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出会い

チビで

人見知りで

頭は良くて

見かけによらず運動も出来る。

可愛らしい整った顔立ちとのギャップに心をやられた女子は少なくないだろう。

転入特有のイベント、皆に囲まれて質問責めに遭う。

これを困惑のあまりに声も出せずに机で震えている小動物。

これが黒峰龍の印象だった。

あまり喋るのは得意ではないようで話を黙って聞いて時折相槌を打ってはへらりと笑う。

聞き上手と評判の龍はいつも誰かと一緒にいるが特定の誰かとってことはない。

誰とでも、広く浅くの関係性を保っているように見えた。

「遥、またアイツのこと見てるの?」

「え、あぁ、まぁ。」

隣の席の関一将が弁当を片手に前に回りこみ、本来前の席の女子の椅子をくるりと反転させて席に着いた。

「あいつ、人気高いもんなぁ。まだ話したことなかったっけ?」

「んー、話したいっていうか、アイツのこと嫌いな奴いないじゃん。」

「それもそうか。」

関はランチョンマットを広げて弁当の蓋を開ける。

可愛らしい彩り豊かな弁当が顔を出した。

ちなみに俺は購買のパンである。

龍は男女ともに人気が高い。

顔立ちから女子の人気はもちろん、運動がかなりできることもあって部活の助っ人や試合が盛り上がるからといつも放課後のサッカーやらバスケやらに誘われているのを目撃する。

しかし龍は放課後の誘いに乗ることはせず、二つ隣のクラスの転入生、黒峰真人といつも一緒に下校している。

少々毒舌気味の真人とあまり喋ることもなく毒を吐かない龍。

2人だけの世界があるようで下校を一緒にする機会はなかなかない。

「龍くん龍くん、このクラスに気になる子っている?」

「ぅぇ?あ……ん………」

あからさまな質問だ。

クラスで男子人気の高い女子、鷹藤。

彼女と付き合えたら、と思ったことはあるが住む世界が違いすぎて希望を持つことすらない。

龍は困ってしまって時折言葉にならない声を出しながら唸っている。

「ん…僕は……みんなと仲良く…したい。」

ポソポソと消えてしまいそうな声でようやく返事をした。

鷹藤が求めた答えとは違ったが、龍の理想は崩れずに済んだのだろう。

鷹藤は満足したようだ。

「龍くんは優しいもんねぇ〜」

周りの女子を押し退けて龍が座る席に両肘をついて頬を乗せる。

これまた露骨なアピールだが龍はへらりと笑うだけだった。

人畜無害って感じ。

「遥もさ、仲良くなりたいなら声掛けてみれば?転入してきてもうすぐ2ヶ月だけど、それなりに貰ってるらしいよ」

関は胸の前でハートを作る。

時折龍の周りに手紙のようなものが落ちていることがあるのはそういうことだ。

靴箱から溢れたり、龍の鞄に忍ばせたものを別の誰かが捨ててしまったり。

呼び出し系に応じている姿を見たことはないし、返事を下駄箱に入れている様子も無い。

「意外と薄情だよなぁ。真人もそれなりに貰ってるらしいが全部面として断ってるらしいよ。」

「例の毒も添えてな。」

思わず苦笑いする。

直接会う所までは真人が優秀だが、断る時のセリフが問題である。

「転入してきて2ヶ月で脈アリだと思う?凄いねそのメンタル。え、泣くの?一度も話したことない俺に告白するメンタルあって泣くわけ?やめてよ、俺が悪者みたいじゃん。迷惑してるのは俺なの。」

見守っていた女子がそれは言い過ぎだと抗議したことがあった。

それに対して真人は動じることなく更に毒を浴びせたと言う。

「逆に聞くけど、見ず知らずの人からの好意ほど気持ち悪いものある?知らないうちに好かれて、振られたら泣かれてさ、いいことなしでしょこんなの。一方的に好意を寄せて、それが実ると信じてるってさ、それストーカーと変わらないよね。」

ストーカー。

この一言でその女子は決壊した。

それから学校には来ていない。

確かに言い過ぎなところもあっただろうが、真人は間違ったことを言っていないと先生達もあまり口を出せないでいる。

それでも真人への呼び出しが減らないのはもはやその毒目当てなところもあるからだろう。

誰が1番マシな毒か。弱毒はそのままその人への好意に置き換わる。

「誰が言い出したんだよ、それ。」

「遥知らねぇの?誰がっていうか、龍への態度と比べると一目瞭然だろ。」

パックのりんごジュースにストローを刺して一気に飲み干す。

それを見て自分もりんごジュースが飲みたくなり、自販機に行くことにした。

後ろからそんなに欲しかったのか?と煽てる関の声が聞こえるが無視して自販機に向かった。

いくつか校内に自販機はあるがりんごジュースはそのうち一箇所にしかない。

保健室のすぐ側にある自販機のみ。

小銭を出しながら自販機へ行くと、丁度龍も自販機からパックジュースを取るところだった。

いつの間に教室から出てきたのだろう。

気がついたら人に囲まれているから抜け出していたことに気が付かなかった。

「……?あ、りんごジュース?……ごめん、売り切れちゃった。」

「は?え、まじ?」

情けない話、これが龍との初会話である。

仕方がない。別のジュースにするかとディスプレイを眺めて吟味しているの龍がこちらの様子を伺うようにソワソワしている。

「……ん?何か?」

「あ…えっと……あげるね。」

そのまま押し付けるようにして龍はりんごジュースを置いて行った。

ちょこちょこと早足で廊下を歩いていく龍を追いかける。

「え、は?なんで?いいって。別にどうしてもりんごジュースじゃないとやな訳じゃないし。」

「あ…う……」

耐えられなくなったのは龍は勢いよく駆け出した。

慌てて全力で追いかけるが龍に追いつくことは出来ない。

あと小さな体のどこにそんな力があるのか。いや、小さくて、身体が軽いからか?

一先ず、手の中のりんごジュースを見つめ、ポケットにしまう。

ポケットの膨らみでりんごジュースが入っていることは関にバレてしまい、なんで飲まないのかしつこく聞かれることになった。


ポケットの中のりんごジュースを撫でながら帰宅する夕方。

結局ずっとポケットに入れたままだ。

一度諦めたりんごジュースを、龍がくれたりんごジュースを飲む気になれなくて、返す方がいいのではないかと思えてくる。

自分の態度で龍に遠慮させてしまったのではないかと申し訳なくなった。

いつも通り近道をしようと路地に入る。

人気のない虫が、ネズミが這い回る路地だ。

帰ったらすぐ風呂に入るのだからと言い聞かせながらカバンを抱えて歩く。

タッタッタ

明らかに自分のものとはリズムの違う足音。

後ろを振り向くも誰もいない。

立ち止まって周りを見渡すもあるのは壁、虫、ネズミ。

タッタッタ

さておかしい。

立ち止まっているのにどうして音がするのか。前にも後ろにも人の姿は見えない。

「わ」

なるほど。上か。

ずるりと音を立てて黒い影が落ちてくる。

え、これやばくね。直撃したら死ぬくね?なんで人が落ちてくるんだよ某アニメーション映画か?天空の城へご招待か?

変に冷静な頭は現実逃避しかしてくれない。

黒い影は直撃するかと思われたがすんでのところでひらりと身を切り返し、傍に着地する。

「……は?」

思わず声が出た。

そりゃあそうだろう。

目の前で空から落ちてきた黒い影は、今ポケットの中にあるりんごジュースを寄越し、みんなの注目の的になっている人気者。

黒峰龍だったのだから。

真っ黒な着物に羽織を羽織ってはいるが顔は龍のそれである。

「……?空から落ちてきた訳ないでしょう。屋根を歩いていたら落ちたんです。油断しました。まさかあんなところにワイヤーが張ってあるとは…さっさと終わらせて帰りたいものです。」

パッパっと着物の裾を払って龍はこちらに向き直った。

そして右手を差し出してくる。

尻もちをついてはいないが何故?と思いつつほとんど無意識に龍の右手を取った。

龍の右手に触れた瞬間龍はすごい力で引いて、俺をすっぽりと胸の中に収めてしまう。

それから勢いよく俺の頭を壁に叩きつけてそのまま俺を隠すように覆いかぶさった。

反対の手で俺の口を押さえて辺りを伺う。

「……」

それから何を言うことはなく、龍はパッと手を離して駆け出した。

学校とは比にならない速度で狭い路地を駆け抜けていく。

「は、ちょ、待てよ!」

咄嗟に龍の後を追うが、小柄な体躯を活かして路地を駆け抜ける龍を捕まえることは厳しい。

それでも何とか見失わずに追えたのは時折辺りを気に来るように立ち止まってキョロキョロとするからである。

くるくると某赤いおじさんのように壁を蹴り上げて乗り越え、屋根の上に消えた時はもう追えないと思った。

よもや賭けだと一気に路地を抜け、家とは反対方向だったが龍が走っていく方向を当てずっぽうに走った。

特に追いかける理由はなかったのだが、普段と違って流暢に話す龍に違和感という名の好奇心を抱いたのだった。

この時代に着物を着てあそこまで動ける子供。

忍者か、アサシンなのか。

厨二心を擽られるものだ。

もはや意地で龍を追っていたがやがて橋の上で目的の子供を発見できた。

橋の手すりに乗り上げ、今にも飛び降りようとしている。

いや待て、それは洒落にならない。

ただでさえ川の水量は多い。

飛び込んでしまえば無事では済まない。

抱え込んでいた鞄を投げ捨てて全力で走る。

今までで最速だったと本気で思う。

龍が飛び降りるのがスローモーションに見える中で、ギリギリ龍の右手を掴むことが出来た。

龍は宙ぶらりんの中で俺を見上げ、形のいい唇と大きな目を歪めた。

「はぁ!?」

「はぁ!?はこっちだっつーの!何考えてんだお前!」

「え、は!?いや、はな、離して!」

反対の手足をばたつかせながら抵抗をするが、小さな体躯に見合った力と空中で踏ん張りの利かない状態で抵抗は虚しく終わる。

「じっとしてろ!今引き上げるから!話はそれからだ!」

龍の手を両手で掴み直し、ぐっ、っと引っ張る。

龍はますます顔を歪めて、

「ちょ、やめて!腕が取れちゃう!」

「そんなわけあるかぁぁぁ!」

渾身の力で引き上げようと力を込めると、手の中からバキッと不穏な音がした。

その瞬間、ふっと軽くなり、俺は尻もちを着く。

手の中を見てゾッとした。

生身の腕がそこにあったからだ。

龍はくるりと身を翻し、殆ど水しぶきをあげることなく川へと着水し、姿を消した。

心臓が高鳴るなか、残された龍の腕を見つめる。

まさか、本当に取れるのか、腕って、取れるのか。

投げ出す程の瞬発力はなく、そのまま握りしめて固まってしまった。

「は?あれ、血、出てないじゃん。」

断面は綺麗だ。

血の一滴も出ていない。

ただ、何かショートしたようにバチバチと断面から電気が散っている。

そこを除けば、感触も、色も、関節も、普通の人間の腕にしか見えない。

「龍って、アンドロイドって……やつ?」


川下2km先、流れは緩やかになり、水かさも減った頃、黒髪に毛先を金髪に染めたスラリとした体躯のモデルのような少年、蓮はふわふわのタオルを広げていた。

突如として水中から黒い影が浮き上がり、ざばりと水から上がる。

全身びしょ濡れの龍である。

「はーい。おつかれー、全身びしょ濡れだねー。首尾はどう?」

龍は大きめの舌打ちを1つ打つ。

それから左手で前髪をかき揚げ、蓮が広げるタオルへと潜り込んだ。

わしゃわしゃと暖かいタオルで拭かれて、龍の紙はボサボサになる。

「着替えはそこに置いてあるよ。」

蓮の一声で龍は岩場の上に置かれている替えの着物を発見した。

手際よく帯を解き、着替えを済ませる。

「逃がしてしまいました。」

「え、がち?てか、龍、右腕は?」

不貞腐れたように頬を膨らませる龍。

「邪魔が入ったんです。片手で泳ぐには泳力が足りませんでした。お相手は既にずっと先に流されているでしょうね。蓮にぃが待機してからどのくらい時間が経っていますか?」

「んー、30分くらいかな。」

「……追いつけそうにありませんね。一先ず真人に替えの腕を持ってきて貰います。」

「いいの?あれ、最新のやつでしょ?あとのはなにかと使い勝手悪いんじゃないの。」

「……なんとかします。でも、そうですね。まずは腕を取り返さないと。奴らを追うのに苦労します。」

龍ははぁ、と大きめのため息を着いた。

なんとか片腕で2km泳ぎ切ったが想定よりも時間がかかってしまった。

那由の計画では30分前に既に完了しているはずだったのに、だ。

それもこれも邪魔してきたあの男が悪い。

クラスであの顔を見た覚えがあった。

今日自販機前であったあの男だ。

打算だった。

着いてきていることは知っていた。

だから屋根に登って撒いたのに。

なのに橋から飛び降りる時になってまた現れ、腕を持っていかれた。

川の流れの音のせいで近づいてきていることに気が付かなかった。

「痛恨のミスです。那由に謝罪をしなければなりません。」

「まぁまぁ、そんなに思い詰めなくていーじゃん。まずは腕を取り戻すところからだね。あれ、一般人が持ってたら流石にニュースもんでしょ。」

そして傍に止めていた大型バイクを吹かす。

ヘルメットを龍に投げて自分もフルフェイスヘルメットを被る。

真っ赤な車体によく映える真っ黒なフルフェイス。

龍も大人しく片手でヘルメットを被り、蓮の後ろに跨った。


「どーしよ。これ。」

龍の腕を机の上に乗せて眺めること1時間。

未だに答えは出ない。

ショートは収まって今は火花は散っていないが、触ることには抵抗があり、分解しようにも元に戻せないような気がして悩み続けて今に至る。

撫でれば撫でるほど、

近くで見れば見るほど、

本物の腕にしか見えない。

断面だけが明らかに異様だった。

確か父親の部屋に機械学の本が何冊かあったと思う。

それで解決できるかは不明だが一先ず試してみようと思った。

父親の部屋から手当たり次第に関係のありそうな本を持ち出して、なるべく図式つきのものを選ぶ。

「やっぱ、わかんねぇよな。これ、生身の人間の腕じゃないよな。細胞まで忠実に再現されているし、指とか肘も違和感なく曲がるけど、見た感じ取り外し可能みたいな感じするし。でも現代の技術でこれを実現することは可能なのか?」

ページをいくら捲っても答えは出ない。

これをこのままここに置いておいていいのか。

持ち主は分かっているのだから返すべきなのはそうなのだが、今迄と印象が違いすぎて本当に龍だったのかと疑問さえ出てくる。

龍の家に届けてみるか。

誰かしら龍の家を知っているやつもいるだろう。

そう、真人に告白してこっぴどく振られたストーカー達とか。

そんなヤツらが龍と真人を尾行して自宅を突き止めていないはずがない。

しかし、それを尋ねる方法がなかった。

友達も多くなければ、一軍と呼ばれる部類でもない。

大人しく明日まで待つしか無さそうだ。

タオルにくるんでカバンに入れようとしたが流石に入らなかったので、明日龍が登校してきたら預かっているから取りに来てと言う他ないのだろう。

龍と話す機会を得られて嬉しい自分がいることに驚きを隠せなかった。


「は?誰あんた。」

結論として、龍は来なかった。

体調不良らしい。

クラス中に龍の家を聞いて回ったが誰も知らなかった。

つけたことがあるやつはいたがいつも途中で見失ってしまうのだという。

完全にストーカー行為をしているクラスメイトがいると判明してゾッとしたがそれで彼女らの機嫌を損ねるわけにはいかない。

最後の頼みの綱だと、真人の元を訪れた次第だ。

その結果がその一言である。

「あ、いや、その、」

「何。はっきり言って。俺忙しい。今日は早く帰りたいんだよね。用があるならさっさと済ませてくれる?」

厳しい物言いだが、一応話は聞いてくれるらしい。真人が痺れを切らす前に話をしなくてはならない。

「え、と、……龍の落し物?を預かってるんだよね。龍に返したいんだけど、今日学校に来てなかったからさ。」

「落し物?………じゃあ龍に行っておく。今日中に取りに行かせるよ。住所は?」

「あ、」

「口で言われても困る。携帯出して。アプリ入ってるでしょ。QR出して。ん、はい。これ、俺のアカウントね。此処に住所送っておいて。6時位に向かわせるから。じゃ。」

そして真人は振り返ることなく去っていったわけだが、俺は立ち尽くしてしまった。

何故、俺は女子の敵になるような事になってしまった?

何故、俺は真人と連絡先を交換できた?

某吹き出しのアイコンを見て俺は様子を伺っていた女子達の視線に刺されながら何とか真人に住所を送信した。

すぐに既読が着いて可愛らしい猫のスタンプが送られてくる。

「返信、するタイプなんだ。」


あれから帰るのが大変だった。

何とか俺から真人のアカウントをゲットしようとする女子に代わる代わる囲まれて携帯を奪われそうになり、問い詰められ、とても女子が吐き出すような言葉では無い言葉を吐きかけられた。

それでも何とか死守して帰り、部屋を掃除して龍の訪れを待つ。

住所を送る他になにか送信してもいいのだろうか。

龍の連絡先を聞いてもいいのだろうか。

トーク画面を見ているうちに、インターホンがなった。

玄関を開けるとスラリとしたスーツのパンツにシャツ。上着には腕を通さず肩に掛け、胸部にベルトを装着したえんじ色の髪をしたサングラスの女が立っていた。

「え、誰。」

「君が、遥くんだね。」

女は答えることなく続ける。

遥は少々困惑し、ドアを半分閉めながら顔を半分だけ覗かせる体制を取った。

それを肯定と受け取った女はドアの隙間に足を挟む。

「君が持っているもの、私に渡して欲しいの。」

「俺、何も持ってないです。」

「嘘はダメよ。腕、持ってるでしょう?」

「あれは俺のじゃありません。友達のものです。この後返す予定なんです。」

「じゃあ私が代わりに返しておいてあげる。頼まれてきたのよ。黒峰龍からね。」

龍に頼まれてきた。

本当だろうか。

不審者の常套手段な気がする。

アプリを確認して真人から連絡が来ていないかを確認する。

流石に知らない人が取りに来るのなら一言断りを入れないだろうか。

それとも何か試されているのか。

信用するにしては背格好が怪しすぎる。会社員と言うよりはそういう組織の人間である。

真人からの連絡はなし。

「怪しい人を信じるような男じゃないんで。」

「失礼ね。私のどこが怪しいのよ。」

「最初に誰かって聞いて返答がないです。名乗れない理由があるんですか?それに、龍に頼まれてきたって後出し、怪しすぎる。」

女は黙った。

上から睨みつけるように遥を見つめる。

1分ほどだろうか、沈黙が続いた時、遥はもういいだろうと無理やりドアを閉めようとした。

足が引っかかって閉めることは出来なかったが、思いっきり踏みつけて足を引かせようとした。

それでも女は足を引くことはなく寧ろドアを無理やりこじ開けてくる。

通報。110番。龍の知り合いは本当だったのか?名前を知っていたのだから知り合いではあるのか?こんなに無理やりな訳は?

女は信じられない力で無理やりドアを開くと遥の頬を片手で掴んで自分の方を向かせた。

「ふん、ガキはガキらしくバカでいればいいのよ。どうせあれの正体も知らないくせに。」

さっきとはまるで違う敵意に満ちた目。

女は遥を持ち上げてそのまま地面に叩きつけた。

はずだった。

「一般人に手を出すなんて、これが魔殲のやり方ですか。」

ふわりと持ち上げられる感覚に目を見張る。

龍が女の背後から遥を奪い取ったのだ。

「龍?」

「知らない人が来たら出ては行けないと教わらなかったのですか?それとも女だからと油断しましたか?」

「いや、警戒はしてたし…その……ごめん。」

素直に謝ると龍は一息吐いてそっと遥を降ろした。

右腕には無いはずの腕が生えている。

遥を守るように前に立ち、女と対峙する。

「いいことを知れましたね。僕といるとろくな目に合わないといういい経験です。分かったらさっさと消えてください。次も守れるとは限りません。」

龍は数秒だけ携帯端末を取り出し、操作する。

その隙を女が見逃すはずがなかった。

素早く上着の中から小ぶりの銃を取り出すと龍に向かって乱射する。

能力を展開して広範囲の防御をすると弾丸ごと飲み込み、装甲を纏って手のひらを女に向けて弾を返す。

女は横に飛びつつ回避。

「銃!銃持ってんじゃん!」

「だからさっさと消えてって言っています。」

「あら、連れないじゃなぁい。」

女はペロリと舌を出すともう一丁銃を構える。

「あなた、昨晩僕が取り逃したヤツとは違いますね。誰ですか?」

「あら、自己紹介がまだだった?一方的に知っている関係の行為って自慰と同じよね。」

女は一度銃を下ろすと。上着をはためかせて礼儀正しくお辞儀した。

「私は、対魔殲滅特務課第三部隊副隊長。屍姫と言います。」

えんじ色の髪を揺らして頭を上げる。

龍はその様子をじっと見て返事をしなかった。

屍姫も返事が来ないことを分かっていたようにふっ、と笑って再び銃を向ける。

「なんで消えないんです。」

思わず龍は振り返って聞いてしまった。

龍の影に隠れるように蹲る遥がそこにいる。

銃口は遥に向いていて、龍が遥を置いて逃げないと分かっているからこその動きだった。

銃声に反応して龍は装甲で弾丸を掴み、投げ返す。

「こ、腰抜けちゃって……えへへ」

「笑い事ではありませんね。」

「ねー、どうして音より早い弾丸を手づかみ出来るわけ?」

より正確に狙いを定めてもう一度。

難なく龍はそれを掴んでしまう。

答えることなく再び同じようにし弾丸を返す。

精度はイマイチなようで女は避けることはせずそのまま立っていた。

「な、なぁ龍、俺は」

遥が消えた。

文字通り、その場からふっと消えてしまった。

龍はそれを確認して戦闘態勢に入る。


「え、は?」

「よぉ、坊主。お前だな?龍の腕をもぎ取ったっつーやつは。」

フルフェイスのヘルメットを被った声からするに男の小脇に抱えられ、遥はバイクで走っていた。

なんとか背後によじ登り、男の腰にしがみつく。

住宅街だがかなりのスピードで走っている割に静かだ。

「龍から連絡を貰ったんだよ、お前を拾っていけって。」

「龍から?」

さっき端末を操作していたのはそれだったのか。

龍は遥が腰を抜かしていることを見抜き、向かえをよこしたのだろう。

男は徐々にスピードを上げ、交差点や曲がり角でも減速することなく走っている。

まさに風のように走るバイクである。

「腰が抜けてたって這うこと位は出来るだろ?なんで逃げようとしなかったんだよ。」

バイクを運転しながら男が問い掛けてきた。

遥はちょっと困ったように眉を寄せて答える。

「俺が逃げたら龍が一人になっちまう。」

「え、まじ?龍の心配をして、あの場に残ってたわけ?足手まといになるってわかってたろ?」

思い出したように男は両手を離し、ヘルメットを脱いで遥かに被せる。

遥としては両手放し運転は恐怖でしか無かったが不思議とバランスを崩すことはない。

ヘルメットごしに見る男は毛先を金色に染めた長髪に、切れ長のタレ目、女のように整った顔をしていた。

「俺は蓮。まぁ、龍の兄貴だよ。血の繋がりはないけどね。」


移動中、蓮は色々な話をしてくれた。

彼らは家族という繋がりであること。

しかしそのほとんどは血の繋がりは無いこと。

母というには若い見た目の女がいること。

皆、彼女をあまね様と慕っていて、どうやら先程屍姫と名乗った女と敵対している組織を率いていること。

屍姫は対魔殲滅特務課の派遣員で、通称魔殲。

魔殲の目的は三大厄災と呼ばれる魔の付く者を殲滅すること。

どうやら蓮と龍を率いる女、あまね様は三厄災のうちの1つのようだと話の流れでわかった。

情報を手に入れるため、龍の腕が欲しいのだと。

確かに、龍の腕は現代技術では再現できないような代物だった。

あれは厄災が関係なくても誰でも欲しがるだろう。

「だからさ、龍が自分で腕を取り戻すまでちょっと匿わせて貰うよ。大丈夫。すぐ終わるよ。明日には今日の話は全部夢ってことになってるさ。」

「え、龍と話したことも俺は無かったことにされるってこと?」

「まぁ、お前も覚えててもしょうがないだろ。俺らと関わった記憶なんてないに越したことはないからな。」

「でもここに腕があるのに?」

「は?」

遥は服の中からもぞりと腕を取り出した。

とんだホラーである。

蓮は驚きのあまり運転をミスし、大きくバイクが揺らいだがすぐに立て直し、遥を凝視する。

「なんで持ってんの!?」

「だって!龍が取りに来たと思ったから!でも知らない女だったから咄嗟に……」

蓮は呆然とした。

龍はこのことを知っているのか?

龍は今も遥の部屋に腕があると思い込んで屍姫と戦っている。

屍姫もまた然りだ。

蓮は困った顔の遥を見つめて溜息をついた。

「ひとまず、屋敷へ行く。追ってはいないだろうが、念の為遠回りして行くから。」

考えることをやめてスピードを上げた。


遥は呆然とした。

屋敷があまりにもデカかったからである。

遥の身長の倍はあるであろう扉を潜り、石造りの玄関に入る。

左右対称の内装に、天井は筒抜けになっていて灯りが届かないほど高い。

「お、おおおお」

「え笑何その反応笑」

蓮は笑いながら手招きをして案内する。

角を曲って階段をのぼり、恐らく最上階、最深部の部屋に辿り着く。

「あーまねーさまー。お待ちかねの遥くんを連れてまいりましたー。」

緊張感のない間延びした声で蓮が呼びかける。

返事が来るのを待たず扉を雑に推し開けた。

また広い部屋だった。

家具の1つ1つに高価な質感を感じつつ、どれも真新しい。埃も被っておらず傷一つなかった。

扉の正面にはテーブルとソファ、その奥にはまた豪華な執務机が設置されている。

執務机備え付けの椅子に座って、執務机に足を放り出し、分厚い本を開いて顔を隠すように寝ている者がいた。

長い銀髪を椅子に流し、黒を基調としたロングワンピース。腹部で手を組んで一定のリズムで上下する胸からするに寝ていることが伺えた。

「あはは。寝てるじゃん。おーい、あまねさまー。」

あまね様の敬称を使っているもののとてもその対応ではなく、臆することなく近づいて本を取り上げる。

「んー」

未だ覚醒せずに寝ぼけている目を擦って欠伸を一つ。

「んんんん、あーよく寝た。ん?あれお客さん?」

「だーからー、言ってんじゃん?お待ちかねの遥くん。」

「んー?」

思い当たらないと言いたげにあまねは天井を見つめる。

「もー、龍が腕を取りに行くって言ってたろ?」

「?あぁ。」

「悪いな、あまね様寝ぼけてんの。俺らとは時間感覚が違うんだわ。」

少し腰を折って右手を顔の前で立てて申し訳なさを示しながら蓮は言った。

あまねは伸びをして遥に興味が無さそうに見える。

「それであまね様こいつ今腕持ってるらしいんだ。」

「そうなの?じゃあ出して。」

トントンと執務机を指先で叩く。

おずおずと遥は懐に詰め込んだ腕を取り出し、そっと置いた。

あまねは文字通りその手を取り、クルクルと回しながらあちこち確認をした。

「………うん、留め具が外れただけだね。多分。夜羽に言って直してもらおう。」

「じゃあすぐ元に戻るわけだ。」

「多分ねー。本体は無傷だし、断面の損傷も特にない。なんで外れたのかな。」

「あ、多分それは俺が……」

「え?」

遥は気まずそうに語り出した。

「あっはっはっはっは」

あまねは大口を開けて笑う。

綺麗な顔をして大口を開けて笑うんだなと少し意外に思った。

たまらないと言うように腹を抱えて笑うあまね。

蓮も苦笑している。

「聞いた?蓮ちゃん、龍の腕をもいだんだってさ!わざわざ!追いかけて!あっはっは!」

「そんなに面白いか?あまね様。確かに龍を捕まえたのはすごいけど。」

散々笑って満足したかあまねは目元を擦りながら腕を机に置いた。

一度深呼吸をして遥かに向き合う。

「はぁ、笑った笑った。うん、ごめんね、遥くん。龍の腕大事に持っててくれてありがとね。龍には私が返しておく。遥くんももう忘れてくれていいよ。もう君に奴らが襲いかかることもないだろう。蓮ちゃんの能力で全てを夢だってことにするから明日から今までの生活に戻れるよ。」

「え?」

遥は恐る恐ると言った様子で蓮に目をやる。

蓮はニコッと笑って背後に回り、遥の肩に手を置いた。

「だぁいじょうぶ。大丈夫だよ、遥。お前は、見間違えただけなんだから。」

「!」

思わず蓮の肩を突き飛ばす。

驚いた様子でふらつく蓮。

遥は頭を抱えた。

うん、大丈夫。何も忘れてない。大丈夫。

大丈夫、大丈夫。

あまねは苦笑して言った。

「どうしたの?」

「忘れたくない、です。龍と話すきっかけになった。龍を忘れたくない。」

「大丈夫よ。忘れないから。」

「ただ、勘違いするだけ。思い込むだけ。あれらは全て夢だったのだと。」

蓮が続けて言った。

何を言っているのか分からなかった。

能力?

勘違い、思い込む?

遥かに理解できたのはこのままでは龍との会話も出会いも全てなかったことにされるということだ。

たまったもんじゃない。

「嫌だ」

「…今、なんて言ったの?私、時間を掛けるのって嫌いなの。」

「嫌だ!龍を忘れるなんて!絶対に嫌だ!」

あまねは肩を竦めた。

流石に蓮も困ってしまったようで行き場の無くなった手を宙に漂わせ、オロオロしている。

「どうして?龍は友達でもなんでもないでしょう?龍に近づくと危ない目に遭う。死ぬかもしれない。関わりたくないって思うのが普通じゃない?」

コテンと、首を傾げた。

どうやら本気で言っているようだ。

遥の脳内が全力でアラートを鳴らす。

あまねの瞳から光が消えていくのがわかった。

細長い瞳孔。

左右で色の違う瞳。

大きく、ぐりっと回る目。

爬虫類を連想するあまねの瞳に遥は1歩たじろいだ。

「確かに友達じゃないけど、まだ!まだなだけだから!学校の龍と、さっきの龍全然違った。俺を逃がしてくれた。同い年で、俺より小さい、龍が!あいつをもっと知りたいと思うことは悪いことじゃないはずだ。」

「例え、それが自身のみを脅かそうとも?」

「俺の選択だ。後悔はしない。」

少し驚いたように、あまねは目を見開く。

蓮も興味深げに遥を眺めた。

目を逸らしたら負けな気がして、説得力が無くなる気がして、遥はあまねの瞳を睨み続けた。

突如、パッとあまねが顔を綻ばせ、右に体を傾け、遥のさらに向こう側を目をやる。

「ですってよ、龍。」

「…………………え?」

バッと振り向くとドアを開けて龍が立っていた。

馬鹿を見るような目をして龍は立っていた。

全部聞かれてたってこと?

うっわ、はっず。

「あ、え、あ、あーーー!これは!そのぉ!」

手をばたつかせて弁明しようとするも上手く言葉を紡ぐことが出来ない。

龍はため息をひとつ吐いた。

「好きにすれば。」

そう呟いて部屋を出ていく。

蓮が後ろからよかったねーと声を掛けるが遥の耳には届かなかった。

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