第12話:なんて状況だ
「うわあああ!」
「バカ!」彼女は勢いよく立ち上がると、くるりと背を向けた。
(最悪だ……これ、謝って許してもらうのに高くつきそうだぞ)濡れた額を指で拭いながら思った。
僕は疑問に包まれながら沈黙した。胸が妙に締め付けられる感覚があった。あの言葉の何がそんなに特別なんだ? もしかしたら、ループの原因は告白そのものじゃなくて、彼女が自分の気持ちを表現すること……あるいはそれに近い何かにあるのかもしれない。
ルートを変えてみるべきだな。明日からは絶対に朱莉を避けるんだ。学校にだって行かない。
「明日は学校休もう」思わず声に出して呟いていた。
その瞬間、再び冷たい水の噴射が僕の顔面を直撃した。
「うわあああ! またかよ!」
「大バカ者」はるみは腕を組みながら、再び食卓に腰掛けた。「ほら、行って追加の水持ってきて」
シャツの袖で無様に顔を拭きながら、コップを手に取ってキッチンへ向かった。食堂に戻り、不機嫌そうにご飯を食べ続けるはるみの皿の隣に、そっとコップを置いた。
「政司、明日学校休むなんて言わないでよ。ちゃんと行くの」
「もし僕が拒否したら?」
「何も起きないよ」彼女はコップから水をひと口飲み、至って平静に答えた。
そのあまりにも落ち着き払った態度に、一抹のパニックが走った。彼女のその静けさの裏にあるものが、どうしても気味が悪かった。
「そういえば……言い忘れてたけど、女の子と出会ってさ、もっと仲良くなりたいって言われたんだ」
はるみは突然水を吹き出し、激しく咳き込んだ。
「彼女できたの!? あなたみたいなズボラに!? この紙くず変態!」
「おい、言葉を選べよ! 僕のどこに変態要素があるんだ!」
「はいはい、分かったわよ……で、どうやって出会ったの?」
「まあ……半分くらい雨の中だったかな」
「あらあら……うちのお兄ちゃんはヒロインのヒーローってわけね。ラブコメのお約束じゃない。次はなに、告白でもされるの?」
「まさか! あるわけないだろ」理由もなく急に頬が熱くなるのを感じながら言った。
「じゃあ一目惚れじゃないんだ? その子、お兄ちゃんがしたことにすっかり夢中になってるんじゃないの?」
「……」
「ほらね! 私の言った通りじゃん」
「お前さ、僕より一つ年下だって自覚ある?」
「だからって、私を女として見ちゃいけない理由にはならないでしょ。もう大きいんだから、ちゃんと一人の……」
「お前は妹だろ。そんな目で見られるわけないだろ」
「じゃあ、さっき言ったことは……」空気をかすめるほどの小声で、彼女は呟いた。
「ん? 何か言ったか?」
「何でもない」はるみは大急ぎで言うと、視線を自分の皿へと逸らした。
翌朝、政司の目覚まし時計が激しく鳴り響いた。手を伸ばしてボタンを叩きつけて音を止めると、睡魔を払おうと掌で顔を擦った。
目を開けて時間を確かめた瞬間、背筋に冷たいものが走った。
予鈴が鳴るまで、あとたったの10分しかなかった。
「やばっ、完全に遅刻だ!」パニックになって呟いた。
ベッドから跳ね起き、急いで制服に着替えながら、自分の靴につっかえて部屋の中をドタバタと走り回った。
その騒々しさと足音の惨状に、はるみが部屋のドアを開け、ドア枠に寄りかかりながら「一体全体なにやってんの」と呆れ顔で尋ねてきた。
シャツのボタンを半分の位置で掛け違えながら格闘する彼の姿を見て、彼女はからかうような笑みを浮かべた。
「ほらね、夕べ私をからかった罰があたって遅刻するんだわ」
「余計なお世話だ、はるみ」シャツの襟と戦いながら抗議した。
「本当に? だったらそのままじゃ今日、学校に着かないわよ」
「いや、今日ばかりは絶対着く」
「はいはい……気合いだけは一人前ね」アイロニーを込めたトーンで言った。
政司は机からバッグをひったくり、妹の脇を大急ぎで通り抜けようとしたが、彼女に袖を軽く掴まれて引き留められた。
「待って、ここ変になってる」
はるみは少し近づくと、内側に折れ曲がっていたシャツの襟の端を綺麗に整えてくれた。
「よし、できた」
「サンキュ。また後でな」政司はそれだけ言い残すと、家をロケットのように飛び出した。
背中でバッグを弾ませながら、全速力で街を駆け抜けた。
(本気でヤバい、遅刻する……!)
学校に着き、息も絶え絶えで教室のドアをくぐった。しかし驚いたことに、教室の中は至って普通だった。ドラマチックな場面も、二人きりの空気もなく、クラスメイトたちはすでにそれぞれの席に座り、穏やかに談笑していた。
自分の席へ向かって腰を下ろし、安堵の長いため息を漏らした。その瞬間、ナツキが席で振り向いて彼を見た。
「遅いぞ政司。夕べ夜更かしでもしたのか?」
「いや……全然」
政司は一瞬手を止め、状況を整理した。(待てよ……こんな風になるはずじゃない。朱莉が窓際で僕を待ってるはずじゃなかったのか?)
隣の席へ密かに視線を送った。朱莉はすでにそこに座っており、背筋をピンと伸ばして読書に完全に没頭していた。
(全てが変わってる……僕が何か違うことをしたのか?)ナツキへと視線を戻しながら考えた。
「今日、テストがあるの知ってるか?」ナツキが椅子の背もたれに肘を預けながら言った。
「マジで?」
「まあ、本当の期末テストじゃなくて、小テストか練習問題みたいなやつだけどな」
「そうであってくれ……僕、まだ何一つ勉強してないんだ」
「お互い様だな」ナツキは親指で自分を指さした。
まさにその時、隣から鈴を転がすような小さな笑い声が聞こえた。二人同時に即座に朱莉の方を向くと、彼女は本のページをめくりながら一人で微笑んでいるようだった。
「可愛いよな……」ナツキが政司の方へ身を乗り出し、小声で囁いた。「ぶっちゃけ友達になりたいんだよね……政司、ちょっと手伝ってくれよ、な?」
「は? ああ……善処するよ」
その瞬間、朱莉が本から視線を外し、二人をまっすぐに見つめた。見つかったと察した二人は、一秒の何分の一かの速度で正面を向き、壁を深く観察しているフリをした。
政司は背筋を完全に硬直させた。
(ダメだ、ダメだ……今日彼女と話すのはやめよう。思い出すんだ政司、目立たないこと、余計な変化を起こさないこと、そしてループを起こさないこと……)
「政司くん……おはよう。それとも、こんにちはって言うべきかな」隣から声がした。
柔らかく心地よい朱莉の言葉が、ほんの数センチの距離から響いた。
政司はゆっくりと振り返り、固い動作で首を縦に振ると、可能な限り素早く視線を前に戻した。
まさにその時ドアが開き、先生が教室に入ると、黒板消しで黒板を三回叩いて静粛を促した。
「よし、紙切れに名前を書いて、この箱の中に入れなさい」先生が指示した。
生徒の一人が席を立ち、教卓の上に小さな段ボール箱を設置した。
「これは今日の演習用だ」先生は続けた。「二人組で作業してもらう。君たちに自由に選ばせると大混乱になるし、友達同士で固まったり喧嘩になったりするからな。出席番号順に一人ずつ前に出て、紙を引くように。分かったか?」
教室内に諦めの交じったつぶやきが広がった。
数分後、全員が折った紙切れを箱に入れ終えた。先生はそれを二、三回空中で振り、出席簿を手にとった。
「始めるぞ」メガネの位置を直しながら言った。「湊 政司」
(マジで? 一番最初かよ!?)一番クジの運の良し悪しについて囁き合うクラスメイトの声を聞きながら、僕は思った。
立ち上がり、教卓へ近づいて箱の中に手を突っ込んだ。ランダムに一枚を掴む前に、一瞬紙をかき混ぜた。ゆっくりと広げる。
白川 朱莉。
生唾をゴクリと飲み込んだ。(こんなの偶然なわけがない……)
「おい湊、名前を大声で読み上げなさい」先生が急かした。
「ええと……白川朱莉さんです」
教室中が一瞬で押し殺したどよめきと驚きの視線で包まれた。僕は冷静さを保とうと努めながら席に戻った。
「机をくっつけなさい。演習はペアで行うんだ、離れるな」先生が前から指示を出した。
無言で頷いた。僕が机を動かす前に、朱莉はすでに自分の机を僕の机へと引き寄せていた。僕の隣に収まると、彼女は瞳に悪戯っぽい輝きを宿して僕を見つめた。
「政司くん……私の名前が出るって分かってたよ」柔らかい微笑みを浮かべて囁いた。
「え? まさかずるしたのか?」小声で聞いた。
「ううん……ただの偶然だよ」
(絶対信じないぞ……これじゃまるで脚本のタチの悪い冗談じゃないか)ノートを整えながら思った。
数分後、教室は比較的静まり返っていた。全員が学習ガイドをめくり、先生は教卓で書類のチェックをしていた。
突然、丸められた紙くずが僕の肩にぽんと当たり、机の上に落ちた。顔を上げると、ナツキが必死な顔で頭を振り、紙を指さしていた。
机の下でメモを広げた。
『朱莉ちゃんの隣に座る気分はどうだ、あ?』
(こいつ……)僕は呆れて目を丸くした。
シャーペンを取り、裏面に返事を書いた。『女の子の隣に座る気分は最高だよ……僕よりお前の方が千倍緊張してるように見えるけどな』
再び丸めて、彼に向かって投げ返した。
ナツキは僕のメモを読むとあからさまに苛立った顔で眉をひそめ、僕は声を出さずに笑った。その時、朱莉が僕の机の上に演習用のシートをすっと滑らせてきた。
「あなたの番だよ」彼女は頬を手のひらに預けながら言った。
答えを書き始めたが、朱莉の視線が自分の顔に突き刺さっているのを感じた。横目で視線を動かすと、最初に僕の意識を奪ったのは彼女の唇だった。
(キスしたい。)
その思考が衝動的に頭を駆け抜けた。パニックになって頭を振り、その考えを消し去ろうとした。
用紙に視線を戻した瞬間、僕は固まった。数学の公式を書くべき場所に、まさにその言葉をそのまま紙の上に書き殴っていたのだ。
「間違えた……」パニックになって呟いた。
大慌てで手のひらで答えを隠した。朱莉の方を向き、可能な限り自然な声を装おうとした。
「消しゴム持ってる?」
彼女は筆箱から一つ取り出して差し出してきたが、すぐに違和感に気づいた。僕が左手を紙から頑なに離そうとしなかったからだ。
「答え間違えたんでしょ? 見せて」興味津々の目で僕を見つめながら頼んできた。
「いや、違うんだ……ただうっかり変な線を書いちゃって」
「政司くん、嘘下手だね」
僕が反応する前に、彼女は素早い動きで用紙をサッと奪い取った。阻止する時間すら正気になかった。
朱莉は用紙に視線を落とし、その言葉を小声で呟いた。
「キス……」
赤面で顔が燃え上がるのを感じながら、僕は床に視線を落としてその場をやり過ごそうとした。
「次は間違えないようにね」彼女は笑みを必死に噛み殺しながら、用紙を返してくれた。
僕が何か言い足す前に、前から先生が盛大に咳払いをした。僕は勢いよく背筋を伸ばし、大急ぎでその言葉を消すと、再び問題に集中し直した。




