第14話「証明の光と揺るぎない未来」
試練の場は学園の地下にある古い演習場に指定された。
石造りの壁には古代の防御ルーンが幾重にも刻まれている。
並の魔法では傷一つ付けることのできない強固な空間だ。
中央には魔法陣が描かれた円形の広い舞台がある。
アレンは制服のジャケットを脱いで白いシャツ姿になった。
呼吸を整えて舞台の中央へとゆっくりと歩みを進める。
観覧席には家令と数名の公爵家の護衛が立っていた。
そして彼らと対峙するようにヴィルヘルムが立っている。
どこから聞きつけたのか彼はすでにここにいたのだ。
彼の表情はこれまでに見たことがないほど険しかった。
銀色の瞳には激しい怒りの炎が燃え盛っている。
家令が勝手にこの試練を用意したことに激怒していた。
「今すぐこんな馬鹿げた真似は止めろ」
「私の番に指一本でも触れればただでは置かないぞ」
ヴィルヘルムの声が地下空間に響き渡った。
空間そのものが彼の怒りで震えているようだった。
護衛たちは顔を青ざめさせて後ずさりをしている。
家令でさえ額に冷や汗を浮かべて杖を強く握り直した。
「これは彼自身が自ら望んだ試練でございます」
「公爵家の一員となる覚悟があるか見極める必要があります」
家令は震える声で必死に自分を正当化しようとした。
ヴィルヘルムが舞台に降りてアレンを連れ戻そうとする。
アレンは両手を広げて彼の前に立ち塞がった。
「先生」
「止めてください」
アレンは彼を見上げて静かにしかし力強く言った。
「これは私自身が決めたことです」
「私があなたにふさわしいと彼らに認めさせたいのです」
ヴィルヘルムはアレンの肩を強く掴んで歯を食いしばった。
「君が傷つく必要などどこにもないのだ」
「私は君を守ると誓ったはずだ」
アレンは彼の大きな手を自分の両手で優しく包み込んだ。
「守られるだけの存在にはなりたくないのです」
「あなたの隣を堂々と歩ける人間になりたいのです」
アレンの決意にヴィルヘルムは肩を強張らせた。
彼はアレンの額にそっと唇を落としてから一歩下がった。
「無茶だけはするな」
「危険だと判断したら私がすぐに介入する」
アレンは力強くうなずいてから舞台の中央へと向き直った。
家令が杖を振り上げて冷酷な合図を送った。
舞台の周囲に配置された魔晶石が一斉に光を放ち始める。
膨大な量の魔力が空間に充満していった。
試練の内容は荒れ狂う魔力の奔流を制御することだ。
制御に失敗すれば魔力に飲み込まれて肉体が崩壊する。
αの強靭な肉体でも耐え抜くのは至難の業だ。
ましてやΩのアレンには到底不可能に思える試練だった。
魔力の暴風がアレンの細い身体に襲いかかる。
息をするたびに肺が焼け焦げるような痛みが走った。
皮膚が引き裂かれそうなほどの物理的な圧力だ。
まるで深い海の底に沈められたような息苦しさだった。
アレンは膝をつきそうになるのを歯を食いしばって耐える。
視界が白く明滅して意識が遠のきそうになった。
やはり自分には無理だったのだろうかという弱音がよぎる。
そのとき首筋の噛み跡が火のように熱く燃え上がった。
ヴィルヘルムとの絆がアレンの意識を繋ぎ止める。
彼の魔力がアレンの身体の奥底から湧き上がってきた。
二人の魔力が交じり合い新たな力となって全身を巡る。
アレンは深く息を吸い込んで両手をゆっくりと広げた。
暴れ狂う周囲の魔力を自分の内に取り込んでいく。
それは力任せの強引な抑え込みではない。
荒れ狂う川の流れを優しく導くような制御だった。
空間の魔力がアレンの指先に向かって螺旋を描いて集まる。
暴力的なエネルギーが少しずつ澄んだ光へと変わっていく。
アレンの足元から眩い銀色の魔法陣が浮かび上がった。
それはクレイグ家の魔術を昇華させた美しい術式だ。
荒れ狂っていた魔力の暴風がピタリと止んだ。
代わりに無数の光の結晶が空間をゆっくりと舞う。
雪の夜を思わせる光景だった。
家令と護衛たちは立ち尽くしていた。
誰一人として言葉を発することができないでいる。
Ωの少年が公爵家の最高難度の試練を超えたのだ。
しかもこれほどまでに優雅な形で制御してみせた。
アレンは大きく息を吐き出して両手をゆっくりと下ろした。
光の結晶がふわりと消えて地下の演習場に静寂が戻る。
ヴィルヘルムが誰よりも早く舞台に駆け上がってきた。
彼はアレンを力強く抱きしめて自分の外套で包み込む。
「よくやった」
「君は私の誇りだ」
彼の震える声がアレンの耳元で響いた。
アレンは彼の胸に顔を埋めて安堵の涙を静かにこぼした。
家令が杖を突いて二人の前に力なく歩み寄ってくる。
彼はアレンの力に屈服していた。
「素晴らしい魔力制御でした」
「ヴィルヘルム様の人を見る目に狂いはなかったようです」
家令は深く頭を下げてアレンの存在を正式に認めた。
公爵家という巨大な壁をアレン自身の力で打ち砕いたのだ。
もう二人の未来を脅かすものは何も残っていない。
ヴィルヘルムはアレンの肩を抱いたまま振り返った。
「帰るぞ」
「私たちの場所に」
アレンは満面の笑みで力強くうなずいた。
二人は寄り添いながら光の差し込む地上への階段を上る。
繋いだ手からは互いの確かな温もりが伝わっていた。
どのような困難もこの絆があれば必ず乗り越えられる。
アレンの胸には揺るぎない未来への希望が満ちあふれていた。




