第3話:告白
沈黙を破ったのはナツキだった。新しく加わった存在を前に、自然を装おうと咳払いをしながら言った。
「なあ政司……今週のテストの準備ってできてるか?」
「全然」ラーメンのスープをすする。「まだ本すら開けてない」
「私も一緒です」
隣の少女が、柔らかく小さな笑い声を漏らしながら付け加えた。
マジで言ってるのか?
横目で見やった。彼女が漂わせる完璧な優等生のオーラからは、勉強していないとは到底信じられなかった。会話に加わるための、不器用な試みのようにしか思えない。
部活の仲間の一人がテーブルに身を乗り出し、興味津々にナツキを見た。
「話は変わるけどさ……ナツキって、本気で誰かを好きになったことあるか?」
「まあ……ないな」
照れくさそうに首の後ろを掻きながら、彼が認めた。
「まだない」
「だろうな」もう一人の奴がプラスチックの卓上に肘をつく。「このテーブルにいる全員、似たようなもんだろ。俺たちには恋愛なんて向いてねーんだよ」
本当に分かりやすい奴らだ。
新しく来た女子の気を引こうと、格好をつけて匂わせているのは明白だった。
「もし学校中の女子から一人選ぶとしたら」最初の仲間が眉を上げた。「誰を選ぶ?」
ナツキは分析するような目つきで天井を見上げ、数秒考え込んだ。
「古川 蓮先輩かな。落ち着いてるし、いい奥さんになりそうじゃん……まあ、俺には完全に高嶺の花だけどな。隙がなさすぎる」
「同感だわ」友達が頷く。「俺たちの手に負える相手じゃないな」
(同じテーブルで女子が飯食ってんの、マジで気づいてないのか?)
くだらない会話に、内心で少し恥ずかしさを覚えながら思った。
その時、二人が同時に僕の方を振り向いた。
「政司はどうなんだよ?」一人が訊ねる。「誰を選ぶ?」
箸を丼の上に置き、小さくため息をついた。
「そういうのに興味はない……本気で好きになるなら、見た目で選ぶだけじゃなくて、お互いの感情を時間をかけて育てていくべきだろ」
まさにその瞬間、隣の少女のスプーンを持つ手がぴたりと止まった。
完全に動きを止めたのだ。
隣の彼女の雰囲気が一変したことに、僕はすぐに気づいた。二人の間の空気感が、異様なほど重くなっている。
緊張感を根本から断ち切るため、迷わず話題を変えることにした。
「もう教室に戻ろう」
ラーメンを一口で飲み干しながら言った。
テーブルの全員が頷いた。
ざわめきながら立ち上がり、トレイを片付け始める。
立ち上がり際、僕は彼女のすぐ脇を通り過ぎた。
その瞬間、Tシャツの裾を軽く引っ張られる感触があった。
足を止める。
「少し待って……一緒に行ってくれる?」
俯いたまま、彼女が呟いた。
頬が淡いピンク色に染まっている.
急な態度の変化に戸惑い、生唾を飲み込んだ. どう反応すればいいか分からないまま、僕は再びベンチに腰を下ろした。
何があったのか尋ねようと、まさに口を開かけたその時――
バシャッ!
氷のように冷たい水が頭上から降り注ぎ、僕の頭、肩、そして制服を完全に濡らした。
「きゃあああああっ!」
悲鳴を上げたのは僕ではなく、驚きの声を呑み込んだ食堂の半数の生徒たちだった。
隣の彼女すら小さく跳ね起き、心底心配そうな目で僕を見つめていた。
「大丈夫ですか、政司くん!?」
どこに触れて助ければいいのか分からず、手を彷徨わせながら彼女が訊ねる。
「うん……大丈夫」
手のひらで顔の水滴を拭いながら頷いた。
水攻撃が飛んできた方向へ視線を向ける。
そこには、ひっくり返ったトレイの横で、滑稽なほど不器用倒れ込んでいる別の女子の姿があった。
「ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」
床から頭を何度も下げながら、彼女は大声で叫んだ。
「わざとじゃないんです! 靴ひもがほどけてて躓いちゃって……!」
その光景と、乾いたばかりの無惨な制服の姿交互に見やった。
また濡れた。今日の僕の運勢は、控えめに言っても壮絶だ。
「謝らないで、気にしないで」あきらめ顔でため息をつきながら答えた。「事故は誰にでもあるよ」
髪から水滴を滴らせながら立ち上がる。
「トイレで乾かしてくる。すぐ戻るよ」
返事を待つことなく、全員を置き去りにして早足で洗面所へと向かった.
男子トイレに入り、制服のシャツを脱いで洗面台の上で絞った。
汚れた水が白磁に向かってバシャバシャと落ちていく。
「こんなの絶対、くだらないベタな展開だろ……」
濡れた hand(手)で髪をかき上げながら、自分に呟いた。
食堂での彼女の姿が脳裏に蘇る。他の奴らが話している間、あんなに控えめで静かだったのに……それでも、彼女が本当に可愛いということだけは否定できなかった。
そして僕は、彼女の前でまたしても完全な間抜けを晒してしまったのだ。またしても。
残りの授業は何の波乱もなく過ぎ去った。
放課後を告げるチャイムが鳴り、靴を履き替えて荷物を取るため、廊下を歩いて昇降口のロッカーへと向かった。
小さな金属製の扉を開けた瞬間、あるものが目を引いた。白く、清潔で、丁寧に折られた一通の手紙が奥に収まっていたのだ。
「手紙……?」
指先でそれをつまみ上げながら呟いた。
「一体誰がこんなところに入れたんだ?」
封を破る前に、素早い手が視界を横切り、それを一気に奪い去った。
「どれどれ! 一体何があるのかな!?」
ニヤニヤとした笑みを浮かべ、手紙を高く掲げながらナツキが声を上げた。
「おい、返せよ」
「嫌だね!」手紙を指先で弄びながら彼がからかう。「政司、これどう見ても本物のラブレターだろ! 信じられないわ!」
「あり得ないよ」ため息をつき、紙を取り戻そうと試みる。「僕なんかが好きになられるわけないだろ。絶対にロッカーを間違えたんだ」
ナツキは眉をひそめ、どこか哀れむような目で僕を見た。
「お前、本当に愛ってものを信用してないんだな……」
「はいはい、何と generic言え。もう行くぞ」
素早い動きで手紙を彼の generic(手)から奪い返し, 開封することなくズボンのポケットに押し込んだ。
僕たちは一緒に高校のメイン玄関へと向かった。
校門に着くと、校舎を後にする生徒たちの視線が一人の少女に集中していた。
彼女だった。
周囲のざわめきや好奇の視線など意に介さず、彼女は門の脇に佇んでいた。
僕の存在に気づくやいなや、彼女が一歩前に踏み出した。その瞬間、柔らかい夕暮れの風が吹き抜け、彼女の黒髪をなびかせた。
「待っていたよ、政司」
静かな笑みを浮かべながら彼女は言った。
「手紙、受け取ってくれたんだね」
背筋にゾクッと寒気が走った。
あの手紙は……彼女からだったのか?
隣でナツキが冷や汗をかきながら一歩後退し、僕の耳元でささやいた。
「ま、政司……俺、ここに居ちゃいけない気がする……」
逃げ出そうと振り返ろうとした彼だったが、僕の方が速かった。手を伸ばし、彼のシャツの裾を強く掴んで、一歩たりとも進ませないようにした。
「政司……まだ一緒に過ごした時間が長いわけじゃないって分かってる……少し距離を置いちゃってたけど、でも……」
朱莉が一歩、前へ踏み出した。
彼女の声はかすかに震えており、夕暮れの静寂を切り裂いた。
再び風が吹き抜け、彼女の髪を揺らしたが、彼女は視線を逸らさなかった。握りしめられた両 fist(拳)はスカートの裾を強く押し潰し、燃えるような赤みが頬全体を覆っていた. その瞳には、胸を締め付けるような生の感情――脆弱さと、悲痛なまでの決意が混ざり合っていた。
まさか……
処理しようと試みたが, 僕の思考はフレーズを形 factory(形成)する前に凍りついた。
「す……好きです!」
溢れ出す感情とともに彼女の喉から発せられたその言葉は、空気の中に強く響き渡った。




