猟奇殺人事件
昼休みにセルーナ先輩との食事というちょっとしたイベント、午後からの霊薬学、結界学、歴史の授業を無事乗り越えて、放課後を迎え俺は寮への道を歩いていた。
太陽が沈む西の方角ではオレンジ色の光が街を包み込み、東の方角では星の輝きとオレンジ色が混ざり合ったムラサキ色の空が迎えていた。
「………………」
王都の街を黙々と進む。
俺がこれから住む『桜の寮・梅の寮』は学院の敷地外に存在する寮だ。
実はラフォールは全寮制だ。
高貴な身分だったり、特別な理由がない限りは基本的に寮に入る事になっている。
「めんどくさい」
俺も『特別な理由』で免除して貰おうと思えば、出来るのだろうが、それをすれば変に勘繰られる。
捜査の為にラフォールに入ったのに、寮生活ではないとか何とかで、捜査に支障をきたしたら溜まったもんではない
だから、どれくらいになるか分からないが、渋々寮生活だ。
「でも、まあ」
1LDKの一人部屋で設備は大分整っているらしい。
今は決まった事に憂鬱になるより楽しみにしておこう。
歩きながら気持ちを入れ替えていると、アイリスの魔力の気配を感じる。
「ーーー」
すぐに近場の路地裏に入り込む。
王都には路地裏なんて腐るほどある。
それが、犯罪の温床になっていたりするのだが、こういう誰かに見られたくない時は凄く便利だ。
俺は急いで懐に入れていた一冊の黒い手帳を取り出す。
この手帳はアイリスの持つ白い手帳とリンクしており、白い手帳で書かれた事はこの黒い手帳にも書き出され、反対に黒い手帳で書かれた事が白い手帳に書き出す事が出来る。
つまり、これで距離的に遠い相手でも意思疎通する事が出来る。
手帳の中を見るーー
「事件があったわ、邸宅の執務室に来なさい」
と短く記されていた。
俺はすぐに目的地を変更する。
アイリス・ユーデルフォートの邸宅は貴族たちが居を構える貴族街の端に存在する。
まずは、
「『“ーーーー”』」
己に認識阻害の魔術を施すと路地裏の奥へと入り込む。
小さくて、多く、深い闇。
不法投棄されたゴミや黒く汚れた汚水で黒く染められる。
建物と建物の隙間から出来るちょっとした空間が、簡単に闇を生み出す。
大人や子供なんて関係なしに全てを失った者たちが、ここには集まり群れている。
その中でも比較的人が少ないルートを選択し、数十分ほど歩くとユーデルフォートの邸宅に着く。
大きさはそこら辺の貴族と比べれば、やや小さいが、それでも荘厳な雰囲気を纏った立派なお屋敷だ。
「ーーー」
俺は敷地に入ると扉をノックせずに開け、屋敷に入る。
「来たぞー」
俺の声とキィィと扉を閉めた音が響く。
出迎える者はいない。
「………」
アイリスには血縁者がいない。
天涯孤独、それに加えて、この大きな屋敷をメイドや給仕も雇わずに運営しているから、この屋敷は人気がなく、とても静かだ。
俺はこの静けさを気に入っていたりするのだが、アイリスは近衛騎士団長でもあるが、この国の貴族でもある。
貴族としての仕事は大変だろうし、盗みに入られても不思議じゃない、また、アイリスは職業柄恨みを買いやすい。
犯罪者どもに逆恨みされて、アイリスに挑んでも勝ち目が無いからと、屋敷を燃やされたりするのではないかと不安だったりする。
「そこら辺の防犯設備は整ってるのか?」
答えが帰ってくることのない疑問を呟く。
俺はエントランスホールにある階段を抜けて二階の東端の執務室に迷わず進む。
屋敷の中は、使用人を雇っていないにも拘わらず綺麗に整えられていた。
内装は煌びやかに飾り付けず、上品さの感じられる雰囲気を持つ。
アイリスにピッタリだと思った。
「ーーー」
執務室まで来るとノックをする。
「入りなさい」
部屋の中からアイリスの声。
扉を開き入室。
「ーーー」
座るアイリスの前まで行き、要件を尋ねる。
「何かあったんですか」
また、やってしまったと自嘲する。
敬語のような形をとっているが、フランクに話しかけてしまう。
近衛騎士団長であるアイリスに本来はこの様な口調は許されないことだが、アイリスとは俺にとっては難しい関係だ。
そこを理解してくれているのか、あまり指摘してこないが、団員としては直さなければいけない所だ。
反省は頭の片隅に置き、内容に注意を向ける。
「話はあるんだが、そんな事より授業初日どうだったのかしら?」
「………………」
なんか自嘲したのが馬鹿みたいだ。
そういう感じなのか。
「どうしたの、黙っちゃって」
「いや、何でもです。………どうだったと言われても、特に何もありませんよ。騎士団長は、そんな事を聞くために俺を呼び出したんですか?」
「どうしたのよ、他人行儀な。私とアイトの仲でしょ」
「確かにな。なら言わせてもらうが、そんな事かよ」
「あら、そんな事ではないわ。大事なことよ。手塩に育てて、甘々に可愛がって来た子が、初めて学校に入学したんだもの。浮いていないかしら、友達が出来るかしらと心配だわ」
「俺はお前の子供かよ」
ニヤニヤと揶揄う様に言うアイリスに、恥ずかしさに顔を赤くしながら、ツッコむ。
「ほとんど同じよ。それでどうだったのかしら?」
「どうもこうもないよ。授業は、既に習った所だったから難しくなかったし」
「他には?」
「あとは………グレイスと決闘、みたいな事をした」
「大丈夫だったの?」
「意外と何ともなかった。けど、分からないんだ」
「何が?」
「グレイスの事だ」
違う。分からないのは自分のことだ。
学院への潜入捜査を命じられた、あの日にグレイスの名前を聞いた時は身体が拒絶していた。
再開するのを恐れていた。
でも、いざ、顔を見れば自分でも驚くくらいに落ち着いていた。
結局、俺はどう思ってるんだ。
どうしたいんだ。
そんな簡単な疑問が心の中で反響する。
「今の君を見て、一つ分かるのは、まだ『過去』には出来なさそうね」
アイリスは見透かした様に優しく笑って言う。
「一応言っておくけど無理に克服する必要ないと思うわ。
君が生きていく上で絶対に必要なことだとは思わないもの。
でも、君が成長しようと、もっと強くなりたいと思うなら、避けては通れない道よ。
この事、心に留めて置いて」
「はい」
アイリスの励ましに頷く。
さすがアイリスだと尊敬の念を抱く。
「何となく聞くんだけど、セルーナ・ロトアマリリスの事を何か知ってるか?」
ピクっと耳が動いた気がした。
「なによ、なによ?」
言わなくていい事を言ってしまったと後悔し、抱いていた尊敬の念とやらが急速に冷めていく。
アイリスの理知的で美しい目が、俺にとって歓迎できない好奇心で染まる。
「聖女様と言われるロトアマリリスの娘と何かあったのかしら?」
机を乗り出す勢いで訊いてくる。
あったにはあるけど。
うわー。
絶対話したくねぇ。
絶対に話したくないけど、今までの経験から分かる。
アイリスは話さないまで、解放してくれないよなぁ。
「はぁ」
大きなため息一つ。
今日は疲れたし、ここは早めにゲロって帰ろ。
「セルーナ先輩と一緒に昼飯を食べた」
茶化されると思い、照れてしまった俺は無意識に小声で言っていた。
「ごめんない。聞き取れなかったわ。もう一度お願い」
もう一度と求められる。
今の自分が客観的に見て凄く滑稽だと思い、それが無性に恥ずかしくなった。
だから、今度は大きく息を吸ってーー
「セルーナ先輩と一緒に昼飯を食べたんだ!」
叩きつける様に言う。
「へ〜〜。君もやるじゃない。
学院一の美少女と言っても過言ではない、セルーナの昼食のお供とはね〜。
一緒にお食事出来て随分と楽しかったんじゃないかしら?」
「普通だよ」
「強がる必要ないのよ」
「強がってない。
はぁ〜〜。こんな事のためだったら、俺はもう帰る」
「待って待って、ごめんなさい。
やり過ぎたわ。お願い話を聞いて、仕事の話があるのよ」
足先は扉に向いていたが、チラリとアイリスの顔を見ると苦笑していた。
またまた、ため息。
俺はアイリスのお願いに弱いのだ。
「分かったよ」
扉に向いていた足先は、またアイリスに向く。
「それで、仕事の話って?」
アイリスは椅子に深く座り直し、机の上で手を組む。
その何気ない動作で、先ほどまでの空気感が変わる。
それを察して俺も佇まいを正し、背筋を伸ばす。
「実は猟奇殺人事件が起きたのよ」
「そんな事があったのか。
でも、言ってて悲しいが殺人事件なんて、この国では普通だぞ」
「ええ、そうね。私もただの猟奇殺人だったら、潜入捜査中の君をいちいち呼び出したりしないけど、今回のは別よ」
「分かったよ。なら、はやく教えてくれ」
アイリスは首肯して事件について話し始める。
「授業初日の早朝に、フィーガの門付近の壁上で死体が発見されたわ。殺されたのは魔鉱石の販売に携わっている四十代の男よ。
男は『壁』に魔鉱石を輸送していたところ襲撃し、そして殺人犯は魔鉱石を奪い取り、今も逃亡中よ」
「なっ」
フィーガの門。
しかも、授業初日の早朝って。
死体が発見されたのが授業初日の早朝だから、殺されたのは入学式の日の深夜だろう。
俺が帰った後に殺しがあったのかと思うと気分が悪いな。
それに奪われた物もなんとかしないとだ。
「それは悠長にはしてられないな。犯人の狙いはそれだけじゃないだろうし」
「そうね」
魔鉱石とは魔術式を保存し、魔力を流す事で再生させる事ができる特殊な鉱石。
採取する方法は比較的簡単で『眷属』を殺すと落とす。
非常に強力であるため国によって厳重に管理されている。
「魔鉱石は金にもなって便利だが、それ単体はただの石だ。予想だが、殺人犯は奪い取った魔鉱石で何か企んでる」
「それに、反体制組織に流れるのも厄介だわ」
「なんだか、面倒臭いことになってるな。俺も協力しようか?」
「いいえ、さっきも言ったけど、君は今の任務に専念してちょうだい。って、言いたい所だけど、少し気掛かりがあるのよね」
「気がかり?」
「死体は四肢が切断されていて、だるま状態だったの」
「それは酷いな」
猟奇と付く所以を知り、被害者に同情して、すぐに、しょうがない事だと切って捨てる。
「問題はそこじゃないわ。死体の切断面よ。粗がなくスッパリと綺麗に斬られてたのよ。あそこまで出来る人間は、そうはいないわ」
「ほう。そんなにか」
呟く。
死体を見てないから何とも言えないが、アイリスがそう評価するのなら、犯人はそこそこのやり手だろう。
「今この都市で身内を除いて、こんな事が出来るのはアルベルト・ジョーマンよ」
「アルベルトか。確かにあいつなら可能か。
だが、証拠はない。
そうだろ?」
「そうよ。
だから視野を広く持って捜査を続ける必要があるわね。
まあ、君は気にする必要ないわ。
さっきも言ったけど君は今の任務に集中しなさい」
「オーケーだ。
俺は俺の任務を優先するよ」
「ふふっ、期待しているわよ」
俺はその笑顔を直視出来ずに視線を彷徨わせて、ぶっきらぼうに言った。
「分かってるよ」
「何を照るてるのかしら」
「うるせぇよ。別に照れてない」
「そうそう、一応聞いておくけど、君に犯人の心当たりある?」
見事にシカトされて尋ねられる。
数秒、ジト目で見つめるが何ともなしに受け流される。
「………」
俺は切り替えて記憶を辿る。
「ーーー」
剣の扱いが上手い奴は何人か知っているが、そいつらは犯罪を犯す様な奴らではない。
………。
………………。
授業初日の朝、入学式の日の夜。
セルーナ先輩、ドレイク先生、フレヤ学園長、それにグレイス。
「グレイス?」
そういえば、フィーガの門付近の壁上で俺はグレイスと再会した。
あいつの人となりを深く知る俺は、あそこにグレイスが来たのが変だとは思わなかったが、あいつには来る理由があったのか?
ダメだ。
分からない。
「ーーーー」
取り敢えずはアイリスに報告することにした。
「犯人かどうかは決めかねるけど、何か知っているかもしれないわね。
念のためマークしておきましょう」
このあと俺はモヤモヤとした気持ちを胸に屋敷を後にした。




