第五章 『希望の岸辺で』
生き残った男は、耳にした言葉の意味を理解する間もなく、反射的に声のした岩塊の方へと身を翻した。両手で槍を突き出し、脅威となり得る対象に切っ先を向ける。だが、槍が地面から離れて支えを失ったことで、男はそのまま横に倒れ込んでしまった。体重のすべてが負傷した踵にのしかかり、激痛が瞬時に男の顔を歪めた。
「来るな!」
荒い息を吐きながら、男は歯を食いしばって叫んだ。
「敵じゃない」
見知らぬ男はそう答えると、両手を高く上げたまま、ゆっくりと大きな岩の陰から姿を現した。
「止まれ! そのまま動くな……」
目の前の光景に、生き残った男の警戒心はわずかに和らいだ。そこに立っていたのは、自分と背丈の変わらない男だった。乱れた明るい髪に、穏やかな表情。だが、彼には四肢が欠けていた。左腕は肩から先が太い木の棒に置き換わっており、右足も腰から下が同じような木の義足になっていた。
「俺の名はプリム・クイス。お前は?」
(俺の名前は……俺の名前は何だ……? 思い出せない……どうでもいい!)
「どうでもいい!」
生き残った男は槍を高く掲げ直した。槍の先には死んだカニが刺さっており、その重みで槍先がじわじわと下がってくる。「俺に何の用だ?」
「助けたいんだ。お前は自分の名前も、なぜここにいるのかも覚えていないんだろう?」
(こいつは本当に俺を助けられるのか……?)
男はそう考えを巡らせた。
「怪我をしているな。立っているのも辛いだろう。座っても大丈夫そうな岩のところへ移動しよう。ほら、あそこなんてどうだ」
見知らぬ男は、痛みをこらえずに座れそうな、滑らかな岩を指差した。
「君は後ろ向きに歩いても構わない。僕は君の目の前にだけいるから。」
「武器を下ろせば、お前が襲ってくるだろう」——生存者は疑わしげな目を向けたまま、反論した。
プリム・クイスは数秒間、答えを考え込んだ。相手の足元に広がる血に染まった水を見下ろしながら。
「わかった。だが、今すぐに岸へ上がるか、近くの岩の上に立たなければ、お前の血に引き寄せられた海の群れがここへ押し寄せ、俺たち二人とも喰い殺すぞ。」——特に「お前の」と「俺たち二人とも」の部分を強調して。
戦士の槍が再び水面へと傾きかけた。穂先が水に触れるかという瞬間、男は柄を掴み取ると、力任せに海底へと突き立てた。
「お前のような不具者に殺されたことなんざ、俺の人生には一度もねえよ……ミスを正すか?」
男はくるりと背を向けると、数秒かけて周囲を見渡し、先ほどその不具者が指し示した岩を探した。目印を見つけると、槍を杖代わりにして、無表情のままそこへ向かって歩き出した。
(逃げるのはもう飽きた。「助けてやる」という言葉は、前にも聞いた。焚き火を囲んでいたあの二人だ。信じた結果、奴らは俺の肉が硬くなるまで、少しずつ切り刻んだ。「死ぬぞ……だが、今じゃない」と奴らは言った。嘘ではなかった。ただ、この地では死ぬことよりも恐ろしいことがあると、教えてくれなかっただけだ。出会う奴らは皆、俺の肉を欲しがった。生で、焼いて、あるいは串刺しにして。この不具者も同じだ。わかっている。助けると言いながら、背中の短剣に手を伸ばしているはずだ。それでも俺は進む。信じているからではない。もし今ここで引き返し、茂みに隠れてしまえば、この世界に俺を食おうとしない者が一人でも存在するのかどうか、永遠に知ることができなくなるからだ)
指定された岩までたどり着きながら、生存者は考え込んだ。
(背中が……丸空きだ)
プリム・クイスは、これほど容易い標的が得られるとは思わず、僅かに目を見張った。唯一動かせる片腕を背後の腰帯へと這わせ、隠された短剣へゆっくりと指をかける。
生存者は平然と前進を続け、背後の見知らぬ者のために、鮮血の赤き道標を引いていく。腰の高さを僅かに超える岩へと辿り着くと、男はまず無傷の片脚を跨がせ、長槍を支えにして負傷したもう片方の脚を引きずり上げた。
「俺の名は……モルテム」
相手の方へ振り返る間さえなく、彼は言葉を続けた。
「思いだせたのかい?」
好意的な表情を変えることなく、プリム・クイスは既に手に武器を握り、それを振りかざし始めながら、対話を維持した。
モルテムが完全に身を翻した刹那、視界に飛び込ってきたのは、自らに向けて「柄」を突き出された短剣の姿だった。
「持っててくれるかい?」
モルテムは驚きを隠そうとしたが、わずかに表情に出てしまった。彼は何も言わず、差し出された武器を手に取り、観察し始めた。短剣の刃は誰かの尖った骨でできており、木の枝の柄にしっかりと縛り付けられ、癒着していた。
「なあ、俺も登るのがきつくてね。手を貸してくれないか?」プリム・クイスが、無事な方の片手を差し出した。
一瞬、モルテムの脳裏に不穏な光景がよぎった。見知らぬ男が助けを求めて手を伸ばしている。その一方で、自分の手には武器が握られ、その刃先は助けを求める相手に向けられている。時間が止まったかのようだった。聞こえるのは水の音と、自分の心臓の鼓動だけ。
(後で死ぬか……それとも……決して誰も信じないか)
戦士の思考は周囲のあらゆる雑音をかき消し、彼の視線は骨の刃先と、目の前の男の無防備な首筋との間を激しく行き来した。
「誰も自分の本当の名前も、どうしてここにいるのかも覚えていないんだ」
言葉の途中で、プリム・クイスの親しげな表情は消え、深い悲しみを帯びた絶対的な無関心へと変わった。
数秒間の狂おしい葛藤の末、モルテムは目の前の男の顔へと視線を据えた。その男もまた、彼自身に劣らず、この過酷な現実に苛まれているように見えた。
「俺たちは同じ船に乗っているな」
戦士は静かにそう告げると、長槍と差し出された短剣を傍らに置き、プリム・クイスへと救いの手を差し伸べた。
(奴らの笑顔を覚えている。あの焚き火の周りにいた奴らだ。あいつらも「助ける」と言っておきながら、俺が悲鳴を上げられなくなるまで、己の肉を削ぎ落とし続けた。だが、この男は……この男は視線を逸らさない。俺の傷を、喰い物を見るような目で見やしない。一人の人間として見つめている。もし俺が今、背を向ければ、この世界には俺を貪り喰らおうとしない奴など誰もいないと、自らに証明することになる。だが、もし手を伸ばせば……少なくとも、孤独に死なずに済むのがどんな感覚なのか、それだけは知ることができるはずだ)
健康な足と空いている方の手を岩にかけ、モルテムは全身の体重を乗せた鋭い一突きで、相手を岩場へと引き上げた。
「礼を言う。……さっきの名、今思いついたものだろう?」
プリム・クイスはぶっきらぼうに礼を述べると、間髪入れずに問いかけた。
「ああ……喉元まで出かかっていたような気もしたが、本名じゃないな」
モルテムは座り心地の良い場所を探すと、短剣を持ち主に返し、再び槍の柄を握り直した。
「で、海の獣の群れはどこだ?」
「忠告しておこう。お前が海に流した血は、今その槍に刺さっているような小魚よりも、ずっと大きな獲物を引き寄せるぞ」
足の不自由な男はそう言いながら武器を受け取り、骨の切っ先で死んだカニを指し示した。
「これは俺の獲物だ!」
モルテムはカニが刺さった穂先を、プリム・クイスから遠ざけるように引いた。
「お前は海について言及したな……以前、その名を聞いたことがある。ずっと昔に……」
彼は果てしなく広がる水面の方へと顔を向けた。
「だが、こうして実際に目の当たりにするのは、おそらく初めてのことだ」
その間、プリム・クイスはモルテムの傷ついた踵と、深淵に伸びる赤い血の跡をじっと観察していた。
「最悪の第一印象だが、もっと心地よく……それに、もっと美味しくなる。どうだい? 最後に食事をしたのはいつだ?」
プリム・クイスは、その狡猾な企みを隠そうともせず、表情にも口調にも露骨に表していた。
「お前の言いなりにはならない。足が治り次第、ジャングルに戻って自分で獲物を焼く……俺自身の獲物をな」
モルテムは最後の言葉を強調した。
「それとも……その獲物を、さらなる食料を釣るための餌にするというのはどうだ? 半分以上はお前にやる、約束しよう。俺たちの出会いを無駄にするべきじゃない」
「……お前の言う通りかもしれないな」
モルテムは深い疑念を抱きながらも同意した。
「素晴らしい! ならば……」
プリム・クイスが言い終わるより早く、その言葉は鋭く遮られた。
「お前がいなくても、俺はもっと獲物を捕まえられる。一人でな」
モルテムはそう淡々と言い放つと、出血が止まり、徐々に塞がりつつある自分の踵を眺めた。
プリム・クイスの表情からは、悲しみよりもむしろ不満の色が読み取れた。彼は依然として赤い血の筋と、その周囲の空間を凝視しており、近づいてくる蟹や魚の群れに気づいていた。モルテムもその視線の先を追い、同じ光景を目にした。
(認めたくはなかった。譲りたくもなかった。だが、わかっている……俺の獲った蟹など、たった一日の糧に過ぎない。いいえ。数時間空腹を凌ぐだけの肉の塊だ。それを食らえば、またすぐに空っぽの腹を抱え、影が蠢くあの深淵と対峙することになる。あの深みには、俺を長く満たしてくれる何かか、あるいは俺を底へと引きずり込む何かが待ち構えている。何が潜んでいるのかはわからない。だが、確かなことが一つある。一人では太刀打ちできないということだ。選ぶべきは『分け与えるか、否か』ではない。『わずかな分け前を失うか』それとも『すべてを失うか』、その二択なのだ)
「悪かった」
モルテムは確信を込めてそう口にした。途端に、隣の相手から怪訝そうな視線が突き刺さる。
「助けてくれて感謝する。お前の好きにしろ。獲物は半分ずつだ」
そう言って、彼は槍から獲物を外すと、岩の上に座る相手へと差し出した。




