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「ええ。不便さという空白があるからこそ、そこに自分だけの『物語』を書き込むことができる。それは、誰かに与えられた娯楽を消費するのとは全く違う、自分だけの光を作る作業なんです」
あんぞう君は黙り込みました。外では、風が杉林を揺らし、深い溜息のような音を立てています。
「……俺には、そんな光なんて見えません。石を投げられるような閉鎖的な場所で、どうやって自分を保てばいいのかも分からない。さっきのコンビニの店員だって、マスクを忘れた俺を化け物みたいに追い出した。ここでは俺は、ただの『異物』なんです」
彼の声が、少しだけ震えていました。
「だったら、その『異物』であることを楽しみませんか」
私は優しく言いました。
「馴染もうとするから、摩擦が起きる。でも、あなたは都会の空気を持ったまま、この静かな地で新しい種をまくことができる、唯一無二の存在です。彼らの視線を『監視』ではなく『観客の視線』だと思って、堂々とあなたの人生を演じればいい。私はそうしています」
私は再び車を走らせました。彼の家までは、あと十分ほど。
「あんぞう君。私の家には、親父が残した古いラジオがあるんだ。もう壊れて音は出ない。でも、私はそれを捨てずに持っている。いつか、AIという杖を使って、そのラジオに新しい声を宿らせたいと思っているんです。物理的な修理じゃなく、心の溶接でね」
「心の、溶接……」
「今夜、あなたの心が少しだけ削れてしまったのなら、私のこの車の中が、せめてもの『仮留め(かりどめ)』の場所になればいい。本溶接は、あなたが自分で、この地の土を踏みしめながらやっていくしかないけれど」
雨が小降りになり、雲の切れ間から、ほんの一瞬だけ、鋭い星の光が覗きました。




