獣二人、夜を駆ける
「で、どうするんです。」
「?どう、とは?」
あまねには本気でわからなかった。
それを真人にはお見通しのようでじっとあまねを睨む。
「攻めるのか、攻めないのか。その話は全くのノータッチで退室しやがって。だから俺が慌てて追いかけてだな…」
「え?あ、あー。」
「やっぱり、途中から話聞いてなかったんだろ。薬の効果が気になって会議どころじゃなかったんだろ?」
あまねはまた右の方を見て視線を逸らした。
上手く誤魔化したと思ったがバレていたようだ。
流石に定例会議で、それも帝人君子という国の帝王に次ぐ権力者四人を実験体にするべきではなかったか。
あまねを見て真人は大体を察する。
いや、そもそも実験体にするなよと真人はツッコミそうになったがあまねが毒物を入れるとは思っておらず、真人の常識でいえば盛られた薬に気づかないのが悪いのである。
真人には毒物であれば口に入れた瞬間に気づく自信があった。
「あー、うん、そうだね、編成を考えるまでは情報収集、編成が終わったら攻める。時間が無駄にならなくていいじゃない?情報収集の任にはテンペストを指名しよう。」
「那由と牙狼を、ですか。」
真人は眉間に皺を寄せた。
那由と牙狼とは獣人と人狼の兄弟コンビである。
あまねの直属の配下で、龍と真人と同じ役職持ちの階級に当たる。
弟の那由は知識に長けた種族、猫の獣人で大人しく、大きな耳はぺしょりと垂れているところをよく見かける。
兄の牙狼は劣勢型の人狼で完全な獣の姿にはならず、狼の獣人のような容姿をしており、那由と比べて活性的でよく那由を連れ出しては国中を走り回っているのを見掛ける。
しかし、その二人に与えられる任務といえば、頭脳戦や、潜入捜査が主となる。
その二人に情報収集となるとあまりピンと来なかった。
確かに龍は今気持ちの整理がつかず、蓮も護衛任務を課せられたばかりで動かせる階級持ちがテンペストと呼ばれる那由と牙狼しかいないのはわかる。
「六花の配下を使えば実質犠牲なしで情報収集が可能なのではないですか。」
「今こちらにある情報、今回の敵は魔殲第三部隊副隊長屍姫ってことしかない。相手の能力も、人定事項も、拠点の1つすら分からない状況だ。これ以上、相手に情報が渡れば戦況は厳しくなるばかり。情報によっては国に攻め入るかもしれない。万が一にもこちらから負債を出す訳には行かないんだよ。役職持ちの採用は必須。いいね、真人。」
「……あまね様、ちゃんと考えてるんですね。」
「そりゃあ、帝王ですから。国民を守るくらいのことはして見せるさ。」
あまねは、肩を竦めて歩き出した。
真人は報告のために踵を返す。
まず間違いなく龍は編成に組み込まれるだろう。
屍姫と一戦交えたというのは大きな戦果だ。
龍からの聴取によると屍姫は銃を扱うとあった。
能力は不明。龍の耳でも異常を発見することは叶わず、鬼人の龍相手に能力を使用せずに戦闘。
これは異常である。
「ふむ、そもそも無能力なのか?いや、魔殲の傾向が変わっていなければ隊長副隊長クラスとなれば能力は必須。屍姫…わかりやすい偽名だな。屍姫とやらは無能力で、能力者を制するほどの実力があるとでも?」
あまねは考えた。
あまねが今回戦場に出ることは無い。
敵の目的はあまねの死だからである。
あまね自身期待はしていないが、自分が死んだ時の後始末の面倒さは理解している。
この国の政治にあまねは関与していないも同然だが、あまねが口を聞かせて結んだ国交もある上に他の魔女からの侵攻がないとは言えない。
死を渇望するに反して素直に死ねないのも事実なのである。
1番豪華な扉を押し開き、あまねはソファに腰掛ける。
執務机の周辺に山のように積まれた書類、書類、書類。
それから目を逸らすようにあまねは扉の方を向いた。
「まぁ、焦る必要はないわよね。」
場所で言えばとある世界のとある森の奥。
那由と牙狼は草木を掻き分け、獣の特徴を持つ者特有の速度とフォルムで走っていた。
那由の背中を嫌な汗が伝う。
あまねから魔殲の調査を命ぜられたはいいものの、どこからどう情報を仕入れるのかまでは指定されておらず、あまねも2人に任せ切りであった。
そこで那由はその頭脳に収まった膨大な数の本の知識から過去の魔の付く者と魔殲の戦争について引っ張り出した。
以前の戦争は10年前、寄生の魔女ダイアナの討伐であった。
結果は魔殲が薬1500人の死者を出し、失敗。
ダイアナは無傷の状態で勝利し、そのまま姿を消した。
戦場となったのが砂漠だったこともあり、死体は全て砂となって消え、弔うこともできなかったそうだ。
やがて月光に照らされた開けた場所に出た。
背の高い草むらの中央に廃屋が建っている。
那由と牙狼は頭だけ草むらから出し、ぴるぴると耳を動かして周囲に人がいないことを確認し、再び地を這うようにして草むらを進行した。
廃屋の壁に当たると那由はぺたぺたと壁を触り、大きな耳を壁に当てる。
「どう?」
「人の気配はない。壁も古くなって傷んでる。でも風の音がするからどこかあなたが空いているんだ。」
その瞬間牙狼の耳が鋭く立った。
那由と顔を見合せて一度頷くと草むらに消えていく。
那由は引き続き壁を触りながら廃屋の周囲を一周した。
隙間はない。
窓もない。
「なら、上かな。」
音もなく壁を駆け上がり、素早く屋根の上で伏せる。
風が吹く度に瓦がガタガタと揺れていた。
中央あたりで瓦を剥がすと腐った骨組みが現れ、骨組みと骨組み間であれば子供くらいなら通れそうな隙間を作れそうだ。
慎重に瓦を剥がし、頭を入れて耳を動かしながら探る。
瞳孔が広がる感覚がして中が見やすくなった。
6畳程の部屋だった。
酷くあれており、畳は禿げ、布団も綿が散らかっている。
人がいないことを確認すると那由はそのまま中へと降り立った。
四方を見渡すも一面壁で窓ひとつない。
「……扉もない。」
棚も荒れている。
中から重要なものは持ち出しているのだろう。
めぼしいものは殆ど残っていなかった。
「なーゆー」
那由の背後でゴロンと音がして、振り返ると苦痛に歪んだ男の首が転がっていた。
牙狼が口に何か加えて一緒に降りてくる。
黒色のスーツを着た男である。
首が付いているので転がっている首の持ち主ではないようだ。
「生きてるの?」
「ん。」
牙狼はしっぽを振った。
この廃屋の見張り役だろうか。
散々な目にあったのか手足が全てもぎ取られなんとも哀れな姿となっていた。
それでは意識を保っているのも難しいだろう。
「いいね。ちょっと待ってね。多分どこかに出入口があるんだ。」
牙狼は畳の上に男を転がすともう忘れてしまったかのように那由へと近寄った。
「確かに出入口なかったねー。」
「一面壁で窓もない。ここはそもそも人が暮らすようの建物じゃないんだ。寝泊まりするだけの個室ってところかな。」
こんこんと那由は壁を叩いた。
高い音が廃屋に響く。
そのまま部屋を1周壁を叩きながら歩く。
「うん、隠し扉の類いは無さそう。」
「えー?」
「となると畳かな。」
ギッチリと詰まった畳を剥がすのは骨が折れそうだ。
ため息をつくと察した牙狼が嬉々として前に出る。
軽く足を上げて勢いよく畳に叩きつけた。
だぁぁぁあんと地を揺らす音が響くと同時に畳も一瞬浮き上がり、僅かに畳が外れる。
それを牙狼は勢いよく剥がした。
「ほら!那由!あったよ!これでしょう!」
確かに畳の下から人一人通れる程度の扉が現れた。
錆び付いている様子はなく、最近誰かが出入りしたような痕跡がある。
「……まだ使われてるようだ。」
「!ならこの先に有益な情報がある!?」
「可能性は高いね。」
那由と牙狼はニッと笑うと扉の中へと飛び込んだ。
うねるようなトンネルを抜け、数百m前進するとアルミ製の扉が現れた。
雑につけられたその扉は立て付けも悪く、まともに閉まっていない。
扉に耳を当てて中に気配がないことを確認すると二人は中へと入り込む。
土の壁に囲われ、四方は書物を収めた本棚が支えている。
「……ふむ、地下書庫、かな。」
「光が入らないね。確かにここなら書物の劣化を防ぐことができる。……あれが地上への入口かな。」
牙狼が壁に備え付けられた梯子をのぼり、その先にある扉を開ける。
那由は眉を寄せた。扉の先は土で塞がらていた。
牙狼はその土を触る。
かぴかぴの土の感覚。
削り取るのは難しそうだ。
「……あとから埋めたって感じじゃないね。」
「人が出入りできる空間では無い?」
「誰でも出入りできるって訳じゃないんじゃない?他に出入口があるとか。」
「これは、壁いや、地面を素通りできる能力者がいるのかも。」
牙狼は険しい顔をする那由を見つめた。
牙狼には難しいことを考えることはできない。
那由は力技で解決することはできない。
牙狼は牙狼なりに適材適所を理解し、那由に任せることは任せるようにしていた。
「……ひとまず、書物から確認しよう。牙狼はそっちの棚をお願い。」
「はーい。」
サッとタイトルに目を通す。
「?」
牙狼は次の棚のタイトルにも目を通した。
「……那由、これって」
「うん。この四面、それぞれが4人の魔女の書物で埋まってる。」
寄生の魔女ダイアナ
人形の魔女ノムエット
死者の魔女モルガン
そして、
約束の魔女アマネ
1人につき一面の棚。書物。
様々な言語で描かれていた。
「……回収された痕跡はない。選別して持って帰るべき、かな。」
「でも、どれを持って帰る?」
「……寄生の魔女様のものを中心に。どこかに魔殲のメモのようなものもあるかもしれない。魔殲が書き記した書物は回収する。」
二人は弾かれたように作業に取り掛かった。
牙狼は流れるようにページを捲り、那由へと流す。
那由はそれが回収するもの、しないものと分別する。
丁度寄生の魔女の棚の作業が終わろうとしたとき、那由は異質な匂いに気がついた。
「…?牙狼、明かり、つけた?」
牙狼も那由も夜目が効く。
光がない場所でも書物を読むこと位は容易い。
その那由が気がついた。
地面に転がっている幾つもの松明が火を灯していることに。
「つけてない、けど」
「……寄生の魔女様の棚は確認したな、惜しいけどすぐにここから出よう。このままでは窒息する。」
扉を戻ろうとするが入ってきた扉が土で埋まっている。
「!」
「閉じ込められた。」
那由は下唇を噛んだ。
トドメとばかりに松明の火が勢いよく燃え上がり、黒い煙を黙々と出し始めた。




