ご機嫌斜め
夕暮れの王都。
石畳の道を歩きながら、俺は診療所へ向かっていた。
「……この二日間色々あったな」
山に登って、温泉に入って、釣りをして、コボルトと戦って、新人冒険者まで助けた。
つい数日前まで、スライム一匹に怯えていた俺からすると、信じられないくらいの成長だろう。
でも、今一番気になっているのは別のことだった。
「セレナ、元気にしてるかな」
ゴブリンキング戦のあと、彼女は二日間ずっと寝込んでいた。
前に会話した時は元気そうだったけど、今はどうだろうか。
◇◇◇
診療所の扉を開ける。
すると、中から薬草の匂いが漂っていた。
受付の女性がこちらを見る。
「セレナさんのお見舞いですか?」
「あ、はい。」
「承知しました。」
「セレナさんも、喜ばれると思いますよ」
俺は軽く頭を下げ、静かに廊下を進む。
◇◇◇
コンコン。
「誰?」
聞き慣れた声が返ってきた。
「俺だ。」
「賢一だ。」
「……入りなさい。」
俺が扉を開けると、ベッドの上でセレナが本を読んでいた。
そして俺を見るなり、眉をひそめる。
「遅い。」
「開口一番それかよ。」
思わず苦笑する。
でも、そのいつもの調子を聞いた瞬間、胸の奥が少しだけ軽くなった。
「元気そうで良かった」
「まだ完全じゃないわ」
「でも、昨日よりはかなり楽」
そう言ってセレナは本を閉じ、俺の方を向く。
「それで?」
「あなたはこの二日間何してたの?」
「…色々だな」
俺は椅子に座りながら、この二日間の出来事を順番に話していく。
「山に登った?」
「ああ。」
「なんで?」
「なんとなく」
セレナは呆れたようにため息をつく。
「なんとなくで山に行く冒険者、初めて見たわ」
「景色はすごかったぞ」
「へぇ」
「あと温泉にも入った」
「……山登りの流れで?」
「ああ。すごく気持ち良かった」
「…楽しそうね、あんた。」
さらに俺は、釣りの話をする。
「そんな不思議な青年いる訳ないじゃない」
「どこの世界の話よ」
「いや、本当なんだって」
不思議な青年の話は…全く信じてもらえなかった。
でも、こうしてセレナと普通に話している時間が、なんだか妙に心地よく感じた。
◇◇◇
「それで最後はコボルト討伐をしたんだ。」
「一人で?」
「うん。」
セレナが少し真面目な顔になる。
「……大丈夫だったの?」
「まあ、なんとか。」
リクたち新人パーティーを助けたことも話すと、セレナは少し驚いたようだった。
「新人を助けたの?」
「ああ。俺ももうDランク冒険者だからな」
「こう、ズバッと」
「ふーん。」
セレナは俺をじっと見る。
「なんか、ちょっと腹立つ」
「やめろ、照れる。」
「褒めてない」
◇◇◇
しばらく話したあと、セレナが窓の外を見ながら言った。
「明後日には退院できるって。」
「回復が早いってお医者さんから驚かれたわ。」
「そうか…!」
またセレナと冒険できる。
本当に良かった…。
すると、セレナが小さく笑った。
「休んでる間に置いていかれた分も、早く取り返さないとね」
「誰かさんは私のお見舞いをすっぽかして、ずいぶんと色々やってるみたいだし」
セレナは俺をジト目で見てくる。
「…ごめん」
「…というか、もしかしてそれでずっとすねて………」
セレナが俺を睨む。
「…なんでもないです」
今のセレナの表情、すごく怖かった。
…俺は少し考えてから言う。
「でも、本当に俺はまだまだなんだ」
「だから、もっと強くなれるように頑張るよ」
「今度はちゃんと、セレナの隣で戦えるように」
一瞬、セレナが目を丸くした。
そして、いつもの少し強気な表情を浮かべる。
「なら、頑張りなさい。」
「期待してる。」
その言葉に、俺はしっかり頷いた。
◇◇◇
診療所を出ると、外はもうすっかり暗くなっていた。
でも、反対に俺の心は明るかった。
セレナが元気だったからだ。
しかも明後日には、また一緒に冒険できるときた。
俺は満足した気持ちで、宿への道を歩き始めた。
その後、俺が宿に戻って眠りにつくと、今までの疲れが一気に押し寄せて――
『一日何もしない』
という目標が達成されることになるのだが、その時の俺はまだ知る由もなかった。




