特別依頼
翌日、俺たちはフォルティス家の門の前にいた。
門の奥には、白い石造りの屋敷が見える。
「でかいな……。」
思わず声が漏れる。
すると、門番がこちらを見る。
「ケンイチ様とセレナ様ですね。」
「お待ちしておりました。」
「はっはい!」
俺は思わず声が上擦ってしまう。
…やってしまった。
俺はセレナを見る。
彼女は口元を押さえて笑いを堪えていた。
「ケンイチ、ふふっ……緊張しすぎ」
「笑うな!」
◇◇◇
屋敷に入る。
周りには豪華な装飾と、赤い絨毯。
壁には風景画が飾られている。
完全に、異世界ファンタジーの貴族屋敷だ。
そして、案内された奥の応接室では、リリアーナが待っていた。
「ようこそお越しくださいました。」
「お邪魔します。」
セレナは自然に頭を下げる。
俺も慌てて頭を下げた。
◇◇◇
しばらくすると、お茶と焼き菓子が運ばれてきた。
高そうなアンティーク調のお皿に彩られた焼き菓子を俺は恐る恐る食べる。
「うまっ。」
食べた瞬間、バターの香りが口いっぱいに広がった。
セレナが小さくため息をつく。
「いちいち顔に出るわね。」
「だって美味いんだもん。」
リリアーナがくすりと笑う。
「気に入っていただけて嬉しいです。」
◇◇◇
一通り世間話をしたあと、リリアーナの表情が変わった。
「昨日のお話しについてですが……。」
彼女は机の上に地図を広げた。
王都から北へ伸びる街道。
その途中に、小さな印がいくつも付いている。
「ここ一か月で、商人たちが被害にあった場所です」
「こんなに……?」
セレナが眉をひそめる。
「通常なら、ここまで被害が集中することはありません。」
「なので、最初は盗賊の仕業だと思われていました。」
リリアーナは続ける。
「ですが、生き残った商人たちは皆、“統率された魔物の群れ”を見たと言うのです。」
「なので本来ならギルドに大規模な依頼を出したいのですが……。」
「…ギルドは動いてないの?」
「いいえ、動いてはいるのです」
「ですが、被害がとびとびで、大規模依頼としては認められませんでした。」
リリアーナは苦しそうな表情をする。
「フォルティス家でも、何人か冒険者を雇って街道を調査してもらったんです。」
「結果は?」
「全員、“異常なし”という報告でした。」
俺とセレナは顔を見合わせる。
「でも、商隊は襲われ続けてるんだろ?」
「はい。」
「でも、調査が入った時だけ、なぜか魔物が姿を見せないんです。」
「まるで、人の動きを理解しているみたいに。」
セレナの表情が険しくなる。
「……それ、かなり嫌な話ね。」
「はい。」
「だからこそ、お二人を力をお借りしたいのです。」
リリアーナは真っ直ぐ俺たちを見る。
「昨日のお二人の戦いを見て分かりました。」
「お二人とも、高い実力をお持ちなことに。」
「特にケンイチ様の一撃は強いだけでなく、私の見た中で一番美しいと感じるものでした。」
リリアーナがキラキラした目で俺をみる。
隣を見ると、セレナがニヤニヤしていた。
「へぇ、随分期待されてるじゃない。」
「やめろ。」
しかし、リリアーナは真剣な様子だ。
多分、本当に俺をかなり強い冒険者だと思っているのだろう。
俺は誤解を解こうとしたが、セレナが先に口を開いた。
「依頼内容は分かったわ。」
「ただ、危険度次第では途中で撤退する可能性もある。」
「もちろんです。」
「お二人の安全を最優先してください。」
◇◇◇
リリアーナは机の引き出しから、一通の封筒を取り出した。
「これはルーベン領主への紹介状です。」
「フォルティス家の名前があれば、現地で協力を得やすくなると思います。」
さらに、小さな革袋を差し出してきた。
中から硬貨が触れ合う音がする。
「前金です。」
「金貨二枚をお受け取りください。」
「き、金貨二枚!?」
思わず声が裏返った。
ワイルドボア討伐が銀貨二枚。
金貨は銀貨百枚分の価値があるので……ワイルドボアの百倍だ。
セレナも驚きを隠せていない。
「いくらなんでも…多すぎじゃない?」
リリアーナは少し困ったように笑う。
「危険を伴う依頼ですから。」
「それに、命を救っていただいたお礼も含まれています。」
◇◇◇
話が一段落すると、窓の外はすっかり夕方になっていた。
帰り際、リリアーナは玄関まで見送りに来てくれた。
「ルーベンへの出発は急ぎません。」
「準備が整ってからで大丈夫です。」
「分かった。」
「準備ができたら連絡するよ。」
「はい。」
「どうかお気をつけて。」
門を出てしばらく歩いたあと、セレナが横目で俺を見る。
「北に行くの、初めてよね。」
「ああ。」
「王都近郊の依頼とは勝手が違うわ。」
「数日単位で街を離れることになるし、危険度も今までとは比べものにならない。」
俺は空を見上げる。
北には、まだ見ぬ街ルーベンがある。
そこでは、統率された魔物が現れている。
ゴブリンキングに魔物の生息域の変化。
そして、北方の異変。
全部が一本の線で繋がっているような気がした。
「……怖くないって言ったら嘘になる。」
俺は正直に答える。
するとセレナが小さく笑う。
「それでいいのよ。」
「それでも前へ進める方が、ずっとあなたらしいわ」
俺は深く息を吐く。
「よし。」
「まずは準備だな。」
「ええ。」
「食料も、予備の武器も、ちゃんと揃えましょう。」
こうして俺たちは、リリアーナの特別依頼に向けて動き出すことになった。
目的地は交易都市――ルーベン。
そこで待っているのが、ただの魔物騒ぎなのか、それとももっと大きな何かなのか。
この時の俺たちはまだ、知らなかった。




