53.2/11 鳥の島
「本船は、現地時刻11時に予定通りアカロキュルト島へ下船開始予定です。下船されるお客様は、必ず現地時刻午後16時までに船にお戻りください。」
島が見えてきた時、最初に聞こえてきたのは鳴き声だった。
「キュエー!」
「ピィーッ!」
「クルルルル!」
船のデッキに出た瞬間、空からわらわらと鳥型モンスターが飛び回っているのが見え、私は思わず笑ってしまった。
「すごい数!」
「思ったより近いわね。」
アマンディーヌが目を細める。
寄港したのは、「鳥の島」と呼ばれている小さな島だ。空だけではなく陸にも、独自の進化を遂げた鳥型モンスターが大量に生息していることで有名らしく、自然保護区にも指定されているらしい。
港に近づくだけで、白や青や茶色の羽を持つモンスターたちが、船の周りをくるくる飛び回っている。
食べ物の持ち込み等が厳しく禁じられ、手荷物検査を受ける下船口はいつもよりもごった返していた。
長い下船行列に並び、ようやく島へ降り立つと深い緑の香りがした。
「わぁぁなんか『マイナスイオン』だぁ!」
「マイナスイオンって何?」
深呼吸していたアマンディーヌが、首を傾げた。
「いやごめん、日本独自の創作用語だったわ。なんか⋯⋯『自然の中の癒される空気』とか、そんな感じ。」
「なるほど、確かにマイナスイオンだね。」
隣でマリナが笑う。
「めちゃくちゃ鳥がいるな!」
眩しそうに手を目の上に当ててバイロンが空を見上げる。
「餌が買えるらしいが、どこの餌がいいんだろうな?」
「出店がたくさん過ぎて、違いがわからないな。」
セルヒオとウィリアムは早速餌を買おうとお店の方ばかり見ていた。
港から続く道の両脇には、小さな屋台がずらりと並んでいた。
魚のような匂いがする餌。 カラフルな木の実を砕いたような餌。 どう見てもただの花にしか見えない餌。店ごとに微妙に違うらしく、色々なモンスターの絵が描かれた地球公用語の看板まで立っている。
「『空飛びに人気!』だって。」
「こっちは『飛べない子におすすめ』らしいぞ。」
ウィリアムとセルヒオが看板を読み上げる。
「飛べない子って、なんかペットショップみたいな言い方ね。」
「でも実際かわいいんだろうな。」
アマンディーヌが笑う隣で、マリナが期待に目を輝かせた。
その時だった。
「ピィッ!」
「わっ!」
突然、私の肩すれすれを白い鳥型モンスターが飛び抜けていった。風圧で髪がふわりと揺れる。
その鳥は近くの観光客が持っていた葉っぱの器に突撃すると、木の実らしきものを落としながら見事に咥えて飛び去っていった。
「あーーー!!」
叫ぶ観光客。周囲から笑いが起こる。
「完全にスリだな。」
「慣れすぎでしょ、この子たち。」
感心したバイロンの隣でアマンディーヌが呆れたように笑う。
すると近くの屋台のおじさんが、からから笑いながら話しかけてきた。
「食べ物は隠しときな! あいつら目ざといからな!」
確かに、空を旋回している鳥たちの目は獲物を探すハンターそのものだ。 可愛い見た目に反して、食への執念がすごい。
「よし、ここで買うか。」
セルヒオが適当に選んだらしい袋を持ち上げる。中には、小魚を乾燥させたような細長い餌が入っていた。
「うわ、匂い強っ。」
「絶対好きなやつだろ、これ。」
バイロンが笑いながら顔をしかめる。
私たちもそれぞれ気になった餌を買い込み、島の奥へ向かって歩き始めた。
舗装された道を少し進むだけで、もう鳥だらけだ。木の枝にはもちろん、道端にも、柵の上にもいる。しかも、人間を全然怖がっていない。
「ねぇ見て、あの子。」
マリナが指差した先では、丸っこい灰色の鳥型モンスターが、地面にぺたんと座り込んでいた。羽は短く、身体はころころ。 くちばしだけが妙に立派で、全体的に「でっかいひよこ」みたいだ。
「飛ばない種類かな?」
「あの体型じゃ飛べないんじゃないか?」
セルヒオがしゃがみ込む。
するとその鳥は、てちてちと短い足でこちらへ歩いてきた。
かわいい。めちゃくちゃかわいい。
「おいでおいで。」
マリナが餌を見せると、鳥は目を輝かせたように見えた。
次の瞬間。
どすっ。
「きゃっ!」
勢いよくマリナの足に頭突きした。
「ははは! 圧が強い!」
「食い意地がすごいね。」
バイロンが笑う。
マリナが慌てて餌を差し出すと、鳥はぱくぱくと食べ始めた。 食べるたびに、喉がぽこんぽこん動く。
「なにこれ……ずっと見てられる……。」
「わかる。」
私もしゃがみ込むと、別の小さい鳥が近づいてきた。青と黄色の羽を持った小型種だ。試しに餌を差し出してみる。
すると。
ハシッ!
「えっ。」
羽根の途中にある鉤爪のようなもので、私の指が掴まれた。痛くはない。 でも離さない。
そのまま餌をグイグイと指から引き抜いて口を動かすが、餌がなくなっても離してもらえない。
マリナがそれに気づいた。
「サクラ、捕まってる。」
「いや、なんか……離してくれないんだけど。」
セルヒオたちが笑い始める。
「完全に『もっと寄こせ』だな。」
「賢いわねぇ。」
アマンディーヌが感心したように言った。
ようやく餌をもう一つ渡すと、満足したらしい鳥は、ぱたぱたと羽ばたいて走っていった。
「なんかたかられた気分。」
「金取られなくてよかったね。」
ウィリアムが肩を揺らして笑う。
道を進むにつれ、鳥たちの種類もどんどん増えていった。
尾羽が異様に長いもの。 羽を広げると虹色に光るもの。 羽根の数が異常に多い鳥もいる。
そのたびに誰かが立ち止まり、写真を撮ったり、餌をあげたりして、なかなか前に進めない。
「今日、絶対探索終わらないね。」
「うん。進める気がしない。」
私がマリナと笑っていると、不意に頭上が暗くなった。
バサァッ!!
「うわっ!?」
大きな影が真上を横切る。
見上げれば、青い大型の鳥型モンスターが翼を広げて旋回していた。
翼だけで人一人分くらいありそうだ。
「プテラノドンモドキを思い出した……。」
「かっこいいわね。」
アマンディーヌが見惚れたようにつぶやく。
すると大型種は、そのまま近くの岩場へ着地した。
どしん。
地響きみたいな音がする。
だが次の瞬間、その威厳は崩れ去った。大型種は、私たちの持っていた餌袋をじーーーっと見つめ始めたのだ。しかも、ものすごく期待した顔で。
「……あれ、もしかして欲しいの?」
「クルル。」
いいタイミングで返事した。
六人そろって吹き出した。
岩場へ向かって餌を投げると、青い鳥型モンスターは大きなくちばしで器用にそれをキャッチした。
ぱくっ、と飲み込むたびに喉元がこくりと動く。
「すご! ちゃんと見えてるんだ。」
「動体視力やばいな。」
ウィリアムとセルヒオが感心したように言う。
私たちが面白がって次々に餌を投げるものだから、鳥も調子に乗ったのか、岩場の上で胸を張りながら待ち構えるようになった。 時々、翼を大きく広げて「次!」とでも言いたげに鳴いてくる。
「ほらよ!」「お、ナイスキャッチ!」
バイロンが高く放った餌を、鳥はひらりと首を伸ばして空中でさらっていく。歓声を上げながら投げ続けているうちに、気づけば手に持っていた器は空っぽになっていた。
その瞬間だった。
青い鳥型モンスターは、こちらを一瞥すると、バサァッ!と大きく羽ばたき、そのままさっさと飛び去ってしまった。
「え。」
あまりにも迷いのない撤収だった。
「え、薄情!」
思わず吹き出す。
ぽかんとしていたみんなも、次の瞬間には笑い出していた。
「お前らはもう用なしだってことか!?」
「まぁ、次の餌を開けるつもりはなかったから、間違っちゃいないけど。」
「だからってあからさま過ぎんだろ!」
バイロンが腹を抱えて笑い、ウィリアムが肩をすくめる。
「引き時をわかってるのね。」
「まだ餌の匂いはしてたはずなのにね。」
「不思議だね〜!」
マリナが空を見上げながら笑った。
鳥たちを眺めつつ、私たちは島の奥へと歩いていく。
少し進むと、視界がぱっと開けた。
そこは海を見下ろせる崖のような場所だった。眼下には濃い青の海が広がり、白波が岩にぶつかって砕けている。 潮風が髪をさらい、空では何羽もの鳥型モンスターが旋回していた。
「わぁ……。」
思わず声が漏れる。
絶景、という言葉がぴったりだ。
一応、崖沿いには木製の柵が設置されていたけれど、ところどころ古びていて、どこまで信用していいかわからない。私はそっと距離を取った。
「あんまり寄りかからない方がよさそうだね。」 「落ちたら洒落にならないわ。」
アマンディーヌも同意するように頷く。
そんな私たちの頭上を、鳥たちが気持ちよさそうに飛び交っていた。
餌を放ると、器用に空中でキャッチする。
ぱしっ。 ひらり。 ぱくっ。
次々と決まる空中キャッチに、私たちもテンションが上がっていく。
「おぉー!」
「今のすご!」
「完全にショーだな。」
餌を投げるたびに羽音が増え、気づけば周囲にはかなりの数の鳥が集まっていた。
空を見上げれば、白、青、茶色、赤。 色とりどりの羽が陽光を反射してきらきらしている。
やがて木の実の餌もなくなり、私は「あ」と思い出してバッグをごそごそ漁った。
「そういえば、『花』の餌買ってたんだった。」
取り出したのは、木の皮でくるまれた小さな包みだ。 開くと、中には桜や梅を思わせる淡い色の小花が入っていた。
ふわり、と甘い香りが漂う。
「これってさ、投げてもいいのかな?」
「そもそも餌用なのか?」
セルヒオが覗き込みながら首を傾げる。
確かに、どう見ても観賞用っぽい。
「まぁ、一個くらい……。」
私は指先で花をつまみ、くるりと回した。
その瞬間。
バシッ!!
「うわっ!」
何かが猛烈な勢いで手にぶつかった。
反射的に肩をすくめる。
手の中から花は消えていた。
痛くはない。 でも、衝撃だけがびりっと残っている。
「えっ!?」
「今すごい速さで小さい鳥がサクラにぶつかったわよ!?」
「サクラ、大丈夫?」
アマンディーヌとマリナが目を丸くする。
「だ、大丈夫……びっくりした……!」
じんわり痺れる指先をぶんぶん振る。
今の、本当に一瞬だった。 目の前を何か小さい影が横切ったと思ったら、手の中の花が消えていたのだ。
「見えたか?」
「いや、速すぎた。」
セルヒオとウィリアムが空を見回す。
すると。
「ピィィーッ!」
頭上から勝ち誇ったような鳴き声が聞こえた。見上げれば、小さな緑色の鳥型モンスターが、崖上の木の枝で花を咥えている。
「あいつだ!」
「えぇ〜!? 花好きなの!?」
バイロンが指差した先をみて、マリナが目を丸くする。
小鳥サイズのそのモンスターは、くちばしの先で器用に花をくるくる回していた。 しかも、どこか自慢げだ。
「見せびらかしてるみたい。」
「完全に『取ったった!』って顔してるわね。」
私がむむっと口をとがらすと、アマンディーヌが笑う。
その瞬間だった。
バサバサバサッ!!
「うわわわっ!?」
今度は別の方向から、何羽もの小型鳥が一斉に飛んできた。全員の視線が、私の持つ花へ向く。
「……もしかして、これ人気餌?」
「みたいだな!」
セルヒオが笑いながら一歩下がる。
だが遅かった。
ピィーー!!
キュルルル!!
パシィッ!!
「いゃーーっ!」
次々と高速で花が奪われていく。まるで空飛ぶスリ集団だ。
「ちょ、待って待って! 近い近い!」
「サクラ狙われすぎだろ!」
バイロンが腹を抱えて笑っている。
私もやけくそに花を高く放り投げた。
すると。
シュバババッ!!
空中で何羽もの鳥が交差し、花を奪い合う。
そのまま空中で小競り合いが始まり、花びらがぱらぱらと舞った。
──だけなら、綺麗で済んだ。
何も考えず真上へ放り投げた花は、小鳥たちのくちばしに収まらなかった分が、そのまま私の上に降り注いだのだ。
ふわり。 ひらり。
淡い色の花びらが、髪に絡む。 肩に落ちる。 バッグの紐に引っかかる。
「わ、綺麗……」
マリナが言いかけた、その瞬間だった。
ピィィィーーッ!!
空気が震えるほどの鳴き声。
「え?」
小鳥たちが、一斉にこちらを向いた。
黒い目がきらんと光る。
そして。
バサバサバサバサッ!!
「ぎゃぁ〜〜!!」
自分でもびっくりするくらい可愛げのない悲鳴が出た。
一斉に突撃してきた小鳥たちは、もう完全に「花そのもの」ではなく、「花がくっついている私」を狙っていた。
「ちょっ、待って待って待って!!」
私は反射的に駆け出した。
ツンツン、なんて可愛いものじゃない。
高速で頭上を旋回しながら、 髪をつつく。 肩をつつく。 バッグを引っ張る。
「痛っ!⋯⋯くはないけど、怖い怖い怖い!!」
必死に頭を抱える。
「サクラーー!!」
「ははははは!! モテモテじゃねぇか!!」
後ろではマリナの心配する声と、バイロンの大爆笑が聞こえていた。
笑い事じゃない!
「セルヒオぉぉ!!」
半泣きで助けを求める。
すると。
「こっち!」
セルヒオがすぐに駆け寄ってきた。
片手で私の腕を引き寄せ、もう片方の手で上着をぶわっと広げる。
「頭下げろ!」
言われるまま反射的にしゃがみ込むと、セルヒオが私を庇うように覆いかぶさった。
バサバサバサッ!!
鳥たちが上着に突撃していく。
「うわ、すげぇ執着!」
「セルヒオ! サクラに花ついたまま!」
ウィリアムの声が飛ぶ。
セルヒオは苦笑しながら、私の髪に絡んだ花びらを素早く払った。
そのたびに小鳥が突っ込んでくる。
「お前ら、どんだけ好きなんだよ!」
セルヒオが声を上げる。
でも、花びらが減るにつれ、小鳥たちの勢いも少しずつ弱まっていった。最後にバッグの紐に引っかかっていた花を一羽がさらっていく。
すると、ピタリ。
嘘みたいに襲撃が止んだ。
静寂。
残ったのは、荒い息だけだった。
「はぁっ……はぁっ……。」
恐る恐る顔を上げる。
空では、花を奪った小鳥たちが満足そうに飛び回っていた。
「……助かった?」
「たぶんな。」
セルヒオも肩で息をしながら笑った。
近くでは、バイロンが腹を抱えて震えている。
「は、はははっ……! サクラの悲鳴、今日一だったぞ!」
「笑いすぎでしょ!!」
思わず抗議すると、アマンディーヌまで肩を震わせていた。
「ごめんなさい……っ、でも、あまりにも見事に追いかけられてて……!」
「完全に餌認定されてたね⋯⋯」
「サクラ、『歩く花畑』だったもん。」
マリナまで笑っている。
ひどい。
でも、自分でもちょっと面白かった。
「……もう絶対、真上に投げない。」
ボサボサになった髪を手ぐしで整えながら私が真顔で言うと、六人の笑い声が崖の上に響いた。




