58.2/16 生と性の国
R18に触れたら、この話は削除させていただきます。
大丈夫だとは思います。
「本船は、現地時刻8時に予定通りテプアへ下船開始予定です。本日はツアー申し込みの方のみの下船となっております。下船されるお客様は、必ず現地時刻午後5時までに船にお戻りください。」
ソファに腰掛け、緊張しながら自分が呼ばれるのを待つ。
寄港地の文化に配慮し、不要な誤解や興味を招かないよう、下船は男女別に時間をずらして行われることになっている。 男性グループが先に出発し、そのあと女性グループが向かう段取りだ。
10時も過ぎて、男性の出発が終わったのだろう、決められていた出発時刻より少し早く案内放送が流れた。
ハンカチやウエットティッシュ等だけが入ったトートバッグを握りしめて船内を歩くが、下船しない人は船室待機のはずで、人がいない。入口近くになってようやく人がいた。
女性ばかりのグループは、私をいれて5人とガイドさんだ。全員クルーからの入念な手荷物検査を受ける。
「揃いましたね。出発しましょう」
船から出れば、涼しかった船内との温度差で一気に汗が噴き出した。
「暑いね」と言い合ってガイドさんについていく。
それなりに踏み固められ、整っていた道を1時間ほどダラダラ歩くと、村とも言い難い小さな集落が見えてきた。
なんか、無駄にドキドキするな。
公民館のような同じような造りの家がニ、三十棟、ゆるやかな円を描くように並んでいる。木の壁と草の屋根の家が素朴なかんじだ。
家と家の間には子どもが走り回れそうな広場があり、その向こうには畑らしき場所も見えた。
ぐるりと村を囲むように大人の背丈程の柵も建てられている。
入口には簡素な門があり、一人の男性が腕を組んで立っていた。上半身を出した腰巻きだけの服装に、胸当てのような防具をつけ、日に焼けた褐色の肌。腰には狩猟用らしい槍。
こちらに気づくと表情を緩め、ガイドさんへ片手を上げる。ガイドさんも笑顔で手を振り返した。
短く何か言葉を交わすと、男性は門の閂を外し、ゆっくりと門を開いてくれる。
軋む木の音が静かな森に響いた。
「ようこそ。」
ガイドさんが小さな声で言う。
「ここが、レブイレの里です。」
「おぉ⋯⋯!」と小さく歓声が上がった。
整えられた道を歩きながら、ガイドさんが振り返った。
「何か見たいものがありますか?」
何が見たいと言われても特に思い浮かばない。
みんなもそうなのだろう表情だ。
「今、皆さん何をしてる時間ですか?」
「女性は家事などをしていますね。男性は狩りに行ったり、山に採集に行ったり色々だと思います。」
家と家の間を抜ける。その途端、視界が開けた。
村の中心らしい、小さな広場だ。
中央には石を積み上げた井戸。
その周りには雨除けだろう簡素な屋根が建ち、少し離れた場所には大きな土窯から白い煙がゆらゆらと立ち上っている。
貫頭衣のような服を着た女性たちが野菜らしきものを刻み、誰かが大きな鍋をかき混ぜ、別の人は布を干している。
いかにも「生活の真ん中」という光景だった。
……ただ、一点を除けば。
私たちは無言でお互いに目配せしあった。
気のせいかなと思っていたけど、明らかに聞こえる。
いわゆる嬌声というやつだ。
キョロキョロするのも気恥ずかしくて私は一心にガイドさんを見つめる。
が、ついていくにつれ、視界の端に映る光景を無視することができなくなってきていた。
そこでは、一組の男女が抱き合っていた。
いや。
抱き合っている、という表現では足りない。
討論会で聞いた通り、ごく自然に性行為をしている。
しかも、その周りには、小さな子どもたちが何人も集まっていた。
五、六歳くらいの子もいれば、もっと幼い子もいる。
興味深そうに見上げている子。
すぐ飽きたのか、地面で石遊びを始める子。
ちょっと年上らしき子は何か質問するように身振りを交えて男性と話している。
大人にかまってもらおうとする、子供の騒がしさだけがある。
まるで大人が料理をしている様子でも眺めるような、ごく普通の空気だった。
……本当に、あった。
頭では理解していた。
昨日、映像もなく言葉だけで説明を受けた。
文化として存在することも理解したつもりだった。
でも。
実際に目の前で見ると、頭が理解に追いつかない。
鼓動だけがやけに大きく聞こえた。
隣を見ると、他の参加者も同じようだった。
誰も口を開かない。目をそらすべきなのか。見てもいいのか。その判断すらつかないような、そんな表情をしている。
私もどうしていいかわからず、とりあえずガイドさんだけを見つめることにした。
すると──。
「あちらに人がいますね。少しお話を伺ってみましょう。」
ガイドさんは穏やかな声でそう言い、その男女のほうへ迷いなく歩き出した。
『えっ。』
思わず足が止まりそうになる。
行くの!?
心の中で盛大に叫ぶ。
けれど、ガイドさんはまるで井戸端で洗濯をしている人に話しかけるくらい自然な足取りだ。
他の参加者も、お互いの顔を見合わせながら、おそるおそる後に続く。
近づくにつれ、子どもたちがこちらへ気づいた。
「あ。」
一人がこちらを指差す。
すると他の子も振り返り、一斉にこちらを見る。
『〜〜!』
『〜〜〜!』
何か声を上げ、子どもたちは嬉しそうに駆け寄ってきた。
一方、男女の二人はというと、こちらに気づいて軽く視線を向けただけで、特に慌てる様子も、恥ずかしがる様子もない。
こちらへ「こんにちは」とでも言うように軽く手を振る女性に、私は反射的に小さく頭を下げてしまった。
その仕草があまりにも普通で。
まるで「洗濯してます」「こんにちは」と変わらない自然さで。
そのことが、かえってこの村の日常なのだと実感させられた。
「お客さんだ。外の人だ、と子どもたちが喜んでいます。」
ガイドさんが苦笑しながら通訳した。
私たち五人は、いつの間にか周りを囲んでいた子どもたちへ視線を落とす。
みんな好奇心いっぱいの笑顔だ。
人見知りをする様子もなく、きらきらした目でこちらを見上げている。
『〜!』
『〜〜〜?』
次から次へと話しかけられるが、ガイドさんの通訳も追いつかない。
「あはは……。」
私は笑ってごまかすしかなかった。
すると、低く落ち着いた男性の声が聞こえた。
先ほど抱き合っていた男性が、腰布を整えながらこちらへ歩いてくる。
子どもたちの間に入ると、一人ひとりの頭をぽんぽんと優しく撫で、何事かを話しかけた。
『〜〜。』
その一言だけで十分だったらしい。
「はーい!」とでも言うような元気な返事があがり、子どもたちは一斉に土窯のほうへ駆けていく。
あっという間に広場が静かになった。
『〜〜。〜〜。』
「『子どもたちが騒がしくしてすみません。どうぞ、ゆっくり見学してください』だそうです。」
ガイドさんが通訳すると、男性は爽やかな笑顔で軽く頭を下げた。
その自然な所作は、旅先で道を譲ってもらった時に交わす挨拶と何も変わらない。
こちらが戸惑っていることなど気にも留めていない様子で、そのまま調理場のほうへ歩いていった。
私は思わずちらりと視線を向けた。
女性のほうも、軽く服を整えながら大きくあくびをひとつすると、けだるそうに横たわっていた。
近くの女性が水桶を運びながら何か話しかけると、笑って返事をしている。
本当に、日常の一場面なのだ。
「……。」
正直、目のやり場に困らなくなったことに、私はほっと小さく息をついた。
さっきまで肩に入っていた力が、少しだけ抜けていく。して息をついた。
「昨日、説明を聞いていたから覚悟はしていたけど……。」
参加者の一人が誰に言うでもなくぽそりとつぶやく。
「はい。」
私は苦笑しながら頷く。
「実際に見ると、やっぱりびっくりしますね。」
「ええ。でも、誰も隠そうとも、恥ずかしがろうともしていないから……逆に見ている私たちのほうが落ち着かなくなりますね。」
その言葉に、他の参加者も苦笑いで頷いていた。
価値観が違う。
その一言で片付けられるほど簡単ではない。
けれど、この村の人たちにとっては、ごく当たり前の昼下がりなのだと、少しずつ実感し始めていた。
ガイドさんに連れられて調理場へ行くと、ふわりといい香りが漂ってきた。
ちょこまかと子供たちがうろつくのを、うまくかわしながら女性五人ほどが大量の料理を作っている。
大きな鍋には三種類のスープ、いくつもの木の大皿にはナンを丸くしたような薄いパン(?)が大量に盛られている。
「ここで里全体の食事を作っています。作る人は順番にかわりますが、今日はお客さんが来るので、料理上手が集まっています。」
ガイドさんは私たちにそう言って、調理する女性たちにも何かを言った。
身振り手振りから察するに、「料理上手って言っておいたから」「ヤダもう~!頑張るわ〜」みたいな会話だろうか。
ニコニコと女性たちの顔がほころぶ。
その穏やかな雰囲気に、私たちの緊張も少しずつ解けていった。
すると、パンを焼いていた女性が焼きたてを一枚持ち上げ、こちらへ振り返る。
『〜〜?』
ガイドさんが笑顔で通訳する。
「焼きたてを味見していきますか、と聞いてくださっています。」
その一言に、私たち五人は顔を見合わせた。
さっきまで異文化への戸惑いでいっぱいだった気持ちは、香ばしい匂いの前ではどこかへ吹き飛んでしまう。
「ぜひ!」
私たちの返事は、見事なくらい揃っていた。
一枚を五人で分けてもらったパンは、見た目以上にしっかりとしていた。
外は少し固く、中はもっちりとしていて、噛むたびに小麦のような素朴な甘みと、ほんのり効いた塩気が口いっぱいに広がる。
熱々をハフハフと味わっていると、不意に遠くから大勢の足音が聞こえてきた。
ざっ、ざっ、ざっ。
規則正しく土を踏む音が近づいてくる。
何気なく振り返ると、村の入口のほうから男性たちがぞろぞろと戻ってきていた。
狩りや採集に出かけていた人達だろう、生々しい動物を抱えている人や、中身がいっぱい詰まった籠を担いだ人もいる。
汗に濡れた額を拭いながら、それでも皆どこか誇らしげな表情を浮かべていた。
その姿を見つけた途端だった。
『〜〜〜!!』
『〜〜!』
『〜〜〜!』
小さな足が土煙を上げながら男性たちのもとへ向かい、足に抱きついたり、籠の中を覗き込んだりと大騒ぎだ。
女性の一人が何かを叫ぶと、あちらこちらから女性が現れた。
皆が自然と男性たちの周りへ集まり、口々に声を掛け始めた。
笑い声があちこちで弾ける。
誰かが獲物を高く掲げれば歓声が上がり、籠の中を覗き込んでは驚きの声が広がる。
静かだった村が、ほんの数分で祭りのような賑わいへと変わっていった。
「みんな男たちの帰りを喜んでいます。今回は獲物を捕まえてきているので、そのことも褒めたたえています。」
ガイドさんが通訳してくれたが、通訳がなくてもわかるほど男性たちが帰ってきたことを喜んでいることが伝わってきた。
しばらくするとまた落ち着きを取り戻し、家へ戻る人もいれば、その場で布を広げる人もいる。
誰かが大きな布を地面へ敷くと、自然と人が集まり、思い思いの場所へ腰を下ろしていく。
円になって座る者。
親しそうな者同士で集まる者。
子どもは子ども同士、大人は大人同士というわけでもなく、本当に好きな場所へ座っているようだった。
「食事の時間ですね。」
ガイドさんがそう言うと、料理を作っていた女性たちが大鍋から次々と木の器へスープをよそい始める。
私たちも勧められるまま列に並んだ。
「三種類ありますので、お好きなものをどうぞ。」
一つ目は、肉がごろごろ入った濃そうなスープ。
二つ目は香草がたっぷり浮かぶ透明なスープ。
そして三つ目は、豆と野菜、それに小さく刻まれた肉が少しだけ入った、優しい香りのスープだった。
「これ、美味しそう。」
私は迷わず三つ目を指差す。
木の器へたっぷり注いでもらい、焼きたての薄いパンを一枚受け取る。
私たち五人は勧められた布の上へ腰を下ろした。
『いただきます。』
小さく手を合わせてからスープを口へ運ぶ。
豆がほろほろと崩れ、野菜の甘みがじんわり広がる。
塩加減も優しく、ほんの少し入った肉がいい出汁になっていて、歩き疲れた体に染みる味だった。
「……美味しい。」
ほっとしたように微笑む。
けれどその味は、すぐに分からなくなった。
『〜〜。』
『〜〜!』
少し離れた場所から、甘えるような声が聞こえる。
思わず顔を上げると、食事をそっちのけにして男女が自然な流れで抱き合っていた。
誰も見向きもしない。
誰も止めない。
そのまま二人は布へ横になり、周囲の人々は何事もなかったかのように食事を続けている。
「……。」
私は無言でスープへ視線を戻した。
気のせいでは終わらなかった。
家の陰でも。少し離れた木陰でも。家の中からも。
あちらこちらから、先ほど聞いたような声が風に乗って聞こえてくる。
狩りを終え、高ぶった気持ちを落ち着かせる。
討論会で聞いた説明が頭をよぎる。
"日常の一部"
本当に、その通りなのだ。
先ほどとの違いがあるとすれば──
人数が圧倒的に多いこと。
それから。
子どもたちがまったく気にしていないことだった。
さっきまで男性たちの帰りを喜んで飛び回っていた子どもたちは、今は夢中になってスープをすすり、パンを頬張っている。
「これちょうだい。」
そんなことでも話しているのだろうか。
器を見せ合い、笑い合い、口の周りを汚しながら食べることに集中している。
視線を向ける子は一人もいない。見慣れすぎていて、意識にも上らないのだ。
気にしているのは、おそらく私たち五人だけ。
「……。」
木のスプーンでスープをひと口。
……味がしない。
さっきまで美味しいと思っていたはずなのに、頭の中が別のことでいっぱいになってしまっている。
気にしちゃ駄目。
そう思えば思うほど耳が拾ってしまう。
「文化の違い、文化の違い……。」
心の中で何度も唱えながらパンをちぎる。
でも、そのたびにどこかから笑い声や甘えた声が聞こえてきて、私はぎこちなくスープを飲み込むしかなかった。
食事も終盤に差しかかり、器の中のスープもほとんど空になった。
『ごちそうさまでした。』
小さく手を合わせて顔を上げる。
……すると。
『え。』
思わず間の抜けた声が漏れた。
今度は、さっきまで何事もなく食事をしていた人たちが、自然な流れで隣の相手と抱き合い始めていた。
まだ続くの……?というのが率直な感想だった。
さすがに慣れてきたとはいえ、数十分おきに同じ光景が目の前で繰り返されると、こちらの感覚が追いつかない。
私は意を決してガイドさんへ声を掛けた。
「あの……普段から、こんな感じなんですか?」
ガイドさんは「うーん」と考えるように微笑み、一度口を開きかける。
しかし何か思い直したように、「少々お待ちください。」と言ってその場を離れた。
近くで食事を終えていた男性へ声を掛け、しばらく話をしてから一緒に戻ってくる。
男性は日に焼けた顔に穏やかな笑みを浮かべ、私たちへ向かって話し始めた。
『今日はいい獲物が捕れたから、それを祝って女たちが男をもてなしてくれている。』
ガイドさんが通訳する。
私だけでなく、他の四人も自然と耳を傾けていた。
『普段は夕方からすることが多い。午後も狩りに出る日が多いからな。だが今日はもう山へ行かない。だから今しても問題ない。』
「ああ……。」
ようやく腑に落ちた。
ただ欲望のままというわけではなく、今日は豊猟を祝う特別な意味合いもあるらしい。
女性たちなりの労いであり、ご褒美であり、お祝い。
そう考えると、少しだけ見え方が変わる。
もちろん驚きは消えないけれど。
通訳してもらえる今しかない。
私は昨日の討論会からずっと気になっていたことを聞いてみることにした。
「あの、失礼な質問なんですが……。」
男性は「構わない」というように頷く。
「どの子のことも、自然と自分の子どものように可愛がれるものなんですか?」
少し踏み込んだ質問だった。
けれど男性は嫌な顔ひとつせず、ふっと笑う。
そして少しだけ声を潜めた。
『若い頃はな。自然には、自分の子どもだとは思えない男が多い。』
その言葉に、私は少し驚く。
昨日の討論会では、まるで最初からそういうものとして受け入れているように聞こえていたからだ。
『だがな。女たちが言うんだ。』
男性は近くで遊ぶ子どもたちへ優しい視線を向けた。
『あの子は、お前と目が似ている。』
少し離れた男の子を指差す。
『あの子は耳の形がそっくりだ。』
今度は女の子へ目を向ける。
『あの子は歩き方がお前そのものだ。』
男性は少し照れくさそうに笑った。
『そう言われ続けるうちにな、本当にそうかもしれないと思えてくる。』
私は黙って聞いていた。
『もしかしたら、この子も俺の子かもしれない。いや、あの子もそうかもしれない。そう思うようになると、不思議とどの子も大切に思えてくるんだ。』
少し間を置いて、男性は肩をすくめた。
『もちろん、そのうち気付く。ああ、女たちはどの男にも同じことを言ってるんだな、と。』
私たち五人から小さな笑いが漏れる。
男性もつられて笑った。
『だが、その頃にはもう遅い。子どもはみんな可愛い。里の子どもなら、誰でも守りたいと思うようになっている。』
その笑顔には、どこか照れくささと誇らしさが混じっていた。
『年を取る頃にはな。自分の子じゃなくて、里の子だと思えるようになる。そういうもんだ。』
しみじみと語る男性に、私は思わず笑みを浮かべた。
「……女性のほうが一枚上手ですね。」
そう言うと、男性は声を上げて笑った。
『違いない。』
頭をかきながら、楽しそうに続ける。
『昔から、女には勝てないな。』
その言葉に、その場にいた全員が思わず笑ってしまった。
異文化だ。
価値観も常識も、驚くほど違う。
それでも今の話だけは、不思議と少しだけ理解できる気がした。女性たちは「誰の子か」を曖昧にすることで、逆に「みんなの子」を作り上げているのだ。
それは私たちとはまったく違う形でありながら、この里なりの家族を支える知恵なのかもしれなかった。




