友達の覚悟
「龍、おはよう」
「龍、移動教室行こうぜ」
「龍、昼は弁当か?購買行くか?購買に美味いサンドイッチがあってさ!」
「龍、さっきの授業ついていけてるか?俺はついていけない。だから頼む!教えてくれ!」
「……ちょっと来て。」
頭を下げて両手を合わせる遥の肩を叩き、教室を出ていく。
当の本人はうきうきと教材を手に龍の後を着いていく。
旧校舎の空き教室に遥を先に入れ、ドアを閉めると少し耳を澄まして龍は口を開いた。
「どういうつもり!?」
「?龍に勉強を教えて欲しい。」
きょとんと言う遥に龍の苛立ちは募る。
キッと睨みつけて遥の胸ぐらを掴み、ぐっと引き寄せた。
「お前は僕が怖くないのか!?態々関わってくるなんて正気じゃない!」
「え、えぇ?だって好きにしろって言ったじゃん。」
「そうだけど、そうなんだけど!そうじゃないだろ!?得体の知れないものだぞ僕は!明らかに一般人じゃないだろう!?」
「え、あー、そうだな、うん。龍は人とは違うよな。うん。」
「〜〜〜〜〜〜!!」
明らかにまともに取り合っていない。
横に目を流す遥に龍の苛立ちはピークに達した。
ドンッと突き飛ばし、尻もちを着く遥かに馬乗りになって頭突きをする。
「いっっっってぇ〜〜〜〜〜!!」
うるさいとでも言うように龍は遥の口を手で塞いだ。
ヒンヤリとした感触が伝わり、義手であることを悟る。
耳元に口を寄せ、声量を下げて囁いた。
「いいか、僕は鬼人だ。角だって生えるし、牙も向く。元々は人を食べる種族で僕が食べずにいるのは僕自身が特殊な個体だからに過ぎない。今、ここでお前を食べてもいいんだぞ。記憶の操作くらいどうとでもなるってことはわかってるだろ?」
「?龍はそんな事しないだろ?」
これには龍が拍子抜けした。
確かに食べるつもりは微塵もなかったが、それは食に困ってないからで、龍には子供を食べる趣味はない。
龍が特殊個体だとしても食人種である以上食べはする。
少し怖がらせて近づかなくなればいいと思った。
好きにしろと言ったのも記憶を無くさなくてももう関わってこないだろうと思ったからだ。
龍達のことを誰かに話した所で誰も信じない。
さっきの遥のように厨二病扱いされておしまいだ。
「ていうか、やっと自分の話をしてくれたな。やっぱり龍は人間じゃなかったんだ!え、俺鬼人と友達!?凄くね?」
うきうきと目を輝かせながら言うものだから逆に龍が怖くなってきた。
馬乗りになっているのも嫌になって勢いよく後方にジャンプする。
「え、えええ」
「龍のことがもっと知りたいんだよ!なんでも知りたい!まずは、誕生日、好きな食べ物、身長、趣味を教えてくれ。あ、待って、鬼って血液型は人間と同じなのか?」
「ど、どうでもいいでしょう!そんなこと!」
龍はいても立っても居られず教室の窓から飛び出した。
遥は慌てて後を追うが外に龍の姿はない。
逃げられたと理解して遥は窓辺に頬杖をつく。
龍のことが知りたいのは嘘では無い。
怖くないといえば嘘になる。
しかし何も知らないのに怖がるのは何か違うのではないか。
魔殲というものは怖い。
しかしそれと龍を怖がることは同じにしてはいけないのではないか。
龍は遥を襲ったりしない。
食べると脅したのも遥に関わって欲しくなかったが故だろう。
遥は空を見上げて龍を思い出す。
「友達ってのは否定しなかったな。」
結局、龍は帰ってこなかった。
早退したと聞かされたが真偽は不明だ。
関と下校中、関はからかうように遥をつつく。
「お前、最近龍といーかんじじゃん。何?狙ってんの?」
「は?ちげーよ。友達のことを知りたいと思うのは当然だろ。」
「は?お前いつ龍と友達になったんだよ。」
関は足を止めてを見開き、遥に手を伸ばす。
遥は構わず足を進める。
「関係ないだろ。俺は友達なんだ。龍が友達と思ってるかは置いといて、俺が友達だと思っ…て……関?」
妙に周りが静かだなと思って足を止め、後ろにいるはずの関を振り返る。
関はてをのびしたまま固まっていた。
よく見ると周囲を歩く人も不自然に固まっている。
あたりはセピア色に染まり、まるで遥以外の全てが凍りついたかのようだった。
「悪いけど、時間を停止させてもらったよ。」
そんな空間で遥以外に動く影があった。
銀髪に、特徴的な瞳。
先日屋敷であったあまねである。
あまねは人と人の間を縫うようにして関に近寄り、背後から手を回して頬を撫でる。
「やぁ。遥くん。」
「あなたは、あまねさん?」
あまねの顔がパッと明るくなるのがわかった。
関の後ろから顔を覗かせて笑顔を見せる。
「覚えててくれたんだ。嬉しいよー。」
あまねは関の脇を通り抜け、遥かに近づく。
「今日はね、警告に来たんだ。龍から聞いたよ。態々関わってるんだって?龍と友達になったとか。龍と仲良くしてくれてありがとう。でもね、もうあの子に関わらないで欲しいんだ。龍は友達という存在に困惑している。関わりを完全に断つ必要はないけど、態々関わる必要もない。確かにあの子には知見を広める必要があるけど、そのきっかけは君じゃなくてもいいよね。」
すぐ目の前まで来てあまねは言った。
遥が口を開くと遥に話させる気がないようにあまねは続ける。
「君のためでもあるんだよ。あまり不用意に我々と関わって欲しくない。好奇心という曖昧な気持ちであの子に関わって欲しくない。文字通り君は何も知らない。何も知らない子の友達だなんてお笑い草だ。……でも、あの子にいい影響になることも確かだと思う。勝手で申し訳ないけれど、あの子と関わるのなら覚悟を持って欲しい。君だけじゃないよ、私達も相応の覚悟というものがある。その覚悟が持てないなら、関わるのをやめて欲しい。」
どうぞというようにあまねが手のひらをくるりと返したのを見て遥は漸く口を開いた。
「友達になるのに覚悟が必要ですか。」
「必要ないよ。普通はね。でも私たちには必要だ。ただの人間として生きていないから。そうだね、うん。あの子と関わるなら、今の生活を捨てる覚悟をして欲しい。」
少し間を置いてあまねは遥の目を覗き込むよにして頬を掴んだ。
「君、いい家族がいるね。楽しそうだ。君もいい子だ。先日の母の日。カーネーションを贈っていたね。来週の妹の誕生日には欲しがっていたぬいぐるみを用意しているようだし。ご両親もいい人達だ。共働きで忙しそうだけど、休日は家族でよく出かけるようだね。この間のバーベキューは楽しかった?」
遥はゾッとした。
今あまねはお前のことはなんでも知っていると、脅している。
同時に、遥に今の生活を捨てる覚悟があるかと問いかけている。
遥は震える足を隠すように一歩踏み出した。
「普通だろ。」
「普通…普通か。うん。普通の家庭だね。やっぱり君はダメみたいだ」
あまねは急にぱっと笑った。
瞬間、首にチクリと痛みが走り、意識が遠のいた。
抵抗出来ないまま前に倒れ、掠れていく視界の中で白い影を見る。
真っ白な着物に、真っ白な髪、真っ白なのに、目だけが赤く目立っている。
「ま、ひと?」
「だから、だから関わって欲しくなかったんだ。なぁ、頼むよ。頼むから、龍にこれ以上普通を教えないでくれ…」
左手に持ったボールペンの芯をしまう。
芯を針に差し替えたものでインクに強力な睡眠薬を混ぜていた。
懐に入るし扱いやすいし、まずバレることは無い。
手の中でボールペンを転がして、着物の袖にしまった。
「好奇心は猫も殺す。このまま離れてくれるなら見逃してもよかったけど。」
「こいつはもう俺らに関わってると知られてる。どちらにせよ奴らが見逃すとは思えないだろ。」
あまねは肩を竦めた。
周囲が徐々に動き出す。
セピア色が溶け込むように揺らぎ始め、時間の停止が解除された。
「広範囲に権限を行使したんだな。」
「いや?流石に世界丸ごと停止はしないよ。きっと腕時計とかの時間はズレちゃってる。ここら一体だけさ。」
真人は眠っている遥を肩に担ぐと踵を返して歩き出した。
あまねもそのあとを歩く。
「ん」
「おはよう。」
「ん?」
霞む目を擦ろうとするも体が動かなかったことで意識が完全に覚醒する。
目元に小じわの見える白いスーツをきた男が目の前に座っていた。
膝の間に杖を着いて、静かに、優雅に、遥を見つめている。
周囲を見渡すと普通の家のようだ。リビングと思われるソファに、ダイニングテーブル。
遥が縛られているのはダイニングテーブルに並べられた椅子のひとつのようだ。
その向かいに座る男はニコニコして遥を見ていた。
「誰だ?」
「私はシオン。あなたに、付けられた尋問官です。混乱しているでしょうが、私が尋問官に付けられたのはあまね様からの最大限の恩寵だと思ってください。」
「尋問?」
通りで縛られて目も擦れないわけだ。
シオンと名乗った男は未だ笑顔を絶やさないまま、遥の様子を眺めている。
「はい。ある程度は聞いておりますよ。私が聞きたいのは貴方がどこまで知っているかではなく、貴方がどのような認識をしているか、ですから。私は心を読める能力を持っています。龍の友達を傷つけないよう配慮なさった結果です。と、いうのも少々上も貴方の処遇に揉めておりまして。あまね様の直轄、帝人君子。貴方をこのまま殺すべきだ、記憶を消すべきだ、ことが収まるまで保護するべきだ、今まで通り過ごせるように見張りを付けるべきだ、と意見が割れています。あまね様の一声で一先ず尋問という話になったのです。」
「え、ええ?帝人君子……?あまね様?尋問官?あの、何が何だか分からないのですが、ここはどこなのですか。」
「これは失礼しました。ここはあまね様、 基あまね帝王女皇陛下がお治めになる帝国、フロワリベール帝国です。」




