第三章 『狩る者と獲物は、同じ顔を持つ』
生き残った男が蛮族の野営地を離れた後、彼の視界には密林の深い茂みが広がっていた。
長い槍を杖にして、彼はゆっくりと、しかし確かな足取りで前へ進み続けた。
両腕は徐々に再生し、新しい皮膚が前腕を覆っていたが、それより先はまだ生々しい肉が不気味に赤黒く露出していた。
周囲を埋め尽くすのは、血を吸ったかのような赤橙色の葉。
至る所から黄色い熱帯の蔓が、首を括る縄のように垂れ下がっていた。
邪魔な蔓を槍の穂先で払い退けようとした、その時だった。
奇怪な枝の先が、まるで生き物のように得物へ硬着した。
脱走した囚人は、それを刃先から外そうと自由な手を伸ばしたが、どうしても外せなかった。
「なんだ……?」生存者は警戒しながら、貼りついた蔦をじっと見つめ、低く呟いた。
蔦はぬめりがあり、粘り気を帯びていた。それは生身の肉に絡みつき、強い力で張り付き、そして刺すような痛みを走らせた。
痛みは確かに感じられたが、生きたまま四肢を切り落とされるのに比べればはるかに軽く、それは普通の切り傷に例えられるほどのものだった。
時間を無駄にせず、生存者は槍の柄を地面に突き刺した。
もう一方の手を自由にし、吸い付いた蔦をしっかりと掴むと、一気に引き剥がした。
息を整えた後、しゃがみ込み、その植物をより詳しく観察しようとした。すると、茎の先端に小さな顎があるのを発見した。
視線はすぐに傷ついた手へと移った。まだ皮膚で覆われていない手の甲には、噛み跡がはっきりと残っていた。
手を目の高さまで上げ、数秒間にわたって傷を様々な角度から観察し、損傷を確認した。その間も、傷口からは血がじわじわと滲み出ていた。
蔦はゆっくりと這い去ろうとした。しかし、生存者に哀れむ余裕はなかった。彼は両手で槍を握り直し、その先端を寄生虫に向けて構え、正確な一撃でその頭を切り落とした。
そして、近くに生えていた大きな葉を引きちぎり、傷ついた手のひらに巻き付けた。
地面に落ちていた、すでに動かなくなった蔦を拾い上げ、それを縄の代わりに使って包帯をしっかりと固定した。
包帯を巻いた手を眺めながら、彼はうまくいったことに満足しようとした、その時だった――腹の奥から大きな腹の虫が鳴り響いた。
「食事……最後に食べたのはいつだったか」
頭を上げ、木々の隙間から覗く太陽を見上げながら、そんな考えが脳裏をよぎった。
「なぜ私は……空腹でさえ……死ぬことすらできないんだ?」
思考を断ち切るように、再び腹の底から凄まじい鳴動が響き渡った。
生存者は意を決すると、天から大地へと視線を落とし、意識を集中させる。
男の眼光が捉えたのは、先ほどまで肉食の蔓が垂れ下がっていた、まさにその枝だった。
間合いを詰めた男は長槍を突き出し、生い茂る茎の隙間でその ancient(古い)な柄を鋭く回転させた。
穂先には、すぐさま数本の黄色い熱帯の蔓が絡みつく。
男は地表へ肉厚の巨大な葉を素早く広げると、長槍を激しく翻し、一気の手応えで獲物をその上へと叩き落とした。
直後、容赦のない正確な連撃が放たれる。
生存者は、狂ったように喰らいつこうとする寄生植物の顎を、次々と削ぎ落としていった。
熱帯の蔓が身悶えを止め、一切の気配を失ったのを見届け、生存者は地表に腰を下ろして貪り喰らい始めた。
両腕で獲物を掴み、左右に力任せに引き絞りながら、その肉厚な茎を狂ったように貪り、噛みちぎる。
鋭くむしり取るような三度の咀嚼。
だが、最後の肉片を噛み潰した直後、男は猛烈な拒絶反応に襲われて激しく吐き出した。
(最悪だ……)
口内に残った忌々しい果肉の残骸を地面にぶちまけながら、生存者は毒突いた。
(肉がまるでねえ……。あるのは泥水のような水分と、噛み切れねえ硬い皮だけだ)
蔓のひどい味と、まともな肉など皆無であるという事実に反して、それはどうにか食料と呼べるものだった。生き残るためには、質の良さではなく、量で補うしかなかった。その咀嚼は苦行そのものであり、哀れな男は吐き気をこらえ、無理やり喉に流し込んでいく。
男は蔓のあちこちをかじり、少しでもマシな部分はないかと探したが、結局見つかることはなかった。その忌まわしい味を克服しようと必死になるあまり、周囲の音への警戒は完全に無頓着と化していた。
手に残った最後の蔓の切れ端を口に運ぼうとした、まさにその時。背後からゆっくりと、途切れ途切れの足音が聞こえてきた。
茂みの奥から、まず不気味な黄色の眼光が走り、次いで細長い頭部が姿を現した。その貌には相応の肉厚さがあり、鼻先は鋭く尖っている。怪物の体躯は地を這うほどに極めて低かったが、引き締まった頑強な胴体を持ち、その尾は全身の長さを優に超えていた。全身を覆うのは漆黒の鱗。獣は後ろ足で立ち上がると、短い跳躍とともに、その凶悪な顎で男の喉元に喰らいついた。
不意の襲撃と鋭い激痛に、男は半秒ほど悲鳴を上げたが、すぐに歯を食いしばった。生存者は襲いかかってきた捕食者の顎を両手で力任せに掴み、必死の抗戦を試みる。その短くも凄惨な攻防は、ほんの一瞬の出来事だった。喉元からの吸着を剥ぎ取った生存者は、素早く身を翻すと、獣の腹を足で力強く蹴り飛ばし、己の長槍の方へと這い寄った。
怪物はすでに次の飛びかかりの態勢へと入っていたが、男は武器の穂先を鋭く突き出し、獣の接近を阻み始めた。
「失せろ、この汚らわしい化け物め!」
男は、執拗に距離を詰めてくる捕食者の猛攻に対し、そう叫び声を上げた。
生存者は槍を頭上に振りかざすと、相手が大きく口を開いたその瞬間、鋭い穂先を喉元へと突き立てた。地面を蹴り、槍の柄を支点にして跳躍した男は、その勢いのまま獣の顎を地面へとねじ伏せた。しかし、武器を引き抜いたのも束の間、巨大な爬虫類は素早く身を翻し、着地したばかりの男を長い尾でなぎ倒した。槍は弾き飛ばされ、手が届かないほど遠くへと転がっていった。
「いやあああっ!」と、生存者は叫びながら、そのままバランスを崩した。
野獣は口を大きく開き、上から襲いかかってきた。その巨体で強引に押し潰すように迫り、地面を滑らされた男の背中が木の幹に突き当たるまで、獣は執拗に前進を続けた。よだれを垂らした獣の顔が鼻先にまで迫ったその瞬間、男は両手で敵の顎を掴み、左右にこじ開けて押し返そうと試みた。男が踏ん張った鋭い牙は、手のひらや指の肉を深く突き刺した。
痛みと恐怖に叫ぶこともなく、男はただ歯を食いしばり、獣の目を射抜くように睨みつけた。この対峙はわずか数秒のことだったが、両者にとって時間は止まったも同然だった。獣の唸り声が一段と高まったその時、獣は長い舌を突き出し、獲物の顔を素早く舐め回し始めた。生存者は瞬時にそのぬらついた肉へと視線を移すと、鋭い一撃で、その舌に食らいついた。
その短い一瞬で十分だった。敵が隙を見せたその刹那、生存者は猛烈な叫び声を上げ、限界まで力を込めて両脚で怪物の首を締め上げた。同時に、残る力のすべてを振り絞り、両手でその顎を自分の顔から押し離した。突然、男はピタリと動きを止め、沈黙したかと思うと、血に染まった両手を怪物の口から引き抜いた。抵抗を失った爬虫類の顎は、自らの噛む力によって瞬時に閉じた。
捕食者が再び口を開こうとしたが、生存者はすでに全身で覆いかぶさり、両腕で締め上げていた。男の体重に押され、二つの影は地面へと崩れ落ちた。男はなおも狂ったように怪物の首を絞め続ける。野獣は激しくのたうち回り、死に物狂いでしがみつく敵を振り落とсоうと、体を起こそうともがいた。
男の顔は比較的落ち着いていたが、その額には血管が浮き上がり、その眼差しは取り憑かれた者のようだった。
巨大な蜥蜴は喘ぎ始め、血を吐き散らし、その暴れは次第に弱まり、やがて完全に動かなくなった。
「これで……終わりか……?」そんな思いが頭をよぎった。
男が力を緩めた瞬間、獣は急に目を見開いた。全身が痙攣し、再び激しく暴れ、唸り声を上げ始めた。
「どうして……?!」
生存者が元の締め技に戻るよりも早く、獣は猛然と横へ跳び、その巨躯の側面で巨木の幹へ体当たりを敢行した。樹皮へと押し潰された男の全身に、骨をきしませる衝撃が襲いかかる。それでも男は残る力を振り絞り、己の体重のすべてを乗せて捕食者の首を強引に捻りあげた。そこからは、互いの命を削り合う壮絶な耐久戦だった。巨獣が窒息の苦悶に抗う一方で、人間は幾度も叩きつけられる鈍い衝撃と激痛に耐え忍ぶ。頭から爪先に至るまで、全身を幾度目かの猛烈な衝撃が貫いたその瞬間、跨る男の意識は暗転の淵へと立たされた。
「俺は……今、死ぬのか……?」――それが、彼がまぶたを閉じる直前に最後に考えたことだった。
大きな砕ける音が響いた。
これまで聞いたことのないその生々しい破壊音が、瞬時に男の意識を暗転の淵から呼び覚ました。生存者は血走った両目を再び見開き, のしかかっていた獣のぐったりとした死体を強引に突き飛ばした。捕食者は永遠の沈黙に包まれた。その最後の一息を、まさに獲物であったはずの人間が奪い取ったのだ。
勝者は立ち上がろうとしたが、もはやその身体に力は残っていなかった。無力な怒りに震えながら拳を握りしめ、地面を弱々しく叩くことしかできない。呼吸は荒く、鼓動は刻一刻と激しさを増す一方で、周囲の音は急速に遠のいていく。牙によって無残に引き裂かれた腕と首の傷口からは、鮮血が絶え間なく溢れ出していた。
男の視線は、木々の向こうへと沈みゆく太陽を追っていた。空は、まるで世界の終わりと夜の訪れを告げるかのような、どす黒い赤色に染まり果てていた。
(俺の飢え、野獣ども、蛮族。次の……苦しみの理由なんざ、知りたくもねえ……)
涙と血が混じり合い、男の頬を伝い落ちていく。心臓の鼓動は次第に弱まり、その間隔は絶望的に空いていった。あたりは、ただ完全な静寂に包まれていく。心臓が完全に停止するその刹那、生存者が最後に遺した言葉は、こうだった。
「だが……俺は、勝ったのか?」




