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ちっぽけカタストロフィ  作者: 佐枝 樹


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2_2. 温度

やり返す。いまの私にとって、それはとても魅力的な言葉だ。

なのに。


「やり返したい、けど……いいのかな……」


なのに、どうしていい子ぶった返事をしているのか。

許せない。殺したい。そればっかり考えているくせに。


「いいって〜。殺さなければなにしたっていいんだよ」

「……ころさなければ……」

「そ。殺しちゃうとね、世間は殺されたほうをかばうしかないから。でも一線さえ越えなければ、騙したほうが悪いんだから自業自得だってなるもんだよ」


騙したほうが悪い。そのとおりだ。でも、そのあとに必ず「騙されたほうも悪い」という自己責任論者の演説も続く。ほかならぬ自分の頭の中で。だから余計に動けなくて、こうして泣き寝入りするばかり。


「……お父さんも悪いってわかってるの。私も、こうなるまで気付かなくて……」

「みいは悪くないよ。おじさんはアレだけど」


凌くんの言葉に涙が盛り上がって話せなくなる。ゴミ箱はあっという間にティッシュの山。凌くんの家でゴミを量産してしまって心苦しい。ティッシュ代もあとから払わないと。


「三千万取り返せればいいんだけどねぇ」

「お父さんのっ、いっちばんバカなところがっ、しゃ、借用書も、契約書も、なんっにもなくてっ……」


本来ならば二十枚はあるはずの借用書は、最初に貸したときの分しかなかった。

しかも書面の体裁や内容なんて少し調べれば出てくるのに、一行目の真ん中に「借用書」と書かれたそれは女からの稚拙なお手紙でしかなかった。どうしてこれでよしとしたのか、まったくもって理解できない。

借用書があったところで相手に返済能力がなければお金は返ってこない。でも、なかったらなにもできない。だから大金を貸すなら準備すべきなのに、面倒になったのか、あるいは女に丸め込まれたのか、父はやらなかった。

それどころか私が聞き出すまで貸した合計金額を把握してもいなかった。貴金属を換金したときの領収書などを集めて計算する私のかたわらで、「一千万くらいかな」と言った父に認知症の兆候をみて二重に怖くなった。

利益分配に関する話も口約束だけで、正式な契約書どころかお手紙すらない。メッセージアプリにはあったのかもしれないが、すでに消されてしまっていて確かめようがなかった。


「それでビジネスって言ってんのか……」

「あいつのことパートナーって呼んでるのもっ、すっごく腹立たしくて!!」


毎月何百万も要求してくるくせに、カードの明細書も領収書もなにも見せないパートナーがいるだろうか。引落口座の入出金記録も預金残高もなにもわからないビジネスがあるだろうか。

片方だけに何千万もの借金を背負わせて自分は無傷だなんて、そんな関係性の成り立つ世界がどこに存在するというのか。一方的に搾取するなんて仕事だろうと恋愛だろうと許せない。くびり殺してやりたい。


「男女の関係なのかねぇ。おじさんからしたら年下の女だもんな」

「証拠集めてたとき、せ、せいりょくざい、みつけて……」


七十歳になる父の部屋で精力剤を見つけたときの衝撃を、誰かわかってくれるだろうか。真新しい箱にプリントされたいかにもな商品名を、どうか検討違いであってほしいとおそるおそる検索した娘の気持ちを。

父は届いた段ボールを開けたらたたみもせず放置するタイプだ。宛先ラベルもそのままだから片付けの際に剥がすのだが、ここ最近は品名に健康食品と印字されているものが多かった。定期的に届くようになったそれがまさか精力剤だったとは。

最近よく使っている鞄を覗けば、可愛らしいデザインの薄い小袋が入っていた。二十代の弟ならまだしも、キラキラな蝶が描かれたそれを高齢の父が持ち歩いていると知ったときの気持ち悪さたるや。

父親も男なんだから、そう言うひともいるだろうね。いくつになっても精力旺盛で、仲睦まじい夫婦ならありだと思うよ。でも、父の相手は母ではない。お金に汚い、ついでに顔も汚いクソババアだ。


「韓国でも不倫は非難されるはずだけどな。姦通罪って法律も昔あったくらいだし」

「……タイムマシンってまだできないのかなぁ」


私たちが生まれる前から放送されているアニメではもう何十回と登場している道具なんだから、そろそろ乗せてくれてもいいと思う。それか、タイムリープかタイムスリップかわからないけど、そういう特殊能力でもいい。

あの女を厳しく処罰してくれる世界に作り直したい。せめて父がおかしくなる前の世界に戻りたい。私を財布としてじゃなく、娘として見てくれる世界に。そんな現実味のない私のバカげた発言にも凌くんは返してくれる。


「処罰してくれる世界なら俺が協力できるよ」


さっきと同じように二ッと笑って、でもさっきより少し怖い目をして。


「ゴキが出たと思ってさ、一緒に駆除しようよ。みいが殺虫剤まいて、俺が叩き潰すのはどう?」

「ゴキ……」

「もしくはガンとかさ。皮膚ガンとか臭うらしいよ。あいつも臭そうだし、ぴったりじゃない?」

「……うん、ぴったり」

「ゴミ収集車もそうだけど、いろんなものが混ざった臭いって強烈じゃん。ああいう悪臭につきまとわれながら生活しろって無理じゃない? 食欲も失せるだろうし、寝るにしても臭いが気になりすぎて無理かも。つまり生命活動の危機なわけだ」

「っ排除しないと!!」


内側を占拠していたうじうじが一瞬にして消え失せた。目と鼻に過剰供給されていた水分も瞬く間に引っ込んでいく。

やっぱり凌くんは天使だ。私にとって雲間から差す光のような言葉をくれる。そういえば名前も「ミカ」から始まる。つまり日本版の大天使であらせられるのでは? 昨日も思ったけど、やはりそうでしたか。

目から鱗を落としながら、止まっていた朝ごはんを再開してバゲットの残りを平らげる。天使と一緒なので、ごちそうさまの手は自然と祈りのポーズになった。


「そ、れ、で、は~、ゴキでガンないただきババアを退治しよ~」

「おー!」


片付けたテーブルの上に今度はノートパソコンが置かれた。パソコンの起動に合わせた凌くんの掛け声に、私も拳をかかげて応える。

退治といっても相手を殺すのはなし。これは大前提。では、殺さずにどうやり返すのか。相手に幸せな自分を見せつける、なんていうお花畑思想は論外だ。私がいまいるのはお花畑ではなく、鼻が曲がるほど臭いドブの中だ。睡蓮だって腐るレベルの環境下でお花の声にかたむける耳なんて持てるはずがない。


「こういう綺麗事を言ってるやつらって、自分が悪いことして復讐されたくないから言ってるんだって俺は勘繰っちゃうけどね。もしくは自力で復讐されると仕事がなくなって困る連中のステマ。あるいは、そうだな~、教祖として崇められたい願望を持った聖人ムーブのやつとか」


またも鱗がポロポロポロポロ、いっそ脱皮したいくらい落ちてくる。天使な凌くんを褒めたたえたいのに「凌くん頭良い」という頭の悪い感想しか出てこない。


「……みい、引いてない? 俺けっこう性格悪いこと言ったけど」

「え、ないよ? 凌くんみたいな視点を持っていたら、こんなことになってなかったのになって」


凌くんの言ったことは、言い方は置いておくとして、詐欺に遭わないために必要な心構えだ。本物の善人と私利私欲にまみれた偽善者を見分けるための、自衛手段としての疑り。疑う側の性格が悪いとかじゃない。

そんな私の意見に「よかった」と凌くんは言うけど、性格の悪さで引かれてるのは私のほうではないだろうか。昨夜は実の親に対して死んでほしいとまで口走ってしまった。


「引くわけないじゃん。てか、優しい人間代表のみいにそこまで言わせるって、ほんっとどれだけ傷つけてくれてんだ」


凌くんの中での私の評価が思っていたよりも高い。つい照れるが、さすがに代表を務められるほど優しくはない。

うん、たしかに道はよく聞かれる。紙からスマホに移り変わって、自分の現在地が表示されるようになっても地図が読めないひとは読めないらしい。

うん、泣いている子にスカートを掴まれることもよくある。迷子はともかく、お菓子やおもちゃを買ってもらえない子が寄ってきたときはどう接したらいいんだろう。お母さんに引き渡す以外できないから困る。

私のエピソードなんてこのくらいだから、優しいというより困っているひとホイホイといったところだ。だけど凌くんはそんな私を世界一優しいと言ってくれる。


「子供が直感で寄ってきたり、通りすがりの人間がパッと見で気付くくらい、みいは優しくて情に厚いんだよ」

「……いただきババアには優しくできそうにないなぁ」


私が本当に優しい人間だったら、いただきババアのことも許そうと努力したはずだ。異国の地で夫に先立たれて、それでも子供を育てるために頑張ってきた女性がこうなるに至った経緯を推察するなりしたはずだ。

でも私はしなかったし、する気もない。あんな薄汚い女の心に寄り添うなんて冗談じゃない。絶対に許さない。

お前だけは一生許さない。


「相手を許せ系の主張をするやつはさ、芯が冷めてる人間だと思うんだよね。仮に心からの善意で言ってたとしても、その心自体が低体温症にでもなってるんだよ。熱量が少ないから、相手に対しても割り切れる程度の感情しか持てなくて、結果許せるっていうか……、むしろ諦めてるのかもな」


心の低体温症。

肉体の低体温はたしか三十五度くらいを指すはずだ。数字だけみると平均体温と一、二度しか変わらないのに、そのわずかな温度の上下で頭がぼーっとしたり体が震えたりする。

心はどうだろう。心の温度が下がったら、真っ先に影響を受けるのは感受性だろうか。だとすると、ひとの気持ちに共感できなくなって、果ては「どうでもいい」と切り捨てる人間になりそうな気がする。

そんな諦めの感情を許しというのなら、やっぱり私は許したくない。生きやすそうで羨ましいと思う自分もいるけど、許したくない自分のほうが大きい。許せない、どうしても。


「まぁ、中には他人事だって割り切らないとやってられない職業の人間もいるだろうけどさ。でも俺はみいの温度が心地良くて好きだよ。だから正論風を吹かすやつらに合わせて無理することないよ」

「……暑苦しくない?」


温度が上がったら上がったらで出る弊害もある。なんというか、周りが見えなくなって、どんどん自分勝手な人間になっていくというか。……実際、いまの私がそう。あの女を殺したくて、苦しめたくて、それを防ぐために存在する法律に唾を吐く始末だ。


「俺、寒いほうが苦手だもん。名前にヘビが入ってるくらいよ?」


懐かしい理由に思わず口元が緩む。凌くんは寒がりで、それを「巳上」という名字のせいにしていた。

ちなみに私の「鴻池」という名字の「鴻」は白鳥を指すこともある。鳥類の体温は高く、だいたい四十度はあるらしい。凌くんと昔一緒に見た生き物図鑑にそう書いてあった。

実際わずかながら私の平熱は高めで、それがちょうどいいと凌くんはよく言っていた。それは心も含んでいたのだろうか。だったら平熱を維持したいけど、……もうずっと上がりっぱなしだ。


「みいがいま暑くて苦しいなら、俺で冷やせばちょうどよくなるじゃん」


そう言いながら冷却シート代わりに自分の手を私の額に貼り付ける凌くん。すき。

凌くんはドブに落ちた私のところまで下りてきてくれた。こんなぬとっとした汚らしいものがまとわりつく場所になんて誰も来たくないだろう。でも凌くんは来てくれた。八十億人いるこの地球で、凌くんだけがこうして私を慰めてくれて、ドブをかき分けようと一緒に手を動かしてくれる。

それならば、ネットに散らばる万人向けの正論なんて私にはなんの意味もない。信じるのは凌くんだけ。


「さてと。殺さなかったとしても、残虐が過ぎると世間が向こうに同情するからな~。こんなクソババアが悲劇のヒロインを気取るとかキモすぎるし」


よよよ……、と泣き真似する女の姿を想像して殺意でまた熱が上がる。死ねよ、クソババア。

家族想いのお母さん、孫が大好きなおばあちゃん。あの女はその手の肩書きを全面に押し出して男の懐に入り込む。そして「あなたの家族も幸せにしたい、みんなで幸せになりましょう」などといった慈愛あふれるお言葉で男を手玉に取る。こうやって並べ立てるだけだと、こんな手口に引っかかる人間なんているのかって思うよね。いたとしたら頭悪すぎでしょって。でも父は頭が悪いわけではない。大学を出て、就職して、結婚、一軒家を建てて、子供を二人育てて。昭和ではお手本とされるルートを通ったんだから少なくとも悪くはないし、常識から外れた人間でもなかった。でも、お金と女が絡んで父の頭はおかしくなった。

その原因となった女がヒロイン? 悲劇だろうと許せない。だいたい他人様から大金をせびった醜い老婆がえんえん泣きわめく演目のどこが悲劇だ。上演される価値もない。


「やっぱり暴力は一発アウトなんだよな~。少年漫画なら殴り放題なのに」


暴行や傷害といった犯罪用語が並ぶ画面を見ながら凌くんがつぶやく。

その言葉に学生のころ凌くんと話すために読んでいた少年漫画を思い出す。バトルがメインの回になると主人公は死ぬほど殴られていたし、反撃シーンでは相手を殺す勢いで殴り返していた。

読者層が子供だからか、最後は誰も死なずに笑顔で締めくくられていたけど……、思い返してみればそこに至るまで相当ボコボコに殴りあっていた。次々と強い敵が出てきて戦う世界だから疑問を持ったこともなかったけど、あれだけ物理的に怒りをぶつけられたなら相手を殺せずに終わってもスッキリするよね。相手を許して、めでたしめでたしにできるよね。

……いいなぁ。私もスッキリしたい。この怒りはどうやったら昇華できるんだろう。六秒どころか何日も何日も抑えているのにいっこうにピークは過ぎない。いまだに体が固まるほどの怒りが突然わき上がってくる。しばらくしたら強張りも解けるけど、それは怒りが引いたんじゃなくて殺意に置き換わったからだ。殺意が冷静どころか冷酷にしてくれるから、淡々と手足を動かせるようになるだけ。その足で台所に向かって、包丁を眺めるの。ねぇ、殺意ってどうやったら消せるの? 漫画みたいに相手を殴ったら消えるものなの? 私の手の強度だと骨折しそうだから、できて平手打ちだろうか。爪を伸ばしてジェルでコーティングしておけばそこそこの武器になるのかな。ビンタをお見舞いするっていう展開も漫画みたいだけど、スッキリはしなさそう。ほかにやれることといえば、髪を引っ張る、足を踏みつける、みぞおちを蹴る、そのくらいだろうか。…………そんなことで? その程度の痛みで、この感情に折り合いをつけられる? 無理だよ。もっと、もっと痛めつけないと気が済まない。気を失うくらい、生死をさまようくらい。そこまで暴力に振りきらないと、この胸に巣食うものは私から離れてくれない。

……わかってる、暴力シーンがかっこよく思えるのはあくまで創作物の中でだけ。現実世界で暴力に訴えたら理性がないと非難される。低能で、品のない、野蛮人。私、そんな人間だったんだ。


「う~ん、せこいことをネチネチとやり続けるのが一番効くか? でも神経図太いだろうしなぁ」


しまった、また停止していた。私のことなのに凌くん一人に考えさせてしまっている。

いつの間にか進んでいた画面の文字を慌てて追う。嫌がらせについては私も前に調べたことがある。わかったことはどんな嫌がらせも犯罪になるということ。落書きすら器物損壊にあたるらしい。

騒音も死骸も、大抵のことは軽犯罪法に定められていて違反すれば前科がつく。該当する犯罪行為は三十三種類あって、路上での物乞いもアウトらしい。調べているときにも思ったが、こういう情報こそ道徳の教科書に載せてほしい。算数で九九を暗記したように、三十三個すべてそらんじられるようになるまでテストしようよ。

軽犯罪。「軽い」と「犯罪」、対極の印象を持つ言葉でできた不思議な名称だ。嫌がらせを難しく言い換えたこの法律は、その名のとおり違反しても量刑は軽い。でも前科者になる。だから軽々しくやっていいことではない。いや、そもそも犯罪なんだからやってはいけないことだ。――そう思っていた、一人のときは。

やってはいけない? 三千万も取られたのに? 父親は狂って、実家も取られる寸前。この状況でなにもせずに許せっていうの? ……ふざけないでよ。どうして害された側がそこまで我慢しないといけないの。刑事罰を受ける可能性があることなんてしたくない、したくないけど、でももうあの女の高笑いが聞こえる夜には耐えられない。


「つきまとい、しようかと思ってた」

「あぶな!」


ネットで目にした嫌がらせの中で私が一番されたくないと思ったのはストーカー行為だ。あとをつけ回されるというのはけっこう気味が悪い。私もごく短い距離だったけどされた経験がある。

見知らぬひとが同じ方向に同じ速度で歩く、それも自分のすぐそばを。あの全身にまとわりつく不快感が四六時中続くなんて控えめに言っても気持ち悪い。だからこそ。

それに私は働いてないから時間の自由がいくらでもきく。だからやろうと思えばいくらでもつきまとえる。同性だからトイレでも見張れる。怪しんだ誰かに通報されるかもしれないけど、そのときはあの女がお金を返してくれないからと話をまぜっかえそう。


「反撃されたら危ないって。みいが怪我するとか俺が無理だから」

「反撃は怖いけど……、でも、向こうも腕力は無さそうだし……」

「腕力がないから卑怯な手を使うんだって。傘の先端で目を刺すとかさ」


え、こわ……


「あっつあつのお茶が入った水筒を持ってるかもしれないじゃん。熱湯がかかったら当然火傷するし、対処が遅れたら一生痕が残ることにもなりかねないよ」


こわ。痕って、え、硫酸みたいな?


「用法用量を守らなければなんでも武器になるよ。例えば……、スポーツ用の冷却スプレーにだって凍傷のリスクはあるし。ね、接触する系は止めよう? 俺も護身術の心得とかないしさ」


たしかにコンビニのホットコーヒーも淹れたてだったら危ない。冷めていてもシミになって目立つし。

銃やナイフ、毒に劇物、そういういかにもな凶器しか頭になかった。だけど「ひとに向けない」「まぜるな危険」といった商品は身近にいくらでも売っている。それらを向けられたときに対処できる反射神経も運動能力も私は持っていない。……ダメかぁ。


「まずはあいさつ代わりにゴミでも撒こうよ。それとも藁人形でも大量に作って飾りつけにいく?」


藁人形で飾りつけ……。頭には不気味な光景が浮かんでいるのに、言い方がハロウィンの準備をしているみたいで笑ってしまった。


「なんかハロウィンっぽい……っ」

「じゃあ藁人形は十月までとっておこっか~」

「……十月まで付き合ってくれるの?」

「十年後だろうと付き合うよ」


凌くんの返事を聞いて涙がドバッと溢れた。たぶん自分史上最速で最大量に到達したと思う。凌くんに引かれているのがわかるのに、ちょっと止められそうにない。待って、凌くん。いま撫でられたら……


「凌くん、すきぃ~~……」


言っちゃうでしょ。抑えられないよ。本当にもう、凌くんはいったい何度私を恋に落とせば気が済むのか。「俺も~」じゃないよ、言葉は同じでも意味が違うことはわかってるよ。笑顔な凌くんに口がへの字になる。

はぁ……、小学生ぶりの「すき」がこんなドバドバな顔でなんて最悪。だけど凌くんがずっと撫で続けてくれるので、だんだん最悪が薄まってくる。凌くんの魔法の手を存分に堪能し、涙が収まったところで話を戻す。


「わたし、ごみ、すてる」


ひとまず決意表明をしたら、言い方がツボに入ったのか思いのほか笑われた。いや、スイッチとかないから。ほっぺ押してもなにも起きないから。否定しても凌くんはスイッチを探してあちこち押してくる。

じゃあ、私は凌くんが天使である証拠を探そうかな。背中に目星をつけて探っていると、次第にくすぐりあいみたいになって、私はひさびさに声を出して笑った。

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