りが少なく、しかも現地の言葉が話せないのだから勘で進むしかない。
出航は八時だから、帰りは間に合うだろう。
肩で息をしながら必死に走っていると「サクラ?」と私を呼ぶ声がした。
思わず足を止めると、セルヒオが片手を上げてこちらを見ていた。
「セ、セルヒオ⋯はぁはぁ⋯こんなところで、ゴホゴホ⋯どうしたの?」
「いや、どうしたの、は街中走ってるサクラの方だろ。どうしたんだ?」
「夕日⋯⋯セルヒオが⋯夕日って⋯ゼーゼー⋯言う、から、さんちょう、山頂に行って⋯夕日を⋯⋯」
息も絶え絶えに事情を説明すると、セルヒオは少し目を見開いた。
「ほんっとよく覚えてるよな。山頂には行かなくていいんだよ。むしろ港から見る方が街を見れていいぞ。」
「へぁぁ?」
嘘でしょ、私の無駄になった全力疾走を返して、と思いながら、もう声もでない。
膝に手を当て、ぐったりと息を整える。
「そっかぁ⋯⋯俺が言ったから、か⋯⋯」
セルヒオが何かを言ったけど自分の呼吸音で聞き取れない。
「ごめん、なんて?」
「いや、なんでもない。サクラ、走れるか?」
「え、や、もう無理になった⋯⋯ゼーゼー⋯。」
私の返事にクスッと笑ったセルヒオは触れられるほど近づくと、「ちょっと失礼」と軽く断りを入れ、ヒョイッと私を抱えた。
子供を抱えるような縦抱きの動作は軽々としているが、子供と違って私は軽くない。
「え、なに!? どう、あの、下ろして!?」
「落としたりしないから、大丈夫だって。しっかりつかまっておけよ。」
あまり意に介した様子のない返事をしながら、セルヒオは走り出した。
容赦ない揺れに私は思わずしがみつく。
階段、横道、階段と進むのは私と変わらないのに、登ってきた時間とは比べ物にならないほど短時間で下っていく。
「港までは無理だな。」
あまり息も上がっていない声でそう言ったセルヒオは、やや横道に逸れ始めた。
そう長くない時間揺られ続け、ちょっと高い塔のような建物の前で、私はそっと下ろされた。まだ振動が続いているかのように足がガクガクするのを耐える。
『〜〜〜? 〜〜〜』
『〜〜〜。』
塔のそばにいた人にセルヒオが何か話しかけ、私に手招きをする。
「上がっていいってさ。歩けるか?」
「歩けるけど、セルヒオ、腕大丈夫?」
「あぁ、抱えたから? 全然問題なし。サクラくらい軽いもんだよ。」
扉を開けて中を覗くと、壁際に沿って急な階段があった。手すりもない、ちょっと不安な階段だ。
見上げれば鐘と窓が見えるだけの、シンプルな建物のようだ。
「ほら。」
セルヒオから差し出された手に、迷って手を重ねる。
いや、ほら、手すりもないからさ。危ないじゃん?
それだけだよ。そう。
⋯さっきまで走ってたし、手汗大丈夫かな?
セルヒオは気にした様子もなく、手を握り返して引いてくれる。
上に着くと、手すりのある足場があった。
やっと手すりだ。
私は空いた手で手すりをしっかりと握った。
でも、到着したのに、セルヒオは手を離す様子がない。
私からなにか言うべき?
⋯⋯このままにしとくべき⋯?
「ほら、サクラ。あっちの方だ。」
セルヒオの声にふと我に返った。
指さす窓へ目をやると、街が一望できる絶景が広がっていた。
太陽が沈み始めたのか、オレンジ色がかった光を背に浮かび上がる街並み。
ポツリポツリとつけられ始めた光がチラチラと温かな様子で灯っている。
夜になり始める薄闇の中に浮かぶ、人のいる場所を照らす灯りと、昼を惜しんで光続ける夕日とが対比され、とても美しく街を包んでいた。
「わぁぁぁ!」
言葉にもならない声を漏らす。
「な? きれいだろう?」
「うん! すごく⋯⋯」
さっきまでいつ離そうか迷っていたセルヒオの手を握りしめ、私はしばらくその景色に魅入っていた。
辺りが薄暗くなる頃、気が済んだ私たちは暗い中スマホの光を頼りに急な階段を下りた。
扉を出ると、先ほどの人はもういなくなっていた。
「あぁ、腹減った。なんか食べていかないか?」
「行く! おいしいところあるかな?」
「やっぱり海鮮だろうな。ここの海鮮はうまいんだよ。」
「そうなの? それは楽しみだね!」
迷いなく歩くセルヒオの隣で、何気なくを装って手を離すように開く。
どうなるかな?とドキドキしていたけど、セルヒオも呆気なく手を離した。
ああ、やっぱり階段が急だったから手を差し出してくれたんだな。⋯⋯嫌われてはないんだろうけど。
「俺のお勧めの店でいいのか? ガイドブックの店でも案内出来ると思うぞ?」
「え、あ、いや、セルヒオのお勧めで! 美味しいものが食べたいからね!」
もやもやした感情から食欲にスイッチを切り替え、私たちはお店へ向かった。
「ここで食べるのは久しぶりだな。」
わくわくした声で言いながらセルヒオはお店の扉を開けた。
中は白い壁に木製の机が映える、小さなお店だった。
迷いなくカウンターに歩いていく。
「何が食べたい?」
「うーん⋯お任せしてもいい? あえて言うなら海鮮で!」
「オーケー海鮮ね。」
『〜〜〜。〜〜〜。』
『~〜〜。』
現地の言葉で書かれたメニューを指差しながら、慣れた様子で注文するセルヒオを、なんとなく不思議な気持ちで見つめる。
「よし、テラス席で食おうぜ。」
「わぁいいね!」
テラス席に行くと、薄暗い空に、少しずつ星が見え始めていた。
店内からの灯りや、街中の光で、なんともロマンチックな雰囲気の席だった。
「そういえばセルヒオ、前に仕事で来たとは言ってたけど、ここの言葉話せるんだね!」
「あ〜⋯⋯実は一年くらい住んでたんだよ。」
「え!? そうなの!?」
「ああ。」
気になって話を掘り下げたかったけど、口数が減った所を見ると、あまり触れられたくない話のようだ。
話題転換しようとしていたら、タイミングよく料理が運ばれてきた。
「おいしそう!!」
丸い緑の何かがフライにされているもの、みずみずしいグリーンサラダ、お肉の串焼きの上に柑橘が添えられたもの、見たことあるような、それでいて異国の香りが漂うメニューにニンマリと笑った。
「温かいうちに食おうぜ。あとから海鮮は来るから。」
「そうしよう!『いただきます!』」
ダイエットを意識して、まずはグリーンサラダにフォークを入れた。
思っていたよりもシンプルな味がする。
オイルに酢、塩、香料といったところだろうか、野菜のシャッキリさが際立って美味しい。
謎のフライにフォークを刺すと、プツリと弾ける感触がした。口に入れても、プツリと弾ける。
酸味の強めな野菜がハーブ入りの衣に包まれて、ザクカリやわやわと忙しい食感の料理だ。これ、どこかで食べたことがある食材な気がするな?
目をつぶって味に集中していると、ふっと笑う声が聞こえた。
「そんな難しい顔するような料理か?」
「違うんだよ、どこかで食べたことある食材だなって思って。」
「なるほど。セルマーでは一般的な食材だから、サラダに入ってたり、口直しに添えられてたりするから、どこかで食べたんだろうな。」
「サラダかー」と思いながら、お肉の串焼きを頬張って思い出した。
「ん! ブロリランドだ。恐竜の国!」
「それ、肉食って思い出すのかよ!」
くくくくっとセルヒオが笑うけど、お肉で思い出したんだから仕方ない。
「思い出したんだからいいの!」
「そうだな。あ、ほらメインディッシュが到着だぞ。」
大皿で運ばれてきたのは地球感覚で、エビと貝と何かのフリッターと、尾頭付きの魚の香草焼き、それからポテトがぎゅうぎゅうに乗せられた料理だった。
「うまそう。フリッターは温かいうちがお勧めだ。」
私は勧めに従って、フリッターにナイフを入れる。
ふわふわとした感覚にしっかりとカリッとした硬さがあって、口に運ぶ前から美味しい。
食べれば柔らかな魚の身がほろほろと崩れ、口の中が幸せだ。
「おいしい! さすがセルヒオのお勧め。お肉派のセルヒオが海鮮が美味しいっていうだけある。」
「だろ?」
得意気な顔で笑ったセルヒオに笑顔を返し、他のものも食べていく。
エビの殻ごと食べる食べ方にびっくりしたり、貝の出汁が濃厚なことに感動したりしながら食べすすめ、満腹を通り越したところで仕方なくごちそうさまをした。
残りをセルヒオが完食してくれ、腹ごなしにのんびり歩きながら船を目指す。
星空が綺麗で、街並みがロマンチックで、歩調を合わせてくれるのが嬉しくて、手を繋げないのがちょっと残念に思えた。




