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第11話:Re: ブルー・サイレンス

 

 二人を隔てる空間を震わせるほど、真っ直ぐで、誠実で、積み重なった純粋な想いが込められた叫びだった。

 その時、鈍い頭鳴りが頭蓋骨を貫いた。

 一瞬にして空気が凍りつく。


 周りの世界から全ての色彩が失われ、深くて冷たい群青色に染まっていく。図書室を照らしていた夕暮れの黄金色の光は、一吹きで消されたロウソクのように途絶え、息苦しい薄暗がりだけが残された。


 耳の中で甲高い金属音が鳴り響き、足元の床が千々に砕け散ったかのように、重力感が完全に消失した。


 朱莉の声が歪み、遠く理解不能な残響となって消えていく。本棚も、木製のテーブルも、教室の風景そのものが水に落ちた生インクのように溶けていった。


 極寒の空気が肺を圧迫し、呼吸を奪う。現実に存在する全てが暗く無限の深淵へと引きずり込まれていく中、脈拍がめまぐるしい速度でこめかみに響いていた。


 カチッ。


 瞬きをした。

 顔にぶつかった冷たい水の衝撃に激しく飛び起き、深淵から一気に引き戻された。


 喉の奥で詰まった悲鳴を押し殺しながら、自分がどこにいるのかにハッと気づいた。食卓のテーブルに座り、箸を握りしめたまま、呆れるほど聞き覚えのある声を聞いた。


「は? それ、絶対に大好きな妹に普段感謝してないから罰が当たったんだよ」


 はるみ……また、この瞬間なのか……。


 状況を飲み込もうとしたが、頭の中は真っ白で、信じられないという感覚に完全に麻痺していた。しかし、処理しきる前に、純粋な慣性で口から言葉が零れ落ちた。


「それとこれと何の関係があるんだよ……」眉をひそめた。「適当なこと言うな」


「関係あるもん! お兄ちゃんが認めたくないだけでしょ!」


「はぁ……言いたいのは、女の子と出会ったって話だよ」


「女の子……?」彼女はそう繰り返すと、その場で固まった。


 ご飯を口に運ぶため、短く間を置いた。目の前で、はるみは急に視線を落とし、前髪で顔を隠しながらボソボソと聞き取れない声で呟いた。

(何て言うか、正確に分かってる……マジで何が起きてるのかサッパリ分からない)


「え? 聞こえなかった。なんて言った?」


「好きになったのかって聞いたの!」テーブルを揺らしながら勢いよく立ち上がり、大袈裟に叫んだ。

 背筋を冷たい悪寒が上から下まで駆け抜け、その場で跳ね上がった。


「なるわけないだろ! まったく、はるみ……お前、ナツキと全く同じだな」


(クソッ、まったく同じ言葉だ……)胸を締め付ける不安を感じながら思った。


「はぁ!? あんな奴と一緒にしないでよ!」はるみは抗議し、腕を組んで大袈裟に鼻を鳴らした。


「時々、本当にお前の考えが分からなくなるよ……要するに、彼女がさ……」


「何? なんて言われたの?」目を見開き、テーブルに乗り出しながらすぐに聞いてきた。


「ま、まあ……もっと仲良くなりたいって言われたんだ」


 二、三秒の間、テーブルの上に静寂が訪れた。すると、はるみの顔全体がパッと輝いた。


「それって、付き合ってほしいって言われてるじゃん!」嬉しそうに叫んだ。


「違うって!」手を振りながら答えた。「ただ単に、お互いの信頼関係を深めたいだけだと思う」


「お兄ちゃんはそう思ってるだけでしょ?」ニヤニヤしながら目を細め、僕を見て言った。


「どういう意味だよ。おい、そのからっぽの頭の中で何考えてるのか言ってみろ」


 はるみは両手に顎を乗せ、まるで幼い子供に基礎的な数学を説明するかのような目つきで僕を見た。


「その子はただ、お兄ちゃんとの関係を深めて、一番いい形で自分の気持ちを伝えたいの」


 気持ち……はるみ、たった今何が起きたのか、どう説明すればいい……?

 突然、頭の中で朱莉の「好きです」という声が、ゾッとするほど鮮明に響き渡った。


 はるみをじっと見つめながら、惨めなほど投げやりで突拍子もない仮説が脳裏をよぎった。(もし、あの言葉でループが発動するんだとしたら……誰の言葉でも起きるのか、それともあいつだけなのか?)


 首筋を冷や汗が伝った。パニックと焦燥感を露わにした歪んだ表情で、はるみへと向き直った。


「お兄ちゃん……怖がらせないでよ」彼女は笑みを消し、少し引きながら呟いた。「どうしたの? 何かあったの?」


「はるみ……僕たちって、ただの兄妹だよな?」

「そ、そうだよ、バカ! なんなの急に気味の悪い質問して!」

「よく聞け」彼女の肩を掴み、絶対の真剣さで見つめながら言った。「僕に『好きです』って言ってくれ!」


「な、な、なぁぁにぃぃぃ!?」一瞬で顔を真っ赤にし、彼女は後ろへ飛び退いた。「な、何考えてんの! 頭おかしくなったんじゃない!? 私がそんなこと……私とお兄ちゃんは……!」


「狂ってるように聞こえるのも自分でも怖いのも分かってる! でも、今すぐ試してほしいんだ!」


「嫌! 絶対嫌だからね! 本当におかしくなっちゃったの、お兄ちゃん!?」


「頼むから! ただの言葉だ、はるみ! 僕たちの間で何の意味も持たないんだから!」必死に食い下がった。


「『ただの言葉』じゃないでしょ!」恥ずかしそうに顔を覆いながら叫んだ。「恋人同士が言う言葉なんだから!」


(はるみの言う通りだ。こんなことを無理強いできるわけがない。それに、本当に必要なのかどうかすら分からない。本当の疑問は、もし……)

 勢いよく立ち上がった。

(休んだ方がいい。明日、もう一度朱莉にあの言葉を言わせてみよう。ああ、そうするべきだ)


「どんなエッチなこと考えてるわけ?」深すぎる不信感の目を向けて、はるみが言い放った。


 そのコメントに意を突かれ、自分の思考から急に引き戻された。


「お前が思ってるようなことじゃない!」


「絶対そうじゃん! 急に変なこと言わせておいて、変態みたいな顔して突っ立っちゃって。スケベ」

「もういい、忘れろ。飯食うぞ」


 再び腰を下ろし、ご飯を口に運んだ。はるみは二、三秒間、真剣な目つきで僕を見つめた。突然、胸を突くような圧迫感に戸惑った。彼が先ほど発した必死な言葉が、彼女の頭の中で響き続けていた。


 テーブルの下で両手を強く握りしめ、何かを言おうと口を開きかけたが、僕が間一髪でそれを遮った。


「おにい――」


「食えよ」見ずに噛み砕きながら言った。「さっき言ったことは忘れろ、ただの冗談だ」


 はるみは即座に腹を立て、怒りで眉をひそめた。

「本当、うっとうしい」


 翌朝、早めに起きて落ち着いた足取りで学校へと向かった。


 歩道を歩きながら、頭の中は完全にぐちゃぐちゃだった。長いため息をつき、信号の前で足を止めた。


 赤信号だった。大通りの中央で車両がブレーキをかけ終える中、何人かの人々が僕の隣に集まっていた。


(どうやって解決すればいい? 確かめるために、絶対にもう一度朱莉に言ってもらわないと……)


 一人の人影が隣に立ち止まったが、考えに没頭するあまり、信号が青に変わったことすら気づかなかった。突然、脇腹に食い込む鋭い肘打ちがトランス状態を強烈に打ち砕き、無理やり現実へと引き戻された。


 ハッと正気に戻ると、それは蓮だった。彼女は振り返りもせず、すでに歩き出していた。


「蓮先輩、待ってください!」ペースを上げて追いかける。


 隣を歩くと、彼女は横目でチラリと僕を見た。


「おはよう、蓮先輩。なんで殴るんですか?」


「おはよう。またぼんやりしてたでしょ」冷たく答えた。「銅像みたいに固まってたから、ちょっと背中を押してあげたのよ」


「脇腹への打撃を押してあげたって言うんですか?」


「好きに受け取れば」


 突然、ピタリと足を止めた。蓮は気づかずに数歩先へと歩き続けた。


 首を傾げた。何かが噛み合っていない。この瞬間は、前のループでは起きなかった。前回は一人で学校に着いた……つまり、時間がズレているんだ。じゃあ、朱莉はどこにいる?


 パニックが胸を締め付けた。考えるより先に、全速力で学校に向かって走り出し、一瞬で蓮を追い抜いた。彼女は軽く振り返り、遠ざかる僕の背中を明らかに驚いた表情で見送っていた。


 教室に入ると、ピタリと足を止めた。早歩きと走りすぎで息が途切れ途切れになり、純粋な疲労で胸が焼けるようだったが、待ち受けていた光景が一瞬で全ての疲労を吹き飛ばした。


 教室には誰もおらず、穏やかな静寂に包まれていた。


 窓際の開け放たれた窓の脇に、すでに朱莉が立っていた。朝の心地よい風が真っ白なカーテンを優しく揺らし、外から舞い込んだ桜の花びらが数片、教室の床へと滑り落ちていく。差し込む朝の光を全身に浴びる彼女の立ち姿は、息をのむほど美しかった。


 僕にとって、その一瞬は完全な安らぎの火花だった。目の前に広がる光景は、記憶にある通り、ただただ綺麗だった。


(予想通りだ……)息を整えようとしながら、胸の鼓動が速くなるのを感じた。(二人きりのうちに、試してみるべきか……)


 しかし、その思考は背中を軽く突つかれたことで唐突に打ち砕かれた。


「おはよう、政司! 今日は早いんだな、何かあっ――」


 ナツキは言葉の途中で氷ついた。視線を上げ、窓際に立つ朱莉の姿に気づくと、一瞬だけ硬直した後に慌てて咳払いをした。


「お、おはよう、白川さん」動揺を隠しながら挨拶する。


「おはようございます」彼女は軽く首を傾げて応えた。


 ナツキはそれ以上何も言わず、目撃した光景に明らかに圧倒されながら、静かに自分の席へと向かった。


 歯をくいしばり、自分の机へと歩を進めた。近づいたまさにその時、朱莉が僕に向かって一歩踏み出した。ほんの少し身を乗り出し、顔を僕に近づけると、永遠にも思える数秒間、僕の目をまっすぐに見つめた。


「おはよう、政司くん」柔らかく甘い声でそう言うと、最後に温かい微笑みを贈ってくれた。


「お、おはよう……朱莉」どうにか言葉を絞り出した。喉が完全に干からびていた。


 まさにその瞬間、ドアが勢いよく開いた。騒々しい生徒の群れが教室へと流れ込み、二人の間に生まれていた濃密な空気をかき消した。


 照れてすぐに離れるだろうと思っていた。

 しかし、彼女はそうしなかった。


 朱莉は周りの目を一切気にせず、僕に身を乗り出したままそこに留まった。


 生徒たちが教室の中央で足を止めた。何人かが驚いて口を開け、完全な沈黙の中で僕たちをじっと見つめた。


 席から、ナツキが必死に手でサインを送り、目立ちすぎていることを伝えてきた。


 頭の中がパニックに陥った。


 言葉が出てこない。この状況から抜け出すために一体どうすればいいのか、脳みそがぐるぐると回転するだけだった。


 その死のような静寂の中、朱莉が唇を開いた。

 そして、僕が聞きたかった、けれど同時にあれほど恐れていた言葉を口にした。


「政司くん……好きです」


 その時、鈍い頭鳴りが頭蓋骨を貫いた。

 一瞬にして空気が凍りつく。


 周りの世界から全ての色彩が失われ、深くて冷たい群青色に染まっていく。窓から差し込んでいた太陽の光が急に消え去り、息苦しい薄暗がりだけが残された。


 カチッ。


「は? それ、絶対に大好きな妹に普段感謝してないから罰が当たったんだよ」


 声を聞き分け、悔しさで歯を食いしばりながら瞬きをした。


 はるみ……まただ。


 正しかった。ループはこの告白によって正確に発動する。けれど……なんで今回あいつはこんなに早く言ったんだ? 何一つ意味が分からない。


 状況を飲み込もうとしたが、信じられないという思いに完全に圧倒され、頭の中は真っ白だった。しかし、処理しきる前に、純粋な慣性で口から言葉が零れ落ちた。


「はるみ、やってくれ」努めて毅然とした声で言った。「僕たちの関係が壊れるわけじゃない。ただの兄妹なんだから」


 前回と同じ流れだ。でも今回は押し通さなきゃダメだ、と考えた。


「え、えっ? 本気なの……?」彼女は躊躇しながら訊ねてきた。


「ああ」


(これで機能するはずだ)脳内で計算する。(もし戻らなければ、ループはあいつだけに反応する。でも戻ったら……僕の想像すら及ばない何かが原因だ)


 はるみは数秒間躊躇した。震える声と恥ずかしさで真っ赤になった顔で、言葉を紡ぎ出す勇気を振り絞ろうとした。


「せ、せ、政司……私……私……」


「ほら、大丈夫だから、ただの言葉だよ」促した。「なんでそんなに吃参ってるんだよ?」


「ほっといてよ! 簡単じゃないんだから!」耳まで真っ赤にして抗議した。「こんなこと言うの初めてなんだから!」


「たく……朱音なら、頼めばやってくれたのに」

「それだけは絶対嫌!」はるみが即座に反応した。

「え?」

「政司……好きだよ」ついに吐き捨てた。


 どうにか口にできたものの、直後に純粋な羞恥心から震え出し、両手で顔を覆った。

 僕は長いため息を漏らした。


 何度か瞬きをした。


 世界は色を失わなかった。空気も凍りつかない。僕は全く同じ場所、我が家の食卓にいた。

 何も起きなかった。僕はまだここにいる。


(ってことは、ループは朱莉だけに起きるのか……?)一瞬の疑問。(それとも、はるみが怖がって本気じゃなく言ったからか……?)


「はるみ、もう一回――」


 言い終わる前に、冷たい水の噴射が顔面に直撃した。はるみがコップの中身を、僕の顔に向かって直接ぶちまけたのだった。


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