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騎士と魔女の誓約  作者: 泉伊織
血闘祭選抜戦の暗殺者
18/20

勇者と奴隷の契約

「正義の根底には『優しさ』がなくてはならない。

どんなに、正しい事をしても『優しさ』が無ければ、そこには感謝も救いもない。

だから、これを覚えておきなさい。

もし、ただの正義感や使命で悪を断ったとして、それを万人が正義を成したと肯定しても、僕だけは悪だと否定する。

わかったね?」


そう被差別人種である獣人の男は言った。

狼のような耳を頭部に生やし尻尾を持つ。

それらは、酷く汚れ、痛み、傷ついていた。

頭部にある左耳や腕なんて欠損していた。


「ーーー」


この国では獣人は獣と何ら変わらなかった。

例え、姿形は人と変わらなく理性や意識があり、言語をかわせたとしても、この国では獣人に人権はない。

この世に生まれ落ちた瞬間から人攫いの危険に怯え、満足に腹を満たすほどの食べ物は与えられず飢餓で苦しみ、ただ姿形が少し異なるというだけで暴行を受け、これでもかと痛みを知り、云われのない罪で罰せられ心まで蹂躙される。

この男の身なりを見れば、そのようにしてここに行き着いたのだろうと想像できる。

人それぞれだろうが、獣人とは基本こんなものだ。

もはや差別を通り越し、あらゆる残虐な行為を人から受け、獣人は本当に残虐な獣になる。


「………………」


しかし、『正義』という虐げられてきた者が一番最初に削ぎ落とすであろう価値観を、この男は確固たるものとして持っていた。


それに瞳が、母に聞かされた寝物語に登場するどんな騎士よりも高潔だった。



だからか、この男の言葉が俺の胸に深く刻まれた。


###############


「ーーーこれより、第四回ジェミニオークションを開催します!!」

「おおおおーーー!!」「ピューー!!」「やったーー!」「待ってたぞーー!!」「やっとだーー!」「さすがジェミニ家だー!」


壇上に立つ仮面の男の大声と拍手喝采の音で目を覚ます。


「うう…っん。………は!?」


うるさいなと心の裡で愚痴りながらも、お陰で寝過ごさずに済んだと落ち着かせる。

このオークション会場に至るまで、だいぶ忙しかった。

それに加えて、椅子がふかふかなものだから、思わず寝てしまった。

寝起きはいい方だ。

頭は既にだいぶ覚醒している。

しかし、まぁそこまで深い眠りではなかったのだが。


「よしっ」


一言呟いて、緩んだ気を引き締める。

外套のフードを深く被り直す。

視られている事を悟らせないように、眼球だけを動かす。

オークション会場は劇場のようだった。

そして、会場2階のVIP席に止まる。

そこには、何の変哲もない五十代の男がいた。

大富豪ジェミニ。

一代限りの商いで巨万の富を築き、この国の商売全てにジェミニが関わっているとまで噂されている。

この国の住人ならば、知らない人はいないというまで、都市を越えて名を売る凄腕の商人。

しかし、それは表の顔で、人身売買のブローカーとしての裏の顔が存在し、ジェミニは裏の世界でも有名だった。


「ーーー」


だが、その分多くの者から恨みを買っており、ジェミニ自身もそれを十分に理解している為、なかなか姿を現さず、捕えるのが大変だった。

ジェミニは表でも、しっかりと地位を確立しているため、合法では捕えることが出来ない。

故に、ジェミニが定期的に開催するオークションに参加して、非合法的に捕えるために、ここ第2都市で行われる闇オークションに潜入したのだ。


「お次はこちら!!

『王の花宝石』です。

こちらは今から二百年ほど前、当時の王様が王妃に贈ったと言われる宝石です。

無職透明なダイヤモンドを華々しく咲き誇る花弁のように加工したそれは、当時の最先端技術の粋が施され、今では再現不可能となっております。

どうぞ、こちらお客様の大切なパートナーに贈られては如何でしょうか?

それでは、100億金貨から始めさせてもらいます」


この調子で、かれこれ一時間ほど経過した。

開始から今に至る迄、運ばれてくるのは宝石や絵画、彫刻などの美術品や名刀、魔剣の類も出品されていた。

どれも歴史に名を刻み、そして歴史の闇に消えていった超がつくほどの歴史価値がある物ばかりだった。

だが、その大半ーー


「どれも興味ない」


熱心に壇上を凝視している隣の客に聞こえないよう呟く。

聞かれてたら、キレられそうなくらいに、熱は入っている。

最終的に、ジェミニを捕らえればいいわけだから、全然このオークションに参加しても、悪くない(法的には、この闇オークション自体非合法なのだが、そこは目を瞑って)。

なのだが、全くその気にならない。

自分で言うのもあれだが、俺も結構な額のお金はある。

何か一品くらいはお小遣いの範囲で落札出来そうなものだが、魅力を感じなかった。

そんな事を考えながらも、また次が運ばれてくる。


「三十・三十一品目は連続でご紹介します!!

『氷雪の魔剣』に『光焔の魔剣』です。

五百年前、このスタンバルト王国が太古の魔女の呪いをかけられる以前に、隣国の将軍が所持していた二つの魔剣です。

能力や装飾は他の魔剣に比べてパッとしませんが、その威力に耐久力は折り紙つき。

実力あるものが持てば、この魔剣がもつポテンシャルを十分に引き出す事が出来るでしょう。

こちら、250億金貨から始めさせてもらいます」


うへェ〜〜氷雪と火焔の魔剣が二つ一緒に出品されてるよ。

信じられない。いいなぁ。凄い性能がいいって聞くけど。

自分の分野の逸品が出てきて驚く。今までは装飾品の類ばかりで、名刀、魔剣が出て来ても、これもどちらかと言えば飾りとしての意味合いが強いものばかりだった。

しかし、今回のは違う。

先程までの武器とは名ばかりの飾りとは違う。

本物の名刀だ。

『氷雪の魔剣』と『火焔の魔剣』、どちらも魔剣協会が定めるA級の魔剣だった。

魔剣協会は魔剣士の育成を主に行う組織で、その業務の中には魔剣の管理も含まれている。

人に害を為す呪われた魔剣や所有者のいない生まれたばかりの魔剣を管理したりしている。

その中で、魔剣協会は独自に魔剣にSからEのランク付けをしており、かなり信用度が高い。

このランクに照らし合わせると、Aランクは大分優れた魔剣と言えた。

あんまり興味なかったけど、もしかして、このオークション結構凄いんじゃないか。

ちょうど、前の任務で剣が折れちゃったし、少し値が張るけど、奮発すれば買えないこともない…か。

………うんうん、行けるいける。


「260億金貨で!」「280億出そう!!」「360億!」「400億出すわ!」


興味を持ち、落札しようかと少し考えた隙に、みるみる値段が上がる。


「ははは…これは手が出ないや。うぅう」


それに思わず乾いた笑みとほんのり涙が浮かぶ。

150億も俺の家にあるかよ。

実は勇者の一族ユリアース家であっても、あんまりお金ないんだぞ。

心の中に生まれる小さな嫉妬心を口に出すわけにはいかず、心の中で愚痴る。

ユーリアス家は『勇者』を祖とする家系で武勇に優れ聡明であるが、お金稼ぎは得意ではなかった。

勇者という特上のネームバリューを使えば、お金稼ぎなど、チョチョイのちょいだろうが、先祖はそれをせず、軍人や騎士になって人々のために戦った。

何となくだが、ユーリアス家特有の強い正義感が邪魔をしたんだと思う。

実際、僕の父はよく慈善事業や孤児院などに多額の募金に寄付をしていた。おそらく、祖父も同じような事をしていたと思う。

他家から嫁いできた祖母や母なんかは、普通に迷惑だったと思うが、それは一般常識から想像しているだけで、ユーリアスの血が入っている僕には、根本的には父や祖父よりの考えだ。

思想は血に遺伝しないと言われるが、ユーリアスの血は特別なのかもしれない。

兎にも角にも、そういう正義感の強い家なのだが、家の方針について一つだけ気になる事があった。

それは『英雄の血を求めろ』というものだった。

強者の、それこそ英雄とまで呼ばれる者たちの血を取り入れ、一代一代と代を重ねるごとに才能という面で力をつけ、一歩また一歩と神の領域にまで至ろうとしている。

英雄の血の為ならば時には正義を踏み躙り、悪を犯すことも厭わない。

病的にまで力に取り憑かれているのだ。

それは『勇者』の代から続く呪いだった。

そして、僕はこれが大嫌いだった。

愛も慈しみも優しさもない、ただ力を求めるこの考えが大嫌いだ。

この呪いのせいで、起きた悲しみは無数にあるだろう。


「………………」

「それでは最後の商品です!」


ただ、そんな意味のない事を考えていると、いつの間にか終わりまで来ていた。

ふう、と息を一つ吐き椅子を深く座り直す。

意識を完全に二階にいるジェミニに向ける。


「ッーー」


客たちの帰り際、ジェミニが離席する瞬間を狙う。

ジェミニは自身が表と裏、どちらの世界からも多くの人に、殺したい程に恨まれているのを、よく理解していた。

故に、いついかなる場合も護衛は欠かさず、そのためのお金は惜しまなかった。

ジェミニが保有する護衛部隊は、数もさることながら質も上等と裏の世界では有名だった。


「二太刀で決める」


まず、ジェミニを囲むように、四方に立つ四人の護衛を一刀で沈める。

対象はジェミニだ。護衛は無理に殺すことはない。

次にジェミニの心臓を一突きして終わりだ。

まるで暗殺者のようだと、嘆きながらも「仕方ないこれが命令だからなぁ」と軽く作戦を立てる。

もはや完全に身体は、戦闘ののスイッチが入っていた。

だから、たまたま僕の視界に滑り込んできたその少女に、強烈に意識を惹かれる。


「最後の商品はこちら!!

世にも珍しい『愛銀族の獣人』、その生き残りです!!」

「うおーーーー!!」「スゲェーーーー!?」「マジかーーー!!」「信じられないわーーー!?」「さすがジェミニオークションだぜ!!」


壇上のカーテンの奥から鎖に引きずられながら、商品が現れる。

最後に現れた商品に今日一番の歓声が上がった。

地下で行われているこのオークション会場を突き破り、地上まで届くのではないかという程の歓声。

商品は獣人の少女だった。

獣人の少女は客の前まで来ると、壇上に立たされる。

一斉に好奇の視線が集う。中には色欲の物も含まれていた。

獣人の少女は、手足や首を鎖で縛られ、左右の鎖骨の間には奴隷が付けられる紋章があった。

それだけではなく、薄汚れた貫頭衣を着せられ、もう何日も風呂に入っていないのだろう、身体は砂に汚れ、髪はボサボサだった。

しかしそれでも尚、貫頭衣から伸びる身体は新雪のように白く、未知のように純白。

髪や尾は照明の光を吸収・反射し、今に至るまで紹介された何十億もする宝石よりも銀色に輝いていた。

年齢は窺い知れないが、恐らくまだ少女だろうと思った。

実際、獣人にしては身長が160cm代と低めだ。

その割には、貫頭衣を押し上げるほど臀部や胸部は豊かに膨らんでいた。

目は切れ長で瞳は青紫、鼻梁は整っており、顎はシュッとしていて、頭には狼の獣耳が生えていた。

美しく氷のように冷徹で、神の彫刻のように神々しくあったが、若干幼さが残っていた。


「もはや、皆様には説明は不要でしょう。

早速、始めさせてもらいましょう。

この商品の入札開始価格は1000億から設定させて頂きます!!」

「1050億!」「1200億」「1280億!」「1500億!」「1800億!」


客は皆席を立ち上がり唾を撒き散らしながら叫ぶ。

先程まではスーツやドレスに身を包み上品に、優雅にしていたが、一つ皮を剥けば、ただの卑しい犬畜生だ。

彼らが、常日頃から馬鹿にする貧民街の卑しい豚と何も違わない、豚か犬かの違いでしかなかった。

獣人の少女を落札しようとドンドン値段を提示して値を釣り上げる中、俺は彼女を凝視していた。

彼女が纏う雰囲気や顔つき、何より髪の色に見覚えがあった。

そして、ふと彼女の宝石のような瞳と目が合った。


ーーすまない。こんな俺だが、お前に縋らせてくれ!

ーー俺の子供達を救ってくれ!!


師との約束を思い出し、確信した。

壇上に立つ少女は師の娘だと。


「5000億」


気づけば俺は手を挙げ、オークションに参加していた。

今日一番の最高額に、会場の客たちは先ほどまでの興奮が嘘のように静まりかえる。

しかし、会場の静寂を一人の男が破る。


「6000億」


声がしたのは二階のVIP席から。

俺はフードの奥から、声の主を見る。

ジェミニも俺を捉える。

ここにきてジェミニが俺の存在を認識する。

暗殺任務としては、対象者に認識されない方がいいのだが、致し方ないよね。

信念のためなら、任務なんて投げ捨てられるのが僕だ。


「6500億」

「7000億」

「7250億」

「7500億」

「8000」

「8500」


会場には僕とジェミニの声だけが響く。

ジェミニが提示する額よりも高く提示しても間髪入れずに、越される。

僕とジェミニによって、どんどん値が釣り上げられる。

獣人にそんな大金は出せねぇと思ったのか、それに客は付いて行けず、客は黙ってそれを目にすることしかできなかった。


「9000億」

「9500」

「「「おお〜〜」」」


思わずと言った感じか客が唸る。

チっ、しつこいなぁ。どこまでも付いてくる。

そろそろ、貯金が尽きるぞ。これは、もしかしなくても当分は雑草生活だな。

落札することは確定させていた僕は、ちゃっかりこれからの飯代の心配をする。

そして、ジェミニの未だ尽きる様子のない資産に舌を巻く。

僕はすでに家の貯金の半分くらいは手を出していた。

お金稼ぎはしてこなかったとは言え、歴史のあるユーリアス家だ。今の時代、それなりに武勇に優れていれば、騎士団なりに入って活躍すれば、一生暮らせそうな額のお金は定期的に入ってくる。それがたとえ募金や寄付等で何割も消えようともーー流石に全額、募金や寄付をするほどの自己犠牲ではなくーー何代にも渡って家に、ある程度は貯金はしているし、されている。

しかし、それに追いつくジェミニはやはり伊達ではなかった。


「1兆金貨」

「……1兆500万金貨」


ジェミニが一瞬、言い淀む。

僕はそれを見逃さない。

よしよしよし、もう少しだ。

おかげで少し余裕ができた。

ふとチラリと壇上にいる少女を見ると、自分にそんな金額がかけられている事に、少女は驚いていた。


「1兆5000万」

「くっ…1兆1億」


あまりの額の大きさに、僕とジェミニを除いた会場にいる全ての人がもはや意味がわからなくなってきた頃ーーいや、自分で言ってて意味がわからないけどーー僕は畳み掛ける。


「5兆金貨!」

「うっぐう」


ここからでも聞こえるほどに、ジェミニは呻き声をあげていた。

壇上に控える司会は僕とジェミニを交互に見ると、司会の職務を果たす為に隙を窺って口を開く。


「『愛銀の族の獣人』をかけた鮮烈な戦いも、あの大富豪ジェミニの敗北によって決着ーー」

「ちょっと待ていぃ!!こんなのは認めん!!」


司会の言葉を遮り、二階のVIP席の柵から身を乗り出して宣う。柵の上にはでっぷりと膨らんだ脂肪が載っていた。


「この大富豪ジェミニ様に、敗北という二文字はなァアい。

そもそも、私が落札しようとしていたんだ。

私を慮り、譲るというのが常識ではないかぁ!!」


超絶肥満体型の男、ジェミニは脂肪で埋もれた目で俺を睨むと、意味の分からない抗議してくる。

何それ。

傲慢すぎるな。自分の為に他人は譲れって、どういう思考回路をしているんだ。

自分の事を神様か何かと勘違いしているんじゃないか?

ナチュラルに、人の事を下に見ているんだろう。

そもそも、自分の事を様付けする所から、香ばしいな。

この手の奴は取り合うだけ無駄だ。

兎にも角にも普通にムカつき、軽く睨みながらーー


「そんな事知った事か」


ジェミニはひぃっと狼狽えると、すぐに立ち直り狼狽えたという、その事実に怒り出し、僕のせいにする。


「クソ!全部全部お前が悪い!!

私に恥をかかせるなんて、殺してやるゥ!!

行け、お前ら!!」


ジェミニは二階のVIP席から俺めがけて指を指す。

ジェミ二の背後から四人の男たちが、俺を囲むように二階VIP席から着地する。


「「「きゃあーーーーー!?」」」


俺の付近にいた客から甲高い悲鳴が上がり、会場は一気に混沌とする。

俺はそれを聞き流しながら考える。

最初から、これがしたかったのか。

軽く考えても、ジェミニの方が明らかにお金を持っている。

普通に、オークションで行けば、そのうち僕の方が負けていただろう。

しかし、どんなに額を釣り上げても引かない、僕を見て奴は全額賭けてくると確信したのだろう。

ジェミニは僕の持つ資産が幾らかは知らないが、最低でも1兆金貨はいくと思ったのだろう。

そこに、僕の5兆金貨の吊り上げ。

いくら勝てたとしても、流石にジェミニといえども5兆金貨も出すのは、嫌だったらしい。

その額を払うくらいならば、暴力で解決した方がコスパがいいと考えたのだろう、精鋭の護衛を差し向けてきた。


「お前、バカだろ。

黙って、ジェミニ様に譲っておけば、死なずに済んだのにな。

勿体無い勿体無い。欲をかくからこうなるんだよ」

「おいおい、あまり言ってやるなよ。

コイツはあれだ。ただ、自分の立場も弁えられないだけなんだから。

それ以外は、見るからに普通だろ、多分」

「ブアハハハ。お前が一番ひでぇぞ。

まぁ、でもその『自分の立場を弁えられない』のが致命的すぎる欠点だがな」

「お前ら、黙れ。

どうせ、生まれながらに知的障害でもあるんだろ。

おい、聞こえてるか?

話通じるなら、さっさとそのフードを取って顔を見せてみろ。

どんな歪んだ顔か楽しみだ」


四人の男たちは僕を取り囲み、各々思い想いに僕の罵倒話で盛り上がる。

ジェミニの護衛だけあって、しっかりとクズ野郎共ばかりだった。

もう、戦闘体勢も入っている。なのに、お話しするから余裕があるとは。

おそらく、コイツらは強いから弱いかを見た目で判断しているのだろう。

コイツらのレベルは低そうだ。

全部ブーメランで返ってきているというのにも気付かず、楽しそうに笑っているよ。


「そうだぞ、顔を隠しやがって。

自信がないのか?」

「さっきからやたら、僕の顔を見たがってるけど、申し訳ない。

君たち程度に見せられる顔ではないかな。

それに、君たちは今から死ぬんだ。

見た所でだろ」


言って僕は左の腰に差していた剣に手をかける。


「あーーやっぱ駄目だわコイツ。

この状況になっても自分の立場を理解できてねぇよ。

ここまで来ると、流石に可哀想になってきたぜ。

それでも、俺らも仕事だから殺すけどな」


男たちは宣い、剣を抜き、それぞれ異なる構えをとる。

そしてーー


「この世の中、弱者は強者の機嫌を損ねぬようにぃ、地べたを這いつくばってれば、いいんだよ!」


そう言って、一斉に四方から斬りかかってきた。

直立不動だった所から、僕は抜刀の構えをとる。

そして、一歩も動かず抜刀の勢いのままに回転し、迫ってくる的を斬り捨てる。

最後は、ドサっという音がした。


「きゃあアアアアア!?」


四人の男たちは胴体を一刀のもとに斬られ、最終的には軽八つの肉塊が生じる。

誰かが、その惨状を見て悲鳴を上げる。

客たちは事態が、ちょっとした面白半分の荒事から四つの死体生まれた事で命の危険を感じとり、我先にと出口へと走る。

出口付近では人だかりが出来、ちょっとした騒ぎになっていた。


「こうなっては、誰にも見られず暗殺など出来るわけもないか。

ここでやるか」


僕はそれを視界の隅で眺めて、すぐに視線をジェミニの方へ向ける。

がしかし、もうすでにジェミ二の姿が消えていた。


「はぁ、逃げ足の速い奴だ。

まあ、だからこそ、今まで苛烈な裏社会を生き残れたんだろうが」


僕はすぐにジェミニの事は諦めると、次は壇上に立つ獣人の少女を見やる。

少女は一部始終を彫像のように、眉ひとつ動かさず目の当たりにしていたが、しかし瞳の奥に明確な恐怖が宿っていた。

僕は剣を納める。


「まずったな。

峰打ちとかにしとけば良かった」


フードの上から頭を掻きながら、少女の元へ歩く。

一歩、二歩、三歩………………と進み、僕は壇上に上がり、少女に相対する。

どうしよう。

何を話せばいいか分からない。

とりあえず、ここは当たり障りのない事を。


「やっ、やぁ。

本日は大変お日柄もよく、この出会いに………」


ピクリとも変わらない表情に、少しずつ僕の声が小さくなる。

ううう…冷めた目が辛い。

少女の目を直視出来ず目を逸らす。


故に、これは偶然だった。


僕が逸らした先。ちょうど、二階VIP席に当たる場所。

狙撃銃の銃口が向けられていた。

射線を予測。

そして、その標的は僕ではなく、獣人の少女だった。

一瞬で悟った。

ジェミニは逃げてはいなかった。

隠れ潜み虎視眈々と隙を窺っていたのだ。

事実、スナイパーの横にジェミニがいた。

標的が何故、僕ではないのかと疑問に思ったが、分かる訳もなかった。

ただ想像だが、「どうせ手に入らないなら、壊してしまおう」という魂胆だろう。


「ッーー!?」


そして、僕がそんな事を思考しているうちに、狙撃銃が発砲される。

僕は羽織っていた外套を掴み、脱ぎ去る。同時に、外套に魔力を流し、外套の硬度・強度を格段に上げる。

少女を僕の方に覆い被さるように引き寄せ、魔力を流した外套を盾がわりに銃弾から守る。

だが、僕がスナイパーの存在に気づき発砲されるまでの時間は0.01秒、そんな極極短時間のうちに外套全体に、魔力を行き渡せる事が出来る訳もなく。


「うッツ!」

「いやっ!?」


運悪く、魔力が及んでいなかった部分に貫通するが、ギリギリ引き寄せたお陰で少女に銃弾が当たる事はなかった。

ただ、少しだけ掠った。

その際に、軽く呻き声が上がる。

僕は痛みを無視してもう一発撃たれる前に、すぐに動き出す。

この距離では、こちらが斬る前に撃たれる。

感覚的に判断すると納めていた剣を抜き、スナイパーに向かって投げる。

剣はヒューっと音を立てて、一直線にスナイパーの脳間にブッ刺さる。


「ひぃい!?いやだーーーーーー死にたくないいーーーーー!!」


それを間近で見ていたジェミニは今度こそ走り去る。


「ふん」


僕はその様を見て鼻で笑う。

それで、憂さが晴れ、僕は再度少女に向け直す。

少女の目を見ると、恐怖の色は薄れていた。


「大丈夫ですか?」


心配の言葉をかけてくれる。

その立ち振る舞いは堂々としていた。

思いもよらない言葉に僕は驚くが、口の端をニヤリと笑う。

緊張が薄れて、なんだか肩が抜けた。


「大丈夫、なんともないよ。ちょっと、ミスっちゃってね。

額から血が出てるだけだから、すぐ治る。気にしないで」


少女が責任を感じないように、一気に捲し立てて、心の中で盛大にため息をする。

暗殺失敗どころかジェミニを取り逃し、任務は失敗。

オークションをめちゃくちゃにして、騒ぎを起こしてしまった。ジェミニは一度、裏社会に隠れ、しばらくは表に姿を晒す事はないだろう。

せっかくのチャンスを逃した。

この調子だと帰還したら怒られそうだ。

そんな事を頭の片隅で考えながら、意識は目の前の少女に向ける。


「やっと、約束を果たせる」

「ーー?」


小さく呟く。

少女はその獣耳ではっきりと聞こえてるっぽいが、意味が分からず首を傾げていた。

頭の中がクエスチョンマークで埋まってる中、僕は心の中で仕切り直し少女に跪く。


「こんばんは、お嬢さん。

僕が君の新しい家族だ。

託された願いと約束のため、そして何より家族として君のことを命をかけて守ると誓おう。

これからよろしく」


もはや、僕と少女以外いないオークション会場に僕の声が響き渡る。壇上に上がる商品のための照明は僕たちを照らす。

女の子はお姫様のように扱われるのが好きだと同僚から教えられ、辛く過酷な経験をしてきただろう目の前の少女を少しでも喜ばせたくて、何となく僕の一番のお気に入りの騎士道物語を真似て言ってみた。



清く正しく美しく、高潔で無敵の騎士道物語の主人公のよう中

な少年は、純白のマントを翻し跪く。

跪かれた少女は砂埃にまみれた布切れ一枚に、肌は垢まみれ、髪の毛はボサボサでフケまみれだった。

およそ、不釣り合い。

少年の方は申し分ないが、少女の方は物語のお姫様のようにはいかなかった。

だが、しかし、何故だか絵になった。

名だたる宗教がにも劣らない、神話がそこにはあった。

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