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2.見知らぬ街へ


「……これ、どうすんの?」


 答える者など、当然いなかった。

 見渡す限りの草原。

 遠くには森が広がり、その向こうには山々が連なっている。

 空は青く、風は心地よい。

 まるで絵画のような景色だった。

 ……観光で来たのなら、さぞ感動したことだろう。


「……とりあえず、歩くか」


 そう呟いて、俺は歩き始めた。

 行き先はない。

 そもそも、ここがどこなのかもわからない。

 街があるのか、人がいるのか。何一つわからなかった。

 ただ、草原の真ん中で突っ立っていても何も始まらない。

 幸い、身体は軽かった。

 若返ったおかげだろうか。以前よりもずっと足取りが軽い。

 とはいえ、体力が無限にあるわけではない。

 しばらく歩くと、額に汗が浮かび始めた。


「……暑いな」


 空を見上げる。

 太陽はまだ高い。

 朝なのか昼なのかも、正確にはわからない。

 腕時計はない。携帯電話もない。

 ポケットを探ってみたが、当然何も入っていなかった。

 金も、食べ物も、水さえも。


「……いや、ちょっと待て」


 思わず足を止めた。

 水がない。

 これは、まずいのでは?

 異世界転生。

 剣と魔法。

 冒険者。

 そんな言葉が頭に浮かんでいたが、よく考えれば俺は今、飲み水一つ持たずに知らない土地を歩いているのだ。

 しかも、どちらへ進めばいいのかすらわからない。


「……俺、死ぬんじゃないか?」


 口に出した途端、急に不安が押し寄せてきた。

 いやいや。

 せっかく生まれ変わったのに、遭難して終わり?

 剣術SSランクなんてものを持っているのに、脱水で死亡?

 そんな馬鹿な話があるか。

 ……いや、あるのかもしれない。

 剣術がどれほど優れていようと、水を生み出せるわけではないのだから。


「……勘弁してくれよ」


 俺はため息をつき、再び歩き出した。

 どれくらい歩いただろう。

 草の背丈が低くなり、やがて地面に人の手が入ったような跡が見え始めた。

 そして、少し先に――道があった。


「……道だ!」


 思わず声が出た。

 舗装などされていない、土を踏み固めただけの道。

 それでも、今の俺には宝物のように見えた。

 道がある。

 つまり、人が通る。

 人が通るなら、どこかに街があるはずだ。


「よかったぁ……」


 心の底から安堵した。

 あとは、どちらに進むか。

 右を見る。

 左を見る。

 ……わからん。


「……まあ、どっちかには着くだろ」


 適当に方向を決め、道に沿って歩き始めた。

 それからしばらくして。

 背後から、かすかな音が聞こえてきた。


 ――ガラガラ、ガラガラ。

 何かが転がるような音。

 振り返ると、道の向こうから荷馬車が近づいてきていた。


「……馬車!」


 思わず身を乗り出した。

 本物だ。

 馬が二頭、木製の荷車を引いている。

 御者台には、中年の男が座っていた。

 日に焼けた顔に、短く刈った茶色の髪。口元には無精髭が生えている。

 男は俺に気づくと、馬を緩めた。


「おう、兄ちゃん。こんなところで何してる?」


「…………え?」


 俺は固まった。

 男が何を言っているのか、わかった。


 だが――。

 今の言葉は、日本語ではなかった。

 聞いたこともない発音。

 知らないはずの言葉。

 なのに、不思議なことに意味が頭へ入ってくる。


「どうした? 具合でも悪いのか?」


「あっ、い、いえ! 大丈夫です!」


 慌てて答える。

 そして、また驚いた。

 俺の口から出た言葉も、日本語ではなかったのだ。

 ……なんだ、これ。

 どうなってる?


「そうかい? ずいぶん疲れた顔してるが」


「あ、あの……」


「ん?」


「ここって……どこですか?」


 男は目を丸くした。


「……兄ちゃん、迷子か?」


「……まあ、そんな感じです」


「はっはっは! そりゃ難儀だな!」


 男は豪快に笑った。

 悪い人には見えない。

 少なくとも、今のところは。


「この道はリーヴェルへ続く街道だ。俺もちょうど向かうところさ」


「リーヴェル……」


「知らねえのか?」


「あ、はい。遠くから来たもので……」


 咄嗟に嘘をついた。

 異世界から来ました、などと言えるはずがない。

 男は少し不思議そうな顔をしたが、それ以上は追及してこなかった。


「まあ、旅人にはいろいろあるわな。で、兄ちゃんは街へ行きたいのか?」


「はい! できれば!」


「なら乗っていくか? まだ少しかかるぞ」


「……いいんですか!?」


「構わねえよ。どうせ荷物を運ぶついでだ」


 男は荷台を親指で示した。


「後ろに座れるところがある。荷物だけは踏むなよ」


「ありがとうございます!」


 俺は深々と頭を下げた。


 ……助かった。

 本当に助かった。

 馬車に乗り込むと、男は手綱を鳴らした。

 馬車がゆっくりと動き出す。


「そういや、名乗ってなかったな。俺はバルト。行商人をやってる」


「バルトさんですね。よろしくお願いします」


「おう。兄ちゃんは?」


「俺は……」


 はたと言葉が止まった。

 佐藤裕樹。

 かつての自分の名前が頭に浮かぶ。

 だが、この世界では一般的な名前ではないだろう。

少なくともバルトなんて聞きなれない名前だ。


それなら、裕樹…


勇気……勇敢……そうだ!

 

「……レオンハルト、です」


「レオンハルトか。いい名前だな」


「あ、ありがとうございます」


「長えから、レオンでいいか?」


「はい。そう呼んでください」


「おう、よろしくな! レオン!」


 バルトはにかっと笑った。

 こうして俺は、この世界で初めて自分の名前を名乗った。

 レオンハルト。

 まだ少し、くすぐったい響きだった。



     ◇


 馬車に揺られながら、俺はバルトにいろいろと尋ねた。

 もっとも、あまりにも常識外れな質問をすれば怪しまれる。

 できるだけ、世間知らずの田舎者を装うことにした。


「バルトさん、この辺りって魔物は出るんですか?」


「おう、出るぞ。街道は比較的安全だが、森に入るなら気をつけな」


「……やっぱり、いるんですね」


「やっぱり?」


「あ、いや……」


 危ない危ない。


「剣を持った冒険者なんかが退治するんですか?」


「そうだな。討伐依頼を受けてる連中もいるし、護衛で雇われることもある」


「なるほど……」


 冒険者。

 やっぱり、いるのか。

 俺は少し胸が躍るのを感じた。

 剣を持ち、魔物と戦い、依頼をこなす。

 まさしく、想像していた異世界そのものではないか。


「……魔法なんかも使うんですか?」


「当然だろ?」


「……当然」


 バルトは俺の顔を見て、首を傾げた。


「なんだ、兄ちゃん。魔法を見るのは初めてか?」


「い、いや! そんなことは……」


「まあ、田舎じゃ魔術師も少ないか」


 勝手に納得してくれたらしい。

 助かる。


「魔法って、誰でも使えるものなんですか?」


「素質と訓練次第だな。簡単な術なら使える奴も多いが、本格的に扱うとなると話は別だ」


「へえ……」


「俺も火種を作るくらいならできるぞ」


「本当ですか!?」


「そんな大したもんじゃねえがな」


 バルトは片手を俺に向けた。


「ほれ」


 指先に、小さな光が灯った。

 次の瞬間、蝋燭の炎ほどの火が現れる。


「……おおっ!」


 思わず身を乗り出した。

 本物だ!

 本当に魔法だ!

 火が、何もないところから生まれた!


「ははは! 兄ちゃん、いい反応するなぁ!」


「あっ、す、すみません!」


「いやいや。そんなに喜ばれるなら見せた甲斐があったわ」


 バルトは笑いながら炎を消した。

 俺はしばらく、彼の指先を見つめていた。

 魔法がある。

 それも、特別な伝説ではなく、日常の中に当たり前に存在している。

 自分も使えるのだろうか。

 試してみたい。


 ……いや、今はやめておこう。

 もし何も起こらなかったら恥ずかしいし、変なことが起きても困る。

 そもそも使い方がわからない。


「ところでレオン。お前さん、リーヴェルに着いたらどうするんだ?」


「……え?」


「仕事か? 誰か訪ねる相手でもいるのか?」


「……いえ、その」


 俺は口ごもった。

 よく考えたら、何も決めていない。

 街に着くことばかり考えていた。

 着いたところで、金もなければ知り合いもいないのだ。

 ……どうするんだ、俺。

 バルトは少し考え、口を開いた。


「なら、冒険者ギルドに行ってみたらどうだ?」


「冒険者ギルド?」


「おう。魔物の討伐から荷運び、採集まで、いろんな仕事を扱ってるところだ」


「誰でも仕事を受けられるんですか?」


「登録は必要だがな。簡単な仕事なら新人でもできるだろうよ」


「……なるほど」


 仕事がある。

 それはありがたい話だった。

 剣術SSランク。

 自分に与えられた唯一の特別な力。

 それを生かすなら、やはり冒険者になるのが一番なのかもしれない。


 ……とはいえ。

 剣がない。

 防具もない。

 金もない。

 何より、戦った経験もない。


「……冒険者って、最初に剣とか必要ですよね?」


「討伐に行くなら、そりゃ必要だろうな」


「……ですよね」


「まあ、採集や雑用なら剣がなくてもできるだろ。詳しくはギルドで聞いてみな」


「はい。ありがとうございます」


「おう!」


 バルトは気さくに笑った。

 それからしばらく、馬車はのんびりと街道を進んだ。

 道端には見慣れない植物が生えていた。

 時折、遠くに動物らしき影が見える。

 初めて目にするものばかりだった。

 景色を眺めていると、腹の底から音が鳴った。


 ――ぐううう。


「…………」


「……ん?」


 バルトが振り向く。


「腹減ってんのか?」


「……はい」


 恥ずかしい。

 そういえば、こちらに来てから何も食べていない。

 水も飲んでいないのだ。


「だろうな。顔色もよくねえし」


 バルトは荷物の脇に置いてあった袋を開いた。


「ほれ」


 差し出されたのは、丸いパンと小さな水袋だった。


「……え?」


「食えよ。余分に持ってきてるから」


「いや、でも……」


「遠慮すんなって。そんな腹で歩いてたら倒れちまうぞ」


「…………」


 俺はパンを受け取った。


「……ありがとうございます」


「おう」


 硬めのパンだった。

 味も素朴で、少しぱさついている。

 でも。


「……うまい」


 思わず呟いた。

 こんなにありがたい食べ物は、久しぶりだった。

 水を一口飲む。

 冷たくはない。

 それでも、乾いた喉に染み渡るようだった。


「……本当に、ありがとうございます」


「はは。礼ならもう聞いたよ」


 バルトは前を向いたまま答えた。


「困ったときはお互い様だ。いつかお前さんも、困ってる奴がいたら助けてやんな」


「…………はい」


 俺はパンを握り直した。

 見知らぬ土地。

 何もわからない世界。

 そんな場所で、最初に出会ったのがこの人でよかった。

 心から、そう思った。



     ◇


 空が少しずつ茜色に染まり始めた頃。


「おっ、見えてきたぞ」


 バルトが前方を指さした。

 俺は荷台から身を乗り出す。


「……おお」


 遠くに、大きな石壁が見えた。

 その向こうには、赤茶色の屋根が幾重にも重なっている。

 煙突からは煙が立ち上り、壁の外には畑が広がっていた。

 城壁の前には立派な門があり、馬車や旅人が行き交っている。


 街だ。

 本物の、異世界の街。


「……すごい」


「はは、そんなに珍しいか?」


「……はい」


 思わず、正直に答えてしまった。

 バルトは楽しそうに笑った。


「ようこそ、リーヴェルへ!」


 馬車が門へ近づく。

 そこには槍を持った兵士が二人立っていた。


「おう、バルト。今日は遅かったな」


「あぁ、ちょっとな」


「そっちは?」


 兵士が俺に目を向けた。

 心臓が跳ねる。


「レオンって若いのだ。道で迷ってたんで拾ってきた」


「迷子か?」


「……その、遠くから来たんですが、道がわからなくなってしまって」


 兵士は俺を上から下まで見た。


「身分証は?」


「……持っていません」


「ギルドカードは?」


「……それも」


 兵士が眉をひそめる。

 ……まずい。

 身分証なんて、あるわけがない。

 まさか街に入れないのか?


「こいつ、冒険者になりたいらしいんだよ」


 バルトが助け舟を出してくれた。


「ギルドで登録するように言ってある」


「なるほどな」


 兵士は少し考えた。


「この街は初めてか?」


「はい」


「なら、名前と出身地を記録させてもらう。登録が済むまでは仮の入街許可だ。街で仕事をするなら、早めにギルドで身分証を作れよ」


「は、はい!」


「出身は?」


「……北の方の、小さな集落です」


 咄嗟に答える。

 具体的な地名を聞かれたら困る。

 だが幸い、それ以上追及されることはなかった。

 名前などを帳面に記入され、簡単な注意事項を聞かされる。

 バルトは慣れた様子で商人用の証明書を見せ、荷物の確認を済ませた。


「よし、通っていいぞ」


「ありがとうございます!」


 思わず深々と頭を下げた。

 こうして俺は、無事に街へ入ることができた。

 門をくぐった瞬間、賑やかな声が飛び込んできた。


「焼きたてのパンだよ!」


「新鮮な野菜はいらんかね!」


「おい、そこの荷車! 道を塞ぐな!」


 石畳の道。

 木と石で造られた家々。

 店先に並ぶ果物や見慣れない道具。

 革鎧を着た男たちが歩き、ローブ姿の女性が杖を手にしている。

 腰に剣を下げた冒険者らしき一団もいた。


「……うわぁ」


 思わず声が漏れた。

 映画のセットなんかじゃない。

 人々が暮らし、働き、笑い合っている。

 ここには、確かに生活があった。


「レオン!」


「あっ、はい!」


 バルトが馬車を止めた。


「俺はここから商会の倉庫へ行く。お前さんはギルドだったな?」


「はい」


「あの大通りをまっすぐ行って、噴水のある広場を右だ。剣と盾の看板が出てるから、すぐわかる」


「わかりました」


 俺は荷台から降りた。


「……バルトさん」


「ん?」


「今日は本当にありがとうございました。助けてもらってばかりで……」


「気にすんな」


 バルトは笑った。


「これから頑張れよ、レオン」


「……はい!」


「じゃあな!」


 手綱が鳴る。

 馬車がゆっくりと動き出した。

 俺はその後ろ姿が見えなくなるまで、立っていた。


「……よし」


 小さく息を吐く。

 ここからは、一人だ。



     ◇


 冒険者ギルドは、思っていたよりも大きな建物だった。

 頑丈そうな石造りの一階部分に、木組みの二階。

 入口には、剣と盾を組み合わせた紋章が掲げられている。


「……ここか」


 少し緊張しながら扉を開けた。

 中には受付の窓口が並び、壁には大量の紙が貼られていた。

 依頼書だろうか。

 武器を携えた冒険者たちが話し込み、受付では職員が書類を整理している。

 奥には別の扉があり、そこから料理の匂いと笑い声が漂ってきた。

 どうやら酒場が併設されているらしい。


「……すみません」


 俺は受付の女性に声をかけた。


「はい。ご依頼でしょうか?」


「あ、いえ。冒険者の登録をしたいんですが……」


「新規登録ですね。承知しました」


 女性はにこやかに答えた。


「身分証明になるものはお持ちですか?」


「……ありません」


「それでは、初回登録の手続きが必要になります。登録料として銀貨一枚をいただきますが、よろしいですか?」


「…………」


 銀貨。

 一枚。


「……お金、必要なんですか?」


「はい。申し訳ありませんが……」


「…………」


 終わった。

 いや、まだだ。

 どうにかならないものか。


「あの……お金がない場合は?」


「登録料をお支払いいただく必要がありますので、先にお仕事などでご用意いただくことになりますね」


「……そうですか」


 受付の女性は気の毒そうな表情を浮かべた。


「ギルド以外でも、街の中には日雇いのお仕事がございますよ」


「あ、ありがとうございます……」


 俺は受付から離れた。

 ……まいったな。

 冒険者になるには金がいる。

 金を稼ぐには仕事がいる。

 でも、仕事のあてはない。

 これでは、どうにもならないではないか。


「……どうすんだよ、俺」


 しかも、外はもう夕方だ。

 昼間ならともかく、今から仕事を探して雇ってもらえるものだろうか。

 宿代もない。

 今夜、どこで寝る?

 ……野宿?

 さっきまで草原をさまよっていた俺が、今度は知らない街で野宿?

 冗談じゃない。

 そもそも俺は、現代日本で生きてきた人間なのだ。

 屋根のある家と布団が当たり前だった。

 突然そんな生活を失って、平気でいられるわけがない。


「……困った」


 そのとき。

 奥の扉が開き、エプロン姿の男が出てきた。


「おい! 誰か手ぇ空いてねえか!」


 がっしりした体格の男だった。

 四十代くらいだろうか。腕まくりをし、額に汗を浮かべている。


「皿が溜まってしょうがねえ! こっちは人手が足りねえんだよ!」


 受付の女性が苦笑した。


「今日はもう、皆さん手いっぱいですよ」


「くそっ。夕飯時だってのに……」


 男は頭をかいた。

 ……皿?

 皿洗い?

 俺は思わず男を見た。


「あ、あの!」


「ん?」


「皿洗い……人、探してるんですか?」


「……ああ。なんだ、お前」


「あの、俺でよければ……!」


 男は俺をじろじろと見た。


「皿洗いの経験は?」


「あります!」


 嘘ではない。

 前世では一人暮らしだった。

 毎日とは言わないが、皿くらい洗える。


「料理は?」


「……簡単なものなら」


「給仕は?」


「やったことはないですけど、覚えます!」


「ふうん……」


 男は腕を組んだ。


「仕事はきついぞ。夕飯時は戦場みてえなもんだ」


「大丈夫です!」


「……本当か?」


「はい!」


 今の俺に選り好みをしている余裕はない。

 男は少し考えてから、奥の扉を親指で示した。


「……じゃあ、試しにやってみるか」


「……えっ!」


「まずは皿洗いだ。使い物になるようなら、給仕も手伝ってもらう」


「は、はい!」


「賄いは出す。給金は働きぶりを見て決める。それでいいな?」


「……賄い!」


 思わず声が裏返った。


「なんだ。飯が目当てか?」


「い、いえ! もちろん仕事も頑張ります!」


「ははは! 正直な奴だな!」


 男は大きく笑った。


「よし、ついてこい!」


「はい!」


 俺は慌てて後を追った。

 扉の向こうには、賑やかな酒場が広がっていた。

 冒険者たちが酒を飲み、笑い、料理を頬張っている。

 厨房からは湯気が立ち上り、食器の触れ合う音が響いていた。


「おい、新入りだ! まず洗い場に入れてやれ!」


 男が声を張り上げる。

 厨房の奥から、忙しそうな返事が聞こえた。


「名前は?」


「あっ、レオンです!」


「レオンか。俺はここの店主のオルバンだ。よろしくな!」


「よろしくお願いします!」


 男は山積みの皿を指さした。


「じゃあ早速、こいつを頼む!」


「…………」


 見事なほどの皿の山だった。

 しかも、まだまだ増えている。


「……うわぁ」


「どうした?」


「い、いえ! 頑張ります!」


 俺は袖をまくり、洗い場へ向かった。

 

「……皿洗いかぁ」


 異世界へ来て初めの仕事が。

 思わず、苦笑いがこぼれた。

 けれど、不思議と嫌な気分ではなかった。

 今夜は食べ物にありつける。

 働ける場所も見つかった。

 少なくとも、朝の草原にいたときよりは、ずっとましだ。


「よし……!」


 俺は目の前の皿を手に取った。

 こうして、俺の異世界生活が始まったのだった。


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