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葬儀屋の二人  作者: 渋音符
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葬儀屋の二人③




 目を覚ますと、キアの目の前には、見知らぬ少女の寝顔があった。

 不健康なほど白い肌。キアの髪の色とは正反対の、長い黒髪がベッドに広がっている。


(誰だ)


 ぎょろり、と彼の目が動く。どこまでも暗い、奈落の底のような、そんな瞳が、目の前の少女を捉える。

 その少女のあどけない寝顔に、しかしキアは不気味なものを感じた。すぐさまベッドの脇に立て掛けていた小剣を引き抜こうと手を伸ばしかけ、そこでようやく、はっと我に帰った。

 その少女は、見覚えのないようで、だがずっと一緒にいたかのような、そんな少女だった。


「………ノト、か」


 安堵のあまり、言葉が漏れた。

 そういえば、昨日は結局同衾(どうきん)したのだった。

 そんなことを思いながら、手にした小剣を手離し、キアは「はぁ」と息を吐いた。

 瞳に宿っていた暗い色は幾らかマシになり、彼の元来の目の色だけが残った。

 厄介な性質だと、キアは心底思った。

 数時間―――いや、数分だけでも。

 その存在を数分だけでも見逃せば、頭から全ての記憶がぼやけてしまう。顔を見ても、声を聞いても、ノトのことを思い出すのに数瞬の間が空く。

 その間に、キアはノトを6回は殺せる自信があった。


(嫌な自信だ)


 だが、自分にはそれくらいしかない。

 自分は、誰よりも―――それこそ、いるかどうか分からない神様よりも、人を殺すのは得意なのだから。


「………ん、ぅぅ………………」


 ノトが身(じろ)ぎをする。長い黒髪が、ベッドの上で波打つ。それに軽く指を通してみると、するするとそれは(こぼ)れ落ちる。

 まるで、彼女自身が、キアの記憶からいなくなるように。


(………一体、どっちが悪いんだろうな?)


 ノトの存在が神秘的なほどの稀薄さを持っているのか。

 それともキアの頭脳が致命的な欠陥を持っているのか。

 どちらなのか、判別がつかない。


(もしかしたら両方なのかもしれない)


 そんな下らないことを考えていると、目の前の少女の睫毛がふるりと揺れ、やがてゆっくりと、ノトは目を覚ました。


「………………キア」

「ああ。おはよう。ノト」

「おはよう………」


 目を擦りながらノトが起き上がる。彼女は大きなあくびを一つして、ベッドから抜け出す。そのまま窓を大きく開くと、ふわりと冷たい風が吹き込んで来た。


「さむい」


 身震いをして、彼女はそう言った。


「当たり前だろ。今は早朝だぞ」

「………それもそうね」

「さっさと顔洗って来い。すぐに出るぞ」

「わかったわ」


 目を覚ますために洗面所へ向かうノトの背中を見送ってから、荷物の中から調理しなくても食べられる果物類をいくつか取り出しつつ、昨夜も開いた手帳を開く。

 屍人が現れた地点を結んで描かれた円の中心。丁度、この町の中心にある建物。

 教会だ。

 普通の、どこにでもありふれているカトリックの教会。


(………カトリックなら、死者の弔いもするだろう。ならば、その際に死者を屍人にすることだって、出来るはずだ)


 少なくとも、行ってみる価値はあるだろう。

 果物を一欠片口に放り込んで、手帳を閉じる。それと同じタイミングで、キアの後ろから声がかけられた。


「キア。私にも果物を頂戴」

「………ん、ああ。ほら」


 持っていた果物をノトに渡し、キアは窓辺に体を預けた。

 また、忘れていた。

 キアは(ひそ)かに唇を噛む。

 彼は毎度、ノトを忘れるまでに要する時間が少しずつ短くなっているような気がしているのだ。

 まるでノトの存在を世界が許していないかのような。

 まるでキアの記憶が彼女を赦していないかのような。


(………くそったれ)


 ノトが椅子に飛び乗り、美味しそうに果物を食べる姿を見て、キアは拳を握り締めた。

 どうにも融通の効かないものだ。

 別にノトのことなんて、正直なところ、どうでもいいとすらキアは思っていた。

 記憶から消えたって。なんだって。

 自分には関係ない。彼は、ノトがいなくても屍人を殺す。もう二度と生き返らないように、徹底的に。

 だが、それでは魂は残ってしまう。体を殺しても、魂は殺せない。

 ノトは、その魂に手が届く。だから、共にいる。


(ノトがいないと、俺は―――)


 そうだ。

 キアは、屍人を殺すためにノトといるだけだ。それはノトだって同じだろう。

 彼らは、互いに利用しあう関係なのだ。

 それでいい。

 それでいい、のか。


(………それでいいのか、って、なんだよ)


 それしか、ないだろう。

 キアとノトには、それしかないのだ。

 体を殺すキアと。

 魂を殺すノトと。

 どちらが欠けても、完全に屍人を殺すことは出来ない。

 だから、一緒にいるのだ。

 キアは、それを自身に言い聞かせるように、心の中でひたすら罵った。


 ―――甘ったれるな、キア・ノイゼン。お前はそれ以上求めていい人間じゃない。


 一通り罵り終えるのと、ノトが果物を食べ終わるのとはほとんど同じタイミングだった。

 ふと、目が合う。

 ノトは何か物言いたげな目でキアを見ていた。


「………………果物はもうやらないぞ」

「え………!?」

「え、じゃない。今日は早めに出る予定だったろう」

「果物くらい、すぐに食べれるわ」

「そういう問題じゃない」


 問題なのは主に残りの食料と懐だ。

 そんなどうでもいいことは口から出る寸前に飲み込む。ここでわざわざ言わなくてもいいことだ。決してノトがキアの三倍の量の飯を食べることを引き合いに出してはいけない。きっとそれを口にした時が彼の最後だ。


「食べたなら行くぞ」

「………はぁ。分かったわよ」


 事前に準備しておいた最低限の荷物を拾い上げ肩に掛けると、ノトは諦めたようにため息をつき、ぴょんと椅子から飛び降りた。

 部屋を出ると、少し肌寒い。上着を羽織っていても、だ。どうやら朝の気温を舐めていたらしい。


「おや、こんな朝早くにお出掛けかい?」


 階段を降りた所で、宿の女将に鉢合わせた。どうやら店内の掃除をしていたらしい。

 ふわり、と生温さが頬を撫でた。香水のいい匂いがする。

 散歩かい、と続けて聞かれたので、ええまあ、とキアは返した。


「ついでに教会にでも寄ろうかな、と」

「アンタ、信徒なのかい?」

「そこまで熱心でもないですが、一応」

「………そうかい。気を付けて行きなよ。あそこら辺、出るって話だから」


 ぴくり、とノトが反応した。それを横目で捉えてから、キアは会話を続ける。


「出るって、何がですか?」

「そりゃあ、アンタ、決まってるだろう? 幽霊だよ、幽霊!」

「それは、誰かが見たんですか?」

「いや、誰も見てないけれどさ。聴いたって奴はいるんだ」


 聴いた? と思わず問い返すと、そうさ、と女将は首肯した。


「教会の近くに住んでる親父さんがね、夜中、散歩で家を出たときに聴いたらしいのさ。幽霊の呻き声を」

「そうなんですか」

「そうよ。だから、アンタ達も気を付けな。何が起こるか、分かんないんだからね」


 女将の表情には心配の色が伺えた。純粋にこちらを心配しているのだろう。

 キアは少し笑い、感謝の意を述べ、宿を出た。

 ノトはその間、黙っていた。


「………ノト。さっきの人は」

「キア」


 何かを口走りかけたキアを、ノトはその名を呼んで遮った。


「教会に、行こう」

「………ああ」


 是非もない。

 恐らくだが、元凶は教会にあるだろう。






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