↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
βを演じる没落貴族の特待生ですが、次期公爵である氷の教師に運命の番として見出され、甘く激しく溺愛されています  作者: 小野林 千早


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/16

第10話「薬の限界と呼び合う本能」

 冬至祭が近づく学園は異様な活気に満ちていた。


 大広間には氷の魔術で作られた装飾が輝く。


 無数の氷の結晶が光を反射して美しい。


 生徒たちは華やかな夜会に向けて浮き立っていた。


 しかしアレンの体調は優れなかった。


 病気ではないし抑制剤も毎日欠かさず飲んでいる。


 それなのに下腹部で奇妙な熱がうずくのだ。


 ヴィルヘルムの姿を見るだけで体温が上がる。


 彼とすれ違うだけで足がすくんでしまうのだ。


 呼吸が浅くなり喉の奥が乾いた。


 それはこれまでの発情の症状とは違う。


 薬で抑え込めるような単純な熱ではなかった。


 強烈な渇望が内側から湧き上がる。


 彼に今すぐ触れたい。


 彼に自分を全て委ねたい。


 理性をかすれさせるような衝動が波のように押し寄せる。


 ある日の執務室での出来事だった。


 アレンはいつものように彼とお茶を飲んでいた。


 カップを置いたときに手元が狂って少しあふれた。


 紅茶の滴がアレンの頬にわずかに飛ぶ。


「危ないな」


 ヴィルヘルムが立ち上がってハンカチを伸ばす。


 彼の顔がアレンの目の前に迫った。


 冷たい空気をまとった彼特有の気配が近づく。


 その瞬間アレンの全身が警鐘を鳴らした。


「ひっ」


 アレンは悲鳴を上げて激しく身を引いた。


 ソファの背もたれに背中を強く打ち付ける。


 荒い息を吐きながら彼から距離を取った。


 ヴィルヘルムはハンカチを持ったまま動きを止める。


 彼の銀色の瞳に戸惑いが浮かんでいる。


 拒絶されたと勘違いして少しだけ傷ついた顔だ。


「エルディス」


「申し訳ありません」


 アレンは自分の身体を両手で強く抱きしめた。


 これ以上近づかれたら自分を抑えきれない。


 彼にすがりついてしまう予感があった。


「少し気分が悪いので失礼します」


 アレンは引き留める彼の声を無視して部屋を飛び出した。


 自分が恐ろしくてたまらなかった。


 夜会の当日の夜がとうとうやってきた。


 特待生のアレンも出席を厳しく義務付けられている。


 簡素だが清潔な黒い礼服に身を包んだ。


 大広間は華やかな音楽と笑い声に包まれている。


 色とりどりのドレスが花畑のように揺れていた。


 巨大なシャンデリアが魔法の光を放っている。


 アレンは目立たないように壁際の影に立っていた。


 冷たい果実水を飲んで喉の渇きを潤す。


 しかし身体の奥の熱は引かなかった。


 彼を探してしまう自分の目が恨めしい。


 音楽がゆったりとした優雅な曲調に変わった。


 広間の中央で生徒たちが手を取り合い踊り始めた。


 アレンはその光景をぼんやりと眺めていた。


「こんなところで何をしている」


 不意に背後からあの低い声がした。


 振り向かなくてもわかる深い気配だ。


 ヴィルヘルムが漆黒の礼服姿で立っていた。


 彼の美しさは周囲の空気を奪うほどだった。


 銀色の髪がシャンデリアの光を受けて輝いている。


 アレンの鼓動が耳の奥でうるさく鳴った。


 身体の奥の熱が急激に強さを増していく。


「先生」


 アレンの声は情けないほどに上ずっていた。


 ヴィルヘルムはアレンの様子がおかしいことに気づく。


 彼の瞳が微かに険しさを帯びて細められた。


「顔がひどく赤いぞ」


「また熱があるのではないか」


 彼が心配そうに大きな手を伸ばしてくる。


 厚い手のひらがアレンの熱い額に触れた。


 その瞬間アレンの全身に鋭い感覚が走った。


 彼の体温が皮膚から侵入してくる。


「あっ」


 アレンは思わず小さく喘いでしまった。


 膝の力が抜けてその場に崩れ落ちそうになる。


 ヴィルヘルムが力強い腕でアレンの腰を抱き留めた。


 彼の硬い胸に密着してしまう。


 αの強烈な気配が鼻腔を打つ。


 アレンの思考が白く染め上げられた。


 抑制剤は完璧に効いているはずだった。


 これは薬の抗体による副作用ではない。


 運命の番としての抗いがたい本能の呼び声だった。


 彼を求める衝動が理性を食い破っていく。


「エルディス」


「どうした」


「息がひどく荒いぞ」


 彼の低い声が耳元で響いた。


 アレンは彼の腕の中で必死に小さく首を振った。


 これ以上ここにいては取り返しのつかないことになる。


 多くの生徒の前で彼に発情してすがりついてしまう。


「離して」


「一人にしてください」


 アレンは力を振り絞って彼の胸を突き放した。


 驚く彼の顔を見る余裕は全くなかった。


 アレンは身を翻して華やかな大広間から駆け出す。


 人波を掻き分けて暗い廊下へと飛び出た。


 どこでもいいから彼から遠ざからなければならない。


 本能を振り切るように夜の学園を走った。


 冷たい冬の風が火照った身体に吹き付ける。


 しかし身体の熱は燃え上がり続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。