第12話「結ばれる夜と永遠の刻印」
アレンは足元に投げられた外套を両手で強く握りしめた。
彼の気配が色濃く染み付いた重い布地だ。
医者が来ればアレンは鎮静剤を打たれる。
そして彼との間には決定的な見えない距離が生まれる。
二度とあの温かい執務室で彼とお茶を飲むことはない。
彼に見つめられて鼓動を高鳴らせることもなくなる。
ただの厳格な教師と一介の生徒の関係に逆戻りするのだ。
それは発情の肉体的な苦しみよりも恐ろしい未来だ。
「待って」
アレンの口から素直な言葉がこぼれ落ちた。
ヴィルヘルムの広い背中が微かに震えたのが見えた。
しかし彼はアレンの方へ振り向こうとはしなかった。
「医者はもうすぐ来る」
「少しの間だけそこで黙って耐えろ」
彼自身も限界まで耐えている苦しい声だった。
αの衝動を自らの理性で強固に縛り付けている。
「医者なんていらない」
アレンは震える足に力を込めてゆっくりと立ち上がった。
彼の重い外套を引きずりながら一歩ずつ彼に近づく。
「教師が離れていく方が私はずっと苦しいです」
アレンの冷たい手がヴィルヘルムの熱い背中に触れた。
その瞬間彼が弾かれたように勢いよく振り向いた。
銀色の瞳には抑えきれない熱が荒れ狂っていた。
「自分が何を言っているのか正確にわかっているのか」
「私は君の全てを奪い尽くしてしまう男だぞ」
最後に警告する声はひどくかすれて低かった。
アレンは彼の腕を強く掴んで真っ直ぐに見上げた。
「奪ってください」
「私の全てはすでにあなたのものです」
アレンの決死の言葉が彼の最後の理性の糸を断ち切った。
ヴィルヘルムの大きな手がアレンの腰を引き寄せる。
息が詰まるほど強い力で抱きしめられた。
冷たかったアレンの身体が一瞬で熱を持つ。
彼の顔がアレンの無防備な首筋に埋められた。
鋭い痛みが首の裏側の皮膚に走った。
彼が牙を立ててアレンの柔らかい皮膚を噛み破ったのだ。
番の契りを永遠に結ぶための儀式だった。
痛みと共に鋭い熱が全身を貫く。
アレンの喉から声があふれ出した。
血液の交わりを通して二人の熱が繋がっていく。
彼の抱える孤独と深い愛情がアレンの心の中に流れ込んでくる。
アレンもまた自分の心にある全てを彼へと流し込んだ。
身体の奥で暴れていた炎が嘘のように静まっていく。
代わりにあるのは春の穏やかな日差しのような温もりだ。
満ち足りた幸福感が全ての痛みを塗り潰した。
ヴィルヘルムがゆっくりとアレンの首筋から顔を上げる。
彼の美しい口元には微かにアレンの血がにじんでいた。
彼は親指でアレンの火照った頬を優しくなでた。
「痛かったか」
「いいえ」
「ひどく幸せです」
アレンは彼の硬い胸に顔をすり寄せて静かに目を閉じた。
礼拝堂の深い暗闇は少しも恐ろしいものではない。
彼という確かな存在がすぐそばにあるからだ。
朝の光が割れたステンドグラスから差し込んだ。
冷たい石の床の上でアレンは静かに目を覚ました。
ヴィルヘルムの厚い外套にすっぽりと包まれている。
彼がアレンを大切に抱きしめるようにして壁に座っていた。
「朝だ」
彼が優しい声でアレンの銀色の髪に口づけをした。
「少しは眠れたか」
「はい」
アレンは温かい外套の中で身体を起こして彼を見た。
首筋には確かな所有の印が刻まれている。
これでアレンは正式に彼だけの運命の番となったのだ。
誰にも奪われることのない永遠の強固な絆だ。
学園に戻れば公爵家からの干渉が必ずあるだろう。
教師と生徒という社会的な立場の問題も浮上する。
しかし今のアレンには何も恐ろしいものなど存在しなかった。
彼が隣にいる限りどんな試練も乗り越えられる。
アレンは彼の銀色の瞳に向かって真っ直ぐに微笑みかけた。
二人の新しい未来がこの朝から始まろうとしていた。




