57.2/15 生と性の国勉強会
R18に触れたら、この話は削除させていただきます。
大丈夫な範囲で書いていると思うのですが。。。
『うわぁ……なんかこっちまで緊張してきた。』
部屋のテレビに映るメインシアターの中継画面を見つめながら、私は落ち着きなくソファに座り直した。
いつもなら会場へ足を運ぶようなイベントだけれど、今日ばかりは少し事情が違う。
明日の寄港地、テプア。その土地に根付く「性文化」をテーマにした討論会なのだ。
興味はある。むしろ、通訳という仕事柄、文化の違いはぜひ知っておきたい。
でも──。
『……さすがに会場で聞くのは、ちょっと恥ずかしい。』
周りの反応まで気になってしまいそうで、結局私は部屋で見ることにした。
ソファにもたれかかり、テーブルに置いたドライフルーツを一つつまむ。
画面には、いつもイベントで見かけるメインシアターが映っていた。
舞台の向かって左には、見慣れた二人。エリザベスとモーガンが、通訳兼解説役として席についている。その隣、舞台中央には、今日のゲストが並んで座っていた。
とても対照的な二人だった。男性は、プロレスラーと言われても納得してしまうほどの巨体。肩幅は広く、腕も丸太のように太い。椅子が少し小さく見えるくらいで、ただ座っているだけなのに圧迫感がある。
対して女性は、小柄で華奢。成人しているだろうに、とても幼く見える童顔で、短い足をぶらぶら揺らしながら、テーブルに置かれた小皿のお菓子をぽい、ぽい、と口へ運んでいる。時折、隣の男性をちらっと見上げては、またもぐもぐ。その様子がまるで木の実を頬張るリスみたいで、思わず笑ってしまった。
男性のほうも女性の行動には慣れているのか、特に気にした様子もなく、腕を組んで客席を眺めている。
ワイプに映る客席をざっと見渡した限りでは、男性客がかなり多い。女性の姿ももちろんあるけれど、割合としては少なめだ。
『やっぱり気になって来る人が多いのかな。』
あるいは、単純に文化人類学のような話が好きな人たちなのかもしれない。
ざわざわとした客席も、時間が近づくにつれて自然と静かになっていく。そして、時計の針が開始時刻を指した。
エリザベスが立ち上がり、柔らかな笑顔を浮かべる。
「皆さま、本日はご参加いただきありがとうございます。それでは、『テプアの文化を知る ~性文化の違いについて~』討論会を始めさせていただきます。」
会場から拍手が起こる。
私も思わずテレビの前で小さく拍手した。
「本日は、明日寄港いたしますテプアより、アライクの里からお二人をお招きしております。」
エリザベスが隣へ手を向けた。
「男性がプッテさん、女性がコルトさんです。」
紹介されると、客席からまばらな拍手が送られる。
プッテさんは大きな手を軽く上げて応え、
コルトさんは、お菓子を急いでもぐもぐ飲み込んでから、小さな手を少しだけ上げた。
その仕草に、客席からくすくすと優しい笑いが起きる。
本人は何がおかしいのかわからないのか、首をこてんと傾げていた。
なんだか緊張が少しほぐれる。
エリザベスも微笑みながら話を続けた。
「まずは、テプアの性文化について、基本的なところからご説明いたします。」
照明がゆっくりと落ちる。
舞台だけが柔らかな光に照らされ、客席は薄暗くなった。背後の大きなスクリーンに、一枚目のスライドが映し出される。
『テプアにおける家族観と男女観』
私は無意識に姿勢を正した。
『さて……どんな文化なんだろう。』
明日訪れる国を前に、少しだけ緊張しながら、私は画面へと視線を向けた。
エリザベスは一枚目のスライドを指し示しながら、ゆっくりと説明を始めた。
「まず最初にテプアでは、『母親』と『子ども』間の『親子』という概念はありますが、私たちが一般的に考える『家族』という単位は、ほとんど存在しません。」
会場が少しざわついた。
「え?」 「家族がない?」
そんな小さな声が客席から聞こえてくる。
「正確には、『里全体が一つの家族』という考え方です。一人ひとりが独立した家庭を持つのではなく、共同体全体で生活し、子どもを育てています。」
次のスライドには、男女がそれぞれ仕事をしている様子が描かれていた。
「役割分担も比較的はっきりしています。狩りや外敵から里を守ることは主に男性の役割。家事や子育ては主に女性が担います。一方、木の実や山菜などを採集する仕事は、男女が協力して行うことが一般的です。もちろん必要に応じて助け合うこともあり、厳格な決まりというわけではありません。」
「つまり、完全な男女平等というよりは、それぞれ得意な役割を分担する文化なのですね。」
モーガンが補足すると、エリザベスもうなずいた。
スライドが切り替わる。
今度は、大勢の大人に囲まれて遊ぶ子どもの絵だった。
「アライクの里では、子どもは『里の宝』と考えられています。そのため、子育ては実母だけが行うものではありません。里にいるすべての大人が親代わりとなり、みんなで子どもを育てます。」
エリザベスの声が少し柔らかくなった。
「ですので、『あの子は誰々さんの子だから』という区別はあまりされません。子どもは里全員の子どもなのです。」
客席では感心したようにメモを取る人もいた。
そしてエリザベスは、一度会場を見渡してから口を開いた。
「ここからが、本日のテーマである『性文化』にも関わる内容です。」
空気が少し引き締まる。
「アライクの里では、男性が特定の子どもの父親になる、という考え方がほとんどありません。」
今度は、はっきりとどよめきが起きた。
エリザベスは慣れているのか、その反応を待ってから説明を続ける。
「これは男女関係が非常に開かれている文化だからです。私たちの社会で一般的な、一対一の夫婦関係は少数派であり、多くの成人男女は、特定の一人だけではなく、里の複数の相手と合意の上で関係を持ちます。」
スクリーンには『共同体』『信頼』『命の継承』という文字が並ぶ。
「恋愛感情が存在しないわけではありません。しかし、恋愛と子育て、そして共同体の維持は、それぞれ別のものとして考えられています。」
会場は静まり返っていた。
「さらに、血縁が近くなりすぎることを避けるため、女性が他の里を訪れ、その土地の男性と関係を持つことも、ごく自然なこととして受け入れられています。」
「つまり、他の里との交流は、文化的な意味だけではなく、共同体を維持するための重要な役割も担っているのですね。」
モーガンがまとめるように言う。
「はい。」
エリザベスは静かに頷いた。
「私たちの価値観からすると驚かれる内容かもしれません。しかし、彼らにとっては何百年も受け継がれてきた、ごく当たり前の日常です。」
エリザベスは次のスライドを映した。
そこには大きく、『性教育と社会のルール』という文字が書かれている。
「続いて、性行為そのものに対する考え方についてご説明します。」
会場の空気が、先ほどまでより少しだけ張り詰めた。
「アライクの里では、性行為は特別に隠すものではありません。むしろ、人目のある場所で行われることが一般的です。私たちの文化では寝室などの私的な空間で行うものと考えられていますが、彼らの文化では逆です。」
一瞬会場に沈黙が落ちる。
「隠れて行うことは、問題が起きた際の発見や助けが遅れる可能性があります。そのため、特に若いうちは、人目のない場所でこっそり行うことは避けるべきものとして教育されています。」
会場のあちこちで息をのむ音がした。
スクリーンには、
『共同体の見守り』
『相互の安全』
という言葉が表示される。
「人目、という中には幼い子どもも含まれます。」
その一言で、客席の空気が変わった。
「子どもたちは幼いころから、そうした光景を日常の一部として見ながら育ちます。性行為を特別なもの、隠すものとしてではなく、命が受け継がれる自然な営みとして学ぶことが、彼らの性教育の一環となっています。」
その説明が終わるか終わらないかというタイミングだった。
客席後方から、鋭い女性の声が響いた。
「そんなのは子どもに対する虐待よ!」
しん、と会場が静まり返る。
多くの人が一斉に声のした方向を振り返った。
コルトさんは突然大きな声がしたことに少し驚いたように目を丸くし、プッテさんも静かにその方向を見ている。
エリザベスは一度だけその女性へ視線を向けると、表情を変えずに答えた。
「……文化の違いです。」
その一言は、決して強い口調ではなかった。
けれど、会場を静めるには十分だった。
「皆さまが驚かれるお気持ちは理解できます。しかし、この討論会は『どちらが正しいか』を決める場ではありません。異なる文化を知り、理解しようとする場です。」
少し間を置き、柔らかく微笑んだ。
「ここで一度、質問のお時間を設けましょう。」
モーガンも立ち上がり、客席へ向き直る。
「私たちが通訳いたします。」
エリザベスはプッテさんとコルトさんへ安心させるように一度うなずいてから、客席へ向かって続けた。
「ご質問、ご意見は歓迎いたします。ただし、くれぐれも冷静にお願いいたします。お二人は、ご自身の文化をご紹介するために、長い時間をかけてこの船へお越しくださいました。」
客席をゆっくり見渡す。
「価値観の違いに戸惑うことは自然なことです。しかし、どうか相手を否定する言葉ではなく、『なぜそう考えるのか』を知ろうとする質問をお願いします。」
そう締めくくると、先ほど声を上げた女性も、少し気まずそうに椅子へ座り直した。
張り詰めていた空気が、ほんのわずかに和らぐ。
エリザベスは笑顔を浮かべたままコルトの隣へと移動した。通訳しやすいようにだろう、モーガンはプッテの隣についた。
「それでは、ご質問のある方は挙手をお願いいたします。」
最初に勢いよく挙手したのは、先程叫んだ女性だった。
「なぜわざわざ子供に性行為をみせたりするのですか?」
プッテさんは首を傾げた。
「わざわざ見せたりしません。勝手に集まってきて見てるだけで、興味のない子供は違う遊びをしたりしています。」
モーガンの翻訳による返答は肩透かしを食らったようなあっさりさがあった。
「でも、見える環境にあるということで、子供が真似をしたらどうするんですか!」
違う男性が強く訴える。
「大人が危なくない範囲で真似させてやればいいでしょう。子供同士で危ないことはしないよう、大人が見守ってやることが大事です。」
答えるプッテさんの隣で、コルトさんは相変わらずお菓子を興味津々に食べ続けている。
当たり前の答え、という感じだ。
「そもそも! 性行為は子供に見せるものではないでしょう!」
「教えてやらないと、大人になったときに困ります。」
「私たちは適切な年齢で、学校で習います。なぜそうしないのですか?」
「つまりその時には見るのだから、結果は一緒でしょう。」
「見せたりしません! 絵で見せたりして学ばせるのです。」
「あんな複雑な行為を絵で説明してわかるのですか?」
「っ!自分たちで調べたり⋯⋯」
「結局大人が教えるんでしょう?」
のらりくらりとしたような受け答えだが、テプアの二人の言葉の裏には、確固とした価値観があり、それに基づいて返答しているのがよくわかった。
ごく一部の人は、しつこく「子供に性行為を見せるのは虐待だ」とやめさせたい雰囲気で質問を繰り返すが、主に答えていたプッテさんの言葉に、周囲の人は納得の表情を浮かべ始めた。なるほど、文化の違いだ、と。
最初のやり取りが一段落すると、会場の空気が少し変わった。
「自分たちの価値観で否定する」のではなく、
「その文化なら、どうなっているのだろう。」
そんな視点の質問が増え始める。
一人の年配の男性が手を挙げた。
「その文化だと、親子や兄弟で血が濃くなる可能性があるのではありませんか。」
会場の多くが気になっていたのだろう。
あちこちで頷く人が見えた。
モーガンが通訳すると、プッテさんは少し考えてから答える。
「兄弟は分からないです。でも、顔が似ている者同士が近づこうとすると、大人が止めることはあります。」
その率直な返答に、会場が静かになる。
エリザベスがそれを補足するように言葉を重ねる。
「彼らには血縁という概念はありますので、『似ている者同士は避ける』という経験則が受け継がれているそうです。」
プッテさんは続けた。
「男が、自分の子ほど年の離れた女を誘えば、周りが止めます。」
「その子が実の娘である可能性を考慮する、ということですね。」
エリザベスがまた補足する。
プッテさんは頷いた。
「逆は、自分の親ほど年上の女でも、自分の母ではないことは分かります。」
会場では何人もの人が熱心にメモを取っていた。
モーガンも補足する。
「つまり、血縁を完全に把握しているわけではありませんが、経験的に危険を避ける仕組みが共同体の中に組み込まれている、ということですね。」
「はい。」
エリザベスが頷く。
「さらに先ほどご説明したように、女性が他の里の男性と関係を持つことも一般的です。そうした交流も、血縁が近くなり過ぎることを避ける理由の一つになっています。」
「なるほど……。」
客席から感心したような声が漏れた。
もちろん、それで近親婚が絶対に起こらないわけではない。
しかし、何の対策もしていないわけでもなかった。
科学的な遺伝学ではなく、長い年月の経験から生まれた生活の知恵。
そんな印象を受ける説明だった。
会場でも先ほどまでの対立的な空気は薄れ、多くの参加者が「理解しよう」という姿勢で次の質問に耳を傾けていた。
次に手を挙げたのは、若い男性だった。
どこか照れ笑いを浮かべながらマイクを受け取る。
「えっと……その。」
少し言い淀み、それでも興味を抑えきれないように尋ねた。
「俺も村へ行けば、女性と性行為ができますか?」
その一言で、会場の空気がぴたりと止まった。
何人もの参加者が顔をしかめる。
私も思わず眉を寄せた。
『……もうちょっと聞き方ってものがあるでしょ。』
エリザベスも一瞬だけ困ったように目を伏せたが、そのまま質問を通訳する。
プッテさんの表情が、急に険しくなった。短く、はっきりと言い切る。
「無理だ。」
その声には迷いがなかった。
モーガンが訳す。
「『テプアの者であれば受け入れます。しかし、余所者がどのような病を持っているか分かりません。ですから、絶対に受け入れません。』とのことです。」
「絶対に。」
その言葉をエリザベスは強調した。
プッテはなおも真剣な表情で続ける。
「病が里に入れば、多くの者が死ぬ。」
その言葉には、経験から来る重みがあった。
会場も静まり返る。
すると隣のコルトさんが、少し困ったようにプッテさんの腕を軽く叩き、穏やかな口調で何か付け加えた。
エリザベスが微笑んで訳す。
「『それに、里へ迎え入れるのでなければ、女性たちも受け入れません。余所の女性に子どもができても、里の宝は増えませんから。』とのことです。」
モーガンが補足する。
「つまり、彼らにとって性行為は個人の快楽だけではなく、共同体を維持する営みでもあります。そのため、共同体に属さない相手との関係には、非常に慎重なのです。」
「なるほど……。」
会場のあちこちで納得したような声が上がる。
一方、質問した男性には冷たい視線が集まっていた。
本人もようやく場の空気を察したのか、ぎこちなく笑って、「……なるほど。」とだけ呟く。
その「なるほど」は、明らかに話を終わらせるための一言だった。
居心地悪そうに視線を泳がせる姿に、私は思わずテレビへ向かってむっとした。
『もう……。』
せっかく異文化を学ぶ場なのに。
「行けばできるか」などという興味本位の質問が出ることが、同じ地球人として恥ずかしかった。
画面の中では、エリザベスが何事もなかったように微笑み、会場を見渡す。
「それでは、次のご質問をどうぞ。」
その落ち着いた進行のおかげで、討論会は再び本来の目的である「互いの文化を知る場」へと戻っていった。
質疑応答が終わると、討論会は再びスライドを使った説明へと戻った。
相手を独占したいという気持ちは幼いとされること。
子どもが一人前として認められる年齢。
男女が共同体の中でどのように役割を果たしていくのか。
そして、旅人が訪れる際に守るべき作法や、決して踏み込んではならない領域。
最後は、明日の寄港での注意事項が丁寧に説明された。
「写真撮影は許可されておりません。」
「子どもにお菓子や物を渡さないようお願いいたします。」
「文化の違いに驚かれても、大声を上げたり、相手を否定するような発言はお控えください。」
そんな実務的な説明が続き、気が付けば二時間近くが過ぎていた。
「それでは、本日の討論会は以上となります。」
エリザベスが締めくくる。会場から拍手が起こる。
プッテさんは相変わらず無表情だったが、コルトさんは小さく手を振って応えていた。
そこで中継が終わり、部屋のテレビは船内案内の画面へ切り替わる。
静かになった部屋で、私はソファにもたれかかった。
まさに異文化に触れたからだろう。なんだか疲れ切っていた。
自分の価値観の裏付けが急になくなったかのような気持ちのまま、明日の寄港が少し不安になった。




