第13話:この日
最初の予鈴が鳴り響き、テストの終わりを告げた。生徒たちが机を元の位置に引き戻し始め、教室内に金属音が満ちていった。
ナツキを見ると、彼は席で大きく背伸びをし、疲労感を込めた長いため息を漏らしていた。
「うあああああ……やっと終わったぁ」背もたれに体を預けながら言った。
僕は無言でノートをバッグにしまった。その時、ナツキが少し僕の方へ身を乗り出してきた。
「なぁ……朱莉がずっとお前のこと見てるぞ」小声で囁いた。
「ん……」
右に視線を向けた。彼女は両手で顎を支え、静かで穏やかな表情で僕を見つめていた。
「ストーカーなんじゃないの……?」ナツキが冗談めかして言った。
「……」
「任せろ政司、俺が何とかしてやる」彼は咳払いをすると、「やあ、白川さん。今日、俺たちと一緒に昼飯食べない?」
「え……ナツキ、僕、今朝大急ぎで家出たからさ。弁当持ってきてないんだ」
「気にすんなって、学食行こうぜ」
朱莉が答える前に、クラスの女子生徒二人が彼女の席の後ろで足を止めた。頬を少し赤らめながら、一人が両手を握りしめて声をかけた。
「あ、朱莉ちゃん……よかったら、私たちと一緒に昼食食べに行かない?」
僕はそのチャンスを逃さなかった。即座に立ち上がり、ナツキの肩をポンと叩いて行くぞと合図した。
教室を出る際、後ろを振り返った。朱莉は微笑みを浮かべ、クラスメイトたちに優しく頷きながら、僕たちが去っていくのを見つめていた。
学食で空いているテーブルを見つけ、腰を下ろした。僕は自分の昼食の大部分を、思考に没頭しながら完全な沈黙の中で食べた。
突然、二人の生徒が僕たちのテーブルの脇で足を止めた。
「よお政司、ナツキ。調子はどうだ?」
「やあ」ナツキが口いっぱいに食べ物を頬張りながら挨拶した。
「どうも」僕は水を一口飲みながら答えた。
「数学の演習問題、マジで最悪だったな」生徒の一人が空いている椅子に腰掛けながら言った。「あのプレテストの最後の問題なんて、先週解説すらされてないぞ」
「俺なんて最初の問題が何を求めてるのか理解するだけで、時間の半分使ったわ」もう一人がご飯をかき混ぜながら愚痴をこぼした。
「大げさだな」呑み込んだ後にナツキが言った。「少し勉強すれば余裕だろ。なぁ、政司?」
「解き終わるのがギリギリだったよ」軽い溜息を漏らしながら認めた。「ちょっと集中できなくてさ」
「話は変わるけど、放課後どうする? 俺たちゲームセンターに寄って暇潰ししようと思ってんだけど、乗る?」一人が尋ねた。
「俺は無理。部活に行って残った書類提出しなきゃならないんだ。午後いっぱいかかりそう」ナツキが申し訳なさそうに手を振りながら即答した。
「政司は?」
「今日はパス」箸を脇に置きながら答えた。「早く家に帰らなきゃいけないんだ。はるみに謝らないと」
「また喧嘩したのか?」もう一人の生徒がからかうような笑いを漏らした。
「まあ……そんな感じだ」多くを語らず、後頭部をポリポリと掻きながら呟いた。
放課後、終業のベルが廊下に響き渡った。僕は大急ぎで荷物をまとめ、誰とも言葉を交わさずに教室を後にした。
校門をくぐると、午後の心地よい風が顔を撫でた。今日の緊張感を払い落とそうと足早に歩を進めたが、歩道を数メートル歩いたところで、背後から毅然とした声が響いた。
「ちょっと、あんた。待ちなさい」
足を止め、半分振り向いた。そこにいたのは、一定のペースで近づいてくる蓮だった。
「一緒に家まで歩いて帰るわよ」許可を求めるでもなく彼女は言った。
「え……? またですか?」
蓮は立ち止まることなく僕を追い抜き、歩道を数歩先回りしてから軽く振り返った。
「歩きなさい。ぐずぐずしないの」冷たいトーンで命じた。
「まったく……僕の母親かよ」文句を言いながら、ペースを上げて彼女の隣に並んだ。
しばらく歩いた後。僕の家の前に、一人の少女が立っていた。
朱莉が僕たちに気づいた。門から僕たちへと視線を移し、穏やかな微笑みを向けた。
「こんにちは、政司くん」柔らかい声で挨拶した。「こんにちは、蓮先輩」
蓮はすぐには答えなかった。さりげなく僕の隣に一歩踏み出すと、冷ややかな視線で彼女を頭から足の先まで品定めするように見つめた。
「白川さん」蓮は感情の籠もっていないトーンで言った。「あんたが政司の家を知ってるなんて知らなかったわ。何か用?」
「いいえ、全然」朱莉は冷静さを失わずに答えた。「ただ、これを返したくて。教室から急いで出て行った時に、バッグから落ちたの」
彼女は手を差し出した。その指先には、いつも僕のリュックにぶら下がっていた小さなゴム製のキーホルダーが握られていた。
息をのんだ。確かに走って教室を出たけれど、落としたことすら気づいていなかった。
「あ……ありがとう」呟きながら一歩前へ踏み出し、それを受け取った。
「どういたしまして。あなたが家に入る前に間に合ってよかった」彼女は自然な動作でキーホルダーを渡しながら言った。「あまりにも早く行っちゃったから、向こうで渡せなかったの。それじゃあ政司くん、また明日、学校でね」
軽く会釈をして別れを告げると、彼女はくるりと向きを変えた。
視線を交わすことなく蓮の脇を通り過ぎていく。蓮はゆっくりと振り返り、朱莉が通りの角を曲がって姿を消すまで、その一歩一歩を鋭い目で見送っていた。
歩道に残された沈黙は、重く張り詰めていた。
「政司……」蓮が静かな低い声で破った。「白川さんは、いつからあんたの家を知ってるの?」
「さあ……」手の中のキーホルダーを固く握りしめながら、正直に答えた。「住所なんて一度も教えたことないよ」
蓮は僕の顔のパーツひとつひとつを分析するように、鋭い視線を向けた。
「あの子はキーホルダーひとつ届けるためだけに、人の後をつけて家まで来るようなタイプじゃないわ、政司。あんた朝から様子がおかしかったし、今度はこれ……本当は私に何か隠してない?」
「誓ってもいいけど、僕だって先輩と同じくらい混乱してるよ」
まさにその時、我が家のドアがカチャリと音を立てて開いた。
はるみがゴミ袋を手にして顔を覗かせた。門の前に立つ僕たち二人を目にした瞬間、彼女は完全に固まった。
「政司……?」妹は僕と蓮を交互に見つめながら呟いた。「蓮? 何してんの、二人でそんな顔して立って?」
はるみの視線が蓮に定まった瞬間、その表情が劇的に変化した。手のゴミ袋を床に落とし、両拳を固く握りしめた。
予告もなく、はるみは露骨に蓮へ襲いかかろうと前へ飛び出した。
「あんたぁぁ!」取り乱した声を上げる。
「おい、待てって!」反射的に体が動いた。
前に跳び出し、間一髪で妹の腰を抱きかかえた。はるみは僕の拘束から逃れようと、激しく足掻き、狂ったように暴れ始めた。
「離して、政司! こいつに一発ぶちかましてやるんだから……! ぶちのめしてやる!」必死に抵抗しながら叫び散らした。
「落ち着けって! どうしたんだよ!?」前進させまいと強く抱え込みながら問い詰めた。
蓮は一ミリも動かなかった。腕を組み、不快そうな溜息を吐きながら彼女を見つめるだけだった。
「いい加減にして、はるみ。一年前のことはもう過去のことよ。とっくに忘れるべきだわ」蓮は冷たくそっけないトーンで言い放った。
「絶対に嫌! そんなの絶対に忘れない! あんたが政司に何をしたか、忘れるもんか!」はるみは激怒で声を震わせながら叫んだ。
「勝手にしなさい。私は失礼するわ」蓮は冷静さを保ったまま、僕たちに背を向けた。「また明日ね、政司」
「そうよ、逃げなさいよ、卑怯者! 二度と私の兄に近づかないで!」蓮が歩道を静かに去っていく中、はるみは罵声を浴びせ続けた。
妹が落ち着きそうにないのを見て、僕は暴れるのを抑えるのをやめた。素早く体勢を整えると、まるでジャガイモの袋でも担ぐかのように彼女を肩の上に担ぎ上げ、家の中へと引きずっていった。
「政司、降ろして! 今すぐ妹を降ろしなさい! 蓮、戻ってきなさいよ、この最低女!」
はるみは空を殴りつけながら叫び続けていたが、僕は足でドアを蹴って一気に閉め、彼女の叫び声を街から遮断した。
リビングまで力強い足取りで歩き、ソファの上へ勢いよく投げ落とした。
はるみはクッションの上で跳ね返り、ボサボサの髪のまま整えると、純粋な敵意に満ちた目で僕を睨みつけた。
「おい! なんでそんな態度取るんだよ! お前、狂ったのか!?」
彼女の前に立ち、腕を組んで荒い息をつきながら問い詰めた。
「狂ってなんかいない!」はるみはスカートを整えながら怒りを込めて反論した。「ただ、一年前にあんなことがあったのに、あんたがこいつにどんな扱いされても平気にしてるのが耐えられないのよ! あんたはいつも何事もなかったフリばっかりして!」
「はるみ、あれはもう終わったことだろ……」
「あんたにとっては全部終わったことなんでしょうね!」彼女は両膝の上で拳を握りしめ、声を落としながら言葉を遮った。「何でも黙って受け入れて……昨日は『好き』って言えなんて頭のおかしいこと言い出すし、今日は何事もなかったみたいにあの女と歩いて帰ってくるし……あんたが何を考えてるのか、さっぱり分からないよ」
僕は沈黙した。あまりに動惑する彼女の姿を見て、なぜ自分が早く家に帰りたかったのかを思い出していた。
深い溜息を吐き出し、近寄るとローテーブルの縁に腰掛け、彼女と同じ目線に合わせた。
「なあ……夕べのことは悪かった。あんなバカげたことでお前にプレッシャーをかけて、本当にごめん。ちゃんと頭が働いてなかったんだ」柔らかい声で話しかけた。
はるみはトーンの劇的な変化に驚き、僕を見つめ返した。二、三回パチパチと瞬きをすると、頬を膨らませながら横へと視線を逸らした。
「バカ政司……」呟くような小声だったが、彼女の肩から緊張が完全に抜け落ちていた。




