【13】
ライフが尽きた後、とどめの一撃を受けると完全な死が訪れる。
神が定めた、この世界の絶対的なルールである。
ただし、ダメージにも様々な種類がある。戦闘経験が豊富な者ならば、ライフの仕組みからどのようなダメージが厄介か理解しているだろう。たった一撃でライフを根こそぎ奪うような必殺技は確かに恐ろしい。しかし、状況次第ではそれ以上に警戒すべき攻撃もあるのだ。
例えば、毒――。
その攻撃には『スリップダメージ』の効果が含まれる。
毒による一撃で与えられるダメージは決して大きなものではない。
だからと云って侮ると痛い目に合う。
毒によるダメージは、一定時間、じわじわと継続するからだ。
ダメージが継続するからこそ、それはライフを奪うだけでなく、時にそのまま命まで奪い取ってしまう。暗殺者の類が毒を好むのはこれが最大の理由である。手間が少なく、目立たない。誰かを殺そうとするならば、通常、この世界では二回の攻撃が必要になる。一度目でライフを奪い、二度目で命を奪う。これが毒になると、たった一度の攻撃で終わる可能性もあるのだ。
もちろん、スリップダメージを与えるものは毒に限らない。
世界には様々な『状態異常』がある。炎も、スリップダメージの代表格だ。
リオンは今、燃えている。
炎によるスリップダメージが発生していた。
「まあ、こんなオチか。笑えるが、くだらない」
ロマンは苦笑していた。
リオンが火の息を浴びた直後である。
フレイムリザードを闘技場に招き入れた時から、ロマンは大体の結末を予想していた。
初めてリオンと出会った時には、この地方で一番弱いモンスターにあっさりやられているのを目撃している。ロマンはリオンの弱さをわかっているつもりだ。バニラドッグにも勝てない者が、フレイムリザードに勝てるはずがない。
別に、見殺しにするつもりはなかった。
ロマンは、正義の側に立つ者。
誰かを貶めたり、死に追いやったりして喜ぶような性質ではない。リオンを試しはするものの、ちゃんと最後には助けてやるつもりだった。フレイムリザードという手ごろなモンスターをチョイスしたのは、むしろそのためである。いざという時でも、ロマンならばあっさり片付けられる。
余裕たっぷりなのは、救出が間に合うと思っているからだ。
スリップダメージは警戒すべきものではあるけれど、一方で、常に迅速な対応が求められるものではない。一撃必殺の攻撃でライフを消し飛ばされた時は、急いで回復するべきだろう。しかし、スリップダメージでじわじわ削られている時は、状況を見ながらゆっくり回復しても間に合う場合がほとんどだ。
冒険者としての経験に基づく常識である。
だから、ロマンはリオンが炎に包まれた瞬間、余裕の笑みで眺めていた。
「リオンくん!」
ロマンの思惑に反し、突然、アズクリッドが悲痛な叫び声をあげる。
「どうした、何を慌てて……」
それでも余裕たっぷりに云いかけて、途中で、ロマンはようやく気づいた。
リオンの弱さを知っているつもりだった。だが、ロマンが知っているのは、バニラドッグにもやられる程度の弱さというだけで――アズクリッドのように、そのステータス画面を直接見たわけではない。何もかも『1』という、前代未聞の馬鹿げたステータスまでは知らなかった。
リオンは燃えている。
炎のスリップダメージで、普通ならば徐々に減って行くはずのライフ。だが、リオンの圧倒的に低いステータスではグングンと減っていく。フレイムリザードの火の息を浴びてから、わずか数秒で、リオンのライフはあっさり尽きていた。
炎は、まだ消えていない。
ライフが尽きた後も、リオンは燃え続けている。
神のルール、ライフが尽きた後のダメージは死に直結する。
「まずい!」
ロマンが叫んだ時には、アズクリッドは必死に飛び出していた。
ロマンも舌打ちしながら後を追うものの、さすがに間に合いそうにない。
二人が駆けだした瞬間には、リオンは大きな叫び声をあげていた。
ライフという最大の生命線が失われ、剥き出しの生身にダメージが直接与えられている。火の息が、全身を焼いていく。剣を取り落とした後は、空っぽの両手で炎を振り払おうとするものの、まったくの無駄である。リオンの虐げられてばかりの人生でも、こんな痛みを感じるのは初めてのことだった。
ひたすら、悲鳴をあげる。
皮膚が焼けていく、息ができない。
パニックに目を見開けば、瞳もジリジリと焦げた。
「……あ」
リオンは遂に、声をあげる余力すら失った。
「……」
呼吸が止まる。心臓も、また――。
最後に見るは、やはり赤の一色だけだ。
炎ばかり。
赤の――。
炎、か?
それは、何だろうか。
燃える世界に浮かび上がる、何か。
赤色の。
文字、だろうか?
リオンは今にも倒れそうな中でそれを見つめる。
>> システム・エラー
気がつくと、次々と爆発的に増えていく。
>> システム・エラー
>> システム・エラー
>> システム・エラー
炎によるスリップダメージ。
この世界における『状態異常』は様々である。毒と炎はスリップダメージを与えるという点では同じだが、それ以外では異なる部分がたくさんあった。
炎は、生物にスリップダメージを与えるだけではない。
毒と違い、炎は燃え広がるものだ。
木々に燃え移ることもあれば、街中ならば家屋に被害が出ることもある。
そしてまた、せっかくの装備が燃え尽きることもあり得た。金属製の武具ならばともかく、ランクの低い冒険者が使用するような皮や布の防具ならば特によく燃える。
リオンが着ていたのは、そもそも戦闘用の防具ですらない。
ただの布の服である。
装備としての耐久値は最低レベル。
これ以上によく燃えるアイテムはなかった。
ライフが尽きて、命まで燃え尽きようとする中で――。
一足先に、衣服の方がすべて、下着まで全部、燃え尽きていた。
>> システム・ダウン
無数に浮かび上がっていたウィンドウが一度、津波の押し寄せる直前の海のように、静かに、消えた。ほんの一瞬の静寂の後、それは大きく出現する。たった一文の表示――されど、『システム・ダウン』――この世界の根幹たるシステム、引いては、神を冒涜するかのような恐るべき文言だ。
赤く、禍々しく。
誰も見たことのない色合いのウィンドウが警告を発している。
さらに、アラートとは異なる、壊れかけの機械が発するような音も響いていた。
まるで悲鳴のようだ。悲鳴を上げているのは、どうやら、この世界そのものである。
世界を支配するシステムが――。
そもそもの、神が――。
断末魔を叫ぶ。
やがて、それすらも終わる。
静寂と共に、その一言だけが残り続ける。
>> システム・ダウン
神が停止すると、代わりに、少年が一人、真に神のごとく。
右手を、引く。
前へ。
フレイムリザードが塵となって消し飛んだ。




