不穏な影
ガルドの応急処置を終えたあと、俺たちは馬車の横で一息ついていた。
「本当に助かりました。」
リリアーナが改めて頭を下げる。
「最近、街道での魔物による被害が増えているんです。」
「ですが、ここまで王都に近い場所でワイルドウルフが現れるなんて……。」
セレナが眉をひそめる。
「普通はもっと東の森にいるはずよね。」
「はい。」
「父も同じことを言っていました。」
俺は横転しかけた馬車を見る。
荷台には木箱が積まれており、側面には、特徴的な青い紋章が刻まれている。
「フォルティス家の紋章よ。」
「北方交易で有名な家。」
俺が紋章を見つめていると、セレナがそう言った。
すると、リリアーナは少し驚いたように目を瞬かせた。
「ご存じなんですね。」
「名前くらいは。」
「王都の冒険者なら、商人の噂を聞くこともあるから。」
◇◇◇
馬車を立て直す作業を手伝いながら、俺は何気なく尋ねる。
「リリアーナの家ってどんなことをしてるんだ?」
リリアーナは答える。
「王都で使われている鉄の一部や、魔石、薬草、それに冬でも育つ特殊な作物は、ほとんど北から運ばれてきます。」
「フォルティス家は、その輸送を代々管理しているんです。」
…なるほど。
つまり、ただのお金持ちではなく、王都の物流を支える重要な家ということか。
「だから最近の魔物被害は、私たちにとってかなり深刻なんです。」
リリアーナの表情が曇る。
「最初は盗賊の仕業だと思われていました。」
「でも、生き残った商人たちの話を聞くと、どうも様子が違うんです。」
「どんなふうに?」
セレナが真剣な顔になる。
「上位種の魔物が下位の魔物を率いている、と」
その言葉に、俺の背筋がぞくりとした。
「……ゴブリンキング」
あいつも、他のゴブリン達を咆哮で動かして、こちらを包囲していた。
リリアーナが目を見開いた。
「そのような魔物をご存知なのですか?」
「いや、まあ……最近ちょっと遭遇してな。」
「ええ。そうね…」
リリアーナは信じられないものを見るような目で俺達を見る。
「北方でも、似たような報告があるんです。」
「通常なら現れないはずの上位種が、群れを率いていた、と。」
すると、ガルドも苦しそうに体を起こしながら言った。
「俺も……聞きました。」
「オークの群れが、まるで軍隊みたいに動いていたと。」
◇◇◇
王都へ戻る道中、空は次第に夕焼けに染まっていった。
リリアーナの馬車は速度を落とし、俺たちは並んで歩いている。
「最近、北から来る商隊の数も減っているんです。」
リリアーナは遠くを見つめながら続けた。
「食料や魔石の価格も少しずつ上がっています。」
「王都の人たちはまだ気づいていませんが、このまま被害が増えれば、いずれ大きな混乱になるかもしれません。」
セレナが腕を組む。
「ギルドは動いてないの?」
「小規模な討伐依頼は出ています。」
「ですが、原因そのものはまだ分かっていないんです。」
原因。
俺は無意識にスマホのことを思い出していた。
『魔王を倒す』
あの目標。
今までは、そこまで考えてなかった。
でも思い返してみれば、『エルフと友達になる』だとか『馬車に乗ったお嬢様を助ける』のような、実際に遭遇するのも難しい目標も、現実にでてきた。
もしかして、ドラゴンに乗って、魔王を倒して、世界を救う。
そんな妄想じみた願望が––––。
「……魔王って、この世界にいるのか?」
俺はセレナに聞く。
「……実際には聞いたことないわ」
「でも、伝説では北の果てには“魔王領”があるって言われてる。」
「他の魔物を率いる…ともね。」
リリアーナも静かに頷く。
「フォルティス家の文献には、北方の古い伝説が残っています。」
「そこには、魔物を統べる王という記述も確認されています。」
夕焼けの空を、冷たい風が吹き抜ける。
さっきまでの空気が、少しずつ重くなっていくのを感じた。
◇◇◇
やがて王都の門が見えてきた。
リリアーナは俺たちに向き直る。
「正式にお礼をしたいので、もしよろしければ、明日フォルティス家の屋敷へ来ていただけませんか?」
セレナが俺を見る。
「どうするの?」
俺は少しだけ考えた。
北方の異変。
統率された魔物。
そして、魔王領の伝説。
偶然にしては、気になる話が多すぎる。
「……行ってみよう。」
リリアーナはほっとしたように微笑んだ。
「ありがとうございます。」
「きっと、お二人にしか頼めない話もあると思うので––––」
その言葉を聞きながら、俺は北の空を見上げる。
夕焼けの向こう。
遥か遠くの山々の向こう側に、本当に“魔王”がいるのかもしれない。
そして、その影は、少しずつこちらへ近づいている――そんな気がしてならなかった。




