葬儀屋の二人④
「どう思う?」
「どう思うって?」
「町民達から聞いた話だ」
「んー………そうね」
この町は寂れてはいるが、それでも人気は十分なほどあった。通りを歩いていると古びた家や崩れた建物の跡がしばしば目に入り、キアとノトはその度に町民と出くわした。
軽く会釈し、少し会話を交わしてから、教会へ急ぐ。その繰り返しだった。途中、興味深い話を聞いたのは恰幅のいい中年からだった。こんな町を散歩するなんて物好きだねぇ、と気持ちのよい笑い声を上げていた。
「どこまで歩くつもりだい?」
「教会の方まで」
「教会………教会かぁ。あそこは陰気臭い場所だよ」
「神聖な場所なのでは?」
「いや、あそこは神聖などという言葉からは随分離れているようだよ。地下には死体が埋まっているしねぇ」
「詳しく聞けませんか?」
「いいよ。―――あそこはね、昔地震で崩落した建物をそのまま利用しているんだよ。地震ってのは数十年前の大地震さ。沢山の人が死んだよ。そしてそれを教会の下に埋めたのさ」
「それはどうして?」
「地震で墓地の地盤が崩れちゃってね、場所を移動したのさ」
「地下なんてものが、何故あるんですか?」
「昔は地下墓地として使われてたそうだよ。だから、そのまま利用しようとしたのさ。その手伝いをしてくれたのが、今教会にいる神父さんだよ。流れの神父さんらしくてね。無償で手伝ってくれたんだ」
そのような話を聞き、キアには疑問があった。中年からは、神父に対する忌避感のようなものが感じ取れたのだ。
「死体を取り扱うのはどの宗教でも同じなのではないですか?そんなに忌避する必要はないでしょう」
中年は言い淀んだ。ちらちらとこちらに視線を向け、周りを見回し、辺りに誰もいないことを確認していた。どうやら人目を憚ることらしい。
声を潜めて、中年は話した。
「………あの神父さんが来てから、夜な夜な、変な声を聞くんだよ」
「変な声?」
「泣き声のような、呻き声のような、そんな声を。………気が狂いそうだ」
「そう、だったんですか」
「まあ、気のせいとか、空耳かもしんねぇからなぁ。一概にどうとは言えないさ。神父さんも悪い人には到底見えねえからな」
そう言った彼の顔は、とてもではないが気のせいだと思っている男の顔ではなかった。実際に起こっていることなのだろうということはキアやノトにもひしひしと伝わってきた。
宿の女将も言っていた。教会の近くに住んでいる男が幽霊の声を聞いた、と。それはきっと、あの中年のことだろう。あの男の苦しんでいる顔は、到底放って置けないものだった。
「その神父さんは黒よね」
「間違いなくな」
「徹底的にやりましょう」
彼女が言葉と共に浮かべた表情からは感情の一切が見受けられなかった。だがそれに宿っているものをキアはある程度推察できた。
きっと件の神父への激しい憎悪がそこにはあるのだろう。彼女は死体を蔑ろにする行為、即ち屍人を生む行為をこれ以上ないほどに嫌っていた。それは世の理に反し、死んだ者の生きていたいという執念につけ入る行為だから。それは、生死の輪廻を外れる行為だから。それは、道を間違えた外道の法だから。
しかし、彼女は屍人のことを決して嫌っている訳ではないことをキアは知っている。ノトが嫌っているのはあくまで屍人を作る人間であり、屍人には罪がないと思っているだろう。屍人自身は自分の執念に従ったに過ぎないのだ。だから、彼女は屍人を輪廻に返し、屍人を利用する者を許さないのだ。
それはある種の傲慢だろう、そうキアは思った。屍人に同情するのも、勝手に輪廻に返そうとするのも、全て彼女の傲慢だ。
―――最も、傲慢なのは自分もだがな。
屍人を、自分のために殺し直すことが傲慢でないなんて、キアは言うつもりはなかった。屍人には屍人の思いがあるのかもしれない。そんなことを考慮するのなんて馬鹿馬鹿しいが、馬鹿馬鹿しいと思うことこそが傲慢である証拠だった。
思考がから回る。必要のないことを考えてしまうのは、彼の悪い癖の一つであった。
「ああ、そうだな。徹底的にやろう」
「そう。その調子よ」
ノトが妖しく笑う。魅惑的に、蠱惑的に、妖艶に笑った。キアも小さく喉を鳴らす。嗄れた笑い声が漏れる。それを聞いてノトは更に笑った。今度は子どものような笑顔だった。
「変な笑い声。喉潰れてるの?」
「知らなかったか? 神様は俺の笑い声が嫌いなんだと」
「そんないい声してないでしょう」
「わー、傷ついたわー。すごく傷ついた」
「はいはい」
普段通りの気の抜けた会話が二人の間に交わされる。深刻な空気なんてここにはない。キアもノトも特に気負った様子もなく、だからと言って緩んでいる様子もない。これから何が待ち受けるのかをまるで知っているかのように。
「………ノト」
「なに?」
「躊躇うなよ」
「誰に言っているの?」
生温い空気が町中に広がっている。ノトは何でもないようにキアへ振り向いた。キアはそれを見て、薄く息を吐いてノトの頭を軽く撫でた。
「自分にだよ」
「………そう」
口から出た言葉は戻ってこない。
キアは誤魔化すように歩調を早め、ノトも特に何も言わず隣を着いて行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ごめんください、と教会の戸を叩いた。町民に聞いた通り、壁の一部や屋根が崩れ落ちていて、覗こうと思えば中の様子が覗けるだろう。だがそれをするのは辞めにした。
神聖な教会にそんなことをするのは罰当たりだから―――などでは当然ない。崩れ落ちていて、誰からも見られる場所で何か怪しいことをしているとは思えないからだ。しているならその場は地下だろう。死体が大量に眠っている地下で。屍人に関する何かをするにも、地下が一番適切だろう。
しばらくすると中から老人の声が聞こえた。人を安心させる声だ。戸が開くと共に、中から生温い風が吹き、頬を掠めて通り過ぎた。現れたのは白い髭を傭えた禿頭の老人だった。着ている神父服はしわが寄っていて、長年使い古していたであろうことは明らかだった。
「何か用ですかな?」
「教会があると聞いたので、お祈りを」
「おお。そうでしたか。そういうことなら、どうぞ中へ」
促されて中に入る。木の床を通っていくと、目の前には綺麗なステンドグラスと、大きな十字架が立っている。荘厳だと、素直に感じることができた。ある種の神聖さがそこには宿っていた。地下に死体があることなんて少したりとも感じられなかった。
敬虔でないキアにも、隣人愛を説く神様の教えがすっと入り込んでくるような、そんな厳かさだった。
「綺麗ですね」
「そうですかな? そう言っていただけると嬉しいですね。毎日手入れを欠かさないようにしている甲斐がありますな」
「ここに住んでいらっしゃるのですか」
「ええ。そうですよ」
「綺麗好きですね」
「はは。そう言われたのは初めてですな」
どこか礼儀正しさのある笑みを神父は浮かべた。聖職者だからといって驕るような者をキアは何度も見てきた。だが、この神父からはそのような者達と共通するところはないようである。態度に親しみを滲ませていることもそう思わせる要因の一つでもあるのだろう。町で出会った中年の男の言う通り、とても悪い人には見えない。キアは素直にそう思った。
神父は、小さい教会ですがどうぞごゆっくりと、と言い、特にでしゃばることもない。佳い神父だ。つくづくそう思わせる態度だった。
キアは十字架の前に膝をつき、体の前で十字を切った。神様なんていないと思っているし、いたとしても自分の罪は決して赦されるものではない。―――いや。たとえ神が赦したとしても、キア自身が赦さないだろう。何にしろ神様の出る幕なんてなかった。
「神父様、お訊きしたいことがいくつかあるのですが」
「はい。何でしょう? 私に分かることならば」
「何故このような崩れた教会をそのまま使っているのですか?補修などはしないのですか?」
「ここには十字架があります。それに神を畏敬する気持ちさえあれば、どのような場所でも関係ありますまい」
「ならばまだ残っている家屋があるでしょう。信仰心さえあればよいと仰られるのならそちらでもよかったのでは?」
「何故そんなことお訊きになるのですか?」
神父は笑顔で話を逸らした。切りつけるのはここだろうと睨み、キアは真っ直ぐに言葉のナイフを刺し込んだ。
「アンタ、殺人鬼だな」
ぴくり、と神父が動きを止めた。はあ、と気の抜けた声を一旦漏らして、神父は首を傾げた。
「急に何のお話でしょう。殺人鬼? 私が? 何故そんな突拍子もないことを」
「この教会から屍人の気配がする」
神父の言葉を遮って、キアは断言した。屍人という単語を聞いたことはあるか?と聞くと、言葉だけはと答えた。
「生へ執着する者は、稀に蘇る。それが屍人だ。だが、屍人が生まれる条件はいくつかあってな」
その内の一つにこういうものがある。とキアは神父の目を正面から見据えた。
「―――人間に殺された人しか、屍人になれない」
この町は数十年前の地震で多くの町人を失ったのだと聞いた。だが、それならおかしい、とキアは続ける。この町では八件、屍人の出現があった。普通はそんなに多くの屍人が現れることはない。だがそれ以外にも一つ、不可解な点があった。
「屍人の数は非常に多かった。けれど、この町で大量の死者が出たのは数十年前の地震の時のみだ。地震で死んだ者は屍人にならない」
「そう、ですね。あなたの話を信じるならば」
どうやらまだ白を切るつもりらしい。キアは気にせず続けた。
「この教会の近くに住んでいる人が言っていたよ。夜な夜な、泣き声や呻き声が教会から聞こえると。―――アンタは地震が起きた時にここへ来た。そして今も教会に住んでいる」
「そうですね」
「アンタが殺人鬼なのは明白だ。そして、屍人を操る特殊な能力を持っていることも」
「ふざけるのも大概にしなさい」
神父は静かに言った。その表情に焦りや怒りなどは一点もなかった。
「屍人? 殺人鬼? そんな世迷い言を信じるのは勝手ですが、どうか私を巻き込まないで頂きたい。―――用件がそれだけならば出て行って下さい。今すぐに」
「そうか。なら―――」
すっと、キアが手を上げた。五本の指に少しずつ力を込めると、体から大切な何かが抜け落ちていく感覚を覚えた。
「『幽体の剃刀』」
瞬間。透明な刃が神父に襲い掛かった。刃は腕に食い込み、肉と骨を纏めて切断した。―――だが、それは屍人の腕だった。
「まさか、容赦なく襲い掛かってくるとは」
「白を切るからだろう」
「ふん。お前も同類だとは思わなかったがな。―――『屍人起こし』」
神父が言葉を放つ。すると、生温い風が湧き立った。発生源は―――地下だ。
床が軋む。
木の床が折り砕かれ、屍人の群れに足を掴まれた。
―――これは不味い。
「チッ。一斉に、『幽体の剃刀』!!」
バチバチバチ、と音を立てて体から気力が抜けていく。十本の刃が追加で生み出され、キアはそれを地面に叩きつけた。
床が砕かれ、キアは神父や屍人を自分ごと共に地下へ叩き落とした。




