領主
港から続く大通りをしばらく歩くと、王都のギルドよりも少し小さいルーベン冒険者ギルドの建物が見えてきた。
入口の前には依頼を探す冒険者たちが集まっている。
「ここがルーベンの冒険者ギルドか。」
「王都よりも冒険者の数が少ないわね」
確かに、掲示板の前にいる冒険者の数が少ない。
なんなら、魚の入った籠を抱えたまま依頼書を眺めている男までいる。
「……王都のギルドとは全然違うな。」
「ルーベンでは普通なのかもしれないわね。」
「そういうものか……。」
俺たちは受付へ向かう。
そして、セレナがリリアーナから預かった封筒を取り出した。
受付の女性が封筒を確認する。
その瞬間、表情が少し変わった。
「フォルティス家……。」
封筒を開き、中の手紙に目を通す。
「少々お待ちください。」
受付嬢が、奥へと走っていく。
◇◇◇
しばらくすると、受付の女性が戻ってきた。
「お二人とも、こちらへお願いします。」
案内されたのは、ギルドの奥にある応接室。
そこには、一人の男性が座っていた。
年齢は五十代くらい。
髪と髭は短く整えられていて、仕立ての良い服を着こなしている人物だ。
俺たちを見ると、男性は立ち上がった。
「初めまして。」
「ルーベン領主、アルベルト・ルーベンです。」
男性が柔らかく微笑む。
声はとても落ち着いていて、どこか親しみやすい印象があった。
「お会いできて光栄です。」
セレナが頭を下げる。
アルベルト領主は席を勧めた。
「紹介状、拝見しました。」
「リリアーナ様を助けていただいたそうですね。」
そう言いながら、机の上に置かれた封筒に優しく触れる。
「…ルーベンは交易都市ですが、王都との交易の多くは、フォルティス家に支えられているんです。」
「届く物も、運ばれる物も、最終的にはあの家の商会を通ることが多い。」
セレナが小さく頷いた。
「王都でも有名な商家だものね。」
「ええ。」
「領主と商人という立場ではありますが、長年協力関係にあります。」
「ですから、フォルティス家からの紹介状となれば、私としても無下にはできません。」
アルベルト領主は穏やかに笑った。
「それに、娘同然に可愛がっているリリアーナ様の恩人ともなれば、なおさらです。」
「娘同然?」
「はい。」
「リリアーナ様の父君とは若い頃からの付き合いでしてね。」
「商隊が危うくなった時など、何度も助け合ってきたんですよ。」
そんな彼の口調からは、単なる社交辞令ではない親しみが感じられた。
「だからこそ驚きました。」
「文章越しでも、お二人への信頼と熱意が伝わってきたのですから」
「特に、ケンイチ様の戦いについては。」
俺は少し気まずくなって頭を掻いた。
隣を見ると、セレナがニヤニヤしていた。
「へぇ」
「……何だよ。」
「別に?」
「ずいぶんと気に入られてるなーって」
◇◇◇
しばらく雑談をしたあと、アルベルト領主の表情が少しだけ真剣になる。
「では、本題に入りましょう。」
机の上に一枚の地図が広げられる。
「リリアーナ様から聞いていると思いますが、北方街道で魔物による襲撃が増えています。」
「ただ、少し奇妙なんです。」
「奇妙?」
「はい。」
「襲撃が起きる場所に、規則性があるんです。」
「魔物の生息域が変わっているだけなのなら、襲撃は無作為に行われるはずです。」
「なので、考えられるのは––––」
俺は口を挟む。
「魔物が、統率されている。」
「その通りです。」
アルベルト領主は頷いた。
「そして、もう一つ。」
指が地図のさらに北へ移動する。
「ここ最近、魔物の生息域そのものが南へ広がっています。」
「……南へ?」
「ええ。」
「本来なら北の山々にいるはずの魔物が、徐々に街道へ近づいている。」
セレナが地図を見つめる。
「リリアーナを襲ったワイルドウルフの話とも一致するわね。」
「私もそう考えています。」
アルベルト領主は静かに答えた。
「だからこそ、原因を知りたいんです。」
「魔物がなぜ動き始めたのか。」
「何かに追われているのか。」
「あるいは……誰かに動かされているのか。」
部屋が静かになる。
俺は北の山々を見つめる。
あの向こうに、何かあるのかもしれない。
そんな予感がした。
◇◇◇
「もちろん、危険な依頼だということは理解しています。」
アルベルト領主は穏やかな口調で続ける。
「なにかあれば、すぐに撤退してください。」
「ルーベンとして、できる限りの支援は約束します。」
「どうか、無事に帰ってきてください。」
俺とセレナは顔を見合わせる。
「はい!」
「……よろしくお願いします。」
アルベルト領主は深く頭を下げた。
◇◇◇
翌日、俺たちは北方街道で張り込みをした。
食料を揃え、地図を見て今まで襲撃のあった場所を巡る。
だが――。
何も起こらなかった。
魔物の姿がないどころか、足跡すら見つからない。
街道を歩いても、森へ入っても、異常は見つからなかった。
「……本当に何もないわね。」
セレナが周囲を見渡す。
「そうだな。」
俺もスマホを確認する。
魔物の反応はない。
まるで、ここだけ世界から切り離されたようだった。
◇◇◇
それから三日間。
俺たちはひたすら北方街道を調査した。
しかし、最後まで魔物が現れることはなかった。




