50.2/8 モンスター園
「本船は、現地時刻10時に予定通りアチコシリアへ下船開始予定です。下船されるお客様は、必ず現地時刻午後4時までに船にお戻りください。」
ぎゅうぎゅうに混み合った馬車に揺られ、港から少し離れた場所にその施設はあった。
大きな門の上には、見たことあるような、ちょっとだけ違うような、生き物たちが描かれている。
「来たね、モンスター園!」
嬉しそうにマリナが言った。
「わくわくするね!」
同意しながら、みんなで門をくぐる。
クルーズで来た人たちの考えは同じなのだろう、私たち6人の周りは地球公用語で溢れている。
中に入ると、空気が少し違う。土と草の匂いに混じって、どこか甘いような、不思議な香りが漂っている。遠くからは、鳴き声。聞いたことがあるような、でも少し違う音。
「ドラゴンがいればよかったのにな!」
「バカでかい檻に入れても破壊されて逃げ出されるイメージだ。」
「しかも周りは火の海に巻き込まれそう。」
バイロンの願望に、セルヒオとウィリアムが冷静につっこむ。
ドラゴンは私も見たかった。と思いながら、きょろきょろと辺りを見回した。
最初に目についたのは、柵で囲まれた大きなエリアだった。
「こちらは花亀の生息区画です。」
隣の集団のツアーガイドであろう人の案内が耳に入り、思わず聞き耳をたてる。
中には、巨大な花亀がゆったりとした動きで歩いていた。青緑の身体に、すっぽんのような頭と手足。甲羅に当たる背中部分にはゼンマイのような葉っぱの上に、ピンクの花が本物の植物のように咲き誇っている。鋭い目突きと口からのぞく牙は肉食を思わせ、地球の亀のような、おじいちゃんの雰囲気は感じられない。「モンスター」という言葉がしっくりきた。時折ふわりと揺れる花びらとは対照的だ。
「でか……!」
思わず声が漏れる。
「思ってたよりずっと大きいわね!」
アマンディーヌも少し驚いたように呟く。
花亀はゆっくりと頭を動かし、こちらを一瞥すると、興味を失ったようにまた視線を戻した。
その動きにはどこか威厳があって、近づきすぎたら危険だと本能的にわかる。
「この花からは、周囲の小型の生き物をおびき寄せる香りが出ています。」
ガイドさんが説明するのが聞こえる。
確かに、空気がほんのり甘い。さっき感じた香りは、これだったのかもしれない。
「触ったりはできないんですか?」
誰かが聞くと、ガイドは苦笑した。
「ええ、安全のために。この大きさの個体でも、怒ると危険ですから。」
「残念だね⋯」
落胆の声が聞こえたけど、よく触りたいと思うなと内心思う。あの大きさで突進されたら、ひとたまりもないだろう。でも声を上げた人にとっては地球の陸ガメみたいなイメージなのかもしれない。牙を見るべきだけど。
そんなことをつらつら考えていると、飼育員さんが檻の中に入ってきた。手には長い釣り竿を持っていて、針部分には何かのお肉が吊り下げられている。
飼育員さんはお肉を吊るすと、慎重に花亀の背中に近づけた。ゆらゆらと揺れるお肉がピンクの花に触れた瞬間──周りのゼンマイみたいな葉がシュルリとほどけそのお肉をガシッと捉えた。ほんの一瞬の出来事だ。
「⋯⋯⋯⋯。」
その光景に一同が声を失っていると、花亀は上を向き、葉が口まで運んだ「獲物」にばくりと喰らいついた。蛇を思わせる動きでお肉を飲み込み、満足気に喉を鳴らす。何事もなかったかのように揺れるピンクの花がどうにも怖く見えた。
もう触りたいと言う声も聞こえなくなり、次のエリアへと移動することにした。
レモン色でポニポニした二頭身のモンスターが電気を飛ばしてバチバチしているのを見たり、ヤシの木みたいなモンスターが微動だにせず寝ているのを見たりする。「ネズミっぽくない」とか、「トレントの一種だって」とか言い合いながら、地球では見ることのできないモンスターを見て回るのは楽しい。
やたら高いのにパサパサで美味しくなかったサンドイッチでランチを済ませ、気を取り直して向かった先には、大きく柵で囲われた開けたスペース。柔らかい草が敷かれていて、どこか公園のような雰囲気だ。
「『触れ合い体験をする人はここで手を洗って』だってよ。」
説明書きを読んだ私の言葉に、マリナの目がぱっと輝いた。
「やった!触れる!」
だだっ広い広場にはたくさんの小さなモンスターたちが好き好きに過ごしている。
どうしよう。どの子なら触れるだろうか。
キョロキョロと触れそうな子を探していると、まず目に入ったのは、ふわふわの茶色い毛並みのモンスター、シェルフルだった。
クリーム色のふわふわ襟巻きを巻いたようなモンスターで、耳が長い。でも、うさぎよりはキツネっぽい。しっぽが特にキツネを思わせるもふもふ加減だ。
「かわいい……!」
ゆっくり近づき、しゃがみ込む。
シェルフルは警戒する様子もなく、くんくんとこちらの手の匂いを嗅いでから、すりっと体を寄せてきた。
「え、ちょ、かわいすぎる……!」
撫でると、柔らかい毛が指の間をすり抜ける。あたたかくて、小さくて、でもちゃんと生きている重みがある。
「人懐っこいのね。」
アマンディーヌもそっと手を伸ばすと、シェルフルは気持ちよさそうに目を細めた。
その横で、ぴょこん、と軽やかに飛び跳ねて近づいてくる緑の影。
「うわ、こっちも来た!」
グリーンキャットは、くるりと一回転してから、興味津々といった様子でウィリアムを見上げる。
大きな瞳と、ピンと立った耳。キツネのようなしっぽだけど、見るからに猫。そして何より、元気いっぱいの動き。
「じっとしてない……!」
ウィリアムが手を伸ばすと、するりと避けられ、逆側から鼻先でちょん、とつつかれた。
「遊ばれてるな……!」
バイロンが声を上げて笑う。
すると、その言葉がわかったかのように、グリーンキャットがぴょん、と少し距離を取ってこちらを振り返った。
……誘ってる?
そんな空気がある。
「おい、あれ完全に『来いよ』って顔してるぞ。」
セルヒオが笑う。
「じゃあ捕まえてやろうか?」
バイロンがそう言って一歩踏み出した瞬間──
ひゅっ。
グリーンキャットが弾けるように走った。
「速っ!?」
バイロンが追う。
「待て待て待て!」
なぜかセルヒオまで参戦する。
「え、2人とも本気なの!?」
私は思わず吹き出した。
緑の小さな体が草地を矢みたいに駆ける。追いかける長身の男2人。どう見ても、絵面がおかしい。
「右行った!」
「いやそっちフェイントだ!」
セルヒオが回り込もうとした瞬間、グリーンキャットはひらりと方向転換。そのままセルヒオの足元をすり抜ける。
「うおっ!」
体勢を崩したセルヒオを見て、バイロンが腹を抱えて笑う。その隙に、グリーンキャットはまた距離を取る。
そして──
ぴたり。
立ち止まって、振り返る。
「……絶対わざとだ。」
ウィリアムが呆れたように言う。
本当にそうとしか思えない。逃げ切るつもりならもっと遠くに行けるはずなのに、絶妙に追えそうな位置で止まっては、こちらを見るのだ。しかも顔がなんとなく楽しそう。
「挑発されてるぞ、セルヒオ。」
「わかってる。」
今度は二人で挟み撃ちを狙う。
右からバイロン、左からセルヒオ。
「今だ!」
……の瞬間。
ぴょん。
グリーンキャットは二人の間を飛び抜ける。
「うそだろ!」
「はははは!」
今度は追う側の二人が完全に翻弄されていた。
しかもグリーンキャットは時々立ち止まって、しっぽをふわりと揺らし、「もっと来る?」と言わんばかりに振り返る。
完全に遊ばれている。
「圧勝じゃない、あの子。」
「しかも勝ってる自覚あるわ。」
アマンディーヌが笑いをこらえきれず肩を震わせ、私も頷く。
しばらくそんな追いかけっこが続いて、ついに。
「……だめだ、降参。」
バイロンが膝に手をつく。
「速すぎる。」
セルヒオも息を整えながら苦笑した。二人とも、珍しく本気で疲れている。追うのをやめて、その場にしゃがみ込む。
グリーンキャットはしばらくこちらを見ていた。そして、とことこ、と。自分から戻ってきた。
「え?」
私は思わず声を漏らす。
さっきまで翻弄していたくせに、何事もなかったようにバイロンの膝に前足をかける。
「……来た。」
バイロンが拍子抜けした声を出す。
セルヒオがそっと手を出すと、今度は逃げない。するっ、とその手に頭を擦りつけた。
「おおぉ……」
セルヒオの顔が、ふっとほどける。
そのまま撫でると、グリーンキャットは目を細めた。喉の奥で、ごろごろに似た小さな音までしている。
「……さんざん走らせといて、最後これ?」
ウィリアムが笑う。
「ツンデレすぎるだろ。」
バイロンが頭を撫でると、グリーンキャットは満足そうにしっぽを揺らした。さっきまでの鬼ごっこが、ただの遊びだったことがよくわかる。
「懐いたんじゃない?」
私が言うと、
「いや、完全にこいつが『遊んでやってた』だけだ。」
セルヒオが真顔で返して、みんなで笑った。
グリーンキャットはその笑い声を聞きながら、気持ちよさそうに目を閉じている。
捕まえられなかったのに、最後には向こうから寄ってきてくれる。それがなんだか、猫らしくて、ものすごく、可愛かった。
次はどこへ行こうかと話していると、さっき見かけたツアー客の一団が、近くの小屋へ吸い込まれるように入っていくのが見えた。
「何かあるのかな?」
「行ってみようか。」
つられて入ってみると、小屋の中は思ったよりずっと広い。 外から見た素朴さに反して、中は頑丈な造りりになっていた。半円状の舞台は人の背丈ほどある鉄柵で囲われ、その周りを少し離してぐるりと囲むように椅子が並んでいる。 石床には年季が見て取れ、どこか古いサーカス小屋みたいな雰囲気だ。
予約席でもあるのか、ツアー客は中央の見やすい場所へまとまって座り、私たちは自然と端寄りの席に落ち着いた。
しばらく待っていると、どこからか笛と太鼓の音が響き始めた。 録音ではなく生演奏らしく、乾いた太鼓のリズムが胸に響く。
「お、始まる。」
セルヒオが身を乗り出した、その時。
派手な刺繍入りの上着を着た司会者が、音に合わせて舞台袖から躍り出た。
「〜〜〜!本日はようこそ、サラマンダーショウへ!」
現地語とセルマー公用語を交互に使いながら、妙に芝居がかった大仰な挨拶をする。 身振り手振りまでいちいち大きくて、もうそれだけで少し面白い。
司会者は腕を高く掲げ、朗々と叫んだ。
「さあ来い! 炎の王者、サラマンダー!!」
……出てこない。
しん。
客席がざわつく。
もう一度呼ぶ。
「ワイフル!!」
司会者が名前を呼び直すが、やっぱり来ない。
「寝てる?」 マリナがひそひそ言う。
すると司会者は何事もなかったように、 「少々お待ちください」 と舞台袖へ消えた。
数秒後。
ずる……ずるずる……
何かを引きずる音。
現れた司会者は、成人女性くらいありそうな赤銅色の巨大トカゲ──サラマンダーのしっぽを掴み、文字通り引きずって戻ってきた。
「雑っ!」 思わず声が漏れる。
掴まれた尾の先には、ぼうっと炎が灯っている。
「あれ熱くないの……?」 私は本気で心配になった。
しかし司会者は気にも留めず高らかに宣言した。
「サラマンダーの登場です!!」
ぱらぱらと拍手。
当のサラマンダーは、やる気ゼロの半目で、床にべたりと伏せている。
司会者が客席を見回し、きっぱり言った。
「今日はやる気がない日ですね!」
会場がどっと沸いた。
「正直!」 セルヒオが吹き出す。
「では、一応やっておきましょうか。」
司会者は大げさに構えた。
「ワイフル、ファイヤー!!」
決めポーズ。
沈黙。
サラマンダー、微動だにしない。じっとりした目が一度だけ瞬く。
「はい、無視〜。」
客席は大爆笑だ。
バイロンなんて膝を叩いて笑っている。
司会者はまるで予定通りとでも言いたげに、今度はしっぽをひょいと持ち上げた。
「この炎、実は燃えていません。幻炎です。触っても基本熱くありません。二股狐なんかと同じ仕組みですね。」
尾の炎は、たしかに本物みたいに揺れているのに、どこか光だけでできているようにも見える。
「へえ……」 思わず見入る。
「ただし!」
司会者が急に声を張った。
「口から吐く炎は本物!」
おお、と観客がどよめく。
「これでも竜種。体内で作られた可燃ガスを、この牙を擦って発火させるんです。」
そう言って、サラマンダーの口をあんぐり開けさせ、牙をカツカツ打ち鳴らす。
「危なくないのあれ……」 ウィリアムが真顔で呟く。
私も同意しかない。
当のサラマンダーは、迷惑そうに首を振っていた。
「ではもう一度!」
司会者、横へ飛び退く。
「ワイフル、ファイヤー!!」
……無反応。
「はい、今日も営業拒否。」
司会者が肩をすくめるとまた笑いが起こった。
「……自由すぎる。」
思わず私がつぶやくと、隣でマリナが肩を震わせて笑っていた。
「この子、完全に仕事したくない顔してるわよ。」
「月曜の俺みたいだな。」
「バイロン、妙に説得力あるのやめて。」
観客席からもくすくす笑いが漏れる。
舞台の中央では、司会者がサラマンダーの前で大げさに膝をついていた。
「お願いです、今日これやらないと私の給料が減るかもしれません! 一発でいいので!」
懇願。
サラマンダーは半目で司会者を見下ろし──
ぷい。
あからさまに顔をそらした。
「無視の精度が高い!」
誰かのツッコミが響き、会場がどっと沸く。
司会者は頭を抱えたあと、何かを思いついたように舞台袖へ走っていった。
「こういう時は賄賂です!」
戻ってきた彼の手には、銀色のバケツ。 中には肉らしき塊。
「現金なやつであってくれ!」
肉を見た瞬間、それまで泥のようだったサラマンダーの目がぱちりと開く。
「うわ、目ぇ変わった。」
「現金すぎる……。」
ウィリアムとセルヒオが吹き出す。
司会者が肉をちらつかせながら、再びポーズを決める。
「ワイフル──ファイヤー!!」
今度は⋯
ふしゅっ!
小さな火花。
「出た! 今の出た判定でいい!?」
司会者がこちらを振り返って言うのに、観客は拍手で応える。
サラマンダーは「仕事した」と言わんばかりにどすんと腹ばいになる。
「いや省エネすぎるでしょ!」
ウィリアムが腹を抱えている。
司会者は諦めず、肉をもう一つ掲げた。
「本気を見せてくれ!」
ぱくり。
サラマンダーは肉だけ食べた。
満足そうにシュルリと舌を出し⋯⋯また動きを止めた。
拍手と爆笑。もうショーなのかコントなのかわからない。
「このショー、好きかもしれない……!」
私は笑いながら言った。
「生き物ショーって、もっとこう、調教された感じかと思ってた。」
「これは飼育員と怠け者の攻防ね。」
アマンディーヌが冷静にまとめる。
その時だった。
どういう気分の変化か、サラマンダーがむくりと立ち上がった。司会者も「あれ?」という顔をする。サラマンダーはのそのそと舞台の端まで歩くと、大きく息を吸った。
「……〜?〜〜〜⋯!?」
ガチャン、と司会者が柵側に飛びのく。
ゴォッ!!
突然、橙色の炎が弧を描いて吐き出された。
客席から悲鳴と歓声が同時に上がる。熱までふわりと届いて、私は思わず身を引いた。
「うわあっ!?」 「本物だ!!」 「今のすごい!!」
さっきまでだらけていた生き物とは思えない迫力。炎が消えると、サラマンダーは満足したようにふん、と鼻を鳴らして座り込んだ。
「……以上、本日のやる気終了です。」
司会者が真顔で言うと、会場は爆笑と拍手に包まれた。
「最高だった。」 バイロンが手を叩く。
「この子、天才なのでは。」 マリナまで真剣に言う。
なんだろう。 すごい生き物を見に来たはずなのに、気づけば完全にコメディショウだったと油断していた。あの炎、熱。竜種は伊達じゃない!




