遥かな集いの場
あまねは高めのヒールを鳴らしながら廊下を歩く。
真人もその後ろに続き、声を掛けるような無謀なことはしない。
やがて城で1番大きな扉の前にたどり着き、そのノブを握る。
開けようと力を込めたところで真人が声を掛けた。
「あまね様、こっちの扉です。」
そう言って背後の扉を指差す。
「……知ってたもん。」
イマイチ締まらない人だと真人は思う。
何事も無かったかのように扉を開き、中に見渡す。
白いベールに白い着物の女
金髪にゴスロリエルフの女
身長2mを越える上裸の男
胃のあたりを必死に擦る顔色の悪い男
あまねは満足そうに頷くと1番奥の一つだけ空いた席に座る。
わざと見えるように足を組み、腹の前で手を組んだ。
「さぁ、定例会議を始めましょうか。」
真人が資料を配る。
今回の議題は事前告知の通り、遥の処遇である。
資料の中には遥の調査資料、シオンによる尋問資料が主となる。
全員が素早く目を通し、あまねを見る。
「報告書を見てると、あまり問題は大きくはないようだね。とくに都合の悪いことを知られた訳でもないし、今のところ素直に応じている。処分までは不要だと思う。」
あまねの言葉に頷くものはいなかった。
あまねに絶対の信用を置いていたとしても、その言葉を鵜呑みにするような愚か者はいない。
「あまね様、俺は処分するべきだと、と思う。不安材料は処分するべきだ。俺らの事も知っている。少しでも事情を知ってしまったならば、相応の判断をするべきだ。」
末々はテーブルを勢いよく叩き、あまねに吠えた。
蒼水はそれを宥めるように末々の方へ向き直った。
「1番大きな問題は魔殲の動きでありんす。今のままでは記憶を消したところで狙われるのは必然でありんしょ?」
指先で机を叩きながら白いベールの女、蒼水は言った。
末々は落ち着かないのか震える手で紅茶を啜る。
その言葉に他3人の帝人君子は頷く。
「そうだね。遥くんに被害が出ればその世界の警察が動き、直前で関わりを持った龍、真人も露見する。」
「普通に学校に通わせるのは厳しいってこったな。」
「かと言って、ずっと軟禁する訳には行きませんわ。」
「やつらは手段を選ばない。」
魔女ほどではないが魔殲もその存在を秘匿している。
しかし、魔の付く者が暴れれば死者数は果てのないものとなるため、それよりはマシだと多少の犠牲は厭わないのである。
小さな犠牲で大きな犠牲を防ぐ、それが対魔殲滅特務課の信条であった。
遥が死んだところで魔殲にとっては痛くも痒くも無いもの。
ただ、龍と真人が困るだけである。
「……龍を学校に通わせることには元から反対だった。真人が言うから許可したけれど。」
あまねはため息を付いた。
龍が学校へ行きたいと言い出したときはあまねも流石に首を縦には振らなかった。
シオンに引き取られて2年。
失声症も回復の兆しを見せ、たどたどしいが話せるようになったところだった。
不特定多数の人間がいる学校へいくなどという行為はシオンもあまねも不安にさせた。
シオンとしては龍にとっての初めてのわがままでだったのでなんとか叶えてやりたいと思ってはいたが、一般教養も乏しい龍にはかなりハードルが高いように思えた。
あまねもほぼ同意見であった。
コミュニケーション能力が乏しい龍を学校に通わせたところでメリットがないと判断した。
学業に関してはあまねに限らずシオンが教えられるし、龍は人間では無い。
鬼人は人間よりも運動能力が高いし力も強い上に人間文化とは異なる部分も出てくるだろう。
見かねた真人が自分も一緒に学校へ行くということを条件提示し、友達が出来れば龍のコミュニケーション能力向上にも繋がるかもしれないと言った。
真人までもが龍の味方をしたことであまねとシオンは渋々頷いたのだ。
「報告書を見る限り、あまりコミュニケーション能力向上の兆しは無さそうね。龍は演技をしているようだし、学校を辞めるのが最前かしら。」
会話が苦手な龍は自分ではない何かの仮面を被ることで通常の会話を可能にしている。
シオンからの尋問結果報告書にはその様子が綴られていた。
末尾には龍を学校から遠ざけるべきだというあまねへの小言も綴られている。
「あまね陛下、今は軟禁状態ですが、いつまでもこの状態というわけにはいかないのではありませんか?早くしなければあの少年を探すため、警察が動きはじめるのでは?」
机にその豊満な胸を乗せたまま金髪ゴスロリエルフことメイリンが話しながら紅茶を飲んで艶やかな唇を舐めた。
警察があまね達の妨害などできるはずもないが、何よりも警察は国家勢力なのが扱いずらいところだ。
「それぞれの世界で警察にも特色はあるが、いずれも国家勢力に変わりはない。」
末々は胃のあたりを擦った。
あまねはふぅ、と息をつく。
「少し面倒だけど……龍と真人の通学歴を無かったことにすることが最善かしらね。」
少し大きめの溜息。
仕事が面倒な故にあまねはあまり乗り気では無い。
「あまねさんよぉ、それは時期早々ってやつじゃねぇか?ロンとシェンイェンの話はどうなる?」
ロンとは龍のこと、シェンイェンとは真人のことである。
岩苑は、紅茶を一気に飲み干し、かちゃんと音を立ててカップを置いた。
岩苑の出身上、呼び方が異なる場合があった。
真人は混乱しているが龍はあまり気にしていないようで名前以外の音を聞いて自分が呼ばれていると判断しているらしい。
「龍からの聴取も済んでいるわ。遥くんのことは嫌っているわけじゃないみたい。ただ、友達ってことに混乱してるのよ。人間の社会は私たちには刺激が強い。特に。子供達には。」
しんと静まり返ってしまった。
龍に辛い思いをして欲しい訳では無いが、遥の存在は必ずしも龍にとって良いものとは限らない。
龍が明確に拒否してくれればそれでいいのだが、まだまだ龍は自分の意思を表に出すことも苦手な上に自分の気持ちの理解が乏しい。
「いい考えになればと思ってはいたのだけど……考えが甘かったわね。」
「あまね陛下、こちらから魔殲を宣戦布告するのはいかがでしょうか?あまり燻った状況が続いてしまえばこの国にもけしかけてくるやもしれません。」
「……そうだね。国民の命を人質にして立て篭っている状況に見えてるはず。魔殲が私を滅ぼせるのなら、国一つ安いものと考えてしまえば、その犠牲で私を確実に滅することができると考えてしまったなら、そうなるでしょうね。例えば、魔女の遺物がある、とか。」
一同は息を飲んだ。
魔女の遺物。
真人もその名前は知っている。
先代魔女アポカリプスが遺した産物。
(それがあれば、あまね様を殺すことが、できるのか?)
現在、遺物の内1つはあまねの手中にあるという。
以前の授業であまねが言っていたことだ。
『魔女の遺物っていうのは、先代魔女アポカリプスに仕えた3人の所有物のこと。その内1個体はこの国にあるけどあとの2個体は現在消息不明。魔女の所有物ってことは神の運命から外れてる。アポカリプスが死んでからの記録は追えていない。』
そう習った。
魔女を殺すことができるとは言わなかった。
「まぁ、龍の腕を欲しがるほどだ。まだ情報を集めている段階なのでしょう。攻めるか…様子を伺うか。」
「ここは攻めでしょうよ!あまねさん!面倒なことはさっさと片付けるべきだ!」
「わっちは反対でありんす。敵勢力の規模も分からない以上こちらの編成も決め兼ねるでありんしょう。」
「お、俺は反対だ。これ以上仕事が増えるのはごめんだし、もう少しあまね様にも俺たちにも余裕がある時に、万全の状態を整えてから…」
「私は。あまね陛下に全てを捧げております故、陛下の御判断に従いますぅ。御命令さえあれば、私は単騎でも乗り込んで全てを灰に還してご覧にいれましょうぞ。」
四人は口々にあまねに意見を述べる。
あまねは苦笑いしながらその様子を眺めた。
内心、あまねも決めかねていた。
正直、あまねにとってどうでいい事であった。
たまには、少しくらいらしいことをしてみるかと意気込んでいただけだったがあまねが思っているよりも遥かに四人は事態を深刻に捉えているらしい。
真人が後ろから刺すような視線を向けてくる。
真人には筒抜けのようだ。
「………龍には暫し、気持ちの整理が着くまでは、いえ、事が収まるまでは休学をさせます。遥にあっては通常通り通学をさせることとします。帰る場所は今現在の場所とし、護衛に蓮を付けることとします。彼ならば人目につかずに任務を遂行できるでしょう。真人、それでよろしいですね。」
あまねが丁寧に話す時は帝王の身分で話をしているということだ。
真人であっても、それに逆らうことはできない。
四人は席を立って頭を垂れて敬礼をした。
あまねもそれを確認すると席を立って出口へ向かって立ち止まり、振り返った。
「あ、そう言えば何か変わったことはない?その、体調とか!」
四人は顔を見合せて不思議そうな顔をすると揃って首を振った。
「ならいいの!真人、遥くんの説明はお願いね。」
にこやかな顔を作って部屋を出ると背中で扉を閉めた。
あまねはすっと真顔に戻り、一息ついて目線を右にずらす。
「実験薬をお茶にまぜてたとか、言ったらいくらなんでも処刑かな?ふふ、どうせ死なないんだけど。」
軽い足取りであまねは自室基実験室へと向かった。
聡明な蒼水はお茶を飲まなかったがほかの3人は飲んでいた。
飲んだところで死ぬものでは無いが今回の目的としては能力活性化を図るものであった。
「失敗かぁ。能力活性化薬があれば、その逆もまた然り。そうすれば死に1歩近づくかと思ったけど…岩苑に効かないとなると先は長いなぁ。アプローチを変えてみる方がいいのかな?」
「やはり悪巧みですか。あまね様。」
驚いて振り返ると真人がゴミを見る目で見ている。
とても主人を見る目ではない。
「あ、あ〜」
「……蒼水様はお気づきになっていました。あまね様が仕事をするなんてどれだけ警戒しても足りません。」
「仮にも一国の王に対して信頼が無さすぎやしないかい?」




