葬儀屋の二人②
※7月1日編集しました。
「ねえ、キア」
聞き覚えのあるような、ないような、不思議な声。傍にいるはずのキアでさえも、一瞬その存在を見失ってしまうほどの儚さ。それを感じて目を隣に向けると、窓辺の椅子には白装束に黒髪の少女―――ノトが座っていた。
「………ノト、か」
「ええ、そうよ」
「お前のソレ、どうにかならないのか」
「生まれつきよ。仕方ないでしょう?」
はあ、と息を吐いて、キアはベッドに顔を埋めた。気分が悪かった。何回経験してもノトの存在の希薄さには慣れやしない。長い間連れ添っているのに、未だに彼女を見失うことは、彼の数少ないコンプレックスの一つになりつつあった。
今だって、とキアは思う。たった数瞬、彼女から視線を外しただけで、自分の記憶から彼女の名前が抜け落ちた。一晩経てば、完全に忘れてしまう。
不思議な体質だ、と思わざるを得なかった。
「ねぇ」
「………ノト、どうした?」
顔を横に、ノトに向ける。
また忘れていた、とキアは歯噛みした。
「この町、少しおかしいと思わない? だって、これでもう八件目でしょう?」
「………ああ、そうだな」
「さっきも言ったけど、いくらなんでも多すぎる。屍人がこんなに現れるなんて、偶然とは思えない」
屍人とは現世への執念によって生み出されるものだ。そして大抵の人間は現世に執着している。だが、屍人になるほどの執念を持っている者など、そうそういない。
もちろん、偶然かもしれない。だが、今回のように大勢の屍人が―――しかも八件も立て続けに現れるなんて、おかしい。
「それに、だ。あんな大勢の屍人がいるってことは、それと同じ数の死体がこの町には埋まっているってことだろう。そんなの普通じゃない。この町に殺人鬼でもいない限りはな」
「………殺人鬼」
ノトがキアの言葉を噛み締めるかのように復唱する。
キアはベッドに座ったまま向きを変え、ノトを正面から見据える。
「………いると、思う? この町に」
「どっちでもいいだろう、そんなことは」
即答だった。
キアのその発言に、ノトは思わず目を瞬かせた。キアのその態度は、殺人鬼という存在を歯牙にも掛けていないようなものだった。
そんなものは心底どうでもいい、とキアは鼻を鳴らした。
「この町に何かがあるのは間違いないことだ。それが殺人鬼であれ、他の何かであれ、関係ない。どっちにしたって、片付けないといけないことには変わりない。だろう?」
「………それもそうね」
キアの言葉に首肯したノトは、少し微笑んだ。それから、よいしょっと言いながら椅子から降りて、キアが寝そべっていたベッドに腰掛けた。
それを見て彼は気まずそうに顔を歪めた。
「どうしたの?」
「………いや、悪いな。部屋取れなくて」
その言葉を聞いて、ノトが軽く部屋を見回す。部屋にはテーブルと椅子、小さいクローゼット、そしてベッドが一つと、二人部屋にしては小ざっぱりとしている。
いや、そもそも二人部屋でもない。
二人の持つ路銀は少なく、短期間だとしても二人部屋を借りるのは懐に響くのだ。
ノトはふぅ、と息を吐いて寝そべっているキアの上に倒れ込んだ。ぐぇ、という呻き声がどこかから聞こえた気がしたが、ノトは敢えてそれを無視した。
「お金の問題は仕方ないわ。でしょう?」
「いや、けど………」
「無駄な出費は避けるべきよ」
まるで諭すように言うノトに、キアは言葉につまった。ノトの言っていることは正論で、反対する点などほとんどなかったからだ。
男女で同じ部屋というのはいかがなものか、とキアは言おうとして、はっと思い返し口籠った。そんなことは言う訳にはいかなかった。
「………だが、同衾する必要はあるのか?」
「あるわ」
「狭くて、暑苦しいだろう」
「今は冬よ? こんな薄い布団じゃあ寒いじゃない」
ノトがひらりと布団をめくって見せる。暖かそうかと言われれば、誰もが首を横に振るだろう。
「だからって、一緒にってのは、ちょっと………」
「私と一緒は、嫌?」
「嫌だけど」
即答で返した。
返答のあまりの素早さにノトは一瞬だけ呆気に取られて、すぐにぷくっと頬を膨らませた。
「………そう。そんなに嫌なのね」
「寝返りうちにくくなるだろう」
当然のようにそう返したキアに、ノトはしばらくじとっとした視線を向けてから、言葉をこぼした。
「そういう問題?」
「そういう問題だろ」
「………そ。あなたはそういう人だったわね」
ノトは呆れたようにため息をついた。
それを見てキアは小首を捻ったが、特に気にすることはなかった。
「そろそろ、退いてくれないか?」
「嫌よ。ここ、居心地いいもの」
「そうかよ」
ずっとこの姿勢だと疲れそうだがな、という言葉を静かに口の中で転がして、キアは鞄の中にしまっていた手帳を引っ張り出して開き、さらさらとペンを走らせた。
ノトは興味深そうに彼の上からそれを覗き見る。
「何書いてるの?」
「………ん、あぁ、今日の屍人の出現場所」
「そう。何か分かったの?」
「まあ、何となく」
指で手帳に簡易的に描かれた地図をなぞる。随所随所に描かれた印はこの町の地図上で円を形作っており、その中心にはある建物が存在していた。
その建物の位置を、キアはとんとんと小突いた。
「明日はここに行ってみるか」
「ええ、他に手掛かりもないし、いいと思う」
ノトがにこりと頷いたのを見て、キアは、はぁ、と息を吐いた。
ふと窓の外を見ると、星が広がっていた。
もうすっかり夜が更けていた。
「そろそろ寝ましょう?」
「ああ………だから、そろそろ退け」
「嫌よ」
ぴたり、とキアは動きを止めた。いや、動きだけならノトが彼の上に寝そべった時から彼女のことを思ってあまり動かしていないのだが、ノトの即答により彼の思考が動きを止めたのだ。
キアは少し体を動かし、ノトの方を見る。
ノトは意地の悪い笑みを浮かべていた。
「そんなに気に入ったのか?」
「ええ。ここで寝ようかしら」
「風邪引くぞ」
「じゃあ布団にいれてくれる?」
「嫌だけど」
「………そこは譲らないのね」
ノトは呆れたようにまた息を吐いた。よくため息を吐くやつだとキアは思いはしたが、特に何も言わなかった。
「………体痛いから、そろそろ退いてくれ。頼むから」
「ええ、どうしよっかなぁー」
めんどくさいな、と思いつつ、そのままの体勢でキアはノトと眠りについた。
………結局、二人で一緒に布団をかぶって、眠った。




