時計塔からの景色
遅くなり申し訳ありません
試合が終わると、その後すぐに授業が終わり昼休みに入った。
あのメンタルで授業は続けられそうになかったから、正直助かった。
あの試合でかなり悔しい思いをしたが、今ではメンタルは安定している。
悔しいは悔しいが苦渋はアイリスの元で鍛えられているかな。
立ち直りは早い。
だが、悔しい思いが晴れた訳ではない。
それにグレイスのパートナーになった事など、考えなくてはいけない事も沢山ある。
「ここは食堂に行くか」
食堂に行って、美味いもんでも食って気分転換しようと、食堂を目指す。
食堂や購買は広大な敷地の中央に位置する本校舎の一階に存在する。
修練場は端っこにあるため、多少かかる。
仕方ないと二十分程歩くと到着。
「舐めてた。本当にバカ広いな」
そんな感想がポロリと溢れるが、こんな事で不満を募らせていたらアホらしい。
切り替えて食堂に入ると人がごった返していた。
あまりの人の多さに室温は高く、各々の喋り声でうるさい。
げんなりとイライラのダブルパンチで不快になりながら、食堂を出る。
「あんなところで落ち着いて飯が食えるか」
俺は食堂を諦め購買に行って適当にパンを三つ買い本校舎を出る。
どこか空き教室で食おうかと思い、別の校舎に続く渡り廊下を歩く。
視野を広げて周りを見てみるが、空いているところはなさそうだ。
落ち着いて食べれそうな場所をキョロキョロと探していると丁度、曲がり角でーー
「キャッ!?」
ゴツんと人にぶつかる。
「痛って〜〜」
「イタ〜〜い」
ぶつかった相手を見るとセルーナ先輩だった。
セルーナ先輩は俺とぶつかった衝撃で床に尻もちついていた。
女生徒の制服はスカート。
その為、白いうち太ももは露わになり、パンツが見えそうで見えない。
それが、エロくて数秒固まってしまうが声をかける。
「………………大丈夫ですか?セルーナ先輩」
手を差し出す。
セルーナ先輩はその手をとると、お尻をさすりながら立ち上がる。
「ちょっとイタいけど大丈夫よ。あれ君は入学式で迷子になってた。ええっと、確か………」
なんか不名誉な覚えられ方だな。
苦笑しながら名乗る。
「アイトです。アイト・フローラルハートです」
「ああ、そうだった。そうだったわ」
セルーナ先輩は両手を合わせてニコニコと笑っている。
この人の笑顔は本当に魅力的だ。
眼帯をしているから、表情が分かりにくいかと思ったら、そんな事はなかった。
口や頬の動き、声の抑揚、顔や身体の動き。セルーナ先輩は感情が身体全体で伝わってくる。
大人びた容姿からは想像出来ない人だ。
と、その笑顔が唐突に崩れる。
「ちゃんと前見て歩かないとダメよ」
ビシッと指を立て、頬を膨らませながら俺を下から見上げるて言う。
確かに、前方不注意だった。
「すみません。今度からは気をつけます」
セルーナ先輩は眼帯をしているから非はない。
百パーセント俺に非がある。
いかんな。色々とあったが落ち着かなくては。
「はぁ〜〜俺はこれで失礼します」
ため息を一つして立ち去ろうとすると袖口を掴まれる。
「ちょっと待った〜」
「なんですか?」
引き止められた事を疑問に思いながら、振り返り訪ねる。
「一緒にお昼ご飯食べない?」
セルーナ先輩は小首を傾げる。
どうしようか。
本音を言えば誘いを受けたい。
セルーナ先輩のような美少女と一緒にご飯は楽しいに決まっているが、絶対に注目を集める。
グレイスとの試合で十分目立ってしまった分(注目はグレイスの凄さに全部持ってかれたが)あまり衆目を集めるような事はしたくない。
「う〜〜〜ん」
「10、9、8、7」
うん、うん言いながら悩んでいると、突然カウントダウンが始まる。
「あの?先輩?どうしたんですか?急にカウントダウンなんて」
いくら言ってもセルーナ先輩からの答えはなく続く。
「6、5、4」
「先輩?なんなんですか?そのカウントダウン。先輩?」
「3、2、1、0」
そして、ついにカウントダウンは終了する。
「時間切れ〜。決断が遅いよ。一緒にお昼ご飯決定ね」
「ち、ちょっと待って下さい」
問答無用で連れていかれる。
本気で振り払えば、拒否すれば、セルーナ先輩は俺の意志を尊重してくれるだろう。でも、そうする気には何故かならなかった。
「アイト君はどこで食べようと思っていたのに?」
「どこか適当な空き教室ですかね」
「そうなのね。なら、とっておきの場所に連れて行ってあげるわ」
「はい、楽しみです」
ふっと笑う。
それは相槌で出た言葉ではなく、心からの言葉だった。
「アイト君はさぁ、第一都市出身だよね?」
「はい、そうです」
「なら、あんまり驚かなかったかしら」
「驚かなかったとは?」
「ラフォールの凄さによ。私はラフォールに入学式したての頃は色んなことに驚いてたなぁって思ってね」
「そんな事はありません。
はじめて見た時に比べたら、あれですけど驚きましたよ。出身と言っても第一都市は十分広いですからね。
俺は端っこの田舎の方で育ったので」
俺たちが属するアレスドラ王国は大陸屈指の北に位置する大国であり、東から西と横長に領土を持っている。
魔女の呪いによりアレスドラ王国唯一の生存圏が六つの都市だけになっても小国程の土地があるのだ。
その為、各都市にも田舎と都会があるのだ。
「先輩はどうなんですか?先輩も特に何とも思わなかったんじゃないですか?」
「驚いたわよ」
「へぇ〜〜そうなんですね。確か先輩のお家って、お城ですよね」
「あら、よく知ってるわね」
「そりゃ知ってますよ。先輩は有名人ですからね」
知らない訳がない。
セルーナ先輩の実家は第四都市を治める公爵家なのだから、知らない人の方が少ないだろう。
「何で有名なのかしら?」
「かの聖女の子孫である大貴族ロトアマリリス家の傑作かつ跡取り。
名門ラフォール魔術学院の生徒会長で成績優秀、品行方正。
教師や学院の生徒からは頼りにされ、年上年下関わらず誰にでも優しく接する人気者。
おまけに美人で可愛い性格の持ち主」
「ふふっ、ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」
控えめで上品な笑顔を浮かべる。
それに釣られて俺もふっと顔を綻ばせる。
「お世辞なんか。純然たる事実ですよ」
「でも、その純然たる事実を聞いていると私がなんだか、完璧な人に思えるわ」
「実際そうじゃないですか」
「全然そんな事ないわ。好き嫌いや苦手な事とか沢山あるわよ」
「なんか想像つきませんね」
「そう?なら、例えばトマトとか苦手よ」
「トマト?トマトって、ははは…….子供っぽいんですね」
「むぅ、笑わないでよ」
拗ねたように唇を尖らせるが、目的の場所に着いたのか笑みに変える。
俺もセルーナ先輩にが見ているものを見る。
そこには赤い煉瓦造りの塔に、てっぺんには大きな時計が付属していた。
時計塔。時計台。
「着いたよ。ここが私のとっておきの場所」
高く赤い塔を見上げながらセ、ルーナ先輩は言った。
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塔の内部は天井と床が吹き抜けになっており、壁に沿うように階段が天井まで続いていた。
空気は、じめじめとしていて砂埃が舞っている。シンプルに汚かった。
ここで飯を食うのかと思うと気分が沈むが、セルーナ先輩と、が付くだけで上昇するのだから、美少女は凄いと真剣に感心しているとーー
「早く早く」
と手招きしながら、俺を急かす。
「待ってくださいよ」
壁に沿うように伸びる階段を上っていく先輩に小走りで、ついていき壁と俺が盾になるように先輩の隣に並ぶ。
眼帯で眼を塞いでいるセルーナ先輩が、もし何かの拍子で転んで床まで落ちてしまったら、大惨事だ。
確かめるように左下から覗き見ると床が遠くに見える。
「こりゃ落ちたら死にますな」
「ふふっ、何その口調。アイト君なら大丈夫でしょ」
「その俺への自信はどこから来るんですか?こんなの一発で終わりますよ」
「あら、相当に鍛えているアイト君でも無理なのね」
「先輩は俺のことを何だと思っているんですか。ここから落ちて死なないのは『眷属』共くらいですよ」
「アイト君が駄目なら私はグチャグチャになっちゃうわ。だから、私が死なないように、しっかり護ってね騎士様」
どうやら俺の気遣いはバレていたらしい。
そこから数十分ほど無言で上ると辿り着いた。
大小様々な歯車で敷き詰められた小さな部屋にはスペースなんて物はなく、ここで食事をするには窮屈そうだが、違ったようだ。
「………………」
セルーナ先輩は慣れた足取りで、端っこの所見では気付かなそうな所にある階段を進んでいく。
それに俺もついていき辿り着く。
「ーーーー」
圧巻の景色だった。
視線を下に下ろせば、都市に住む人々の営みや存在感を放ちながら佇む王城なんかも視界に入る。
視線を上に上げれば、果てしなく青い空とフワフワと浮かび風に流される白い雲が見られる。
いま俺が立つ場所は時計塔の最上階。
四つの柱で天井は支えられ、上から鐘が吊るされている。
「凄く良いですね、ここ」
景色に圧倒され自然と言葉が漏れていた。
「でしょ。良いわよね、ここ。
好きでよく来るのよ。
たまに、気に入った子とかを連れてくるんだけどね。
大抵はここに来るまでに、へばっちゃうの。
でも、流石男の子ね。全然息切らしてないわ」
「………………あ、すいません。もう一度いいですか?」
「その様子から、どうやら気に入ってくれたみたいね」
「………………はい」
「出来れば、邪魔したくないけど急いでお昼ご飯を食べましょう。ここに来るまでにだいぶ時間かかったから、お昼休みの時間はあまりもう無いわ」
「分かりました」
セルーナ先輩が座っていたベンチの隣に腰掛け、俺は購買で買ったパンを紙袋から取り出して口に運ぶ。
「これは、美味しいですね」
「学院は購買のパンすらもトップクラスなのよ」
セルーナ先輩は自分事のように胸を張る。
自慢げなセルーナ先輩は自分で作ったのだろう弁当を広げて食べていた。
チラッと覗き見ると色彩豊かでバランスの取れた美味しそうな弁当だった。
正直俺は食べられれば何でも良いと思っているから、食べ物を美味しく料理出来る人は、素直に感心すると同時に、理解できなかったりする。
まあ、美味しいに越したことはないのだが。
「一口いる?」
見ていたのがバレていたようだ、セルーナ先輩は一口サイズのハンバーグを俺の口まで持ってくる。
反射的にパクッと食べる。
「………………美味しいです」
「………ありがとう」
その後は、初日の授業の感想、研究会などがあるよという事、食堂のカツ丼がおすすめという事などを話していると昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。




