魔女と傭兵、化かし合いの馬鹿試合
ご機嫌な足取りでツインテールを揺らしながら森を歩く軍服姿の少女が1人。
1箇所で立ち止まり、草を掻き分け、隠されるように備え付けられた扉を地面に発見すると少女の姿は地面へと溶けていった。
地下の空間へと姿を表すと少女は周囲を見渡す。
「さて、と。は?猫ちゃんと狼くんは?」
那由と牙狼を閉じ込めたはずの地下はもぬけの殻である。
少女は迷いなく廃屋へと通じる通路へ近づくとそっと手で触れた。
すると土が液状化し、付近の土へと溶け込んでいく。
中を覗き込んだあと、部屋の状況を確認する。
書物が何冊かと燃え尽きた松明が数本、床に散乱している。
「……」
露骨に不機嫌になると少女はポケットから通信機を取り出し、相手の応答を要請する。
『私だ。』
「シカバネサマ、もあでーす。」
『どうかしたか?』
「例の廃屋の罠なんですけどー、もぬけの殻からなんですけどー。捕獲は失敗ですねー。ついでに書物が幾つか持ち去られてますよぉ。餌に本物を置いとくのはやっぱ、愚策だったのではー?」
もあと自称した少女は左手を腰に当てて全身で不機嫌を表現する。
無能な上司を持つと苦労するのは部下だ。
もあは、以前から屍姫のことを気に入っていない。
自分の方が屍姫よりも戦いに向いていると自負しているからだ。
屍姫もそれを分かっているし、事実だと認めてすらいるのだから何も言わない。
『萌愛、改善点はわかるか?』
「……見た感じ、来たのは役職持ちでしょうねー、誰が来たかまではわかりませんけどー、魔女本人では無いですよー?魔女本人なら書物を持ってく意味なんてありませんからー。相手の実力を見誤ったこととぉ、近くに人を配置しなかったこと。これが要因ですねー。」
そもそもの計画が杜撰だったと萌愛は思う。
この計画に参加したのは萌愛と一部の人のみ。
萌愛の能力に頼り切った成功させるつもりがあるのかと疑う計画。
『いいんだ。それで。もし、捕獲出来ればそれはそれでいいが、そう簡単には行かないだろう。約束の魔女は案外お優しいらしい。他所の部署から最近来たばかりの萌愛には分かっているのかな?私達の目的を。』
後半になるほど屍姫の口調が厳しくなる。
当然萌愛は理解していた。屍姫達の目的。
「当然。約束の魔女の討伐ただ一つ、ですよね♡」
分かっているのなら良いというように通信は途切れた。
萌愛は通信機をポケットにしまう。
それから部屋をまた見渡した。
割と本気でここから逃げることはできないと考えていた。
杜撰な計画だったのは十分だと思ったからだ。
廃屋からの通路は勘弁に封鎖され、地上への出入り口も埋まっている。
萌愛の能力でなければこの空間に入ることは敵わない。
大人2人と、松明数本、1日弱で窒息する計算だった。だから早めに来て捕獲しようとしたのに。
もぬけの殻であり、逃走経路すら判然としない。
「慢心ですねぇ。」
萌愛はツインテールを指に巻いた。
書物を持ち去られたのはそれでいいと言っていた。
ここからの萌愛の仕事は持ち去られた書物の特定だ。
酷く気が思いが、相手の目的を知るためには必要なこと。相手が欲している情報が分かれば向こうの動向も探ることができる。
萌愛は溜息を着いた。
「こーゆーのはもあの仕事じゃないんですけどぉ。あーん!シュール様ぁぁぁぁあ!!」
場所は移って対魔殲滅特務課本部。
この本部の場所がバレることは無い。
表向きは別の建物になっているし、数々の能力者を使ってその存在を秘匿している。
屍姫は上層へ通じる通路をかかとを鳴らしながら歩いていた。
今しがた萌愛からの連絡を受け、作戦の続行を第二部隊隊長に報告しに行くところである。
屍姫は書物を持ち去られたことを失敗とは思っていない。
当然、約束の魔女アマネの配下を捕らえることが出来ればそれに超したことはないのだが、事実、そうはいかない。
屍姫は本来の目的を、一番の目的を自身に言い聞かせた。
第二部隊の執務室をノックもせずに開けると、中央のソファに細身の男が寝そべっているのが見えた。
帽子を顔に被せ、ソファに遠慮なく寝そべって寝息を立てているのが第二部隊隊長、骸、屍姫の上司である。
「隊長、おはようございます。」
「ん、ん?あぁ、姫さんか。おはよう。」
眠そうに起き上がると顔に置いていた帽子を頭に被せた。
薄い紫の寝癖の着いた頭、赤い瞳をした男。
屍姫にはだらしなく映って仕方がなかった。
「隊長、寝癖が着いてます。あと、その呼び方はやめてください。」
「いいんだよ、そのために帽子を被ってんだから。」
ぐっ、と伸びをする骸に屍姫は眉を寄せた。
屍姫を姫さんと呼ぶのは隊長である骸のみである。
セクハラで訴えてやろうかと思うこともあるが、屍姫のことを評価して副隊長の地位に置いたのは骸本人であり、骸が顔を効かせてくれているから屍姫は安定度の権力を行使できている。
呼び方について何も返事がないのはいつもの事で、もう屍姫も期待していない。一応、形式的に言ってみているだけだった。
骸はもう冷めているであろう机に置かれていたコーヒーを1口飲むと屍姫をようやく見た。
「お待たせ。で、なんの用かな?」
「廃屋での約束の魔女捕獲作戦の報告に参りました。結果としては、そのまま続行していいかと思います。書物がいくつか持ち去られたようですが、いずれはっきりとするでしょう。」
「そうか。君が言うのならそうなんだろう。この一件は任せるよ。……でも、餌は必要だよねぇ。僕らの目的はたった一つ。」
「分かっています。約束の魔女アマネに配下では対応しきれないと思わせることができるはずです。」
「君は厳しいねぇ。」
「そんなことはありません。私たちの目的はただ一つ。約束の魔女アマネの討伐のみです。奴の配下には微塵も興味ありません。」
骸は笑った。
その思いは骸も同じだ。
あまねの死だけを望み、あまねに死の鉄槌下すのは自分だと覚悟を持っている。
第二部隊所属の者は皆同じだ。
「まぁまぁ、僕らはまだ幸運な方なのさ。約束の魔女は居場所の特定だけは容易だ。チャンスはいくらでもある。30年前は居場所の特定すら難しかったんだよ?居場所がわかっているからゆっくりと計画を練れるのさ。」
あまねは30年前からとある帝国に定住している。
時折出かけては殺戮行為を繰り返しているものの、他の魔女と比べれば居場所を把握できるのはかなり有益だった。
他の魔女3人は出現したと情報がなければその場所を知ることはできないし、被害現場に行かなければいずれの魔女の仕業であるのかわからない。
それでも現場に行きさえすれば、どの魔女の仕業なのかその特徴がはっきりと出る。
人形の魔女のノムエットが出現すれば手足、首が引きちぎられ、人間では無い何かに姿が変えられた死体が湧く。
死者の魔女モルガンが出現すれば死体どころか人がいた痕跡すら残らない。
寄生の魔女ダイアナが出現すれば全てが砂の山となり、元の姿を想像することもかなわない。
約束の魔女アマネが出現すれば更地になるか、頭が破裂したような死体が転がる。
骸は拳を固く握った。
屍姫はそれを見逃さない。
骸も約束の魔女アマネを殺したい思いは同じ。
でなければこの組織にいないということは皆承知していた。
屍姫は一息ついてから骸に声を掛けた。
「隊長、今晩、例の餌と接触します。彼の使用許可をお願いします。」
「…もうかい?」
「はい。書物を盗まれ、相手は情報を手に入れました。その情報に嘘偽りはありません。本物なのですから当然です。情報戦で相手は有利に立ったと勘違いするでしょう。ならば、餌が手に入れば出てくるかもしれません。人の配置をできる限り早く考えてください。軍事はお得意でしょう?」
骸は苦笑した。
この部下は自分が見初めた瞬間から態度がどうも大きい。
屍姫にとっては討伐が全てであり、組織の礼儀など心底どうでもいいのだ。
「わかったよ。でも無茶はするなよ。彼の使用許可は出す。でも、アレはダメだ。今回は何があっても使わない。」
「!ですが、アレを使えば成功率は跳ね上がります。使えるものは使うべきです。」
「そうだね、でも全ての手札を出す訳には行かないんだよ。もし、失敗したら?次はゼロから始めなければならない。聞く限り、アレは今回は必要ないだろう。我々は、3000年の時間をかけてじわじわと魔女の討伐に尽力してきた。私達の代でそれを途絶えさせる訳にはいかない。死ぬ時は次になにか残さなければならない。別にとどめを刺すのは僕らじゃなくてもいいんだ。未来、奴を、滅ぼすのが我々であったなら僕らも報われると言うものだ。それに、アレは気安く使うものではない。被害が大きくなりすぎるんだ。わかるね。」
「……私は、私の手で奴を葬り去りたいです。」
屍姫は納得していないようだった。
骸だってできるならばそうしたい。
年の功だろうか、骸は次に繋がる戦いをといつも考えている。
若いなぁ
骸は屍姫を娘のように思っているが、彼女の家族は魔女に奪われた。
それに囚われている。
骸はヒラヒラと手を振ると帽子を顔に被せ、またソファに横になった。
話は終わりだと察した屍姫は部屋を後にし、今晩の準備に取り掛かる。
時を戻して、那由と牙狼の脱出劇。
極めて単純なものだった。
まず牙狼が塞がれた廃屋の通路へ触れる。
するとサラサラと土が落ち、元の通路が徐々に現れたのだ。
「まさか、私たちが来るとは思ってなかったんだね。」
「そだねー!俺ならこれくらいなんでもないし!」
ニカッと笑う牙狼の笑顔が眩しい。
那由は目を細めた。
脱出経路も確保できたことだし、ゆっくりと物色することができた。
牙狼の能力は質量と密度を操る。
本来は密接に関係するその2つだが牙狼はそれを無視することができる。
質量をそのままに密度が変わると物質は肥大化もしくは縮小化する。
それも可能だがそれを無視して体積をそのままにする事も牙狼は可能だ。何もゼロから一を産むわけではないのだから、能力の常識の範疇である。
今回は、無視する必要はなく、土と言うよりは砂の質量をそのままに密度を大きくした。
すると体積は小さくなり、元の通路が姿を現した訳である。
まさに種も仕掛けもない、なんの不思議もない脱出劇であった。
余裕を持って脱出をしてしまえば予定通りあまねの元へ帰るだけであった。
加えて言えば、2人が盗んだのは数冊ではない。
あの部屋の書物ほぼ全てである。
牙狼の瞳は何一つ見逃さず、那由の脳は決して忘れない。
故にあまねは、二人にとある意味を持つ場所に刻印を刻んだ。
これにより、牙狼が見たものを那由が完全に記憶する。2人の脳は共有されていると考えれば分かりやすい。
全ての書物に目を通しさえすれば全て盗んだも同じである。
しかし那由は適当な書物を数冊のみ持ち帰った。
相手に慌てて帰ったのだと、盗まれた情報はそれらのみだと錯覚させるために。
書物を持って那由はあまねに報告へ行った。
牙狼は捕らえた捕虜を地下牢へ運んだ。
あまねは那由の頭を存分に撫で回し、そして褒めた。
「ふふふ、流石私の『最高傑作』ね。相手の能力が一部割れたも同然だわ。書物の情報はどう?有益かしら?」
「いえ、本物のようですが、本当に重要なものは運び出した後でしょう。私たちが欲しいものはありませんでした。」
「そう。…大方、那由達を捕まえたかったのだろうけど、囮に本物の書物を使うとは、私たちへの警戒心は相当のようね。持って帰ってきた書類は……うん。これなら、私たちが調査していることは分かる。それに、相手は私たちが欲しがっている情報は相手の情報収集能力とでも思ってくれるんじゃないかしら。」
那由が持ち帰った書物は魔女に関する記述4冊だった。
それも手書きのもの。
魔女に関する記述をあまねが欲する理由はない。
しかし答え合わせできるのは当人魔女のみだ。
良いチョイスだとあまねは思う。
楽しそうに笑うあまねの膝の上に乗って那由は一緒になって書物を見た。
内容は暗唱できるがあまねがどう目を通すのか興味があったのだ。
しかしあまねは期待に反して書物を閉じてしまう。
「む」
「那由の頭にあるならこの書物はいらない。私達のことを調べあげられるのは気分が悪いよね。ストーカー被害ってこんな感じなのかしら?」
1冊1冊、ページを適当なページ数事に破り、暖炉へ放り込む。
ぱちぱちと音を立てて一瞬で灰となった書物。
那由にとっては少し残念だが、頭の中で何度でも読み直せばいいことなので慌てることはない。
那由の耳を弄りながらあまねは、つまらなさそうに言った。
「そういえば、私の携帯端末、知らない?」




