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きみのすべてを解き放て  作者: シロタカ
◇ 第1話 最強と最弱
13/24

【12】

 アズクリッドとロマンの関係性を余すところなく語り尽くすのは難しい。


 二人の出会いから絶縁に至るまでの流れは、長大な冒険譚と長大な恋愛譚を織り交ぜたかのようなもので、リオンには一切関係のない話がたくさん含まれている。例えば、二年前、アズクリッドとロマンの道が決定的に分かれる契機となった事件に関しても、詳細に語ろうとすればかなりの時間が必要となる。


 二人は長年、背中を預け合うパートナーだった。


 最初は、右も左もわからないような少年と少女が二人だけのパーティー。新米二人で失敗も繰り返しながら、背丈が伸びるようにゆっくりと、冒険者としての実力も伸ばして行った。やがて仲間が増えていく。ランクも順調に上がり始め、S級の高みに昇りつめた時は夜通し大騒ぎしたものだ。


 若者が夢見る、冒険者としての成功。


 何もかも順調に思えたが、束の間の夢はあっさり砕ける。


 ロマンはS級冒険者として、現在も最前線で活躍し続けている。


 一方で、アズクリッドは冒険者を引退してしまった。


 もしも、二年前の出来事がなければ、アズクリッドはロマンと共にさらに華々しい戦果を上げ続けていただろう。当時を知るベテラン冒険者の多くは、それゆえ、アズクリッドを強烈に畏怖している。ギルドの受付嬢として第二の人生をスタートさせている彼女だが、【氷雪姫スノゥプリンセス】の異名で数多のモンスターを討ち取った功績はそう簡単に忘れ去られるものではなかった。


 普段は態度の大きいベテランの冒険者だろうと、アズクリッドの窓口では借りて来た猫のようにおとなしくなるのはそれが原因である。S級冒険者の中でも将来有望と云われていた人を相手に、そこら辺のモンスターを狩って来たぐらいの成果報告で胸を張れるわけがない。


 むしろ、彼らは時折、ミミックに腕を突っ込むような気分で質問するのだ。


 冒険者に戻る気はないのか、と――。


 アズクリッドの返答はいつも、沈黙と冷たい視線だけである。


 皆、誤解しているのだ。


 アズクリッドはいつも、過去に縛られている気分になる。


 いつも、淡々と。返り血を浴びても、顔色を変えず。数多の命を奪っても、何も感じていないように。何もかも、他人から見ればそう見えるというだけの話だ。アズクリッドは別にそのような怪物ではない。幼少の頃から、魔法に関しては天才と称賛されていた。冒険者としても大成したけれど、中身は、その実、年頃の女の子である。


 戦うのが好きではない。


 引いては、冒険者という生き方が好きではない。


 それなのに冒険者をやっていたのは、たぶん、ロマンのためである。


 喧嘩別れしたことで『彼のため』という理由が消滅し、冒険者からあっさりと足を洗った。稼ぎこそグンと減ったものの、冒険者時代には絶対に得られなかった穏やかな暮らしを手に入れた。現状に不満はない。だから、アズクリッドは冒険者に戻ろうと思ったことは一度もなかった。


「私と一緒に来い! また、あの頃のように――」


「絶対に、嫌」


 ロマンの誘いに対し、アズクリッドは徹底的に冷めた答えを返す。


「この二年、私は色々な者とパーティーを組んでみた。だが、ダメなんだ。アズクリッド、私にはお前がどうしても必要だ。お前も、私のことを本当に嫌っているなんてことはないだろう? ずっと一緒だった。それが当たり前だった。もう一度やり直そう、私とお前はあんなにも――」


「うるさい」


 アズクリッドは錫杖を一振りする。


 その軌跡と共に描かれる魔法陣から、氷の飛礫が次々と放たれていく。


 拒絶する意思を示すかのような鋭い攻撃だったが、こちらもまた、絶対にへこたれない意思を体現してみせるロマン。高速で迫る飛礫の全てを剣で打ち落としながら、何とかアズクリッドとの間合いを詰めようとする。


 片や、剣士。


 片や、魔法使い。


 近距離で真価を発揮する者と遠距離で真価を発揮する者。


 相性という点、互いを知り尽くしている点。どちらを踏まえても、この勝負は単純明快である。ロマンは剣の間合いに入ってしまえば、己の勝ちは揺るぎないとわかっていた。アズクリッドもそれを理解しているから、ロマンを近寄らせないように魔法の詠唱を絶やさない。


 吐息のような冷たい空気が、ロマンの足元をさっと流れていく。


 次の瞬間には、地面が薄い氷で覆われていた。


 移動阻害のための魔法である。


「小賢しいぞ」


 ロマンは一気に跳ぶ。


 アズクリッドはそれを待っていたかのように、錫杖を両手で構え、一気に広げた魔法陣から巨大な氷の槍を射出する。たった一人の人間を相手に使うような魔法ではなく、巨体を誇るモンスターを仕留めるための強力な魔法である。だが、そんなことはお構いなし。「死ね」と、実際、はっきりと口に出しながら放たれた。


 空中で身動きは取れない。


 氷の槍に串刺しになるかと思われたロマンだったが――「本気で殺す気か!」と、文句こそ盛大に叫びつつも、大上段の構えから剣を全力で振り下ろし、氷の槍を完全に砕き切ってしまう。


 アズクリッドが唖然とする。


「二年間、私のレベルが上がっていないと思ったか?」


 氷の槍を打ち破り、そのままの勢いでロマンはアズクリッドに宙から迫った。


 錫杖を構え直そうとした彼女に対し、ロマンは容赦のない蹴りを見舞う。肩の辺りにつま先が深くめり込み、顔をしかめたアズクリッドは錫杖を取り落とす。ダメージに膝を付きながら、彼女はそれでも落とした錫杖に手を伸ばそうとするが――。


「残念。私の勝ちだ」


 喉元に、ロマンの刃が突きつけられる。


「泣いて謝れば、許してやるぞ?」


「嫌よ。私が、そんなことをすると思う?」


「するさ。お前はいつも、最後には泣いて謝っていた」


「いつの話? ……ああ、待って。思い出した」


 アズクリッドの視線は、さらに嫌悪に満ちたものとなる。


「私が泣いて謝るまで、あなたは頬を打ったわ。倒れた私を蹴ったこともある」


「さて、そんなことがあったかな? 私は覚えていない。覚えているのは、お前が泣いて謝れば、いつもそれで丸く収まったということだ。さあ、どうする? もう少し、痛い目を見るか」


 ロマンが剣を高く振りかぶる。


 アズクリッドは目を伏せて、小さく息を吐いた。


「やるなら、好きに……」


「待って! やめて!」


 振り下ろされる剣を、寸前で止める叫び声。


 白熱した戦いを繰り広げていた二人に割って入ったのは、しばらく蚊帳の外だったリオンである。フレイムリザードの一撃でライフは尽きていたものの、時間経過によりほんの少し回復していた。鉄の剣をずるずると引きずりながら、アズクリッドをかばうようにロマンに詰め寄ろうとする。


「邪魔をするな」


 ロマンが、アズクリッドからリオンの方に向き直る。


「先に叩き斬ってやってもいいだぞ?」


「いいさ、やってみろ!」


「貴様っ!」


 挑発に乗り、ロマンは剣を振り上げるが――。


「その時はボクの勝ちです」


「……なに?」


 堂々と云い放ったリオンに、ロマンが剣の動きを止める。


「ボクとフレイムリザードの勝負は終わっていない。だって、ボクはこうしてまだ動ける。あなたが手を出すならば、それは反則だ。ボクを攻撃するならば攻撃してください。でも、その時はボクの勝ちだから、あなたはもうアズクリッドには手を出さないでください」


 リオンは勢いよくまくし立てた。


 理屈を述べているようで、実の所、勢いだけである。フレイムリザードによる尻尾の一撃で、リオンは完敗したようなものだ。反則と云うならば、アズクリッドに助けられた時点でリオンの反則負けだろう。だが、リオンはそうした細かい矛盾をあえて無視していた。


「アズクリッドに手を出さないでください」


 結局、云いたいのはそれだけだ。


「リオンくん、無茶は……」


 止めようとして、口を開いたアズクリッド。


 だが、最後まで云わせず、ロマンが再び、剣を喉元に突きつける。


「大丈夫です、アズクリッドさん」


 リオンは笑顔を向けた。


 最初は驚いた。彼女がここにいるということに驚き、ロマンにも引けを取らない強さに驚いた。リオンが家をこっそり抜け出た時に、アズクリッドはちゃんと気づいていたのだろう。何ともマヌケな話であるが、そちらはまあ仕方ない。些細なことであるし、アズクリッドとロマンの激しい戦闘を眺めていると、そんなことを気にしている場合ではないと思えた。


 アズクリッドは元冒険者、それもS級の冒険者であったらしい。


 二人の罵り合うような会話の端々から、リオンも多少の事情は理解できた。


 何もかも、まったく知らなかったことばかりである。


 アズクリッドとは、ひと月、共に暮らした。


 知らないことは、まだ、こんな風にたくさんあるのだ。


 別に、それを悲しいとは思わない。むしろ、感じるのは自身自身に対する怒りだ。フレイムリザードの火の息が目の前に迫った瞬間もそうである。リオンは死を覚悟すると共に、生まれて初めての怒りを覚えていた。絶望と後悔、それよりも深い場所からゴボゴボとわき上がった気持ち。今も、胸の内でくすぶっている。


 衝動に、背中を押されていた。


 のらりくらりと生きて、十七年――。


 一人ぼっちの気楽さ、日々の苦難を笑顔でやり過ごし――。


 そうした過去を否定するわけではない。


 だが、リオンは今の自分を否定しなければいけない。


 アズクリッドとロマンが繰り広げていた、強者同士の戦闘風景。罵り合いながら、まったく手加減のない攻撃ばかり。もちろん、二人の仲が良いようには思えない。しかし、リオンはそんな遠慮のない戦いを見守る内に、二人の間に自分が割り込むことのできない何かを感じてしまった。


 リオンの胸の内には、冷めない怒りと――。


 そっと静かな欲求だけがある。


 アズクリッドと、もっと色々な話をしたい。


 これまで知らなかった彼女の話を、もっと聞いてみたい。


「笑えるぞ、少年」


 ロマンは苦笑していた。


 その後、さらに盛大に笑いはじめる。


「威勢だけはやはり立派だな。やれるものならば、やってみろ――それこそ、私の台詞だよ。フレイムリザードとまだ戦うつもりならば、さっさとやれ。私の気が変わらない内にな」


 ロマンは剣を振って、フレイムリザードの方にリオンをうながした。


 フレイムリザードは、先程のリオン以上に蚊帳の外に置かれていたためか、闘技場のはしっこで人間たちの様子をうかがうようにジッとしている。アズクリッドから氷の魔法を撃たれて、警戒したという所もあるのだろう。


「……リオンくん?」


 アズクリッドが心配そうにと云うよりも、不思議そうに呼びかける。


「大丈夫です。きっと、大丈夫」


 リオンは己に云い聞かせるように返事をした。


 状況は整った。後は、この場を丸く収めるだけだ。


 大きく息を吸いながら、ゆっくりとモンスターに近づいていく。


「大丈夫。やれる、はず……」


 先程は完璧にやられてしまった。


 リオンは弱い。だが、学習する頭は持っている。


 一撃だ。


 それだけでいい。


 ロマンを納得させるだけの戦いをすればいい。


「いくぞ!」


 警戒するは、尻尾。


 予想外の所から繰り出された先の一撃は避けようもなかった。


 リオンのステータスでは、気づいてからの回避行動では遅すぎる。


 警戒は、最大限。


 尻尾の動きに目を凝らしながら、勇ましく間合いに踏み込んだ。




 ――火の息。




「……あれ?」


 これ以上なくマヌケな声がリオンの口から漏れる。


 学習する頭はあったけれど、残念ながら、戦闘の経験そのものが不足していた。せっかくの知識や知恵も活かすための基礎がおろそかでは役に立たない。初心者はそもそも視野が狭いものだ。ひとつ所に気を取られて、全体を見る余裕を失う。リオンはまさにそれだった。


「これはひどい」


 最初とまったく同じ感想が、ロマンから聞こえてくる。


 リオンにはもちろん、そちらに反応している余裕はない。


 尻尾ばかり警戒する内に、いつの間にかフレイムリザードの真正面に立っていた。ゆっくりと顔を上げれば、目の前にはパクリと開かれた大口――。チカチカと一瞬、火花が舞った。次の瞬間にはもう、リオンの視界は灼熱の赤一色に染まっていた。


「う、うわあぁぁー!」


 リオンはものの見事に燃える。


 やられる。


 死ぬ。


 だが――。


 それでも――。


 ダメージを受けて、ライフが一気に減り始める。防御するか、後退するか。どちらにしろ、戦闘続行は不可能である。リオンはそんな風に判断する。少なくとも、これまでのリオンならばそうだ。そもそも最初から逃げの手を打つのが、リオンの選んできた生き方である。


「い、嫌だ!」


 守らない。


 逃げない。


 前に。


 たった、一歩――。


 それでも、大きく一歩――。


 踏み出せば、剣の届きそうな間合いにたどり着く。無我夢中で、剣を振り上げる。一撃、それだけでいい。ロマンやアズクリッドのように、華麗な戦いなんてできないけれど。意地である。矜持である。これが新しい生きざまである。世界最弱だろうと、それでも必死にあがいて、望んだものに、手が届かなくても、指先のひとつぐらい、引っかかってくれればいい。


 リオンは燃え盛る中で、剣を頭上で構えた。


 目の前に、フレイムリザードの恐ろしい顔がある。


 振り下ろせばいい。それで、生まれて初めて何かをやり遂げられる。


「リオンくん!」


 アズクリッドの悲鳴が聞こえた。


 リオンの気づかない内に、いつの間にか、ライフは空っぽで――。


 一撃。それが遠い。歯車が壊れたおもちゃみたいに、リオンの全身から力が抜ける。


 剣は手元から抜け落ち、リオンは灼熱に染まる視界の中に、本物の死を見るような気がした。

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